「愛しさと息苦しさと」


 
 
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
フィリアは、その日初めてのため息をついた。
 
それなりに栄えている街の大通りで、フィリアは久しぶりにリナ達と再会した。
店番と、とある竜の幼生体の世話をグラボスに任せ、ジラスを連れて骨とう品の買い付けに訪れていたのである。

せっかくの再会を祝して、一同は一緒に食事を取ることにした。
というか、リナがいささか強引にフィリアを引っ張って来たのだ。
フィリアはその様子に、何となく首をかしげないでもなかったのだが。
 

「・・・・・。」
「・・・・・。」
かちゃかちゃ。
何故かテーブルでは、食器とフォークやナイフがぶつかる音しかせず、ごくごく静かに昼食は進んでいた。
これが一般の人間なら、まあ、静かではあるがそれほどおかしなことではないと思うだろう。だが、ことあのコンビと一緒に食事をしている時に限って、その判断は誤っていると言わざるをえない。
・・・・・つまり。
ジラスが今、スプーン片手にこわごわと見比べている、リナとガウリイである。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
一向に、世間話すら進まない食卓。
いたたまれない面持ちで、ジラスが助けを求めるような視線をフィリアに送る。
 
リナはほとんど顔も上げずに、黙々と自分の皿を平らげていた。隣のガウリイや、他の大皿にまでは手を出していない。
対するガウリイも、それを不自然だと突込みもせず、やはり同じように食事を続けている。だが時折、ちらりとリナの方を見るのだが、相手は一向に反応を返さなかった。
「・・・・・・・?」
どうにも再会を祝した食事には思えない、静かで奇妙な昼食は終わり。
やがて一同は揃って食堂を出た。


「それじゃ・・・・・・・。」

フィリアが辞去の挨拶をしようとした時である。
リナが慌てたようにその腕を取った。
「ねっ、フィリア、今日はこの街に泊まって行くんでしょ?宿は決ってるの?」
「あ、いえ。これから探そうかと・・・・。」
「じゃあっ!あたし達と同じとこに泊まらない?この近くなんだけどさっ?」
「・・・・それは・・・・いいですけど・・・・。」
「んじゃ決りねっ!あたし、宿の予約しといたげる。この後の予定は?」
「あ・・ええ・・さっきのお店の隣にも寄ろうかと・・・・」
「わかった!じゃ、後から追っ掛けるから。」
「えっ・・・・?ちょっと・・・・リナさん?」
「後でねっ!」
フィリアが我に帰った時にはもう、リナは宿屋に向って駆け出していた。
さっきまでの静けさが嘘のような、突然の申し出と突然の行動。
ジラスとフィリアは何となく目を合わせ、何となくため息をついた。
 
その後では、ガウリイが一人、頬をぽりぽりとかいていた。
 
 
 
 

フィリアがジラスが、何となくため息をついたのはこれを予想してのことだったのかも知れない。その日の夕食も、昼食の再現だったのだ。
 
宿に泊まる客も少なく、食堂はがらあき状態で、余計に事態に拍車をかけた。
普段の二人を知る者からすれば、死にも等しい沈黙が続く。
フィリアはごくりと紅茶を飲み干すと、意を決して切り出した。
「・・・・・・リナさん・・・・。」
「・・・・・・なに・・・・・・?」
「あの・・・・・。何か、あったんですか・・・・?」
「え・・・・?」
スープを掬うリナのスプーンが、ぴたりと止まった。
「べっ・・・・・・別に、何も・・・・?」

すぐに答えは返ってきたが、フィリアはリナの態度に不自然なものを感じていた。
午後の買い物の間、リナはべったりとフィリアに取りつき、腕をからませてはしゃいだ様子を見せていた。
そのはしゃぎ方も、なんだか上すべりしているような気がしたのだ。
・・・・それに。
昼に再会してからこのかた、ただの一度も、リナはガウリイと目を合わせていないのである。
 
「こっ・・・・このスープ、旨いですねっ、ダンナっ。」
ジラスがごくにこやかにガウリイに話し掛けた。
この二人は縁浅からずなのだが、過去は過去、とりあえず食事は愉しく、と気を利かせたのだろう。
だが返ってきたのは沈黙だけだった。
ガウリイは、リナを見ていたのだ。
「・・・・・・?」
「・・・・・・?」
フィリアとジラスはまたもや、何となく目を合わせてため息をついた。
 
 
あまり咽を通らない食事が終わると、ガウリイがまず席をたった。
何も言わず、一人で階段の上に消えていく。
リナはテーブルで、残り少ない紅茶をまだぐずぐずと飲んでいた。
二人はおやすみの挨拶も交わさない。
何故かフィリアには、リナがわざとガウリイを見ないようにしているとしか思えなかった。
・・・ケンカでもしたのだろうか?
 
疑問は残ったが、フィリアとジラスもそれぞれの部屋に退去することにした。
 
 
 
こんこん!
 
