「キョリ」

 
 
キョリってヤツは、難しい。
実際に測ってみたことがあるわけではない。
でも、確かにそこに存在している。
人と人の間の距離。
物理的な距離もある。
心的な距離もある。
それが比例することも、またその逆もしばしば。

あたしと、あたしの一番近くにいるガウリイとの間の、距離は。
 
それはどのくらい離れているのだろう?
 
 




こんこん!
 
「ガウリイ?あたし、魔道士協会まで本を返しに行くけど・・・」
「リナか?入れよ。」
言われてあたしは、隣のガウリイの部屋のドアを開いた。
 
「・・・何してんの?」

ガウリイはベッドに腰をかけて、最近手に入れた魔法剣をためすがめすつしていた。
「いや、たまにはゆっくり手入れしようかなあと思ってな。・・・出かけるのか?」
「・・・うん。そのつもりだけど。」
「ならオレも行くよ。ちょっと待っててくれないか?」
「・・・いいけど。長くはイヤよ。」
「わかった。もうちょっとだから。」
と言って、ガウリイはまた剣を調べ始めた。
 
あたしは部屋に戻るのも面倒なので、ベッドの端にちょこんと座る。
ソファの上には、ガウリイがつけるつもりの防具類が広げられていたからだ。
「また何だって、急にんなこと始めたの?」
「・・・・ん〜?何が?」
「だから。剣の手入れ。」
ガウリイは顔をあげると、あたしの顔を見て笑った。
「別に、急に始めたわけじゃないぜ?剣だって手入れしてやんないと、戦ってる最中にぽっくりいっちまうことだってあるんだから。」
あたしは思わず脱力する。
「・・・・それを言うならぽっきりでしょ、ぽっきり。」
「あ。そっか。」
ははは、と笑って、ガウリイは作業に戻る。
 

今、あたしとガウリイの間に空いている距離は、どのくらいだろう?
何の気なしに座ったあたしと、ガウリイまでの距離は。
もしかしたら、そのまま今のあたし達を現わしているのかも知れない。

 
例えば、距離に名前があるのなら。

これくらいの距離なら『友だち』。
もっと狭ければ『もっと親しい友だち』。
もっと近ければ『さらに親しい友だち』。
もしくは『恋人』という風に。

・・・・『保護者』と『被保護者』という名前の距離があるなら。
それは、今くらいの間隔なのかも知れない。
 
じゃあもっと縮めたら?
実質的な、物質的なこの間隔を縮めていったら?
・・・あたし達の関係も、変わっていくのかな?
 
 
あたしはベッドの上で、しばし考えてしまった。
一度固定されてしまった距離は、なかなか詰めることができない。
普通の生活に埋没している、二人の関係が一向に変わらないのと同じように。
いきなりガウリイの隣に腰掛けて。
べたっとその背中に寄り掛かったりしたら。
・・・ガウリイは、どんな顔をするんだろう?
 
 
「・・・・あ。」
 
その時、ガウリイが剣をにらみながら、小さく声をあげた。
「ど、どしたの?」
物思いから覚まされ、あたしはびくりとする。
 
「こんなに大きな傷がある。・・・気がつかなかったなあ。」
しみじみと呟く彼。
「・・・・へえ?どこどこ?」
「ほら。ここんとこ。見えるか?」
言われてあたしは、ガウリイのすぐ傍までにじり寄り、ガウリイが差し出す刃を覗き込む。
「ん〜。光っちゃってわかんない。」
「ほら。」
ガウリイが刃を少し傾けてくれる。
彼の指し示す通り、そこには斜めに走った傷がくっきりとついていた。
「・・・あ。ほんとだ。・・・けっこ大きな傷ねえ。」
「ああ。よく見ると、傷が増えてるな。」
「・・・・。」
 
今、ガウリイが持っているのは、とある城の宝物庫から頂戴してきた、無銘の剣。
ただ1本、人魔の放つ攻撃から身を守った剣だった。
何やらいわくがありそうなのだが、今のところ、その本性を全て現わしていないような気もする。
だが光の剣と違って、刀身がなくなっても使えるという代物ではない。
「フォルトにヒビが入ってなきゃいいが・・・。」
剣の中心部に目を凝らすガウリイ。
「・・・フォルトって?」
思わずあたしも身を乗り出した。
「中心よりちょっと手許に近い、この部分のことを言うんだ。刃の一番強いとこ。」
「・・・・へ〜〜〜。ガウリイ、ものしり。」
まじまじとあたしに見られて、ガウリイはちょっと照れる。
「いや、普段は忘れてるんだけどな。相手の剣をはじく時なんか、たぶん無意識でここを使ってるんじゃないかなあ。」
「・・・ほ〜〜。」
「・・・お前。なんか信じられない、ってカオをしてないか。」
「んなことないわよ。素直にかんど〜してるってば。」
「そっかあ?」
 

