「恋する子猫」

 
 
それはあたしとガウリイが、ゼルとアメリアと別行動をし、異界黙示録を探すために山奥の教会へ行った後の話である。
五日後に、その先の街の宿で、全員が落ち合う約束をしていた。
していたのだが・・・・・・・・。
 
 
だああああああああああああああああ。ガ・・・ガセネタもいいとこだったわよね・・・・・・・・。」
あたしは息も絶え絶えに、ようやく辿り着いた宿屋の食堂のテーブルに突っ伏した。
もはや、自分の部屋に荷物を置きに行く元気もない。
 
「ったく。山奥の寂れた教会に伝説の書物があるなんて、もっともらしい噂を流しておいて、その実、観光客寄せのウソだったなんて・・・・・。腹が立つわ腹もすくわ、山歩きで疲れるわ、で散々だったわ・・・・・。」
自分でもなんて説明的なセリフなのかとおもふ。気にしないで。深く考える気力も残ってないのよ・・・・。
とにかく、何でもいいから(いや、できれば美味しいもの)お腹に入れて、眠くなる前にお風呂に入ってさっぱりして、んでもって至福のふかふかベッドへと倒れこむのみである。ゼルやアメリアはまだ到着していなかった。約束の日は明日だ。
「ほら、リナ。部屋のカギ。」
いつのまにか階上から降りてきたガウリイが、あたしの目の前にことん、と部屋のカギを置いた。
「さ・・・・さんきゅ〜・・・ガウリイ・・・。」
「だいぶ疲れたみたいだな?」
向いの席に、ガウリイが腰を下ろす。あたしの代わりに部屋へ行って、荷物を置いてカギをかけてきてくれたのだ。
「疲れたのなんのって・・・・。しかも収穫ゼロじゃ、それこそ骨折り損のくたびれも〜けの、典型的見本ってヤツよ・・・・。」
「だったら、あのまま教会に一泊泊めてもらえばよかったのに。あっちは是非にって言ってただろ。」
「そりゃあ・・・あたしに、伝説の書物とやらがまるっきりの偽物ってのを見破られたからね・・・・。慌てて口封じにも出るわよ・・・・。でもね・・・。」
テーブルに突っ伏したまま、あたしはガウリイをきっと見上げる。
「あんた、あのまま泊まって、あの教会の食事とやらを、三度三度食べたい・・・・?」
ガウリイの笑顔が、汗笑いに変わった。
「あ、あははははははは。すまん、オレが変なこと言った。」
「で、しょ〜〜〜〜〜〜〜。」
 
さすが山奥の寂れた教会っ!彼等いわく『とびっきりの御馳走』とやらは・・・・ええと、想像できるだろうか?よく山奥のひなびた温泉旅館とかで『名物料理』ってヤツを食べたことのある人ならわかるだろうが・・・・。
山菜と。
訳のわからんゲテモノ料理の・・・・・オンパレードだったのだ・・・・・。
 
 
「お待たせしました〜〜〜♪」
にこにこと上機嫌の声で登場したのは、この宿のウェイトレスさん。
短めでふわふわのピンクのスカートに、ひらひらの白いエプロンドレスをつけている。華奢な手足。黒く長く伸ばした髪は、頭の後でポニーテールにしている。印象的なのは、綺麗な緑の目。
でもあたしは自分の目を剥いたことに、ほっそ〜〜〜い腕の先には、とんでもなく大きなお盆が乗っかり、さらにその上には、たくさんの料理がほかほかと湯気を立てていた。
こ・・・・このオネエちゃん。カワイイだけとあなどれん・・・・。
「はい、本日のスペシャルAセット、飲み物とサラダ付き、
定食B、これが付け合わせのおしんこと、おみそ汁ですう。
それからステーキセット、これはスープがついてますう。
こちらがグリルセット、ミニサラダとデザート付き、
グラタンは熱いですから気をつけて下さいねっ♪
それから当宿のワンドリンクサービスの、紅茶です〜♪ポットにお代わり入ってますから♪」

うわ・・・・・。冗談じゃなく凄いんでやんの・・・。

「おしぼりどうぞ〜♪」
ほかほかの蒸しタオルを、わざわざ広げてガウリイに手渡そうとしている。
「あ、どうも。」
ガウリイが受け取ると、オネエちゃんの指と触れた。
「きゃっ(はぁと)」
 
