華やかな通りだった。
あちこちに色とりどりの看板が並び、入口に花が飾られていたり、リボンが結ばれていたりする。
それぞれに着飾った若い女の子達が、笑いさざめきながら通り過ぎて行く。
大きな街にあたし達は来ていた。
折しも、花の祭りとかなんとかいうイベントのまっ最中らしい。
勿論出店もたくさん出ていて、一通り制覇してきたところだ。
「は〜、それにしても、あちこちに花が飾ってあるんだなあ。」
ポケットに手をつっこんで、のんびりと歩いているガウリイが感心したように言った。
あたしは頭を抱える。
「だから、花の祭りなんだってば。」
「あ、そうか。」
納得したようにははは、と笑う彼。
一体、どこまでわかっているんだか。
そんなあたし達の前を、一組のカップルが歩いていた。
とりたてて、ベタベタしている訳ではない。
人目もはばからず見つめ合ったり、その、キ、キスとか、そゆことをしているのでもない。
第一、んなじょーきょーを目のあたりにして、バカみたいに口を開けて後ろを歩くつもりは絶対にないが。
ただ、手をつないで、何かを話しながら並んで歩いているだけ。
時々目を合わせて、ぷっと笑い合う。
そしてまた何事もなかったように歩いて行くのだ。
「なーなー、リナ。」
「なによ?」
まさか、前のカップルに見とれていたなどとガウリイに思われたくなくて、あたしは素早く返事を返した。
ガウリイは不思議そうな顔で前後を見回している。
「何で女の子は皆、腕からカゴをぶらさげてるんだ?」
「え?・・・・ああ、あの花が入ってる縦長のカゴね。」
「そうそう。」
「あれはね。」
こほんと、あたしは咳払いをひとつ。
実は宿屋でもらったパンフレットに書いてあったのだが、ガウリイが読んでいる訳がない。
「女の子は今日、誰でも一つずつぶら下げて歩くんだって。
んで、お祭りが終ったらプレゼントするんだってさ。」
「へえ?で、誰に?」
「そっ・・・・そんなの、決まってるじゃない。」
「決まってるって・・・・?」
あたしはガウリイを振り返り、彼の顔を見上げた。
きょとんとしているガウリイの首に、自分の腕をするりと巻き付ける。
「・・・リナ?」
「そ〜ゆ〜〜〜ベタな質問、いちいち聞くなあああっっ!!
こゆ場合、ちょっと考えればすぐにわかるってもんでしょっ!!」
ぎゅうううううう!!
「くっ、苦しいっ、リナっ、や、やめれっ。」
するりと回した腕で思う存分しめつけて気が済んだ。
無論、照れ隠しである。
そこではたと気づいた。
すっかり周囲の注目を浴びていたのだ。
慌てて取り繕う。
「あ、あは、あははははははは。
な、なんでもないんですう。」
ちとわざとらしかったか。
むせこんでいるガウリイの首ねっこを掴まえて、急ぎ足でその場を立ち去ることにした。
またもたくさんのカップルとすれ違う。
女の子は手に手に色とりどりの花カゴをぶらさげ、もう片方の手を男の手や、腕に絡ませている。
その中を、ずんずんと歩くあたしと、やや後からのんびりとついてくるガウリイ。
同じ男女の組み合わせなのに、この違い。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。」
店の中から声がかかった。
真っ白なヒゲと眉毛と頭髪の、それでも腰はシャンと伸ばしたおじいちゃんが、何故かフリルのついた白いエプロンをしてあたしを手招きしている。
そこは花屋さんだった。
「お祭りの日に、女の子が花カゴを持ってないとは珍しいな。
あんた、旅行者かい。」
真っ赤な花に囲まれて、いささかメルヘンな光景だ。
「そーよ。ここは今日着いたばっかりなの。お祭りだってのも知らなかったわよ。」
「そりゃ残念だのう。まだまだ宣伝が足りないようだな。
わしゃこれでも、この街の観光課広報部広報係長でな。」
「・・・・・役人には見えないけど?」
「商店街商店主組合のじゃ。」
「・・・あ、そ。」
なんじゃなんじゃこのじーちゃんは。
何でエラそーに胸はって、エプロンにつけた金バッジを見せびらかしてんの。
「ともかく、女の子は花カゴを持つしきたりじゃ。
どうじゃ、お前さんも一つ。」
じーちゃんが指差した先には、花がセットされたカゴがいくつも並べられていた。
あたしはパタパタと手を振って断る。
「いーのいーの、お祭りって今日だけでしょ?
