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蒼ざめた、ましろな顔を胸に抱き。 女は叫んだ。 この身を悪魔に捧げても。 命を取り戻せるのなら、と。 冷えた血は、無情にも大地に吸われ。 一息ごとに。 熱量を奪われて行く身体。 抱きしめて暖めようにも、命そのものが蘇るわけもなく。 千切れそうな髪を振り、頭を振り。 声を限りに名前を呼べど。 死の門をくぐった魂は、戻ることがない。 ひとつの命を終わりを見つめ、立ちつくす二人の影は。 沈みゆく陽光に背を向ける。 日の当たる世界など、いたくないとでも言うように。 亡骸を葬り、亡霊のように仲間に抱きかかえられ、女が立ち去った後でも。 土累の上に黒ずんだ剣が打ち立てられた様を。 街道を歩み行く一人の頭を離れることはなかった。 風が吹き、煽られるようによろめくその姿を。 もう一人が支える。 風がおさまっても、その腕はまだ弛められることはなかった。 --------長い間。 押し迫る夕闇から、吹き付ける風から。 刻々と迫りゆく時間からさえも、守るがごとく。 一人は一人を抱いたまま、じっと言葉もなくただ立っていた。 一人は抱かれたまま。 ただ背中に温度を感じていた。 また風が吹き、広がった髪が視界を覆っていたけれど。 一人が口を開いた。 『あたしは悪魔になんて、この身を捧げたりはしないわ。』 細い身体に似合わない、決然とした声。 『例え、目の前で大事な人が死んでも。』 腕の中で振り返る。 その瞳の先に、対象を見据えて。 哀しいほどの夕焼けに、男は答える。 『そんなことをしても、そいつは喜ばないさ。』 視線で視線を受け止めて、想いを抱きとめて。 あやふやな笑顔は、ふさわしくなかった。 一人が背伸びをした。 もう一人は身を屈める。 交わされたのは、言葉のいらない交流。 やがて二つに分かれた後。 歩き出した頃より、輝く瞳が。 真直ぐな視線で、相手を貫く。 『あたしのために、誰かが捧げるのもイヤよ。 そんなことをして蘇っても、あたしも嬉しくないし。 生き帰ったとしても、たぶんそれは、あたしじゃないから。』 『・・・・・。』 僅かに生まれた迷いを打ち落され、男は目を見開く。 ・・・自分は彼女ほど強くはないかも知れない。 そう思いながら。 何も言わない男の顔を見つめ。 腕の中の一人は、皮肉に口をゆがめるしかなかった。 こんな言わずもがなのことを。 口にして自分に言い聞かせるしかなかった、己の弱さに。 自分は男ほど強くはない。 そう知っていながら。 だから二人は、お互いに笑みを見せる。 それが強がりだと。 百も承知で。 強がりでもいいと、わかっているから。 『自分の命は、自分のものよ。 他の何かに捧げたりするもんじゃないわ。 誰かの為に死んだら、それは自分の思った通りにしたまでってこと。』 『お前らしいな。』 ふと訪れた黄昏は。 何気ない触れあいと何気ない言葉で終わりを迎える。 一人はまたその強い眼差しで前方を見つめ。 今は守る必要のない身体から腕を外し、解放した一人が歩き出す。 まるで何事もなかったように。 それでも二人は知っていた。 悪魔に身を捧げる以外の、どんなことでも。 互いのためなら、自らの命をかけるだろうと。 夕陽は沈みきり、辺りに闇が訪れても。 焚き火を囲む二人の顔には、闇は訪れなかった。 ----------------------------end. 突発で30分ちょいで書いた話ですが、ちょっとダーク? |