「この道の行く先に。」

 
 
オレは占いなんて信じない。
過去も、今もだ。
 
 
 
それはとある街の裏通りを歩いている時だった。
今晩の宿を探すつもりだったが、人通りはまばらだった。
やっぱり表通りに戻るかと思った頃、突然声を掛けてきたヤツがいた。
「行き先を迷ってるんじゃないの?良かったら、占ってあげようか。」
オレは振り向いた。
 
掛けられた声も舌ったらずの、年端も行かない子供だと思ったが、外見もまったくその通りだった。
一軒の家の前に、小さなテーブルが置かれていて、その上に黒いビロードの布がかけられている。
テーブルの前に座っているのは、頭から黒いレースを被った、7,8才に見える女の子。
髪の毛を顔の脇で二つに分けて結び、その先がレースの下から覗いている。
顔はよく見えないが、声といい、背格好といい、子供であることは間違いなさそうだった。
新手の客引きか?とオレは思った。
「悪いな、じょーちゃん。オレは宿屋を探してるんで、占ってほしい訳じゃないんだ。」
オレはそう答えた。
テーブルの上にはお決まりの水晶玉。
女の子の服装も真っ黒で、あちこちにお守りらしい宝石を身につけている。
どうせ、家の中に親か面倒を見ている人間がいるんだろう。
うっかりひっかかると洗いざらい持っていかれちまいそうだ。
手を振ってその場を離れようとすると、その子が言った。
 
「あなたは今、分かれ道にいる。一つ行き先を間違うと、まったく違う人生を送ることになるわよ。」
 
オレは笑いながら振り向いた。
「おいおい。ここは一本道だぜ?分かれ道なんてどこにあるんだよ。」
「街を出てからに決ってるじゃない。意外にせっかちな人ね。」
たしなめるような答えが返ってきた。
オレはため息をついた。
「悪いけど、オレは占いなんて信じてないんだ。何せ、子供の頃から当たった試しがないんでね。」
これは本当だ。
近所に占いをするおばさんがいた。
オレのことを占ってくれたりしたが、その答えはいつも突拍子がなく、オレにはとても信じられなかったし、事実、その占いの通りにはなっていなかった。
しかも結局、そのおばさんは自分の運命を占うことはできずに、火事で死んでしまった。
だから、オレは占いは信じないことにしている。
「ちなみにどんな占いだったか、聞かせてくれない?」
無邪気そうに聞こえる声が答えた。
オレは首を振った。
「言っても笑うだけだぜ。オレだって笑ったんだから。」
「あら。聞いてみなければわからないじゃない。」
「いいって。」
言えるかよ。
オレが、世界を救う勇者の一人になるだろう、なんて占いは。
「でも時には、助言が必要なこともあるんじゃないの?人間には。」
年令に見合わないさとさが、声に滲んでいた。
「それに、あなたはサイラーグでたんまりと礼金を貰ったでしょ?裏通りでしがない占いをやってるカワイソ〜な女の子に、金貨の一枚や十枚恵んでくれたって、痛くも痒くもないと思うけど?」
 
オレはぎくりとした。
思わず腰の防具の下に隠した、財布の在り処に手をやってしまった。
この子、何でそのことを知ってるんだ?
 
「まあ、気晴らしと思ってよ。忙しいわけじゃないんでしょ?」
女の子はもうすっかりその気で、熱心に水晶玉の上を撫で始めた。
オレは迷った。
確かに、この先、宿を取った後どうするかは考えていない。
また傭兵の口を探すか、賞金首でも探すか。
どっちにしても、行く当てはなかった。
女の子の手がぴたりと止まった。
 
「分かれ道を一本間違えると、あなたはある人と出合い損なうわ。」
「・・・・・?」
「それはあなたの運命を変える人。出会うか出会わないかで、あなたの人生はまったくと言っていいほど変わってしまうの。」
「・・・へえ。」

その子の言うことを信じたわけじゃなかった。
ただ、ちょっとだけ興味が湧いた。
たった一人の人間に、会うか会わないかだけで、人間の運命って変わるものだろうか?と。

テーブルの前にしゃがみこんだオレに、すねたような声が聞こえた。
「あなた、わたしの言葉を信じていないわね。」
オレは苦笑した。
「だから言ったろ。占いは信じないって。」
「じゃあどうして立ち止まってくれたの。」
「・・・君が言ったんじゃないか。裏通りで占いなんかやってるカワイソ〜な女の子に、金貨の一枚や十枚恵んでくれたっていいじゃないって。」
「・・・同情ってわけね。まあいいわ。お代は見てのお帰りよ。」
「ふうん。」
話している言葉は、まるで大人顔負けで、オレはしゃがみこんだまま、レースの下を覗いてみようとした。だが何故か見えなかった。
じゃらじゃら、と手首のブレスレットが音をたて、女の子がすっと腕を上げた。
「じゃ、占いの結果を見せてあげる。そこの扉から入って。」
指差した先は、家の扉だった。
 
