「ことしの葡萄」




気持ちのいい風が吹く丘には、一人の少女が立っていた。
風にそよぐ黒髪は、肩で切りそろえているが豊かだ。
一本の大きな木の幹に手をかけて、眼下の光景を見下ろしている。

丘の下には、はるか見渡せる広い葡萄園。
ちょうど収穫の時期だ。
籠をしょった幾人もの人々が、めいめい丁寧に一房ずつ葡萄を採っているのが見える。
辺りには、葡萄の爽やかな芳香まで立ち篭めている気がした。




やがて、ざくざくと草を踏みならしながら丘を上がってくる足音が聞こえ。
少女の背後から、声がかかった。
「・・・あ、どうも。オレを呼びましたか?」
「・・・ええ。」
ルナ=インバースはにこやかに振り返った。
そこに立っていたのは、つい先日、何年ぶりかに実家に戻った妹がただ一人連れてきた男性。
長い黄金色の髪、青い瞳。
長身。
一見すると、いかにも女性にモテそうなハンサム・ボーイなのだが。
妹いわく、『脳みそは増えるワカメ』とのこと。
どことなく、穏やかでのんびりした雰囲気も見て取れる。
ルナは彼を手招きすると、あらかじめ用意しておいたピクニックシートの上を示した。
「旅の間の話でも聞かせていただこうと思って。
妹のいる場所では、なかなかゆっくりできなくてね。」
にこりと笑うルナ。
「・・・・はあ。」
頭をぽりぽりとかきながら、ガウリイは勧められるまま、シートの上に腰を下ろした。







ちょうどお昼時だった。
葡萄園の人々もお互いに声をかけあって、お昼が用意された館の方へ引き上げて行く。
収穫時の忙しい時は、近隣の農家が協力して作業に当たるのだ。
中腰を強いられる辛い姿勢を伸ばし、美味しい食事と楽しい会話で一時の安らぎを得る。
丘の上では、ルナがポットから湯を注ぎ、お茶を入れているところだった。
「どうぞ。遠慮しないで召し上がれ。」
「・・・・いただきます。」
ガウリイは、シートの上に広げられたたくさんの皿を眺める。
どれも手の込んだ料理ばかりで、さすがに盛りつけ方も綺麗だ。
ルナは普段、ウェイトレスをしているというが、これなら立派に厨房でも働けそうだ。
「どうしたの?遠慮でもないでしょう。
普段は、あの子と食事を取り合ってたんじゃないのかしら?」
「・・・・はあ、まあ。」
どうしてわかるんだろうと、ガウリイが苦笑した。


実際、リナの姉に会うまでは、ガウリイはルナのことをよく知らなかった。
リナはただ青ざめたように詳しくは語らなかったし。
あのリナを恐れさせるほどの姉とは、きっとドラマタの上を行く、さらに過激で兇暴かつ強力な魔力の持ち主だろう。
なんとなく、背の丈10メートル以上はある、首がみっつに分かれた伝説上の生き物を想像していた。
そんなことはまったく、あるわけはないのだが。
こうして会ってみると、見かけは全然普通どころか、リナとホントに姉妹なのかと頭をひねるほど、いろいろと相違点の多い人物ではあった。

「旅の間は、あなたがあの子の保護者として、一緒に旅をしてくれたんですってね。」
サンドイッチを小皿に盛りながら、ルナが切り出す。
「あの子、自分ではものすごくしっかりしてると思ってるけど、どこか抜けてるところがあるから。・・・あなたのお陰で、随分と助かったんじゃないかしら?」
「・・・・・え・・・と・・・。」
ガウリイは皿を受け取り、ぱくりと一つを食べてみる。
美味しかった。
「いや・・・・なんていうか。
生活力はあるし、物事はオレなんかよりよく知ってるし、剣も使えて魔法も使える、凄いヤツですよ。」
ガウリイは空になった手で、指折り数える。
「けど、無茶っていうか、思いきりがいいって言うのか。
時々、とんでもないことを思いつくヤツで。」
「・・・・・・もう一ついかが?」
「あ。いただきます。」
今度はローストビーフのサンドイッチをぱくり。
「それに、オレと一緒に旅を始めた理由が、『光の剣が欲しいから』だって言ってたんですよ。」
「・・・それは妹から聞きました。
でも、その光の剣は無くなったんでしたよね。」
「ええ、まあ。」
ルナの入れたお茶を受け取り、ガウリイはすする。


