「アルカナ・タワー」

 
賑やかな夕食時を少し外れた、そろそろ宿屋全体に静寂が漂ってきそうな頃。

長い廊下を一人の男が歩いていた。
いかめしい顔つき、何やら深淵な問題を熟考中であることを示すような眉間のたて皺。穏やかに微笑めばロマンスグレーと言えないこともない、中年の男性である。
 
その背後から声がかかった。
「あら、おじさま。こんな時間にどこへ行かれますの?」
「うむ。メフィか。」
 
振り返ったのは誰でもない、かりそめの人の姿を取ってはいるが、その実体は黄金竜を束ねる長、ミルガズイアその人だった。
声をかけたのは、同じ金髪だがこちらはうら若き女性で、何やら不思議な形の白い鎧をまとっている。
ミルガズィアが答えた。
「少し気になることがあってな。人間達と話をしておこうと思ったのだ。」
「・・・ああ。リナとか言う。」
さらりと軽蔑を込めて、メフィと呼ばれたエルフが頷いた。
「何だか口では大きなことを言ってましたけど。本当かどうか。
まさか、信じてらっしゃいますの?あの者どものこと。」
 
二人は廊下の角を曲った端にある、リナの部屋へ向かって歩を進めた。
「お前が疑うのも無理はない。だが、あの者達は何というか・・・。」
さすがの黄金竜も、口を濁すこともあるようだ。
「一言で説明するのは難しいが、とにかく、普通とは違うのだ。」
低い声で話すミルガズィアに、メフィは遠慮なくふんと鼻をならす。
「世界の危機存亡の時に、人の自己紹介の方法が悪いだの、偏食がどうのと下らないことをぐちぐち言うような輩に、信頼が価いするとはとても思えませんわ。」
「・・・まあまあ。
お前はまだ、人間と接する機会が少ないから狭量になっているだけなのだ。
よく知ってみれば、なかなか興味深い研究対象と思えるが。」
「人間のことなど、よく知らなくても構いませんっ。」
ひらりと金髪をなびかせてそっぽを向く彼女に、ミルガズィアは微かに笑ったようだった。
「だから偏食なのだ、お前は。」
「まっ。おじさまっ。」
 
憤慨したメフィが突っかかろうとしたその時、ミルガズィアがさっと片手をあげて制した。
つんのめるようにしてメフィが立ち止まる。
「な、なんですの?」
「しっ。どうやら部屋の中は一人ではなさそうだ。」
「えっ・・・まさか・・・。」
「油断するな、メフィ。ここは一人部屋だ。どうやら魔族ではなさそうだが・・・。」
ミルガズィアが壁際に身体を寄せた。
メフィもならうように、その背後につく。
「我らならば、ここからでも十分中の気配がわかる。様子を見よう。」
「声が聞こえますわ。一人はあのきゃらきゃらしたリナの声のようですわね・・・。」
「さすがエルフの耳はよく聞こえるようだ。」
「もう一人も人間のようですわ・・・少し低い・・・・。」
 
 
『だから・・・・ダメだってば・・・・。』
『どうして・・・・。』
『だって・・・・こんな時なのに・・・・・・・。』
 

「・・・どうやら会話の相手は連れの男のようだな。」
「ガウリイ、と言いましたか。見かけの割に、記憶力とか一般常識とかが非常に欠除しているアンバランスな人間でしたね。」
「ふむ。どこかお前に似ているような気がしたのだがな。」
「えええええっ!!!???あ、あ、あのような人間風情と、わたくしがっ!?なっ、それはいくらおじさまでもあんまりなっ!わたくしは純血なエルフなんですのよっ?」
「しっ。静かに。人間の中にも、地獄耳とか言う秘技を持つ者もいると言うぞ。」
「人間って・・・・わからない生き物ですわ・・・・。」
 
 
『元は言えば・・・リナが悪いんだぞ・・・。一人でこんなことしてて・・・。』
『いやっ・・・言わないで・・・・それは・・・・。』
『一人でこんなことしてなくたって・・・・オレがいるだろ・・・?
オレを呼べばよかったのに・・・・・。』
『だって・・・・こんなことをするためにわざわざ呼びつけるなんて・・・・』
『別にオレは構わないぜ・・・?・・・部屋に来てくれって言えば・・・。』
『そんな・・・皆の前で恥ずかしい・・・・』
『リナだっていろいろ興味があるんだろ・・・・。恥ずかしいことなんかじゃないぜ・・・?』
『あっ・・・・そこ、ダメっ・・・・』
 
 
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
ちろちろと獣油のランプの光が踊る、薄暗い宿屋の廊下。
壁にべったりと背中を合わせた中年の男性と、金髪美人が顔を見合わせる。
奇妙な沈黙が続く。
 
