「保護と婚約」


何かが近付いていた。
オレの野生(?)のカンがざわざわする。
こういう嫌な予感というのは、滅多に外れたことがない。



天気は晴れ。
街道を行くオレ達の上から、眩しいくらいの陽が降り注いでいる。
少し寒いが、寒いからと言ってリナがファイヤー・ボールを唱えるほど、寒くもない。
腹具合はまあまあ。
さっき立った村で、たらふく食ってきたからだ。
このまま歩けば、もうすぐ次の町に着くというし。
順風満帆。
その上、一番重要な、リナの機嫌もいい。
そんなオレ達に、一体何が起きるって言うんだ?


「何をきょろきょろしてんの、ガウリイ?」

先を歩いていたリナが、振り返ってきょとんとしていた。
「えっ?い、いや、別に。」
そう言いながらも、オレは周囲に注意を怠りない。
「なあんか変よね・・・。」
立ち止まって、くるりとこちらを向いたリナは、ずかずかとオレの方へ歩いてきた。
その時だ。
そばの茂みに、気配を感じたのは!

「リナっ・・・!」

オレが飛び出すより早く。
茂みから出てきたモノは、リナに向って腕を伸ばしていた。
「ちょっ!?」
リナが拘束されてもがく。

すると、そのモノは、リナを抱きしめながらこう言った。
「久しぶりだねっ!リナちゃんっ♪」

・・・・・へ?







突然現れたリナの幼馴染みは、名をハルと言った。
「いやあ、驚かせちゃってすいません。茂みの中で昼寝をしていたら、懐かしい声が聞こえたもんで。思わず飛びついちゃったんですよ。」
辿り着いた町の食堂で、ハルはにこにこと話し出した。

四角いテーブルを挟み、ハルはリナの隣に腰かけ、オレはその向い側だ。
「それにしても、綺麗になったねリナちゃん。びっくりしちゃったよ。」
ハルにそう言われたリナの顔が、ぱあっと赤くなる。
あれ。
なんか珍しい反応だな。
「そ、そっかな。・・・ハムハムこそ、すっかり変わっちゃって。わかんなかったわよ。」
・・・ハムハム?
「僕が引越してからもう10年はたつからね。あれから、僕もいろいろあったんだよ。」
「いろいろ?」
「うん。身体を鍛えたり、いろいろね。」
「へえ?何で?」


・・・・おいおい。
オレはおいてきぼりかよ。
寝ちまおうかな。

だがハルの次の言葉で、オレはすっかり眠気が吹き飛んでしまった。

「やだなあ。決ってるじゃないか。リナちゃんと結婚するためだよ♪」



「ええええええっ!」
「なにいいいいっ!」

食堂中に、オレとリナの声が響き渡った。


「どっどっど〜〜〜〜いうことよ、ハルっ!?」

お。リナが動揺してる。
ということは、ハルの独り合点か?
オレはとりあえず、二人の反応を見守ることにした。

「どういうって。・・・・忘れちゃったの?」
ハルはいささかも動じている風には見えない。
「僕は忘れてないよ、約束したこと。だから君を守れるように、身体だって鍛えたし、君に美味しいものを食べさせてあげるために、料理の腕だって磨いた。勿論、仕事だってちゃんと持ってるさ。後は君を迎えに行くだけだったんだ。」
ハルは、驚いて立ち上がったままの、リナの手をそっと取ると言った。
「それがこんなところで出会えるとは。まさに、僕達の運命が、二人を結び付けたんだね♪」
「・・・・・。」
「ち、ちょっとハムハム・・・・・。」

「ところで。」
ハルはリナの手を握ったまま、にこやかにこちらを向いた。
「リナちゃん。こちらの人は?紹介してくれないかな。」

・・・・・へ。
オレの顔を見たリナが、ますます顔を赤くする。
・・・なんなんだよ、この状況は。

「え・・・えっと。こ、これはガウリイ。」
おい。オレはこれ、かよ。
「ちょ、ちょっとしたことから、一緒に旅をしてるの。あ、あたしの、自称保護者っつ〜かなんつ〜か。」
「ふうん。」
・・・・おいおい。
「か、彼はこう見えても、あの、ザナッファーを倒した光の剣の勇者の末裔なのよっ。」
・・・こう見えても?
・・・・じゃあ・・いつもはどう見えてるんだ?
「へえ。」ハルが口笛を吹いた。
「じゃあ、あの?」
「え・・・あ、うん。あの。」
二人が目配せを交わす。

あ。
なんか、胸の辺りがムカムカしてきたぞ。
・・・・食い過ぎたかな・・・・。

「なるほど。それでリナちゃんは、一緒に旅をしてるんだね。」
とハルが、わかったようなことを言う。
おいおい。今現れたヤツが、何でオレ達のことがすぐにわかるんだよ?