しばらくして、荷造りをしているフィリアの部屋のドアをノックする者があった。
「はい。どなたですか?」
「・・・・あたし。入ってもいい?」
「・・・リナさん?」
ドアを開けるとそこには、わずかに顔を赤くして、視線を逸らしたリナが立っていた。
 
「・・・・・どうかしたんですか?今日のお二人、どこか変でしたよ?」
部屋に備え付けの湯沸かしを使って、フィリアは自分とリナのために紅茶を入れた。
窓の傍に立ち、落ち着かない様子のリナに、カップを差し出す。
「・・・・・・・。変・・・・だった?」
カップを受け取り、ふうふうと吹いているリナ。
フィリアは椅子に腰をかける。
「ええ・・・・。」
「どこが?」
「どこがって・・・。だって、お食事があんなに静かだったのは初めてですし、何より・・・」
「・・・・?」
「リナさん、一度もガウリイさんの方を見ていなかったでしょう。」
「・・・・・・・・。」
 
リナは両手でカップを包むようにして持っていた。
揺れる紅茶をじっと見つめている。
「ガウリイさんと・・・・何か、あったんですか?」
「・・・・・・・・!?」
リナは黙ったままだったが、途端にその顔が、ぼんと紅茶のように赤くなった。
「なななっ・・・・そそっ・・・・なっ、なんでっ・・・・」
「・・・・・。」
 
この件に限って、リナは嘘がつけないとフィリアは悟った。
二人の間に起きたのは、どうやらケンカなどではなさそうだ。
 
「なんでもなにも。普段だったら、会話の絶えないお二人ですもの。一緒に旅をしていた時、他の皆さんはそれを『どつきあい漫才』とか『夫婦漫才』とか呼んでいらしたようですけど。」
「・・・・ど・・・・め・・・・・。」
「それが、今日は一度もガウリイさんの方は見ないし、会話もなし。まるで戦争みたいなお食事の取り合いもなし。・・・・なんだか拍子抜けしましたもの。」
「・・・・・・。」
「ガウリイさんは気にしてたようですよ?お食事中も、何度かリナさんの方を見ていましたし。」
「・・・・・・。ガウリイが・・・・。」
 
リナはカップの中の紅茶を見つめている。
フィリアは立ち上がり、リナの腕を軽く引いた。
「・・・・考えてみればわたし達、女同士の話なんかしたことありませんでしたよね。・・・最も、あの時はそんな状況でもなく、しかもわたしは人間ではなく竜ですけど。・・・話し相手くらいには、なれますよね?」
「フィリア・・・・。」
「さあ、座って。紅茶を飲んでリラックスして下さい。お代わりはいくらでもありますから。」
 
「・・・・・・・・ガウリイが・・・ね。」
フィリアと向かい合わせの椅子に座ったリナは、ぽつりと話し出した。
二人の間にあるテーブルには、たっぷりとお代わりの入ったポットがまだティーコゼーをかけられたまま鎮座している。
「その・・・・・・。」
どうやらなかなか切り出せない話題らしい。
フィリアは助け舟を出すことにした。
「ガウリイさんと、少しは仲が進展しました?」
「少しはって・・・・!それ、どーゆー・・・・」
リナが真っ赤になる。
フィリアはくすりと笑った。
「だって。お二人を見ていると実際、じれったいことがありましたもの。どう見ても、相手のことをとても大事にしていて、それでいてそのことに全く気がついていない様子で。他の人が入り込めないとこ、ありましたよ?」
「・・・え・・・・えええええっ。」
「ですから、あなた方がその、なんらかの進展があったとしても、わたしはそれほど驚きませんが。」
「・・・・・・・・・・。」
リナは唇をきゅっと噛むと、一層赤くなった頬を、片手で触っていた。
 
「部屋に・・・・・。帰れなくて。」
「部屋?ご自分の部屋にですか?」
「・・・・・そうとも言う・・・・。・・・・ガウリイと・・・・一緒の部屋・・・なんだけど・・・・。」
「まあ・・・・・」
フィリアまで少し赤くなる。
「そ・・・・そうだったんですか・・・・。それはその・・・・おめでとうございます・・・というのも変でしょうか・・・・」
「おっ!?ち、違うわよっ、まだそんなんじゃっ・・・・・。た、ただ・・・・。」
「ただ?」
「今朝、この街に着いて・・・。宿の予約を取ろうとした時に・・・。」
「はあ。」
「ガウリイが・・・・。一部屋しか取らなくて・・・・。」
「・・・・まあっ・・・・。」
「う、うれしそ〜に言わないでよっ・・・・。あ、あたし、困ってるんだからっ・・・・。」
真っ赤になって慌てているリナは、何だかいつもより可愛く見えた。
「きっ・・・・・昨日はっ・・・・の、野宿になっちゃって・・・。んで、その・・・・・。」
「・・・・。そおいう・・・・雰囲気になっちゃった・・・とか?」
「うっ・・・・・。ま・・・・まあそ〜なんだけど・・・・。みっ・・・・未遂ってゆ〜か・・・・その・・・・・」
「・・・・・・。」
 