ぽぽっと赤くなるオネエちゃん。
あ・・・・・こりはもしかして・・・・・・。
 
「は、はい、どうぞこちらの方も。」
あたしにまで蒸しタオルを広げて渡す。こりはきっと、ガウリイに渡すための口実だったんだろ〜な〜(笑)
「あちっ!!」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
あたしが慌ててタオルを落としたので、オネエちゃんが慌てた。
「あ、大丈夫大丈夫。こいつ、猫手だから。気にしないでいいよ。」
ガウリイがぱたぱたと手を振って、オネエちゃんに微笑みかける。
「ちょ、猫手ってナニよ、猫手ってぇっ!!ちょっとだけ熱いものが持てないダケでしょおっ!?」
「へ?そ〜ゆ〜のを、猫手ってゆ〜んじゃないのか?」
「猫舌って使うんでしょ、ふつ〜〜!!」
「あ、そっか。」
ははは、と爽やかに笑うガウリイ。会話の内容を全く聞いていないのか、オネエちゃんがそんなガウリイにぽ〜〜〜〜っとなっている。
まあ・・・ね。見た目はハンサムだし。綺麗な金髪で、背も高いし、剣士という割に細身だし。その上、頭の中身はどうでも、人当たりがいいと来ている。これだけ揃ってりゃ、コロっといっちゃう女の子は、一人や二人じゃないんだろ〜な〜・・・。
 
 
 
お腹も一杯になって。
あたしは眠くなるのを必死にこらえ、お風呂へ。
だって山奥の薮を掻き分けて来たのよ。体中、汗と埃でべちょべちょ。気持ちよく寝るためには、お風呂よね、やっぱ。
 

かっぽ〜〜〜〜〜んっ・・・
 
誰もいないお風呂を占領するのは、これまた極楽な気分になれた。なんとな〜くモヤモヤしていたのも綺麗に洗い流し。・・・はて、何でモヤモヤしてたんだろ。やっぱ疲れからかちら・・・・・。
この宿の大浴場は、男湯と女湯が隣り合わせだった。当然、脱衣所も隣。脱衣所の入口は、風流にも布が垂れているだけで、ドアがない。隣の脱衣所の会話もまる聞こえである。
そしてあたしは聞いてしまったのだ。
ガウリイの、こんな会話を・・・・・・
 
『ほら、動くなって。拭いてやるから・・・。』
 
・・・・・・・・・は????
ガウリイ、誰かと一緒に入ってたの?
 
『早く出ないと、次のお客さんが来て見つかっちまうぞ。そうなったらお前さんも、この宿から追い出されちまうかも知れないだろ?』
 
・・・・・・・・・あ??
い、一体誰と話してるのよ!?
 
『ほら、くすぐったがるなよ。綺麗にしてやるから。せっかく美人なのに勿体ないじゃないか。』
 
び・・・・・・・・・・・・・。
美人っ!?
 
『へえ・・・。お前さんの目、綺麗な緑してるんだなあ。』
 
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
ちょ・・・・・・ちょっと待ってよ・・・・・・。
 
『これでよし、と。ほら、自分の部屋に戻りな。まったく、びっくりしたぜ、お前さんがいきなり風呂に入ってきた時は。・・・まあ、楽しかったけど、な。』
 
た・・・・・・・・・・・・。
た・・・・・・・・・・・・。
た・・・・・・・・・・・・・・・・!?
○△■☆〓ヾ♀♂◎!?
 
ガウリイと、その話し相手が出てくる前に、あたしは洗顔セットを抱え、ダッシュで自分の部屋に戻っていた・・・・・・・・・・・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・ふ。」
どさりと、ベッドに倒れ込むあたし。
ダメ、着替えなくちゃ。備え付けのパジャマがきっとどこかに・・・・。
全く起きる気がしないまま、ふと視線を漂わせると、ガウリイが置いといてくれたあたしの荷物が目に入った。
「・・・・・・・・。」
なんか、フクザツ。
せっかくお風呂に入ってすっきりしたはずの胸が、またモヤモヤしだした。
・・・・・なんでだろ・・・・。
 
その時、階段をことことと昇ってくる音が聞こえた。
聞き慣れた足音。ガウリイだ。
 
あたしはさっさと布団を被ってしまった。その後の音を、聞きたくなかったのかも知れない。ガウリイと一緒に昇ってくるだろう、もう一人の足音を。
 
ことんことんことん。
かちゃっ。
ぱたん。
 
「あれ・・・・・・・・・・?」
耳を塞いでいたけど、聞こえてしまった。
足音は、一人分しかなかったのだ。
 
 
 
