「あなたの子供に生まれて」



その街の門をくぐった時、彼は呟いた。
「・・・・あれ・・・?前に・・・・どっかで見たような・・。」
首を傾げる男。
長い黄金色の髪、軽装備の剣士の身なりで、年の頃は二十歳なかば。
ぽりぽりと頬をかいている。

その二、三歩先を歩いていた小柄な少女が、ショルダーガードの向こう側からひょいっと顔を覗かせてこう言った。
「来たことあるんじゃないの?・・・もしかして、子供の四、五人いたりして。んで、街に入った途端、あんたとおんなじ髪と目をしたちっちゃい子が、『パパ、パパっ!』って駆け寄ってくんの。・・・ああ、目に見えるようだわ。」
「お・・・おい、リナ、あのなあっ!」
男が呆れたような声を出すと、黒魔道士の装束を身に纏った栗色の髪の少女は、肩をすくめてさっさと歩き出す。
「リナっ!」
「ほら早くっ。急がないと、いい宿はなくなっちゃうわよっ。」
そう言って後ろを振り向くもしないですたすたと歩み去る。

取残された男、ガウリイは、長いため息をついた。
「ったく。冗談にしたって程があるぞ・・・・。」
 
 
 



「んむっ!やっぱりこの街よっ。」
大通りを歩きながら、リナはしきりと頷いている。
「どうした?何が、やっぱりなんだ?」
後をのんびりと歩いていたガウリイが尋ねる。
するとリナは、片手に持った小さな本をばさばさと振った。
「これよ、これ。この旅の友ガイドブック限定食通グルメ編!
ここに載ってる街が、確かにこの街なのよ〜〜〜っ。」
「へえ。・・・で・・・えっと。
なんだその、げんてい・・・なんとかっての。」
「これはね、地元でしか食べられんない、他ではマボロシの逸品とまで言われた、料理を紹介してる本なのよ!
んでねっ、これによると、この街特産のとある果物が、これまたすんご〜く美味なんだって!
しかあも!
痛みやすいんで、他へは一切、流通してないってぇ代物なのよっ。」
「へ〜〜〜〜〜。旨いのか?」
「そりゃあ、本に載ってるぐらいだし。」
「なんだ、食べたことないのか。」
「あったり前でしょっ?この街でしか食べらんないって、さっき言ったばっかでしょっ!」
「すまん、聞いてなかった。」

ぺしっ!

リナは遠慮などとは程遠い素早さで、手にした本でガウリイの頭をはたく。
「おまいなっ!本は大事にしろって、おっかさんに教わんなかったのかよっ!」
「手にしたもんは、何でも有効に使えって、ね〜ちゃんから教わったもんでね!」
「なんちゅ〜おとろし〜一家だ・・・・。」
「ともかくっ!
せっかくこの街に来たんだから、絶対これを食べなきゃ、ソンってもんでしょっ?
この果物が夕食のメニューにある宿屋を探すわよ。」

何事もなかったかのように、くるりと前を向いてすたすたと歩き出すリナ。
頭を撫でていたガウリイは、ぽん、と手を叩く。
「・・・・そおいや、お前さん、そろそろ誕生日だって、言ってなかったっけ。」

ぴしっ。
リナの歩みが止まる。
ざざざざざざっ
前を向いたまま、物凄い早さで後ろ歩きして戻ってきた。

「あんた・・・今、なんつった・・・・?」
「・・・・へ・・・・?」
「あ、あたしの誕生日がどうとか・・・・・。」
「言ったけど?」
ぎぎぎぎぎ。
油の切れた機械のように、ぎこちなく振り向くリナ。
「覚えてたの・・・・?」
「・・・・?あ、ああ。」

わしっ!
やにわにガウリイの手首を引っ付かむと、リナがだかだかと早足で歩き始めた。
「お、おい、リナっ!な、なにがど〜したっ!」
「ど〜したもこ〜したもないわよっ!
雪や雹が降ってくる前に、宿屋を探すのよっ!」
「だ、だって、空は晴れてるぜ?」
「い〜〜〜え!今は晴れてても、絶対なんか降ってくるハズだわ!
ガウリイが、あたしの誕生日なんか覚えてたなんて・・・・・!!」
突然歩き出したその理由に、ガウリイは呆れるを通り越して苦笑を浮かべる。
「あ、あのなあああ。」
「さっさと歩きなさいよ、ガウリイっ!」
「まったく。奢ってやろうかと思ったけど、や〜めた。」

