「保護と婚約」


きぃ。
オレはそっと扉を開く。

カーテンが降りた部屋は、ベージュ色の光の中、静けさに包まれていた。
部屋のまん中に、パジャマを着て、こちらに背を向けて立っているリナがいた。
オレは部屋に入り、ドアを閉めた。
リナは振り向かない。

「・・・・何か、用。」
聞いたこともない、他人行儀な声が、オレの胸を締め付ける。

「具合でも・・・悪いのかと思って。」
「・・・・・。」

何と声をかければいいのか、わからなかった。
オレはただ、いつものように。
どうした?何があった?オレにできることなら、何でもしてやるから。
話してみろよ。
と。
言えばよかったのに。


「・・・・へえ。心配してくれるんだ。」
何故か、嘲ったように聞こえる口調。
「保護者として、最後の仕事ってこと?」
なに?
「お前・・・・結婚するのか、ハルと。」
「だったらどうなの。ガウリイには、関係ないでしょ。」
「・・・・。」


ベージュ色の光が、オレに錯覚を起こさせる。

リナがパジャマでなく。
ふわりと広がる、ドレスを着ているように見えた。


リナが結婚したら。
相手が、ハルか、ハルでなくても。
・・・・・そうしたら。
オレは、こう言うのか。
こんなドレスを着た、リナの背中を見ながら。

おめでとう、と。



「結婚するなら・・・・保護者の了承がいるんじゃないのか。」
ようやく出た声は、掠れていた。
「・・・・・。保護者って?ウチの両親?
それとも・・・ガウリイのこと?」
リナが振り向いた。


そこへ、息せききったハルが飛び込んできた。
「お医者さんがいなくって、薬を買ってきたんだけどっ・・・・・・。
・・・・ガウリイ・・・・さん?」

事態は、サイアク、ってやつだった。



「・・・保護者と、婚約者の。戦いみたいですね。」
今、飛び込んできたはずのハルが。
すっかり事の成りゆきを悟ったようだった。



「・・・戦い?」
オレは尋ねる。
ハルは手に包みを抱えたまま、オレに向って挑むように言う。
「ええ。リナちゃんと結婚することを、あなたに許していただかなければならないようです。」
「・・・・・。」

リナは部屋のまん中。
ドアの傍には、オレとハル。
まるで陳腐な芝居のよう。
一人の女を巡る戦い?

・・・・・・ふざけるな。


「オレが許すも許さないも。君はリナと結婚したかったら、オレなんか構わないだろう。」
「ええ。僕は構いません。何と言っても、リナちゃんの御両親には承諾を得ていることですし。他に恐いものなど、ありませんね。」
「じゃあ何故。」
「僕が構わなくても。リナちゃんは構うようですよ。・・・あなたが。」
温和そうに見えるハルの顔が、一瞬真剣な表情になるのを、オレは見逃さなかった。
「あなたが。背中を押してくれなければ。僕と結婚できないようですから。」

リナが何かを言おうと顔を上げた。
オレはそれを手で制する。

「ハル。一つ言っておく。」
「・・・はい?」
「オレが許さないことがあるとしたら。」
「・・・何でしょう。」
「それは。お前さんがリナの気持ちを無視して、まるでゲームに買った褒美か何かのように扱うことだ。それはオレが許さない。」
「・・・何故、あなたが許さないんです?それは自称保護者だからですか。」
「今までリナと一緒に旅をしてきた、オレとしてだ。」
「・・・・。」

ハルはちらりと、オレの腰元を見た。
何を見ようとしたんだ?

「じゃあ言いますが。この結婚はもともと、リナちゃんが言い出したことなんですよ。」
「・・・・ほう?」
「申込んだ方が、やっぱり気の迷いだった、なんて言うのは。契約の不履行ってヤツですよね。」
「そういうことも、たまにはあるんじゃないのか。」
「契約の実行は、法で定められています。最初っから不履行になるとわかっていて、契約するやつはいません。つまり、契約とは守られるべきものなのです。」
「昔の話だろ。」
「時効だとおっしゃりたいんですか。」
「そうは言ってない。ただ、子供の時の話だろ、と言ってるんだ。」
「例え子供でも。契約は神聖なものです。」

オレはリナの方を振り返る。

リナは必死に、昔の事を思いだそうとしているらしかった。
だが自分でもまだ、思いだせないと言っていたし。

「じゃあ、気持ちはどうなる。」
「誰の気持ちですか。」
「リナのだよ。」
「僕を嫌いだとでも?」
今度はハルがリナを振り返る。
「リナちゃん。僕が嫌い?・・・な訳がないよねえ。だって君の方から結婚を申込んだんだから。」
「・・・・。」
言いかけたリナが先を制されて黙ってしまう。

「僕の気持ちも考えて欲しいですね。」
「・・・なに?」
「結婚を申込まれて。僕はずっと、それを楽しみにしてきたんですよ?今さら、忘れた、昔のことだと言われて。はいそうですか、と引き下がれますか?」
「・・・・引き下がるとか、引き下がらないとかじゃないだろ。」
「じゃあ簡潔に言いましょう。僕はリナちゃんが好きですし、今でも結婚したいと思っています。リナちゃんさえ、うんと言ってくれれば、今ここで式を挙げてもいいくらいです。さあ。僕の気持ちはどうなります?」

こいつ。
温和そうに見えて。
なかなかしたたかなヤツじゃないか。

オレが答えないでいると、ハルは言った。
「僕はね。昔っからリナちゃんに聞かされていた話があるんです。魔法のことや、異界の神、魔族や亜人間なんかの話をね。・・・その中で。覚えているんですよ。」
「何を。」
「伝説の魔獣、ザナッファーを倒した勇者の話です。その勇者が手にしていた、不思議な力を持つ『光の剣』。よくリナちゃんは話していましたよ。」
リナが、はっと息を飲む音が聞こえた。
「『光の剣』が欲しいって。」

「・・・。」
「・・・・。」
オレとリナの目が合う。
ハルが畳み掛ける。
「リナちゃんは。その『光の剣』が欲しくて。あなたと一緒にいただけじゃないんですか?・・・・そのあなたに。
僕をどうこう言う資格など、ないんじゃないですか・・・・・?」




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