ドアは、できる限りそっと開けた。
足も、忍び足だ。
ご、誤解しないでよっ!?デバガメしに行くんじゃないんだからっ!
た、ただ単に、お・・・おトイレに行くだけなんだから・・・・・。
 
隣のガウリイの部屋の前を、そうっと通る。何故だか、今はガウリイに会いたくなかったからだ。
「・・・・・・リナ・・・・・。」
突然、部屋の中からガウリイの声が聞こえた。
それも、あたしの名前!
あたしはぎくうううううっっっと足を止める。
「眠れないのか・・・・?」
・・・・・・う。
なんでわかったのよ・・・・。
 
てゆ〜か、足音忍ばせて歩いてたのに、なんであたしだってわかったのよ・・・。さ、さすがカンだけは野生並みの男・・・・・。
 
「入れよ・・・・。」
 
ええええええええ!?
な、なによなによ、なんなのよっ!?
い、今まで、そゆ風に言われたことがなかったわけじゃないけど、そ、それはあくまで、その、話を聞くためってゆ〜か、その。
ああああああああ。あたし、何言ってんだろ・・・・。
だ、だって。
ガウリイの声が、いつもと違うんだってば。
な、なんつ〜か・・・・。慣れ慣れしいってゆ〜か!まっ、まるでっ!その・・・・こ、コイビトに言うみたいな声ってゆ〜か・・・・・・・・。
うぎゃあああああああ。
あた、あたし!なんか訳わかんないこと考えてない!?
 
廊下で固まりまくってパニックに陥りかけているあたしに、さらに追い討ちをかけるようにガウリイが次の言葉を囁いた。
「・・・眠れないなら・・・・オレんとこで寝るか・・・?」
 
ぴぎっ!!!!
 
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
はっ。い、いかん。意識が遠のきそうに・・・・・・・・。
 
ちょ、ちょおっと待て。しばし待て。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ガウリイが・・・・・んなこと言ったのもオドロキだけど、さ・・・・・・。でもでも、なんか忘れちゃいませんか?
さっき。アンタ、誰と一緒にお風呂入ってたのよっ!?
な、なのに。
今、その人と一緒にいないからって、へーきな顔してあたしを誘うワケ!?
なんか・・・・・・・・。
あたし・・・・・・・・。
イヤかも。めちゃくちゃ。
 
そこであたしは意を決して、ガウリイの部屋のドアをばたんっと蹴り飛ばした。
ガタのきていたドアは、それだけでかちゃっとばかりに開いてしまった。その向こう側には、ベッドに入り、半分身体を起こしているガウリイの、唖然とした顔。
あたしは、とにかくガウリイに突っかかろうとした。
「ちょっとガウリイ!あんたねっ!!!」
 
 
「ふぎゃっ!!」
 
 
「・・・・・・・・・・・リナ?」
「・・・・・・・・・・・・あり・・・・?」
な・・・・・なんか・・・・足元に・・・・・・。
なんかヤワいもんを・・・蹴飛ばしたよ〜な感覚が・・・・・。
それに「ふぎゃっ」って。「ふぎゃっ」って、なんなのよ!?
「ど、どうしたんだ、リナ。いきなり入ってきて。」
「ど・・・・・どうしたも・・・・」
どうしたもこうしたもあったものでわない。間に合わせのその場つなぎにされかかったことを、あたしは怒ろうとしたのだ。・・・・だが。
「お前、今蹴飛ばしただろ。よしよし、大丈夫だったか?」
「・・・・みぃ・・・・。」
「ちっこいくせに力だけはバカみたいにあるからな。怪我しなかったか?」
すりすりごろごろ。
 
あ・・・・・・・・・あの〜〜〜〜〜〜。もしもし?
 