「・・・へ?ここって、普通の家だろ?」
どう見ても、一般の民家の玄関に見える。それとも、やっぱり中に大人が待っているのかな。
すると女の子は妙に芝居がかった声で答えた。
「それは扉よ。家の中と外を隔てるのも扉、界と界を隔てるのも扉。過去と未来の時の世界を分かつのも、また扉よ。」
そのいかにも持って回った言い回しに、オレは笑わずにはいられなかった。
吹き出しつつ、まあ付き合ってやるかという気分になっていた。
「入ればいいんだな?」
「そうよ。その先に、あなたの運命が待っているわ。」
「はいはい。」
 
扉には、鍵はかかっていなかった。
ノブは、くるりと回った。
きぃ。
ぱたん。
オレの背後で、確かに扉の閉まる音がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ぴぃ。
ちゅくちゅく。
うるさいくらいの小鳥の鳴き声。
目を開けると、窓のカーテンの向こうは真っ白で、思いきり天気が良さそうだった。
「・・・・。」
オレはベッドの上でぽりぽりと頭をかいた。
何だっけ。
何か・・・夢を見ていたような気がする。
ここは・・・・・。
そうだ、宿屋だ。
 
 
階下の食堂で朝食を取った後、オレは街を出ることにした。
特に行く当てはない。
次の大きな町は、アトラスシティだった。
 
宿を出て街道を少し行くと、分かれ道に出た。
看板が出ていた。
左がアトラスシティ行き。
右は、やはりアトラスへ行くが、直前にある大きな森を迂回するため、かなりの遠回りになるらしい。
食堂で聞いた噂では、ここで何人もの商人が被害に遭っているらしい。
野盗の類いが恐いわけではなかったが、相手が大人数だと面倒だ。
オレは左を選んだ。
 
 
アトラスシティでは何もなかった。
さらに進んだ先の、小さな村で、オレはとある事件に巻き込まれた。
出稼ぎで男手が足りない村で、老人と女子供ばかり。
事件は早々に片付いたのだが、何度も何度も引き止められて、しばらく逗留することになった。
村では穏やかな時間が流れていて、オレは何となく、地に足をつけて暮らすこともいいものだと思うようになった。
しばらく逗留するつもりが、そのまま、村に根付いてしまった。
 
それからの人生は、村で流れる時間そのもののように、穏やかで、優しいものだった。
オレは結婚をし、子供も生まれた。
畑を耕したり、家畜を飼うのも、意外に楽しかった。
先祖代々の伝説の剣は、それっきり使うこともなく、暖炉の上の飾りになっていた。
子供達はすくすくと成長し、それぞれ、新しい人生を見つけるために村を出て行った。
庭を眺めるポーチの上の、揺りいすに座ったまま、オレは考えていた。
いい人生だった。
幸せだった、と。
オレは立ち上がり、最近、少し曲ったかな、と思う腰をうんしょと伸ばし、玄関の扉に手をかけた。
 
 
 
 
きぃ。
ぱたん。
オレの背後で、確かに扉の閉まる音がした。
 
 
 
 
 
 
部屋の中は暗かった。
オレはベッドの上で、しばらく呆然としていた。
え〜〜と。
何だっけ。
何か、長い夢を見ていたような気がする。
ここはどこだっけ。
そうだ、宿屋だ。
 
オレは立ち上がり、ベッドを出て、窓のカーテンを開いた。
とても朝とは思えない天気だった。
真っ黒い雲が空を覆っていた。
 
宿で朝食を取り、街を出ることにした。
天気は相変わらずで、雨が降りそうだった。
 
少し先で、道が分かれていた。
左がアトラス行きの近道。
右は同じくアトラス行きの、遠回りの道。
オレは右を選んだ。
左は近道だが、平坦で雨宿りできそうな場所がない。
まだ森の中の方がましかも知れないと思ったからだ。
 
ところが、森の中に入ってしばらくすると、天気は180度変わった。
真っ黒な雲はいつのまにかどこかへ行ってしまい、朝日さえ枝の間から差し込んできた。
道を間違えたかな、と思いつつ、オレはのんびりと歩を進めていた。
 