男性の方が軽い咳払いをした。
「なにやら、込み入った話のようだな。」
「訳がわかりませんわ。」
メフィは額に皺を寄せている。
「二人で何かの作業をしているように思ったのですけど。悪いとか、恥ずかしいとか、一体何のことでしょう。」
「・・・・・・うむ。」
ミルガズィアは腕を組んだ。
「私も随分と人間の世界のことには詳しくなったと思ったのだが。まだまだ研究が足りないようだ。」
「声をかけてみます?」
「まあ待て。最近知ったことなのだが、人間にはぷらいばしーというものが存在するらしい。」
「ぷらいばしー?何ですの、それ?」
「どうやら礼儀作法の一種のようだ。人間の生活行動様式の中で、どうしても一人もしくは二人で、非常に限られた空間の中で何かが行われる時があって、その時は他人が無闇に踏み込んだり、看過してはならぬという掟があるのだ。」
「・・・・はあ。」
「とりあえずここは人間の宿であるからして、人間の作法には従った方が良いかもしれん。」
「やっぱり人間って、よくわからない生き物ですわ。それにとても面倒な生き物ですわね。」
「もう少し様子を見てみよう。」
 
 
『そんなとこ、ダメだってば・・・・・・!』
『じゃあ、こっちは・・・?』
『あん、そっちも・・・・』
『これならいいだろ・・・・・・』
『あっ・・・・・うん・・・いい・・・』
『アツくなってるな、リナ・・・・』
『だって・・・・ずっと我慢してたんだから・・・・』
『待ってろ・・・・今、もっとよくしてやるから・・・』
『あ・・・・あ〜〜〜っ!』
『そんなに声出すなよ・・・』
『だって・・・出ちゃう・・・・』
 
 
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
ミルガズィアが腕を解いた。
メフィは相変わらず、訳のわからないという顔をしていた。
「おじさま。一体、彼等は何をしているんですの?」
「うむ・・・・そうだな・・・・。」
ごほん、と咳払いをするミルガズィア。
「思うに・・・これはやはり、ぷらいばしーに関係のある行為ではないかと・・・。」
「その、ぷらいばしーって言うのが、よくわかりませんわ。」
「うむ。そうだな・・・。お前はまだ若いし・・・。」
「わたくしの年令と人間の行動の、何が関係していると言うんですの?
おじさま、はっきりおっしゃって下さい。わたくしもう、子供ではありませんのよ。」
「うむ・・・何と言うか・・・・。我ら竜族と、お前達エルフ族の場合も、何かとその、人間とは違うところもあるし・・・・。」
メフィはじれったそうに声をあげた。
「わかりませんわ。おじさま、博識ある竜族の中の竜、ドラゴンロードと謳われた黄金竜を束ねし長のおじさまに、わからないことがあるはずがありません。
わたくしが頼りないと思って、詳しくお話にならないんですね?そうなんでしょう?」
「いや、それは違うぞ、メフィ。私は」
「いいえ。みなまでおっしゃらないで下さいっ。」
細い指をきゅっと寄せて、メフィは苦悩の表情を浮かべた。
「わたくし、今までおじさまと御一緒できて、少しは頼りにしていただいていると思っていましたわ。それなのに、あのような人間にまず相談に行くなど、わたくしがあてにならないから、そのようなことを・・・・」
「メフィ。」
ミルガズィアが困ったような顔で、メフィの肩に手をかけようとした時、ひときわ高い声が二人の耳に入った。
 
『ダメっ!ガウリイっ!!壊れちゃう!』
 
二人がびしっと固まる。
 
『ダメだ、リナ・・・大きな声を出したら・・・周りに聞こえちまうぞ・・・』
『だって、だって!』
『いい子だから・・・・少し、黙って・・・・』
『だって、ダメ、このままじゃあたし・・・!』
『まだ壊れるには早いぜ・・・?てっぺんまで連れてって欲しいだろ・・・?』
『あっ・・・・早く・・・・早く、ガウリイっ・・・・』

 

くるりとミルガズィアが背を向けた。
メフィが不審そうな顔をする。
「おじさま?どこへ行かれるんです?」
「今夜はよそう。」
「よそうって・・・大事な話じゃなかったんですの?ぷらいばしーなんて気にすることないですわ!今すぐ部屋へ駆け込んで・・・」
「メフィ。」
たしなめようとしたミルガズィアは、目が点になった。
たった今までそこにいたメフィの姿がなかったからである。
「なっ・・・・」
慌てて振り返ると、長い金髪がリナの部屋の真ん前で翻っていた。
「メフィ!」
憤慨して顔を赤く染めたメフィが、乱暴に部屋のドアを引いた。
 
がちゃっ!!