「ほら見ろ、リナ。すっかり怯えちまったじゃないか。せっかくなついたとこだったのに。」
「・・・・・・・え・・・と・・・。あの・・・。ガ・・・ガウリイ?」
「ん?」
「それ・・・・・なに?」
「なにって?」
「だから。あんたが今、膝に抱えてるヤツ。」
「へ?・・・・お前・・・・・もしかしてゼフィーなんとかってお前さんの故郷には、猫がいなかったんじゃないだろうな!?」
「ね・・・・・猫!?」
「このとんがった顎、三角の耳、長いヒゲ。まんまるな目が二つに、足は四本、尻尾が一本。こ〜ゆ〜生き物を、猫ってゆ〜んじゃね〜のか?」
「そ・・・・・それは見ればわかるわよ!!あ、あたしは!何でそんなとこに猫がいるのか聞いてんのよっ!!」
 
あたしが今さっき蹴飛ばして、ガウリイの膝の上で丸くなってこちらを睨んでいるのは、艶やかな黒い毛皮に覆われた、一匹の子猫。
「どうしてって。この宿に飼われてるんだよ、この猫。んでさっき、仲良くなっちまったんだ♪な〜〜〜、リナ♪」
「みゃ♪」
「リ・・・・・・・リナ・・・・・?」
あたしの背中を、イヤ〜〜〜〜〜な予感が駆け抜ける。
「もしかして。まさかとは思うけど。そ・・・その猫の名前って・・・。」
ガウリイはその大きな手で黒猫の小さな頭を撫でながら、嬉しそうにあたしに答える。
「こいつか?リナってんだ。さっき、宿のおっさんに聞いたんだぜ。」
「リ・・・・リナ・・・・・!?」
「そういや、お前さん、なんでいきなり入ってきたんだ?それも随分慌ててたみたいだけど・・・。」
きょとんとしてガウリイが言う。その膝の上では、気持ち良さそうに撫でられている子猫。
 
そ・・・・・・・・・そうだったのくわ・・・・。
あ・・・・あれはあたしに言ったんじゃなくって・・・。
この猫に言ったってワケなのね・・・・。
あは・・・。あははははははははははは。
・・・・・・・・・・・ん?さっき??
 
あたしはその時気がついた。その猫の瞳が、綺麗な緑色をしていることを。
「あ・・・あの・・・。つかぬことをきいてもいいかしら・・・?」
「??なんだよ。改まって。」
「いえ・・・た、大したことじゃないんだけどね・・・。さっきその猫と仲良くなったって言ってたけど・・・。ど、どこで・・・?」
ガウリイは不思議そうな顔をしたが、猫の頭を撫でるのはやめなかった。
「ああ。さっき、風呂で。オレが一人で風呂に入ってたら、この猫がいきなり窓から入ってきてな。猫ってのはお湯なんかキライだと思ってたけど、どうもこの猫はお風呂が好きみたいだ。自分からさっさと浴槽に入ってきてさ。」
あ・・・・・・。やっぱり・・・。
じゃあ、あの脱衣所の会話も・・・・・。
「拭いてやろうと思ったら、脱衣所にはり紙がしてあったんだ。この宿の猫はお風呂が好きなので付いてくるかも知れないが、入れさせないように、って。んで、見つかったらこの猫が怒られると思って。急いで拭いてやったら、部屋までついて来ちまったんだ。」
「みゅう・・・・」
 
な・・・・・・・・・。
な〜〜〜〜〜〜んだ・・・・・・。
 
あたしは全身の力が抜けるのを感じて、ぺたんと床に座り込んでしまった。
なんだ・・・・・。そゆこと・・・・。
「お、おい、どうした?リナ?湯当たりでもしたか?」
うみゅ。湯当たりってのには・・・近いかも・・・・・・。全然別のものに当たったよ〜な気もするが・・・。
「だ・・・だいじょぶ・・・。何でもないから。へ、部屋に戻るわ。」
「お・・・・おう。何か用事でもあったのか?」
「ううん。大したことじゃないから。気にしないで。それじゃ、おやすみ。」
「ああ。おやすみ。」
 
なんだかぐったりと、一日の疲れが出てしまったあたしは、その晩、夢も見ないでぐっすりと眠ってしまったのだった・・・・。
 
 
 
 
 