はたとあたしは思った。
・・・・・・あれ。
あたし達、さっきよか密着してるよね?
腕を伸ばせば指先が届く距離くらいだったのが。
今は、あたしの肩とガウリイの背中が触れるくらい。

途端に、あたしは少し、身を引いた。
「ほ、ほらほら、気にしないで続けて続けて。」
「?・・・おう。」

ガウリイはウェスを取り上げ、刀身を磨き始めた。
・・・・あたしは。
今の位置から、元の場所に戻るかどうか躊躇した。
 
ずっとこのまま、べったり隣にひっついているというのも・・・。
かと言って、わざわざ元の場所にずりずり移動するのも、なんか逆に意識してるショーコをさらけだしているみたいだし・・・・。
待ってると言った以上、先に行く訳にも・・・。
 
やだ。
何か変にドキドキしてきた。やば。
・・・ど〜しよ・・・・?
 

今の距離は、どんな名前がつくのだろう?
『保護者』より近い。
今のあたしの中の、ガウリイの位置は。
ガウリイの中の、あたしの位置は。
今座っている、この距離と。
どれぐらいかけ離れているんだろう。
 
「リナ。」
 
「うえっ!?は、はいっ!?」
ガウリイの声がすぐ耳もとでして、あたしは飛び上がるほど驚いた。
「なんだよ。そんなに驚くことないだろ?そっちの鞘を取ってくれないか?」
「・・・・へ?・・・ああ、鞘ね。鞘、鞘。」
内心のド〜ヨ〜を必死に押し隠し、あたしは身をひねって、自分の背後に置いてあった鞘を取り上げ、ガウリイに渡す。
「さんきゅ。終わったから、協会までつきあうぜ。」
「・・・・あ、そ、そうね。うん。」
 
あたしは立ち上がろうとした。
するとふいに、頭に大きな手が触れた。

「・・なっ・・なに??」
「いや、お前さん・・・・・・背が伸びたんじゃないか?」
「へっ?」
あたしの頭を撫でながら、ガウリイが首をかしげる。
「気のせいかな?お前さんの頭って、こんくらいの高さだったっけ?
・・・・いつもはもちょっと、下のほ〜にあると思ったんだけどな。」

まるで確認するように、撫でつづける手のひら。
 
「・・・・あの・・・・・さ。」
ぽつりと口をついて出そうになった言葉。
「・・・・ん?」
声がすぐ近くで答える。
 
見上げれば、ホントに近くにある顔。
飛び込もうと思えば一秒とかからない距離。

だけど今のあたしには。
宇宙にも匹敵する深淵に思えた。
「・・・やっぱ何でもない。」
「・・・?おかしなヤツだな。」
くしゃくしゃ。
また手が撫でた。
 
 
 
 


・・・・・それから。

宿を出て、街を歩くあたし達は、いつもの通りだった。
ガウリイとの距離も、いつもの間隔。
 
この距離が縮まる日は、果たしてくるのだろうか?
 
 
並んで歩くガウリイは、ついと手を伸ばし、またあたしの頭に触れてきた。
「ガウリイ?」

振り返ったあたしに、彼は穏やかな笑みを返した。
「やっぱお前さんの背が伸びたんじゃなくって。
・・・・さっきは今より近くにいたから、そう感じたのかもな。」

 

・・・・ある日の午後のことだった。

街の雑踏の中、顔を赤くして立ちすくんでいるあたしと、にこにこと笑いながらその頭を撫でているガウリイを、行き交う人たちが微笑ましそうに見守っていた。

・・・・・らしい。

 
 
 
 
 
 
 
 
 





















============えんど。
ガウリイのそばにいきたい、近付きたい、とじたばたするリナちゃんが見たかったんですう(笑)なんか最近、ガウリイがめっきりホワイトづいてまして(笑)ちいっとも進展しませんねえ(笑)また別の機会に、別の角度から狙ってみたいと思います(笑)
では、読んで下さったお客様に愛を込めて♪
距離を縮めたいと思っている人はいますか?
そーらがお送りしました♪

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