「よろしく、ガウリイさん。」
ハルが立ち上がると、ぺこりとオレにお辞儀をした。
リナの手は、まだ握ったまま。
「きっとあなたのお陰で、リナちゃんに悪い虫がつかなかったんですね。お礼を言います。」
・・・・・・悪い虫?
「ちょっとハムハムっ!何言って・・・・」
「今までリナちゃんを守ってきてくれて、ありがとうございました。」
また、ぺこり。

オレの胸のムカムカは、何故か一層ひどくなった。
・・・・何で、こいつにお礼を言われなきゃならないんだ?

「これからは、リナちゃんは僕が守ります。」
ハルは高らかに宣言した。





夕食の後。
オレは風呂にも入らずに、部屋に戻った。
ドアを開け、部屋に入り、ドアを閉める。
なんだか、すごく疲れた気がする。

慣れたはずの防具の取り外しさえ、途中で何回かひっかかった。
用意されたハンガーにかけることさえしないで、その辺に放り出す。
こんなところを昔の師範に見られたら、三日はメシ抜きだな。
などとどうでもいいことを考えた。

ブーツを脱ぐと、倒れるようにベッドに寝転がった。

天井を振り仰ぐ。


食べ過ぎのせいなのか、何なのかはわからんが。
胸のムカムカは、一向に解消されなかった。
昼間感じた嫌な予感は、この事だったんだろうか?
何もかも順調で、何も起きそうになかった日常。
いや、事件に巻き込まれたり、誰かに襲われたり、なんてのはいつでも起こりそうだが。
・・・・こんな風に。
オレ達の旅を、根底からひっくり返すようなことが起きるとは、思ってもみなかった。




こんこん!
ドアをノックする音が聞こえた。
尋ねなくてもわかる。
リナだ。

「ガウリイ?・・・・起きてる?」
何故だか、すぐに出迎える気になれなかった。
「起きてるけど。・・・・もう寝るとこだ。」
「・・・。ちょっと・・・・いい?すぐ済むから。」
「・・・・。」

オレはたっぷり時間をかけて起き上がった。
いつもなら。
すぐにドアを開けてやり、リナの話を聞いてやるのに。
気が進まない。
というか、今はあまり、リナの顔を見たくない。

がちゃり。
開いたドアの向こうには、妙に大人しいリナが立っていた。
「・・・・あの。入ってもいい?」

入ってもいい?だと?
いつもなら、有無を言わさず入ってくるくせに。
オレは胸のムカムカのせいで、ちょっとイラついていた。

「なんで。すぐに済むなら、ここでいいだろ。」
オレの目は、リナでなく廊下を見ていた。
誰もいない。
だが、二つ三つ先の部屋に、ハルの部屋があるはずだ。
「・・・・。」
リナが切りだせずに黙り込んだ。

「あの・・・・ね。ハムハムの・・・ううん、ハルのことなんだけど。」
む。
「なんだ?」
「あの・・・・結婚の約束とかっての・・・。あたし・・・。」
「したんだろ。ハルがあれだけ言うんだから。」
「・・・・。」
「それで、結婚するのか。」
「えっ!?」
リナが慌てる。

「べ、別にそんな、あたしっ。だだだって、そんなの、まだ考えたことないし、それに、あたし、まだやることがあるしっ・・・・。第一、早いし・・・。」
むか。
「別に早くはないだろ。リナよりもっと年下の子で、結婚する子もいるだろう。」
「そっ・・・それはそ〜かもしんないけど・・・。」

また黙る。
どうも歯切れが悪い。
オレはイライラを止められない。

「そ・・・・それでね。せ、せめてその約束を思いだすまでは、一緒に旅をしたらどうかなって思って・・・・。」
いつもだったら、自分が一度決めたことに、有無を言わさず人を付き合わせるくせに。
いつもと違うリナ。
いつもと違う会話。
それが、オレのイライラを増長させる。
「どうか、な。」
「・・・・別にいいんじゃないか。」
「そ・・・う?」
「ま。決ったら早く言ってくれ。オレだって、お邪魔虫にはなりたくないし。その時はさっさと消えてやるから。ま、おめでとうくらいは言ってやるけどな。」
「・・・・・。」



しまった、と思った。
言うつもりもなかった言葉が、すらすらと口をついて出た時には。

はっとして、リナの顔を見た。

それは。
オレのそんな言葉の垂れ流しを。
しっかりと受け止めちまった顔だった。





続きへご〜♪