翌朝。
「・・・でな、ホントに可愛いんだ、これが。」
「・・・・・はあ・・・・。」
「最初はオレに身体を拭かれるのも嫌がってたのに、今朝になったらこれだぜえ?」
「・・・・・そね・・・・・。」
「なんかオレ、この宿にしばらく居たくなってきたなあ♪」
「・・・そ〜でしょ〜とも・・・・。」
「おいリナ、まだ寝惚けてんのか?なんかさっきからぼ〜〜〜っとしてるけどさ。」
「いいええ・・・・。別にぃ・・・・・。」
朝も朝とてあたしがげんなりしているのは、朝食のテーブルについた途端、ガウリイののろけ話が始まったからである。のろけと言っても勘違いしないよ〜に。相手はつぶらな瞳の子猫なのだ。
今やガウリイの膝の上が定位置と化したその猫は、気持ちよさげに目を細め、ガウリイの手に撫でられるがままになっている。
「気が強いし、なかなか他のお客にはなつかないんだってよ。オレの後をついて来る時も、オレが振り返るとさっと身構えたりして。でもちゃんとついてくるんだよな。・・・そ〜ゆ〜意地っ張りなところは、誰かさんに似てるなあ。」
「・・・・・はいはい、そ〜でしょ〜とも・・・・。」
あたしはすでにガウリイの言葉は鵜のみで、ただ手をぴらぴらと振ってやるアクションしか返していない。
「でもしばらくしたら、少しずつ慣れてきたんだよな♪いくら呼んでもこっちに来ないから、オレがわざとそっぽを向いたら、急に背中に寄り添ってきたりしてさ。」「ふ〜〜〜〜ん。」
「その後、なかなか寝るところが決らないみたいで、部屋の中をいつまでもぐるぐる回ってるからさ。オレのベッドに誘ってやったんだ。そしたらな?」
「ほへ〜〜〜。」
「照れてるんだか、なかなか入ってこなくて。仕方なくオレが寝たフリしてたら、そおっと入ってくるんだぜ。」
「はひ〜〜〜〜。」
「んで、オレが腕を伸ばしてやったら、ごそごそと這い上がってきて、腕の上にことんって頭を乗っけるんだ。いや〜〜〜〜、可愛いってのはあ〜ゆ〜のを言うんだな♪」
「さいですか・・・・。」
「おい。聞いてんのか、リナ?」
「き〜てるわよ、あんたののろけ話ならね・・・。」
 
知らなかった・・・。
ガウリイがこんなに、どーぶつが好きだったとわ・・・。
 
「にゃあああおう。」
ガウリイの膝の上で、猫が啼く。構ってくれと。
思いだしたようにガウリイが頭を撫でる。しなやかな背中を。
甘える子猫。
見つめるガウリイの目の、穏やかなこと。
 
なんとなく、一組のカップルを脇で覗き見しているようで、あたしは居心地が悪い。
ごろごろと咽を鳴らす猫に、ガウリイはまるでここにあたしがいないかのように話しかけている。
「お前・・・こんなに素直になれるのに、昨日はどうしてあんなに意地っ張りだったんだ?」
ごろごろ・・・
「ホントは甘えたいのに、素直になれない性格なんだな?」
ごろごろ・・・
「まあ、そういうところが、可愛いっちゃ可愛いんだけどなあ。」
ごろごろ・・・
「素直になるのなんて、簡単だろ?」
ごろごろ・・・・
「まあ、すぐにベタベタしてくるヤツより、なかなかこっちを向いてくれないヤツの方が、気になるのが人情ってもんだよなあ。」
みゃあ。
「・・・・な?リナ。」
「何よ・・・・。何であたしに意見求めてくるわけ・・・。」
猫との会話に、何であたしが引っ張り出されなくちゃいけないのよ・・・。
「え?いや、猫に言ったんだぜ。猫。猫のリナ。」
「・・・・はああ?」
「だから、猫。オレは今、猫のリナに話しかけてたんだよ。」
「あ・・・・・・・・っそ・・・・・・。」
ヘンな男・・・・・・・。
 
 
 ゼルやアメリアを待つあいだ、あたしはぶらぶらと買い物に出掛けることにした。
ガウリイも最初は後からついてきたのだが、あたしより先に帰ることになった。
 何故なら、その肩にはあの『猫の』リナが乗っており、おまけに、その猫を見るとどの店もばたばたと閉店してしまうからだ。皆、口々に『破壊の申し子』だの『食堂殺し』だの『イヌまた』だのぶつぶつ呟いている。・・・・なんなんだ、一体。
 とっととガウリイと猫を追い返したまではよかったが、あたしまで同類に見られたのか、どうも印象が今ひとつ良く無かった。結局、値引き交渉にことごとく失敗し、あたしはすごすごと宿に戻ることとなったのである。
 
