「お前さんの目は綺麗だなあ・・・。お日さまに当たるとさ。」
「・・・・・・・。」
「よしよし。ったく、昨日はあんなに意地っ張りだったくせに、今日はこんなに素直になるなんてなあ。思いもしなかったぜ。」
「・・・・・・・。」
「まあ、最初っからベタベタされるより、なかなかこっちを向いてくれないヤツの方が、気になるのが人情ってもんだよなあ。」
「・・・・・・・。」
「いい子だ、リナ。ホントにお前さんは可愛いぜ。」
「・・・・・・・。」
ぺしいいいいいいいいっっっ!!!
「いってええええ!」
「ガウリイっっ!!!!」
「な、なんだよ。」
「い〜〜〜〜〜加減にしてっっ!!」
「だから、何が。」
「だ・か・ら!!」
リナは腰に手をあて、オレを凄い形相で睨み付けている。
ここは宿の中庭。今日はちょっと汗ばむくらいの陽気なのだが、木陰は随分と涼しくて、昼寝には持ってこいだ。だが、リナは昼寝どころか、こめかみをぴくぴく言わせながら、オレに指を振り立てて文句を言う。
「だ・か・ら!!その猫を『リナ』って呼ぶのを、ヤメてって言ってんのよっっ!!」
人さし指で指差されたのは、木陰に寝転んでいるオレと、そして『リナ』。言っておくが、この『リナ』はリナ本人じゃない。
え〜〜〜〜〜〜と。つまり、要するにだな。・・・・・なんだっけ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あ、そうそう。この宿で飼われている子猫のことだ。名前はリナ。
昨日の晩、オレが一人で風呂に入ってる時にこの猫が入ってきて、それからオレの部屋までついて来てさ。最初はなかなかなつかなかったんだけどな。
それがどうだ。一夜開けてみたら、すっかりオレにまとわりついて離れなくなった。ついつい嬉しくて構ってたんだが、どうやらリナ(えっと、こっちは人間・・・だよな?・・いや、もしかしてドラまたという新種の生き物かも・・・・)にはお気に召さなかったらしい。
「さっきから耳もとで『リナ、リナ』って。ううるさいのよ。それに紛らわし〜し!」
「そうか?」
オレはきょとんとし、それから、青筋立てて怒っているリナの顔を見てやめた。
「い、いや、わ、わかった。話はわかったから。と、とにかく落ち着け。な?」
「・・・・別に、取り乱してなんかいないわよっ!朝から我慢してたけど、も〜限界。いい?この宿にいる間は、その猫をあたしの名前で呼ばないでよねっ!」
息巻いているリナに怯えたのか、子猫はオレを哀しそうな目で覗き込む。
「だ、だってお前、この猫はお前さんが来る前からこの名前なんだし・・。」
「だっても何も却下っ!あ・た・し・は!少なくとも、17年以上はこの名前よっ!つまりあたしの早いもの勝ちってこと!」
「そおゆう問題かあ?」
「そおゆう問題なの!いいから!もう二度と、あたしの前でこの猫の名前を呼ばないでよねっ!!」
ぷんすかしたままで、リナは中庭から出て行ってしまった。後に残ったのは、呆然としているオレと、子猫。
「何が気に触ったんだかなあ・・・。」
ぽりぽりと頬をかくが、子猫は首をかしげるだけで、何も答えてはくれなかった。
・・・・・・・・・・まあ。
もしかしなくとも、オレにも原因はあったかも知れない。名前が同じなだけに。いつのまにか、オレはこいつとリナをだぶらせるようになっていたからだ。
最初は警戒して、身体を拭くこともさせなかったくせに。部屋に入ってからも、なかなかオレの傍には来ないで、うろうろうろうろしたり。ちょっと頭を撫でただけでふうっと怒るとこなんかが。どうにも、リナに重なって見えたのだ。
「リナ・・・・。」
気がつくと、すんなりその名前は、オレの口から飛び出た。その晩、オレはリナに言った。
「眠れないのか?」
リナ(猫)がぷいっとそっぽを向く。まるで、リナ(人間)を口説いているみたいだった。オレはくすりと笑いながら、布団の端をめくってやった。冗談半分に、リナをからかう時のように。
「入れよ。」
ちょっとびっくりした顔の猫が、照れて真っ赤になって焦るリナに見えた。
「眠れないなら、オレんとこで寝るか?」