 
「リナさん!」
「メ、メ、メフィ!?」
「あああああああっっっっ!!!」
「うきゃああああああっっっ!!!」
がたがたがたああんんんんっっ!!
ばらばらばらばらばらっ!!
 
「な・・・・・・。」
悲鳴と物音が一斉に起きた。
その中を、後から駆けつけたミルガズィアが呆然と眺める。
 
「一体・・・・お前達は何をしていたのだ・・・・。」
 
 
はらはらはら。
床の上に絡み合う男女二人の周りには、何やらいろいろな模様が書かれた四角い紙が散乱していた。
メフィが乱入した時に舞い上がったらしく、何枚かがはらはらと天井から落ちてくる。
ガウリイの上に乗り掛かるような格好のリナが、たはははははと頭をかいていた。
「やだ、いきなり入ってこないでよね・・・。」
「一体、何をしていたんですの?」
周囲を見回して、散らかり様がますます気に入らないというように、メフィが顔をしかめていた。
「や、ちょっとその、珍しいものを見つけたんで、つい、その・・・」
「何ですの、この紙は。」
メフィが床から拾い上げたのは、全部揃いの大きさの長方形の厚紙で、裏は全て同じ模様、表には何かの記号らしきものが並んでいた。
 
「人間が使う、カルタではないか。」
ミルガズィアも一枚拾って眺めていた。
「なるほど、わかったぞ。これを使って、ゲームか何かに興じていたのだろう。」
「正解〜〜〜〜」
てへへ、とリナが笑う。
「ゲームっていうか、つい、その、積み上げて塔にするやつ、あれがやってみたくなっちゃってさ。どこまでできるかなって。したらガウリイが来たから、やらせてみたのよ。」
「結構、集中力がいるんだぜえ?なのに、リナが隣でうるさいの何の。」
「こーゆーのは傍から見てる方が燃えんのよっ!ちちいっ、あとちょっとだったのに。完成しないと、なんか悔しいわね・・・。」
「だったら、もういっかいやるか?」
「ったく、どっかの失礼なエルフがいきなり飛び込んでこなきゃ、今頃完成してたってのに。」
リナがちろりっと嫌味な視線をメフィに向ける。
途端にメフィがむきになって反論しようとした。
「だ、大体、こんな大事な時にゲームなんかしてる、貴方達が悪いんですわっっ!!ねっ、おじさまっ!!」
「・・・うむ・・・いや、ぷらいばしーの邪魔になっては悪いと止めたのだが・・・。」
「おじさまの裏切り者っ!」
「ぷぷぷぷらいばしーってっっ!」
リナが真っ赤になる。
「な、なんか勘違いしてない、別にあたし達はっ・・・」
「うむ。どうやら私の勘違いだったようだ。」
ミルガズィアが背を向けたので、リナはほっとしたようだった。
まだぶつぶつというメフィを先に押し出し、黄金竜の長は去りしなに一言こう言った。
「ところで、リナ=インバース。」
「な、なに?改まって。」
「いつまでそこに乗っている気だ?」
「えっ?うわひゃっっ!!!!」
 
 
がたがたがた、すぱああああんっっという小気味良い音を後にし、ミルガズィアとメフィは二人のいる部屋を出た。
それぞれに割り当てられた部屋へ戻りながら、メフィはまだ首を傾げていた。
「それにしてもおじさま、わからないのは、ぷらいばしーのことですわ。カルタで遊ぶのがぷらいばしーでないなら、一体、どういう時がぷらいばしーなんですの。」
「うむ・・・・・・。」
齢千年はとうに越している、人間やエルフよりさらに長寿の黄金竜は、深いため息をひとつついた。
「どうやらこの問題を考えるには、まだ百年や二百年はかかりそうだな・・・・。」
 
まことにもって、気の長い種族であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 







--------------------------end.
 
おほほほほほ(笑)久々にやってしまいました(笑)妄想小説、ミルさん&メフィばーじょんです(笑)リナ&ガウは何をやっていたかというと、トランプタワーを作っていたのでした(笑)一流の剣士、きっとやればどこまでも積めるのではないかと(おひ)ちなみにカルタ、トランプ、アルカナ、同義語として使っております(笑)<元はイッショ
この二人がこのまま天然ボケでいてくれたら、近い将来にはもうちょっと美味しい場面が覗けるのではないかと・・・・(おおいにマテ)
では、ここまで読んで下さったつきあいのいいお客様に、愛を込めて(笑)
ミルさんは果してトイレに行くと思いますか、それとも行かないと思いますか。
そーらがお送りしました(笑)

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