 
 
 「あれ・・・・。ガウリイ・・・・?」
 「おう。なんだ、リナも追い出されたのか。」
 「うん。ちょうど、部屋の掃除のおばさんが来てね・・・。んでもって昼寝でもしよ〜と思って来たのよ・・・。」
 宿に戻っても部屋から追い出されたあたしは、日当たりの良さそうな中庭の存在を思いだし、やって来たのだ。だが先客がいた。
 ガウリイと、やっぱし、あの猫。
 「まあ座れよ。樹陰は涼しいぜ。」
 「うん・・・・。」
 長々と足を伸ばして座っているガウリイの横には、四肢を投げ出して、安心しきったポーズで眠っている子猫。熟睡しているようだ。
 「ホントにその猫・・・なついちゃったんだね。」
 「そうだなあ。明日別れるのが寂しいくらいだぜ。」
 「う〜ん、ゼルのことだから、几帳面に約束当日に現れるでしょ〜ね。そしたら、明日の朝にはここを出発、ってこともあるかも。」
 「そっか・・・・。」
 ガウリイの手が、猫の頭を撫でる。よく眠っているように見えた子猫も、かすかに反応を返す。やがて、その緑の瞳をぱかっとあけると、彼女は優雅にノビをした。
 「あれ、起こしちゃったか・・・・。」
 ガウリイが呟くと、子猫は一声啼き、ガウリイの手のひらに頭をぐりぐり押し付けた。
 「こら、そんなにぐいぐいぐいぐい押すなよ、わかった、わかったから、撫でてやるってば、こら。」
 すると子猫はもう待てないと言わんばかりに、ガウリイの胸の上によじのぼってきた。今度は胸にぐりぐりと頭をこすりつけている。
 「こら、くすぐったいだろ、リナ、いい子だから。ほ〜ら、リナ・・・」
 撫でるガウリイ。
 撫でられる子猫。
 
 なんか・・・・・・・。
 ヘンな感じ・・・・。
 猫の名前なのに。あたしと同じ名前が連呼されるのはちょっと・・・・。
 
 「わかったわかった、ほら、そんなとこ舐めるなって。舌がざらざらしてて痛いだろっ。」
 子猫は全身でガウリイに甘え、ガウリイの頬をこれでもかとぺろぺろ舐めている。
 「リナ、やめろって。」
 「・・・・・・・・ちょっとガウリイ・・・・。」
 フツザツ、な気分。
 自分の名前を、ガウリイが他の物に対して呼び掛けるこの居心地の悪さと、それから。なんてゆ〜か・・・。説明のつかない気分が。せめぎあい、あたしは何となく、腰を下ろした場所から立ち上がった。
 
 どさどさどさっ!!
 
 「なっ・・・・なにっ!?」
 「なんだ、なんだっ?」
 あたしが立ち上がった次の瞬間、中庭を囲む生け垣から、どさどさと数人の人間が倒れ込むように姿を現わした。
 
 おひ・・・・・・・。
 あんた達・・・・何やってんの・・・・・???
 
 「あ、あは、あはははははははっ。」
 「い、いえ、決してアヤシイものじゃっ。」
 「そうですよ、全然、覗いてなんかないですともっ!」
 皆、一様に額から冷汗を流し、ぱたぱたと手を振りながら言い訳をするのだが・・・・。
 ・・・・めっちゃくちゃアヤシ〜ぞ・・・・。一体、何をどう覗き見しようとしてたんだ・・・・・??
 「い、いやその、丁度通り掛かったら、その、声が聞こえて・・・」
 声??
 「相手の名前を呼び合って・・・な、なんだか・・・すっごくいい雰囲気だったもんで・・・・。」
 雰囲気??
 「てっきり・・・・ねえ?あは、あははははははははは。」
 ってことはつまり・・・・??
 
 ぷちぃぃぃっぃぃぃっっっ!!!!
 
