開いた窓から、ぎゃはははははと下品に笑い騒ぐ、数人の酔っぱらいの声が聞こえる。
どこかにつまづいて転ぶ音、ガラスの瓶のようなものが舗装された道路の上を転がって行く音が続く。
やがてはそれらも遠ざかり、途端に外が静かになった。
今、宿の部屋を包む静けさと全く同じように。
「・・・・・・・リ・・・・リナ?」
腫れ物に触るかのように、ガウリイがこわごわと尋ねる。
「ど・・・・ど〜かしたのか、お前・・・・?」
リナはきゅっと唇を噛む。
「別にど〜もしないわよっ!ただ疑問に思ったことは、聞いちゃおうと思っただけ。」
「疑問って・・・?」
「だから。」一歩を踏み出す。
「あたし、聞いたわよね。いつまで、あたしの保護者してるつもり?って」もう一歩。
「そしたらあんたが言ったの。『一生か?』って。・・・それって」もう一歩。
「ど〜ゆ〜意味?一生って?」
立ち止まったのは、呆然と立ち尽くすガウリイの、ほんの一歩手前。
手を伸ばせば届く距離。
「ど〜ゆ〜意味で言ったのって聞いてるの。」
「ど・・・・ど〜ゆ〜って・・・。」ガウリイが言葉に詰まる。
「オレ、そんなこと言ったっけか。」
「あのねえええええっ!」
がば!
リナは精一杯背伸びをして、ガウリイの襟首をとっつかまえる。
「ここはそ〜ゆ〜ボケでかわす場面じゃないのっ!男らしく、ハッキリ答えなさいよ、ハッキリっ!」
「・・・・。」
「言ったの!『一生か?』って。あんたが!それってど〜ゆ〜つもりっ?一生、あたしの傍にいるってこと?『か?』の後の、くえっしょんまーくはど〜ゆ〜意味?そ〜ゆ〜大事なことは、はっきり言ってくんないとわかんないわよっ・・・・」
リナはガウリイの顔を見上げる。さっき飲み干したカクテルと同じ、透き通った青い瞳が、こちらを見下ろしている。
恐くなんかない。あんたもカクテルと一緒に、飲み干してやるから。
「それは・・・・。」
ガウリイが口を開いた。困ったように、ぽりぽりと頬をかく。
「はっきりも何も。・・・・言った通りの意味なんだけどな・・・・。」
ぐいっ!
リナは掴んだ襟首を引き寄せる。
「だからっ!その言った意味がわかんないんだってばっ!あたしが聞きたいのは・・・・」
「・・・・リナ?」
「あたしが、聞きたいのは・・・・・・・。」
くえっしょんまーくがつくのは。
一生、傍にいる。
一生、保護者でいる。そのどっちにつくの・・・・・?
自分に対する自分の問い掛けに、リナは気づいた。そのまま、ガウリイに尋ねればよかった。
「あたしが、聞きたいのは・・・・・・。」
「リ、リナ?」
「・・・・・・・・・だから・・・・・あたしが聞きたいの・・・は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
くらっ。
ぱふっ。
「お、おい、リナっ!?どうしたっ・・・・・」
いきなり倒れこんできたリナを、ガウリイは慌てて受け止めた。同時に、ちりんと何かが床に落ちた。
「おい?」
揺すってみると、反応はない。腕の中から、ふわっと甘い匂いがした。
「・・・リナ?お前・・・・酔っぱらってるのか?」
答えはなかった。リナは熟睡していたのである。
「・・・・ったく・・・・。いきなり飛び込んできて、これかよ・・・。」
ガウリイは苦笑した。しばし、寝顔を見つめる。
小さな身体を抱き上げると、しゃがみこんで、床からリナが落とした部屋の鍵を拾った。
そのまま、隣の部屋に運んで行く。
廊下に出たところで、一人の人物とはち合わせた。
「・・・・あららっ。潰れちゃったのかぁ。」
残念そうな声を出したのは、リナを店に誘ったバーテンの女性だった。
「この娘、アルコールに弱かったのね。」
ガウリイの腕の中で、お客はぐっすりと眠りこんでいた。
「・・・で、肝心なことは聞いたのかしら?彼女がずっと、気にしてたことは。」
「・・・・・・。あんたの差し金だったのか。」
ガウリイはため息をつくと、器用にリナを抱いたまま隣の部屋の鍵を開け、中に入った。バーテンはその後に続く。
「で、リナにどれくらい飲ませたんだ?」
ベッドに降ろしながら、ガウリイがまるで旧知の人間に声をかけるように背後に尋ねる。
「・・・・そんなに飲ませてないわよ。たった一杯。最初はお茶。次は試作品。最後に一杯だけ、カクテルをね。」
「・・・・カクテル?」
「そ。ノンアルコールって彼女には言ったけど、ちょっぴりアルコール入れたの。・・・ほんの少し、口が滑るくらいにね。」
「・・・・・。」
リナの足からブーツを脱がせ、上掛けをかけるガウリイ。
「びっくりしたわよ。一人で出歩いてる子を引っ張ってきたら、昨晩あなたが言ってた通りの子なんですもの。」
戸口の開いた扉の脇にもたれかけ、ガウリイがそっとリナの髪をかきあげるのを眺めるバーテン。その頬に、穏やかな笑みが浮かぶ。
