学園スレイヤーズ!!
第三限「こんばんわ>おおる」


「なによ。それ。」
「なにって。見てわかんない。」

女子寮の1室である。
寮は全部で三つあり、職員寮と男子寮は町の方にあった。
女子寮は学校に隣接している。
3階建ての建物には、中等部から高等部までの寮生がひしめきあっていた。
1室は平均して3〜4人だが、リナとマルチナの部屋は何故か二人部屋だった。

「見ればわかるけど。
わたくしは、なんでそれがわたくし達の部屋にあるのか、って訊いてるのよ。」
「いいじゃない。花のひとつやふたつ。」
リナが窓際に置いた植木鉢が、マルチナには気にいらなかったらしい。
「王女のこのあたくしの部屋には、もっと美しくて気品のある花のが似合うと思うんだけど。」
「あんただけの部屋じゃないでしょ。貰ったんだから、文句は言わないの。」
割り当てられた片方のベッドの上で、リナはぷんと横を向いた。
「なんでそんな枯れかかった花なんか貰ったのよ。」
「枯れかかってるけど、大事にしてればまた来年咲くのよ。」
「ふうん…」

意味ありげな視線を、マルチナは同室のリナに送る。
「な、なによ。」
「なんかいいことあったでしょ。」
「え。な、なにもないわよ。」
「そうかしら。なんだかぼ〜〜〜っとしてたじゃない。午後の授業から。」
「そうだっけ?」
リナはそらとぼける。
「そうよ。お昼ご飯カフェテリアで取ってきてからよ。なんかあったんじゃない。その花だって、お昼から持ってたわよね。」
「いいじゃん。別に。」
「怪しい。白状しなさい!」
「何もないわよぉ!」
 
ぴぴぴぴぴ。
アラーム音が、二人のふざけあいを止めた。
「なんの音?」
「あ。いっけない。チャットの時間だった♪」
マルチナはそわそわと、自分の机の前に陣取る。
机の上にはノート型のパソコンが置かれていた。
「あんた。いつからチャットなんてやってんのよ。」
「いいじゃない♪結構楽しいのよ♪」
ぱかっとディスプレイを開くと、起動画面が見えた。
………夜中にマルチナが拝んでいた、ブキミな彫像そっくりだ。
「また怪しい宗教サイトじゃないでしょうね。」
「違うわよ。学内の生徒で作ってるページがあるのよ。
やっだぁ、リナ、知らないのお?」
「………悪かったわね。」
教室にはパソコンがあるが、リナは自分用を持っていないのである。

マルチナは画面の前で手揉み。
「さあてと♪入室ボタンを押して、と。
んも〜、なかなか発言ウインドウが開かないのよね、ここのチャット」(笑)
興味をそそられたか、マルチナの背後から覗き見るリナ。

「……なにこれ。誰の名前。」
「え。この、『マリーアントワネットエカテリーナエリザベスカトリーヌ・ド・メディチ』のこと?」
「む………むちゃくちゃ長いHNね…。」
「略してマルちゃんて呼ばれてるの。」
「どこをどう略したらそうなるのよ…本名と変わらないじゃない…」
「うるさいわね。気が散るから黙ってて。こんばんは>おおる、と。」
「好きにやってて。」
 
しばらくかちゃかちゃとマルチナがキーボードをたたく音が響いていた。
リナは気にせず、風呂の支度をする。
「じゃああたし、お風呂行ってくるから。
あんたもほどほどにしないと順番終わっちゃうわよ。」
「ん〜〜。もうちょっと。」
「あっそ。」

リナがドアをあけようとした時だ。
「ちょっと待って。」
マルチナの緊張した声が聞こえた。

「なによ。」
洗面器を抱えたリナは声の方を振り向く。
「今、話題になってるのよ。例の欠席のことが。」
「ふうん。まあ、そろそろ皆、気にし始めたってことね。」
昼間のシルフィールとの会話を思い出したリナ。
「それがちょっと違うのよ。変な噂を聞いた子がいるって。」
「変な噂?」
「欠席したのはインフルエンザのせいなんかじゃない。誘拐、されたんじゃないかって。」
「誘拐い!?」

リナは眉をしかめ、行きかけたドアから戻る。
マルチナは大真面目だった。
「そうよ。ほら見て、この子、学園の近くの開業医の娘なのよ。
それが、インフルエンザでかかった生徒はいないって言うのよ。」
「ほかの医者にかかったんじゃないの。」
「違うわよ。気になって市内の医者という医者に電話してみたんだって。
そしたら、うちの学園の生徒らしい患者はいないって言うのよ」
「…………。」
「おかしいわね。どういうことなのかしら…」

リナは洗面道具をベッドの上に放り出し、マルチナの隣に椅子を引っ張ってきた。
「ねえ。最近の欠席者の数って調べられる?」
「できるけど。どうする気?」
「う〜〜ん。ちょっと気になってきた。」
そう言うと、マルチナは得意そうに人さし指を立てた。
「でしょ♪実は調べてあるの♪
この学校の管理に使ってるデータベースに侵入したのよ♪」
「人間、誰でもひとつくらいはとりえがあるっていう見本ね…」
「なんか言った?」
「別に…」
 
 





****************






翌日、校舎屋上。
リナは、昨晩マルチナがフロッピーディスクに納めた欠席者リストを、図書室のプリンターでプリントアウトしてきたところだった。
A4の紙が風にあおられて、ぱたぱたはためく。

「今月の始めから、欠席は急に増えてるのね。各学年合わせて、ざっと30人か…。全高等部生で180人として。6分の一か。多いわね…確かに。」
「通いの生徒の数から言ったら、もっと多いわよ。」
「マルチナ。どうだった。」
リナは声がした方を振り返った。
「休んでいる子のクラスで訊いたけど。
インフルエンザが治って出席してきた子は、ゼロよ。」
マルチナは人さし指と親指で○を作る。

リナは紙を指ではじいた。
「おかしいわね。
いくら調子が悪いと言っても、一週間か10日もすれば、出てくる子もいるわよね。
欠席が増えてから、もう20日もたってるわ。」
「でしょ。お見舞い行った子も何人か訊いてみたんだけど、やっぱり会わせては貰えなかったって。」
「インフルエンザじゃ、ないとしたら…」
「誘拐か。」
リナはかぶりを振る。
「まだそうと決まったわけじゃないわよ。」
「でも、ほっといたら大事じゃない?」
「先生には訊いたの。」
「まだよ。」
「じゃ、とりあえず担任にでも訊いてみるか。」
「そうね。」
立ち上がったリナは、歩き出そうとして足を止めた。
「………あ。」
 
見ることもなしに屋上の柵から校庭を眺めていたら、一台の小型トラックが入ってきたのが見えたのだ。 





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