 「あんた達ねええええ!!!!こいつは、猫とじゃれてるだけなのっっ!!何をカンチガイしまくってるのよおおおおおおおおお!!!!!」
 「え!?猫!?」
 「か、勘違い!?」
 「さっさと行かないと〜〜〜〜〜!!」
 「ひいいい!」
 「うわああああああ!」
 「呪文で吹っ飛ばすわよ〜〜〜〜〜っっっ!!!」
 「ごめんなさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっっっ!!!」
あたしが手のひらからぱちぱちと炎の球(ホントは光の球)を生み出そうとすると、デバガメ達はあっという間にいなくなった。
 
 「お前なあ、あんまり人をおどかすのもどうかと・・・。」
 わかったように説教しようとするガウリイに、あたしはくるっと振り返る。
 「そもそも!あんたが、んなまぎらわし〜猫とイチャこいてるからでしょっっ!!いい!?この宿を出るまで、どんなにその猫と仲良くなってもいいから!二度とあたしの名前で呼ばないでっっ!!」
 喚き立てるあたしに、ガウリイは事情が飲み込めないのかきょとんとした顔をやめない。
 「ちょ、ちょっと待てよ。なんでいきなりそんなことになるんだ?だって、この猫はお前さんが来る前から、リナって名前で・・・」
 「紛らわし〜から言ってんのっっ!!と・に・か・くっ!!あたしの前で、あたしの名前を使わないでっっ!!」
 「リナ〜〜〜〜」
 「い〜い?わかった!?」
 「わ・・・・・わかった・・・・。」
 あたしの迫力に負けたのか、ガウリイはこくこくと頷いていた。
 
 
 
 
 その晩。
 
 約束通りにゼルとアメリアが到着した。
 やはり二人とも収穫はなかったらしい。疲れた二人に、あたしの臨時収入についてとやかく言われそうになったので、あたしはちょっと席をたったのだ。
 
 おトイレを済ませ、手を洗おうと洗面所に向うと、鏡の前にあの猫がいた。
 「・・・・なによ・・・。」
 なんとなく、睨まれているような気がした。
 「だって、しょーがないでしょ?あたしの名前はリナなんだし。・・・・それに・・・。」
 背中に、食堂の喧噪が被ってくる。
 がやがやと賑やかな声が、まるで遠くの部屋から聞こえてくるようで。ふいにあたしは、猫と二人だけの空間に押し込まれたような気になった。
 「それに・・・。ガウリイとの付き合いは、あんたより長いのよ。あんたを呼ぶより、ずっと多くの回数を、ガウリイはあたしの名前として呼んでるの。・・・つまり、あたしがオリジナルなんだから・・・・・・・。」
 
 気まぐれな猫。
 素直になれなかった猫。
 意地っ張りだった猫。
 なのに、今は甘え上手になった、猫。
 「だから。・・・リナは、一人でいいの。わかる?」
 にゃっ。
 子猫は鋭く一声啼き、あたしの脇すれすれにジャンプした。ちらりと振り返ると、後は一目散に。裏の木戸から。夜の闇の中へと、消えて行った。
 
 ・・・・・・・・・・。
 名前のせいだけじゃないけど。
 ・・・・なんとなく・・・・。あたしの知ってる誰かに、猫は似ていた。
 だったら・・・・・。あたしも・・・・あんな風に。
 甘えることができるのだろうか?
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 
 
 
 テーブルに戻ってみると、ガウリイがのろけ話を連発していた。勿論、子猫のリナとである。
 だが、それは昼間の繰り返しだった。食堂中が誤解しまくり、あたしは全員の熱すぎる注目を浴びる結果となったのだ。
 「ガぁウリぃ〜〜〜〜〜〜!!!!」
 「ひええええ!ご、ごめんなさ〜〜〜〜いっ!」
 「許さな〜〜〜いっっっ!!」
 
 言った通り。
 彼があたしの呪文のエジキとなったのは、言うまでもない。
 ・・・・ったく。クラゲなんだからっ。これがもし、わざとやってるんだとしたら、それこそドラグスレイブもんよねっっっ。
 
 
 あの猫のように。
 いつか、あたしが。
 ・・・・・・・・・・なんて、考えたことは。
 一生、教えてやんないんだから。
 
 
 
 
 
 
 


















 
 




***********************えんど♪
 
『猫舌猫手』とは、他ならぬそーらのことです(笑)
さて、しばらくお休みさせていただいた更新も、なんとか復活までこぎつけました。待ってて下さった方、お待たせしました♪投稿作品も少しずつ集まってきていますので、これからお楽しみに♪
では、『恋するガウリイ』の裏話をお送りしました。ガウリイさいどもあります♪
読んで下さったお客様へ愛を込めて♪
埋もれるほどのハートをお届けします(笑・壁紙のこと)

ガウリイさいども読んでやる