ぴたっ!
ぎぎぎっ。
ふたたび繰り返されるリナの行動。
「奢る・・・・・?や、やっぱり・・・・きっと台風並みの雨か、槍かなんかが降ってくるに違いないわ・・・。
い、いや、もしかして。
海から竜巻きが起こって、大量のクラゲが空から降ってくるとか・・・・。」
「おまいなっ!あ〜もうわかったよっ!
奢ってやろうかと思ったけど、ホントにやめたっ!」
「あああっ。」
ぶつぶつ小声で呟いていたリナは、爪先立ちでくるりんと振り返る。
「そんなっ!乙女のちょっとしたいぢわるじゃないっ!
本気で取るなんて、ひどひわっ!
あなたがそんな人だったなんて・・・・。」
しゃがみこみ、うるうると泣きまねを始める。

さすがに、街の大通りのど真ん中。
すれ違う人が何事かと振り返る。
「わ、わかったからっ!やめい、リナっ!
奢る、奢る、奢っちゃるからっ。やめてくれえっ。」
「へっへ〜〜〜ん♪」
にやりと笑いながら、すっくと立ち上がり、リナはばさりと、自慢の髪を払う。
「き〜たわよ。
んじゃ、早いとこ、名物料理の出る宿屋、予約しにいきましょっ。
んでと〜ぜん、夕食はあんたの奢りねっ。」
「へ〜〜へ〜〜〜。」






無事に宿が見つかり、約束通りにしっかりと夕食のコースまで予約したリナは上機嫌で、町中へと繰り出した。
まだ時間は早く、夕食まで散歩がてら、他の店をチェックするらしい。
なんとなく疲れた様子のガウリイがその後をついて歩いていると、大通りでふいに声をかけられた。
「あのっ・・・・すいません、そこの人っ!」

突然のその言葉はあまりに唐突だったので、ガウリイはそれが、自分に対する呼び掛けとは気づかなかった。
「ガウリイ・・・・。」
前を歩くリナの、振り向いた顔と。
自分の背後を指差す、その姿でやっと振り返ったのだ。
子供が、じっとこちらを見上げていたことに。

5才、6才くらいだろうか。
くしゃくしゃの髪は黄金色。
大きく見開かれた、きらきらとこちらを見つめる瞳は、空のような青。
だがこの街の空はくすんでいて、少年の瞳とは似ても似つかなかった。
ぺこりと一礼した彼を見て、リナはどこかでこの少年を知っているような気がした。
「あの、あなたの名前はガウリイ=ガブリエフ、じゃないですか?」
期待に満ちた眼差し。
そう言ってほしいと、全身が言っている。
勿論、その名前は本当に合っていた。
「・・・・そうだけど・・・。どっかで会ったか、坊主・・・・?」
ぽりぽりと頭をかきながら、ガウリイは腰をかがめる。

長身、金髪碧眼の青年と、同じ色の髪、同じ色の瞳の少年。

「ああ、やっぱり!」
安堵とも、歓喜ともとれるため息を漏らし、少年はさらに目を輝かせてこう言った。
「やっぱり!ぼくのお父さんだ!」
「・・・・・・・えっ・・・・!?」
とまどうガウリイの腰に、少年は飛びついてきた。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
ガウリイとリナは、なんとなく顔を見合わせた。








「しっかし・・・・。
じょ〜だんで言ったのに、まさかホントになるとはね・・・・。」
少年の名前は、ガレンと言った。
ガレンは、ガウリイを本気で父親だと信じ込んでおり、すぐに母親に会いにきてほしいと懇願した。
驚いた二人は、ちょっと待ってほしいと少年に背中を向けたのだ。