「昨晩はあなた、今日はこの子。連日一人ずつあたしのお客になるなんて、よっぽど縁があったのね。この子、あなたの一言が気になってたみたいよ。」
「・・・・・。」立ち上がり、くるりと振り向くガウリイ。
「・・・・・。」
何も言わなかったが、その視線を察した女性はぱたぱたと手を振った。
「余計なことは何にも言ってないわよ。あなたが昨晩、うちの店で女に絡まれたこととか、なんて言ってその女を追い払ったか、なんてことは一切ね。」話すうちに、唇からくすりと笑いがこぼれた。
頬を赤くしたまま、リナは真っ白な枕の上に栗色の髪を広げて眠っていた。
「お邪魔だから私は帰るわね。・・・・でも、その前に一つ、きいてもいいかしら?」
バーテンは後じさると、ドアのノブに手をかけ、自分の方に引き寄せながら尋ねる。
「彼女は聞けたのかしら?・・・・あなたの、言葉の意味を。」
「・・・・・・・。」
ガウリイは振り返る。彼に向い、無邪気に『いつまで保護者してるつもり?』と問うた幼い顔を。
ふう、とひとつため息をつくと、ガウリイはポケットから一枚のコインを取り出した。
「意味も何も。言葉通りだと、彼女には言った。それでもわからないなら・・・・もう一度、こいつが尋ねてきた時に教えるよ。」
手に持ったコインをはじく。
優美な放物線を描いて、コインは部屋を横切った。
吸い込まれるように、すとんと、それはバーテンの手の中へ。
「チップだ。今夜はこいつが世話になったな。」
一瞬、あっけにとられたバーテンは、手の中のコインを見つめ、次に投げた本人を見つめ、最後に、その男が部屋から大事そうに抱きかかえて出てきた、ベッドの上の眠る娘を見つめた。
次にバーテンがしたことは、一つ。
店から客を送りだすように、挨拶をしてドアを閉めることだった。
たまに、悩みや気掛かりを抱えて、彼女の許へとやってくる客がいる。バーテンがすることは、話を聞いてやり、気分を引き立てるようなカクテルを作り、そして送りだすこと。いつまでもバーテンやカクテルを睨んでいても、そこでは答えは貰えないのだ。あとは、客達自身が、その問題に直接立ち向かわなければ。
バーテンが去った後、ガウリイはゆうべのことを思いだしていた。女性客に絡まれた時、自分の口がこう答えたのを聞いたのだ。
『悪いが、あんたと付き合うつもりはない。』
女性は言い募った。
『なら何で独りで飲んでるのよ。他にいい娘でもいるって訳?何でその娘は一緒じゃないのよ?』と。
そして深く考えずに、ガウリイは答えた。そして知ったのだ。
『あいつには、まだこういうところは早いから。』
女性客は馬鹿にされたと思って店を出て行った。
そして今日。
そんな彼の目の前で、その娘は軽く尋ねたのだ。
『いつまで保護者してるつもり?』と。
何も知らずに、答えも聞かずに眠ってしまったリナの眠るベッドの脇に、ガウリイは佇む。
額の髪を、さらりとかきあげた。
寝顔に呟いてみる。
「オレの言葉が気になってたって?
・・・・すぐに聞き返さなかったお前さんもお前さんだろ?」
まるで答えるように、リナの口の端が笑った。
枕に手を置き、ガウリイは身を屈めた。
「もう一度、聞きに来たら。ちゃんと教えてやるよ。」
火照る額に、そっと唇で触れた。
「早く大人になれ、リナ。それまで、待ってるから。」
翌朝。
リナは頭痛のする頭を抱えて食堂に降りてきた。
「あたし、どうやって宿に帰ってきたのか覚えがないのよね・・・・。」
ずきずきするのか、こめかみを押さえてリナが呟く。
「さあな。オレは先に寝ちまったし。」
スープをすすりながらガウリイが答える。
「・・・・・・・。」
その顔を不思議そうに見つめるリナに、ガウリイが気がついた。
「?オレの顔に、何かついてるか。」
言われてリナはぱっと顔を赤くし、慌てたようにフォークでサラダを突つき回した。
「べ、別にっ?何でもないわよ・・・・。」
そして言葉通り、何でもなかったかのように食事を続ける。
きっちりとバンダナが巻かれた額を見て、ガウリイはそっと微笑んだ。
・・・・・いつか再び、彼女があの質問をしてくるまで。
昨晩の出来事は、彼だけの秘密である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~えんど。
新刊用に書いたやつでした(笑)ページ数を大幅にオーバーしてしまったのでこちらで載せちゃいます。ゼルやアメリアがいないので、このシチュエーションは原作の方ですね(笑)<リナの質問//使い古されたネタだとは思うんですが(笑)バーテンのおねえちゃんが気にいっちゃったので書いちゃいました。
しっかし・・・ほとんど飲めないのに何故か酒場での展開が多いのはなじぇ??(爆笑)
では、ここまで読んで下さったお客様に愛を込めて♪
おすすめのカクテルはありますか?
そーらがお送りしました♪
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