静かな森だと思ったその時、どこか遠くの方から人の声が聞こえた。
怒号。
それに混じる高い声。
女の声だ。
どうやら争っているようで、複数の人間の気配もする。
旅人が盗賊に襲われでもしたかとオレは思った。
ほっとけない質だったので、行ってみることにした。
 
 
オレの推理は当たっていた。
街道を少し行った先に、少々開けているところがあって、男が何人か、誰かを囲むように立っていた。
手に手に得物を持っている。
どう見ても親切な旅の商人には見えない。
囲まれているのが、さっき聞こえた声の女性だろう。
どうやら気が強いタイプらしく、ケンカをふっかけているようにも聞こえた。
だがこの人数相手にたった一人では、それは無謀と言うものだ。
オレは声を掛けた。
 
 
山賊らしいヤツらの相手は、ものの数分で終わってしまった。
手ごたえのないヤツらだ。
オレは剣をおさめ、振り向いた。
そして驚いた。
 
てっきり妙齢の女性かと思ったら、どんぐり眼のちびっちゃいガキだった。
こんな子が一人で旅をしているのかと思うと、急に心配になった。
何やら遠慮して立ち去ろうとする女の子を、なかば強引にアトラスまで連れていくことにした。
女の子の名前は、リナと言った。
 
それから、オレ達の旅は始まった。
 
 
いろんな事件が、オレ達を待っていた。
誰かに話せば、それこそ信じてもらえないようなこともあった。
いろんな人にも出会った。
人でないヤツにも。
そして、リナは、知れば知る程、最初の印象をどんどん裏切って行った。
華奢な外見とは裏腹なそのタフさに、オレは舌を巻いた。
オレの光の剣と、リナの魔力。
最強のコンビだと、人に言われたこともあった。
いつしか、リナの傍にいるのが当たり前のようになり、一緒に旅をするのに、理由を必要としなくなっていた。
リナの印象が変わるにつれ、オレのリナに対する見方も、少しずつ変わっていった。
 
やがて、また事件が起きた。
相手は得体の知れない連中であり、複雑な状況の中、仲間が一人死んだ。
オレはもう、光の剣を持っていなかった。
あっけなく訪れる死に、オレはふと嫌な予感を覚えていた。
もしオレが。
リナを失ったら。
自分はどうなるのだろう?と。
だが日々は過ぎて行き、さらに大きな事件が、オレ達を待ち構えていた。
そしてオレの嫌な予感は、まるで未来を予測したようだった。
 
 
細い腕で、オレの身体を懸命に抱きかかえるリナに、オレは言った。
「オレのことはいい。リナ。・・・お前さんは、自分がしなくちゃいけないことを、やるんだ。」
咽が血に苦かった。
オレの嫌な予感は、当たらずとも遠からずと言ったところだった。
それは、リナを失うのではなく。
自分が血にまみれることだった。

リナが何かを言いかけた。
唇が開いた。
だがそれは、聞かなくてもわかった。
オレは首を振り、彼女に言わせなかった。

「いつでも前を見て。真直ぐに歩いていくのが、お前だろ。
・・・心配しなくていい。
オレは、いつでも、そんなお前の後を歩いて行くよ。」

吹き出す血に汚れた指で、彼女の頬に触れた。
やがて赤い瞳に、強い決意が蘇ろうとしていた。
オレは微笑んだ。
 
リナはそっとオレを降ろすと、耳もとに手をやった。
ぱちん、と音がして、イヤリングの片方を外したのだとわかった。
冷たい金属の感触が、手の中に押し込まれる。
「それ。貸してあげるから。・・・後で返してよね。」
立ち上がる彼女に、もう迷いはなかった。
オレはイヤリングの入った手のひらを握りしめ、何とか笑ってみせた。
「ああ。預かっておくよ。後で取りに来い。」
 
リナはくるりと踵を返し、片方だけのイヤリングを揺らしながら、マントを翻して去って行った。

オレはその姿を見送りながら思った。

ああ。
やっぱりリナは、ああして前に向って走っていくのが、よく似合う。


だんだんと暗くなる視界に、その姿はどんどん小さくなっていった。
 
 
 
 
 
 


きぃ。
ぱたん。
 
 
「・・・・あれ!?」
オレは辺りを見回した。
そこは確かに、宿を探しに入った街の、裏通りの一角。
目の前には、小さなテーブルの前に座った小さな占い師。
振り返ると、見覚えのある扉とノブ。
「確か・・・・入ったはずじゃ・・・。」
オレはぽりぽりと頭をかく。
「それに・・・何だか、長い夢を見てたような・・・・。」
 
「お代は見てのお帰りって言ったでしょ。」
占い師の女の子が手を差し出した。
何がなんだかよくわからない。
「ってことは・・・・今のが・・・占いの結果、ってことか?」
オレはぼうっとしている頭を振って、よく考えようとした。
「二つの未来が見えたはずよ。分かれ道のその先に、あなたの未来が。」
「・・・・・。」
未来。
・・・・あれが?
 