ぽんぽん、と枕を叩いてやる。すると猫は突然素直になって、ベッドに飛び乗ってきた。その小さな頭を撫でてやる。
やっぱり・・・・。なんとなく、リナに似ている。大きさは違うが、この頭の感触が・・・・・。
リナの頭を撫でるように、オレは子猫の頭を撫で続けた。
ところがこの会話を、何を勘違いしたのか、リナが廊下で聞き付けて怒鳴り込んでくるハメになった。どうやら自分の誤解だったらしいとわかると、すごすごと退散したのだが。何をどう誤解したのか、入ってきた時は凄い顔をしていた。
そして、今日だ。
朝からオレにまとわりつく子猫を、ついつい必要以上に構った気がする。リナの目の前で。
オレとしては、リナが言うところの、絶好のからかいポイント発見、ってやつだったかも知れない。オレが猫に向って『リナ』と呼ぶ度に、人間のリナが、居心地悪げに椅子の上でもぞもぞするのがわかったからだ。
名前を呼び、頭を撫でる。これがリナだったら、頭撫でないでっ!とか、子供扱いしないでっ!とか、言われちまうんじゃないだろうか。その代わりに、一向に文句の出ない猫に、オレは構った。
宿の中庭で昼寝をすることになった時もそうだ。リナは(注:猫)ますますオレになついてきて、もっと構ってくれと、手のひらをぐいぐい押したり、胸の上に乗ってきたり、ほっぺたをぺろぺろ舐めたりする。
・・・・・・なんとなく思ったことなのだが。
リナもこれくらい、素直に甘えてくれたらな・・・と。
その時、気がついたのだ。自分が、この子猫に。リナをどこか重ねていたのだということを。
だが、リナをからかいたい気持ちもあった。猫のリナの名前を連呼するうちに、人間のリナの表情が段々険しくなっていくのがわかったが、オレはとめることができなかった。
ヤキモチ、かな・・・・・。
それとも。
あんまりオレが何度も『リナ』って呼ぶから、もしかして照れちまったとか・・・・。
いつも一緒にいても。
リナの考えることが全部、わかるわけじゃなかった。オレが予想していたのと違う答えを呟くリナを見ると、オレは考えてしまうのだ。
・・・ああ。やっぱり、リナも女の子なんだな、と。
まして、意地っ張りで照れ屋でレンアイにはオクテなリナが、本当のところはオレをどう思ってるのか、とか、照れてるのか怒ってるのか、区別がつかない時がある。
・・・だからこそ、余計に。からかいたくなるのであり。
こっそりと、本音を漏らすのを待ってみたりもしてしまうのだ。
それは、なかなかこちらを向いてくれない猫の、相手をするのに似ていた。
その晩。
食堂では、まるでリナがムキになっているように、物凄いメニューの数々をテーブルに運ばせているところだった。オレがテーブルについても、リナは何も言わなかった。
そんな時に、ゼルやアメリアは約束通りに現れたのだ。
二人は疲れた様子だった。どうやらあちらも収穫とやらがなかったらしい。ついでアメリアが、リナの前に並べられた料理の豪華さに気がついた。
「あ、あたしちょっと。」
ごほんと咳払いをしたリナが、立ち上がった。これ以上追及されてはまずいと思ったんだろう。
「どこ行くんだ、リナ?一緒についていってやろうか?」
「ばかっ!!トイレよ、トイレっ!ったく慢性でりかし〜欠乏症なんだからっ!!」
顔を赤くしたリナは、慌てて食堂から出て行った。
・・・・まったく。からかい甲斐のあるヤツ。
「リナさん、なんか誤摩化して出て行ったみたいに見えますが・・・。」
リナの行動を怪しむゼルとアメリア。リナは教会から口止め料ってやつを巻き上げていた。それは正義じゃないと息巻くアメリアに、ゼルが言いたい放題を始める。
「あいつと来たら、石橋を叩いて渡るどころか、ハンマーで全てぶち壊してからその上をローラーで無理矢理ならし、やっぱり歩いて渡るのはめんどくさいとか何とか言って、翔風界で渡るヤツだからな。その上、損得勘定で生きているわ、夜中に宿を抜け出して盗賊いぢめには走るわ、戦闘中に断わりもなしに俺達を吹っ飛ばすことはあるわ、滅茶苦茶だ。よく今まで俺達も生き残って来れたもんだぜ。」
目当ての品が見つからなかったせいか、ゼルはかなりご機嫌ナナメのようだ。