フィリアは腹を抱えて笑い出したい衝動を、必死に堪えた。
「もしかして、こんなとこじゃイヤ、ってリナさんが言ったんじゃありませんか?それで、ガウリイさんが宿をとったとか。」
「hっ・・・・・。」
「図星なんですね。」
「うう・・・・。」
 
顔を紅茶のカップに突っ込んで隠したい、という風に見えるリナを、フィリアは向い側の椅子からじっと眺めた。
 
・・・・この世の破滅を企む、人ならざる者達との戦い。
異世界からの敵。
異世界の魔王。
ついこの間まで、そんな世界の存亡に関わり、切り抜けてきた魔道士。
だが今は、顔を赤くして、事の成りゆきにただじたばたしているだけの、一人の少女。
だがフィリアは思った。
・・・そんな、人間らしさを持った人間だからこそ。
あの危機は、切り抜けられたのかも知れない、と。
全てを一か無か、正か悪か、二元でしか物を考えない他の種族ではなく。
生きようとするために、あえて他者の考えすら受け入れ、時には無謀とまで言えるものにさえ立ち向かおうとする。
そして人間は、利己的な理由なくしても許し理解し守ろうとすることはできる。
あの事件は、おそらく、リナ一人ではなしえなかったことであり、傍らに支え、共に走る仲間がいてこそだったのだ、と。
最後の最後で、ふと生まれた弱気さえ、ぬぐい去る笑顔が傍にあったからだ、と。
 
人間とは、短命で脆弱で、愚かしい種族だと思っていた。
・・・・だが接してみれば何と、生き生きとしていることか。
竜の身からすれば、一瞬の光芒にも等しい、短い生を。
自分なりに、精一杯、謳歌している。
人間とは何と強くて、そして脆くて、また愛しい生命なのか。
 

「行ってあげなさい、リナさん。」
「・・・・フィリア?」

リナの手からカップを取り上げると、フィリアは微笑んだ。
「・・・・あなた方は、あの危機を乗り越え、今こうして生きている。
奇跡にも近い今の瞬間を、大事に、素直に楽しんで下さい。
ガウリイさんがあなたを見る目は、優しくて、とても暖かい思いがこもっていました。
いつでも懸命に、あなたを守ってきたではありませんか。
・・・・そんなガウリイさんが待っている部屋なら、恐いことなんてないんじゃないですか?」
「・・・・・・・・・・・ガウリイ・・・が・・・。」
「リナさんがこうしている間も、ガウリイさんは部屋で待っていますよ。
彼の気持ちも、考えてあげた方がいいかも知れません。」
「ガウリイ・・・の・・・気持ち・・・・。」
呆然と呟くリナを、フィリアは腕を引っ張り立たせる。
「ほらほら。リナさんらしくないですよ?いつでも前向きに考えて行くのが、あなたのとりえでしょう?」
「・・・・フィリア・・・。」
「ガウリイさんが、待っていますよ。」

何才も何十才も年下の少女の背中を押し、フィリアは柔らかな微笑を送った。
 
 
 
 
 

ガウリイは腕を頭の後で組み、天井を見つめていた。

きぃ・・・・

かすかに蝶番の軋む音がして、ガウリイはベッドの上で身を起こす。
「・・・・・リナ・・・?」
声をかけると、ゆっくりとドアが開いた。
その向こうに見えたのは、顔を伏せている小さな姿。
「・・・・・。」
意を決して部屋までやって来たまではいいが、どうやって顔を合わせたらいいか、リナにはまったくわからなかった。
 
『・・・・・ガウリイさんがあなたを見る目は、優しくて、とても暖かい眼差しでした。・・・・そんなガウリイさんが待っている部屋なら、恐いことなんてないじゃないですか・・・・』
 
リナは思い切って部屋に一歩を踏み入れ、きっと顔をあげる。
ベッドから立ち上がったガウリイと、その日初めて、目が会った。
「・・・・・リナ。」

フィリアの言った通りだった。
ガウリイの眼差しは穏やかで、優しい。
その目は、いつも隣で見守ってきてくれた、あの目と変わらなかった。
「・・・・・。」
ガウリイが手を差し伸べる。
リナは目を見開き、赤くなり。うつむき。視線を泳がせ。それから。
とことこと、歩き出した。差し伸べられた手に、向って。
 
ガウリイはその手でリナを胸に攫い。
その頭に、自分の頬を寄せて深々と目を閉じる。

これ以上ないほど顔を赤くし。
リナは大きく目を見開く。

やがてガウリイの温度が全身を包み、彼女は、おずおずとその背中に腕を回した。
 

そして、生まれたての恋人達を二人だけ、部屋に残し。
ドアは、まるで祝福するかのように静かに、ひとりでに閉まっていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 






















=====================えんど
 
 
・・・・・・ふふふふふ(不気味な笑)すいませ〜〜〜ん(笑)甘甘饑餓状態なんです〜〜〜(笑)
こーなりゃ自家生産で自給自足するしかっ(笑)
ではここまで読んで下さったお客様に愛を込めて♪
毎度おつき合いいただき、ありがとうございます〜〜〜〜(笑)

この感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