左へ行けばアトラスシティへの近道。
右へ行けば回り道。
そしてその先には。
 
オレは黙って、財布から金貨を取り出すと、差し出された小さな手のひらの上に、それを置いた。
占い師はこう言った。
「どちらを選ぶかは、あなたの自由よ。」
 
 
 
 
 
翌朝。
オレは宿屋で目を覚ました。
天気は最悪だった。
暗雲たちこめた空に、雷まで光っていた。
 
朝食を取り、街を出た。
少し行くと分かれ道に出た。
左へ行けば、アトラスシティへの近道。
右へ行けば、回り道。
オレはしばらく考えた。
 
オレは占いなんて信じない。
昨日見たのも、幻覚かまやかしか、気のせいに違いない。
オレは占いなんて信じない。
 
ひとつ肩を聳やかすと、オレは左に曲った。
だが進むにつれ、段々と足が重くなった。
 
何故だろう。
まるで見えない柔らかい壁が邪魔しているようだ。
雷はどんどん近付いているように思えた。

その時だ。
誰かに呼ばれた気がした。
 

「ガウリイ!」
 

オレは振り向いた。
誰もいない。
頭を振る。
まさか。
まさかそんなことが。
だがその声は、昨日聞いた、あの声に似ていた。
血まみれのオレを抱いた、あのちっぽけな少女の声に。
 
「ガウリイ。」
 
オレは走った。
走って走って、分かれ道まで戻った。
迷わず右へ向った。

オレは占いなんて信じない。

オレは占いなんて信じない。

オレは占いなんて信じない。

・・・・ただ、自分の勘だけは、信じてる。
 
 

森の中で、人の声を聞いた。
争うような気配。
オレはその時になってやっと立ち止まり、耳を澄ませた。
野太い男の声に混じる、高い声。
 
オレは占いなんて信じない。
オレは笑った。
 
山賊を始末するのに、ものの数分もかからなかった。
オレは笑った。
囲まれていたのは、きょとん、と大きな目を開いた、ちびっちゃいガキ。
オレは笑った。
心の中で。
「なんだ。グラマーな美女かと思ったら、どんぐり目のぺちゃぱいのガキかよ。」
そう呟いてやると、彼女は怒ったようだった。
オレは笑った。
 

オレは占いなんて信じない。
オレはオレを信じるだけだ。
あの占い師の全てを信じるなら、この先、オレには血まみれの運命が待っているかも知れない。
だから、オレは占いなんて信じない。
ただひとつ。
占い師の言ったことで、ひとつだけ信じてもいい言葉があった。
それは。
たった一人の人間に会うか会わないかで、運命は変わるかも知れない、ということ。世の中、たまにはそんなことも、起こりうるのだ、と。
 

「お嬢ちゃん、名前は?」
リナは答えた。
「リナよ。あたしの名前は、リナ=インバース!」
 

そしてオレ達の旅は始まった。

そして、続いた。
 
 
 
 
 




























~~~~~~~終。
 
ふしぎシリーズ(笑)
前から考えていたんですが、ふと、ガウリイがリナに出会う前、もしかして全てを知ってたんじゃないかと思ったんです。そうなら面白いな、と。
ただ、根がクラゲですから(笑)その後のことは綺麗さっぱり忘れた、と(笑)
グラマーな美女かと思って、コナかけようと山賊を倒したとは、ちょっとその後の彼の行動を見る限り、信じられないなと思いまして(笑)
もしそうなら、その後、同じことをもう一度やるんじゃないかって(笑)
だから全てを知ってて、からかうつもりでそういうことをぶちぶち言ってたら、面白いなと思ったわけです(笑)
勝手な想像をお許し下さい(笑)
では、ここまで読んで下さったお客様に、最後の質問。
あなたは占いを信じますか?
そーらは、いいことが書いてあった時だけ信じることにしています(笑)
 

この感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