「おいおいっ。
まさか、ホントだと思ってんじゃないだろ〜なっ?」
こそこそとした小声の会話が続く。
「まさかも何も。
ホントじゃないの?だって、あんたにそっくしだよ。この子。
いや〜〜〜〜、ガウリイ君も隅に置けないねえ。
あの街、この街、寄る港港に、実は女の人がいたりして〜〜。」
「い〜加減にしろよ、リナっ。
オレは全然、身に覚えがないんだからなっ!」
「へ〜〜〜〜〜。ホント〜〜〜〜〜?」
「なんだよ、その目は・・・。」
「い〜〜〜え〜〜〜。別に〜〜〜〜〜〜。」
「・・・・・。」
半目開きのリナに、さすがのガウリイもちょっとむくれる。
「あ〜〜〜そ〜かよ。
お前、ずっと一緒に旅してるオレを、信用してないって訳だな。」
「・・・・へ?」
「それとも。
まさかオレに惚れてて、ヤキモチ妬いてるとか。」

ぺしいいっ!!

「いってえええっ!」
「大きな声出さないでよねっ!たかがお盆で頭はたかれたくらいでっ!」
「たかがって、お盆ではたかれりゃ誰でも痛いわい!どこに隠しもってたんだ、そんなもんっ!」
「乙女のヒミツよっ!大体、あんたがバカなこと言うからでしょおっ?」
「バカなこと言ったのはどっちだよっ。」

「あの〜〜〜〜〜。」
二人がはっと気づくと、ガレンがじっとこちらを見つめていた。
「それで、来てくれるんでしょうか・・・?」
「え・・・・・・と・・・・。」
言葉に窮するガウリイ。
「あの・・・・もっかい確かめたいんだけど・・・。
お前の母さんは、ホントにオレの名前を言ったのか?」
「??そうですよ?ぼくのお父さんは、ガウリイ=ガブリエフって人だって。
傭兵の仕事をしてて、いつも遠くの国でがんばってるんだって。
でもぼく絶対、この街に帰ってきてくれるって信じてた!
だからお父さん、早くお母さんに会いに来て!」

きらきらする大きな目に熱っぽく見つめられ。
ガウリイは明らかに困った様子だった。
「あのな・・・・もう一つだけ聞きたいんだけど・・・。」
「うん。なに?お父さん。」
「いや、あのな・・・・・。
お前の母さん、どんな人だ?名前は?」
「何言ってるんだよ、お父さん。お母さんの名前を忘れちゃったの?
お母さんの名前は、エレンでしょ?
お母さんのエレンと、お父さんのガウリイから取って、ぼくの名前をつけたんじゃないの?」
「エレン・・・・・?」

眉をひそめたガウリイの脇で、リナがぶつぶつ言う。
「ガウリイ・・・エレン・・・で、ガレン、か。
なるほど。合ってるわ。」

ガウリイは腕を伸ばし、ガレンの肩をぎゅっと掴んだ。
「エレン、って言ったな。お前の母さん。
もしかして、緑色の石のついた、長いペンダントを持ってないか。」
それを聞いた少年は、手を打って喜んだ。
「そうだよ、そうだよ!
お父さんからのプレゼントだって、お母さん、すっごく大事にしてるんだよ!」
「・・・・・・。」
「お母さん、具合が悪いんだ。
だからぼく、お父さんを探そうと思って街に来たんだ。
まさかこんなに早く、お父さんがみつかるとは思ってなかったよ!」
言って、少年はガウリイに飛びついてきた。


「あらららら〜。
これはもしかして、決定的ってやつ・・・?」
ぽりぽりと頭をかいたリナに、ガウリイは背中を向けたまま突然言った。
「リナ。オレ、ちょっと行ってくるよ。
夕飯までには帰ってくるから、宿で待っててくれないか。」
「・・・・へ・・・・・?」
「頼む。夕飯、オレの分も予約しといてくれ。」
「え、ちょっとガウリイっ・・・・」
「ガレン、母さんのとこに案内してくれ。」
「うん、わかった!早く行こう、お父さん!」
「ガウリイっ・・・・」
「頼む、リナ。宿で待っててくれっ。後で必ず行くからっ。」


片手をあげ、ガウリイは少年に引っ張られる形で、大通りを走って行った。

後に残されたリナは、また、ぽりぽりと頭をかいた。
「待っててくれって・・・・。
言われてもねえ・・・・・・・・。」







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