「・・ねえ、ガウリイさん。」
「・・・・は?」
小エビの唐揚げに手を伸ばしたガウリイに、ルナが質問をぶつけた。
「考えてみたんですけど。
あなたは、実は妹の被害者でもあるんじゃないのかしら?」
「・・・・・・?」
手を止めたガウリイに、あくまで冷静にさらりとルナが言う。
「たまたま一緒に旅をすることになったお陰で、魔王との戦いに巻き込まれたり、人質としてさらわれたり。
結局、一族の宝とも言うべき光の剣を奪われて。
それもこれも、あの娘と一緒じゃなかったら、起こり得なかったことでしょう。
命がいくつあっても足らないような、そんな旅だったんじゃないのかしら?」
「・・・・・・・・・・へっ?」
ガウリイが、きょとんとルナを見つめた。

そのまっすぐな目に。
ルナが初めて気押された。
思わずルナも、きょとんとした顔になる。

「え・・・あ・・・・いや・・・・なんて言うか・・・・よくわかんないですが・・・・そういうことになるのかな・・・?」
自信なさげな声で、ぽりぽりと頭をかくガウリイ。
ルナが息を詰めてその様子を見守っていることも知らずに。

「まあ・・・・・その・・・。
敵とひっくるめて呪文で吹っ飛ばされたり、いきなり水の中に突き落とされたり、あげくの果てには男に迫らせようとしたり、そりゃいろいろあったような気がしますけどね・・・・。」
また指折り数えてガウリイが言う。
「・・・・・。」
ひくひくっとルナの頬が引きつる。
実のところ、彼女は笑えばいいのか、それとも深刻そうな顔をしてあいづちを打てばいいのかわからなかった。
「無茶やるヤツですし、無茶要求するヤツですけどね。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・でも、まあ。」
ガウリイがふっと笑った。
「気がついたらこ〜なってた、ってだけで。
どうして、なんて、・・・・今まで考えたことなかったですね。」
「・・・・・・・。」
突然、ルナの肩から、ふわりと力が抜けた。



その時、姉は。
彼と肩を並べ、今まで歩いてきた妹のことを思い浮かべていた。
穏やかに笑う彼の隣で。
まっすぐにこちらを見つめる、誇らしげな彼女の顔を。

「・・・でも、あなたは伝家の宝刀を失ったのよね。
もし妹に関わらなければ、今でもその剣は手許にあったのではなくて?」
ガウリイが無意識に、腰に手をやったのをルナは見逃さなかった。
そこに剣は無かった。
「・・・いや・・・そのこともなんですが・・・。」
意外に落ち着いた笑顔を見せて、ガウリイは手を膝の上に戻す。
「オレは、あれで良かったと思ってるんです。
あれは、本当の意味では『光の剣』なんかじゃなかったし。
・・・それに・・・。
リナが、代わりの剣を見つけてくれるって言いましたからね。」
そう言った彼の顔は、どことなく嬉しそうだった。
「・・・・自分のせいだ、って妹は言ってましたね。」
「いや。・・・オレは、ホントは剣なんてどうでも良かったんです。
リナといればなんとかなるよ〜な、そんな気がしてましたから。」
迷いのない笑顔。

つかみどころのない、雲を相手に格闘をしかけるようなものだわ。
ルナはそんな自分の例えに笑った。
ガウリイは他の料理をぱくついている。


世界を見てこいと、妹を送りだした時。
正直、妹がどんな人間になるか、彼女には予想しきれないところがあった。
妹には未知の可能性があり、そのまま狭い世界に置いていたら、ただその力を持て余して暮らすだけの人間になる危険があった。
世間知らずの最終兵器、と言っても過言ではない。
物事を狭い物差しだけで考え、別の方向を探すことができない。
そんな人間にだけは、なって欲しく無かったのだ。
そして、そんな風にしてしまうには、あまりに危険すぎた。

久しぶりに会う妹は、どんな顔になっているのだろうかと思っていた。
自らの力に溺れ、傲慢で、視野の狭い生意気そうな顔か。
世界の重さに押しつぶされ、自信を失い、気落ちしている顔か。
ただのんびりと、何も関係ないという風を装って、全てを見ない振りで過ごしてきたのか。
顔を見れば、わかると思った。

だが、妹はほとんど変わらなかった。
あの日のまま、どこか無邪気さを残した笑顔。
ルナはふと心配になった。
妹は今まで、何をしてきて、何をして来なかったのか、知りたくなった。
そこでガウリイを呼び立てたのだ。
一緒に旅をしていた人間を知れば、彼女の旅が見えてくるだろう、と。