あたし達は単なるとーりすがりの旅行者だし。」
「そんなこと言わんと。」
「いらない。」
「そこをひとつ。」
「いらないってば。」
立ち去ろうとしたあたしの背後から、ひつこく声をかけるじーちゃん。
「いくらお前さんのよーな年端も行かない子でも、一応女の子は女の子じゃろう。」
むかっっ。
くるりと踵を返すと、あたしはつかつかとじーちゃんに詰め寄った。
「あのね。」
「なんじゃ、買う気になったか、ほれ。」
にこやかに花カゴを差し出すじーちゃんに、あたしは怒りの拳を固めた。
「ぜっっっったい、買わない!」
むかむか。
「一応って何よ一応って!!
一応じゃなくてあたしは女の子だっての、絶対にっ!」
ぶちぶち言うあたしの後から、ガウリイは苦笑しながらついてきた。
「お前さん、よくあそこで暴れなかったなあ。」
あたしの目が半開きになる。
「ガウリイ、あんた、あたしを暴れ馬か何かと思ってない?」
「多少、思ってる。」
「何ですって。」
「い、いやっ、ほら、なんだ、せっかくのお祭りだし、その、明るく行こう、明るく!」
慌てるガウリイ。
ここがお祭りの中心地じゃなかったら、とっくにお星様にしてあげるところだが、我慢我慢。
騒ぎを起こして仕事がもらえないと、懐が困るのだ。
「いくらあたしが可憐で華奢だからって、言うにことかいて年端も行かないだの一応だの。
自分はひょーはくされきったじーちゃんのくせにっ。」
「漂白ってι」
まだぶちぶち続けるあたしの頭を、何かがぽんぽんと撫でた。
ガウリイの手だ。
「よしよし。まあ、その辺にしとけよ。」
ぽむぽむ。
「な?」
立ち止まるあたし。
あたしの頭をにこやかに撫でるガウリイ。
行き交う人々。
通り過ぎる恋人達。
ったく、この男は。
子供扱いされて怒ってるあたしを、さらに子供扱いして慰めようだなんて。
「わかったわよっ。」
ぷいっとその手から逃れ、すたすたと歩き出す。
並んで歩いていても、彼等とあたし達は全く違う。
この男は、永久にあたしを子供扱いするつもりなんだ。
魔道士教会へ向かう道すがら、あたしは悟っていた。
イライラしたのは、あのじーちゃんのせいじゃないと。
いつまでたっても子供扱いされてる自分が、イヤになった事に。
気づいてしまったせいなのだと。
一緒に歩くあいつに、ちゃんと。
一人の女の子として自分を見て欲しいと思ってる事に、気づいてしまったせいなのだと。
考え事をしていたので、あたしは自分がどんなに早足で歩いていたか気づかなかった。
ふと顔をあげると、そこは見知らぬ街。
宿で聞いてきた道を示すものは何もない。
目印になる建物も見あたらなかった。
「あれ・・・」
振り返ると、ガウリイの姿もなかった。
怒りにまかせて、あたしはどんどん一人で進んで来てしまったようだ。
華やかな街。
賑やかな通り。
ごった返す人ごみ。
むせ返るような花の香。
迷子のあたし。
自分で自分を笑いたくなった。
子供扱いされてイヤだったくせに、やってることはやっぱり子供。
これじゃ、当分ガウリイの子供扱いは続きそう。
ちょっとだけでいい、もうちょっとだけ。
いつもの距離より踏み出して、もう少しだけ近くに行きたいだけなのに。
その手はあたしの手には届かない。
通り過ぎて、あたしの頭の上で、ぽんぽんと跳ねるだけ。
子供扱いされることが、見えない壁がそこにあるようで。
一歩を踏み出せない。
一言を言い出せない。
どうしていいかわからなくて、気持ちまで迷子になりそうだ。
「ほい。」
とんっ。
頭の上に、また何かがぽんと跳ねた。
ガウリイの声を頭上に聞いて、何となくあたしは、顔を上げたくなくなった。
迷子の自分を知られたくなかった。
「これ、お前さんに。」
「・・・・え?」
頭の上にあったのは、ガウリイの撫でる手ではなかった。
手を頭にやると、そこには籐の感触。
「これ・・・。」
「さっきの花屋で買ってきた。
待ってろって言ったのに聞こえなかったみたいだな、一人でずんずん歩いて行っちまって。
追っ掛けるの大変だったんだぞ。」
両手で挟んで下ろしてみれば、あの花カゴ。
中には黄色い花と真っ赤な花。
「あのじーちゃんの言うのももっともだと思ってさ。
せっかくのお祭りだし、お前さんも女の子なんだし。」
その一言にぴくりとするあたし。
「じーちゃんの言うのももっともって・・・・。」
一応女の子なんだから、ってこと?