「な、お前さんもそう思うだろ、ガウリイ。あんなヤツとずっと一緒だと、命がいくつあっても足りないと思わんか。」
「・・・・・・・・。」
いや・・・・・。なんてゆ〜か。
ゼルの言ったことはもっともだと、頷ける内容ばかりなのだが。
何故だろう、自分の目の前で誰かがそんな風にリナを悪し様に言うと。胸のあたりがみょ〜にその・・・・もやもやしてくるのだ。
おかしいよなあ。いつもオレが突っ込むリナの行動に、他の誰かが突っ込むと、逆にフォローしてやりたくなるとは。
そう思ったオレは、ちょっとばかり、ゼルをからかってやりたくなった。
「いや、あれでも結構、ベッドの中だと可愛いんだぜ?」
ぴっき〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・・・
何かにヒビが入るような、奇妙な音が聞こえたような気がする。
「ダンナ・・・・・・。今・・・・・なんて・・・・・?」
「リナの話だろ?そりゃあ多少、兇暴なとこもあるし、わがままなヤツだけど、これが結構可愛いんだぜ♪気は強いし、なかなか素直になってくれないんだけどな。そこがまた可愛いというか。オレがそっぽを向くと、しゅんとなって、背中に寄り添ってきたりするんだぜ♪昨日なんか、なかなか寝ないでうろうろしてるから、オレのベッドに誘ってやったんだ。そしたらな?」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
思った通り、ゼルもアメリアも、すっかり凍りついていた。
「オレが毛布のはしっこをめくってやっても、照れてるんだか遠慮してるんだか、なかなか入ってこないんだ。仕方ないから、オレは眠ってる振りをした。
するとな?後からこっそり入ってくるんだ。オレが腕を伸ばしてやると、こてんって頭を乗っけるんだぜ♪もう可愛いのなんの♪」
思いだす、なついてきた子猫の様子。
その頭を撫でながら、オレは思ったんだった。
リナもこれくらい、素直に甘える時が来るんだろうか?と。
「頭を撫でてやると、安心してため息をつくんだぜ。あんまり可愛いから、オレは思わず両手で抱きしめちまった。そうしたら、やっぱり照れ屋なのかなあ、腕の中でじたばたじたばた暴れるんだ。だけど、腕の中でちっちゃいあいつがもがもがしてると、余計にオレは嬉しくなっちまうんだよなあ。」
もし、リナがそんな風に、甘えて来たら。
果たしてオレは、どうするんだろうか?
そんなことを考えていたオレは、深く考えずに次の言葉を口にした。
「それに可愛い声で啼くしな。」
がたがたとどこかで騒がしい音がしたが、オレはすっかり、頭の中でもしもの時のシミュレーションとやらを始めていた。
もしも、リナが。
そっぽを向きながら。
真っ赤な顔で。
そこへ、何も知らないリナがほてほてとテーブルに戻ってきた。
さっきまでとは違う周囲の空気に、リナはくるりとオレに向き直る。片方の眉を器用にぴくぴくさせながら。
「ちょおっっっと。あんた、一体何の話をしたわけ。」
「へ?言っただろ、ゆうべの話。」
「ゆうべって・・・・。」
「リナがオレのベッドで寝たって話だけど?」
「・・・・・なんですってぇ・・・・・・・。」
・・・・思えばうかつな一言だった。
だが、もしかすると。
オレはわざと、リナに聞かせたかったのかも、知れない。
リナに呪文で吹っ飛ばされたオレは、一人寂しくベッドの上で呟いた。
「リナ〜〜〜〜。」
当然。
猫のリナではなく。人間の、リナに向ってである。
・・・・いつか。
あのリナが。
あのリナのように。
オレに甘える日が、果たして本当に来るのだろうか?
・・・・そしてその時、オレは。
・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり・・・・。
めろめろ、になっちまうのかもなあ。
***********************************えんど♪
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