そして知った。
そんな彼女を、傍で見守ってきたこの男のことも。
二人の歩いてきた道が、どんな道だったのか。
一時の食事で、垣間見えてきたのだ。



「葡萄って・・・・・」
ガウリイがふと思いついたように言った。
「もっと木が大きくて、枝からぶら下がってると思ってましたよ。」
眼下の、誰もいない葡萄園を指差す。
「・・・・ああ。」
急に変わった話題に、ルナは気持ちを切り替える。
「あれは、ワイン用に開発された木なの。管理がしやすくて、収穫にも便利なの。」
「え・・・・。
ワイン用って、じゃあ、あんまり甘くないのかな・・・・?」
残念そうな声に、思わずルナが吹き出す。
「・・・あの、ガウリイさん。
ワインっていうのは、葡萄が甘くないとできないんですよ?
だから、食べる葡萄と同じか、それ以上に甘くできてるんです。」
「へええ・・・・。」
素直に感心する声。


ルナの脳裏に、妹の声が蘇る。
一緒に連れてきたあの人は、どういう人かと尋ねた時。
彼女はしかめ面をして、こう答えたのだ。
『もの知らずで物忘れがハゲしくて、三歩進んだら何を食べたのかも思いだせないよ〜なヤツよ。
剣の腕前は大したもんだけど、それ意外はミジンコバカ。
保護者保護者って言ってたけど、どっちが保護者だかわかんなかったわ。』

「・・・・・。」
くすりと、笑うルナ。
「そういえば、ガウリイさんはゼフィーリアに葡萄を食べに来たって、妹が言ってました。」
「・・・・え。オレ、そんなこと言ったかな・・・・。」
「・・・・・・ぷ。」
「で、ことしの葡萄の出来はどうですか?」
笑うルナに、ガウリイが視線を戻す。

その青い目はただ穏やかで。
その言葉に別の意味があるなどとは、当のルナもなかなか思い当たらなかった。
「・・・え?・・・ええ、ことしの葡萄は、ことのほかいい出来だそうですよ。
お日様によく照らされて、嵐にも倒れないで済みましたし。
大事に守られて、よく育ったと思います。」
ルナははっとした。
「・・・・・そうですか。」
ガウリイがにこりと笑う。
「実はとっておきの葡萄をひとつ、持って帰りたいと思ってるんですが。」
「・・・・・・・・・・・!」


秋の爽やかな風が吹き下ろす丘の上で。
長身の男と、黒髪の少女は、しばらく黙って葡萄園を眺めていた。


やがて、ルナが口を開いた。

「・・・・大事な、葡萄ですから。」
「それは、よくわかってます。」
「・・・・あんまり甘くないかも知れませんよ?」
「・・・それは、困りますね。」
ガウリイがおどけてみせる。
「あんまり甘くないと、ワインにならないんでしょう?」

ガウリイとルナは顔を見合わせた。
どちらからともなく、ぷっと吹き出す。

「・・・・大事に、して下さいね。」
ルナが言う。
「あなたなら、いいワインが作れると思います。」
「だといいんですけどね。」
笑うガウリイ。
「手がかかる葡萄ですから。」





「ガウリイ〜〜〜〜〜〜〜っっ!」

がさがさと音がして、二人は振り返った。
見ると丘の反対側から、見慣れた栗色の髪が登ってくるところだった。
「あんた、今までどこに・・・・って、あれ・・・・?」
登る途中で、もう一人の存在に気づいたらしい。
「??姉ちゃん?
なんでガウリイとお茶なんかしてんの?」
まさに晴天霹靂、という顔をしている。

ガウリイとルナは再び顔を見合わせ、また吹き出した。

「あ〜〜〜〜。何よ何よ、二人で笑ってっっ!
もしかして、あたしの話でもしてた訳っ?
ちょっとガウリイ、なんか変なこと言わなかったでしょ〜ねっ!?」
腰に手を当ててにらむリナに、まだくすくすと笑いながら、ガウリイが答えた。
「・・・いや。ちょっと、葡萄の話。」
「へ・・・・ガウリイと、姉ちゃんが?」

きょときょとと、二人を見比べるリナの様子に。
ルナとガウリイは、声を立てて笑うのだった。
































===========================end.
以前にアンケートでもいただいた、ガウリイとルナの会話です。
15巻の最後が実家に帰る話だったので、やってみました♪もっと、ガウリイがぼやぼや〜〜で、ルナが気が抜ける〜〜〜ってとこを書きたかったんですが、会話の糸口が見つかりませんでした(笑)
それと、先日そーらの話をアップして下さったMIYAさんに教わったワザを使ってみました(笑)スタイルシートで、行間を少し開けてみたんですがいかがでしょ〜か。ほんのちょびっとですけどね♪
では、ことしの葡萄はよい葡萄〜〜〜(笑)というところで、お別れです。
生の葡萄と、熟成されたワイン、どちらがお好みですか?(笑)
そーらがお送りしました♪

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