・・・変だった。
嬉しいような、哀しいような。
可愛らしくリボンが結ばれた花カゴを見て、ちょっと辛くなった。
「・・・・ありがと。」
小さく礼を言うと、にこりと笑うガウリイ。
花カゴの意味も知らないくせに。
一応でしか、あたしを女の子扱いしないくせに。
カゴに結ばれていたのは青いリボンだった。
そのリボンを解くと、花カゴの中から赤い花を一本抜いてその根元に結んで、ガウリイに差し出した。
「これ、あんたにあげる。」
「・・・へ?・・・いいのか?」
「カゴ買ってくれたから。お礼。」
「そっか。」
ガウリイは素直に受け取る。
その意味を知らないから。
お祭りの最後に、女の子は。
自分のカゴから赤い花を選んで、リボンで結んで男に渡す。
普段は言えない、気持ちの証として。
男が受け取ったら、その気持ちを受け取るということ。
翌日、誇らしげに胸にリボンを飾った男が、女の子をデートに誘いに来ると言う。
そういう意味の、花カゴなのだ。
勿論、返される花もある。
それは、気持ちを受け取れないという意味。
「でもやっぱり、花は女の子の方が似合うよな。」
ぼんやりとしていたあたしの、耳もとでガウリイの声がした。
びっくりして我に返ると、ガウリイが屈んで、あたしがあげた花をあたしの耳に飾っているところだった。
「な?似合う似合う。」
腕を組んでにこにことあたしを見つめるガウリイ。
返される花。
そゆこと。
「あ、当たり前でしょ。」
唇をかんだ顔を見られたくなくて、そっぽを向いた。
意味も知らないガウリイの行動は、こんな時だけは意味があるように思えて。
思い切って差し出した自分の気持ちがまた、宙ぶらりんのまま。
届かない、届けたい、でも届け方がわからない。
行きたい、行けない、でも道がわからない。
子供じゃないのに、いつまでも迷子。
自分が情けなくて、嫌だった。
「でも、こっちのはもらっとく。」
ガウリイの声がして、あたしは踵を返す足を止めた。
振り返ると、花に結んだはずのリボンで、ガウリイが自分の髪をまとめているところだった。
長い金髪を後できゅっと結び、青いリボンのちょうちょをちょんとつつくガウリイ。
「似合うか?」
「・・・・・・・そ・・・・・。」
一瞬、言葉が告げないあたし。
期待して待っているガウリイ。
「そ・・・そね・・・・うん・・・スッキリして・・・いいんじゃない。」
「そっか。」
にっこりと笑ったガウリイは、花カゴをぶらさげていない方のあたしの手をとった。
「・・・ガウリイ?」
あたしが面くらっていると、手を自分の腕に絡ませてガウリイがこう言った。
「また一人で先に行かないように、つかまっとけ。」
「・・・・・・。」
耳に赤い花を飾り。
手をガウリイの腕に絡ませてギクシャクと歩くあたしは、後で考えてみれば相当目立ったかも知れない。
でも、その時のあたしはそんな事は全く気づかなくて。
頭の中はごちゃごちゃで、何をどう考えればいいのかわからなくて。
しばらくは落ち着かなかったけど。
楽しそうに手をつないで仲良く歩いていたカップルの事を思いだして、あたしは考えていた。
いつか、自分から。
もっとはっきりわかるような方法で。
自分の気持ちを相手に告げる日のことを。
逃げ出さないように、しっかりと。
鈍感男に思い知らせてやる。
いつかこの手が、頭を撫でるだけのあの大きな手に。
届く日に。
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リナ→ガウにちょ〜せんしてみました(笑)何故挑戦なのかって?(笑)ガウ→リナかガウ→←リナしか書けなかったからです(笑)のれんに腕押し状態のガウを書くのが、ど〜して難しいんでしょう、自分には(爆笑)
では、読んで下さったお客様に愛を込めて♪
好きな人にお花をあげたことがありますか?
そーらがお送りしました♪
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