「胸の針」

 
 
ちくりと胸を刺す、小さな小さな針。
一瞬の痛みだけれど。
まるで湯に入れた氷のように、すぐ溶けてしまうけど。
 
 
 
「ほらリナ、部屋行って寝ろよ。」
 
ゆすゆす。
誰かがあたしを揺さぶっている。
放っといてよ。眠いんだから。
眠い時に眠るのは最高の気分なんだから。
「リナ。」
ゆすゆす。
「なぁによぉ・・・・眠いんだから、寝かせて・・・。」
むにゃむにゃ呟くと、あたしはまた眠りの海へ。
 
ゆすゆす。
「ダメだ。ここはオレの部屋だろ?自分の部屋へ行って寝るんだ。」
ガウリイの手が、強引にあたしを起こそうとしている。
「いいじゃない・・・。ちょっとくらい寝かせてくれても・・・。」
そーよそーよ、ガウリイのけち。
「ちょっとくらいって・・・。それじゃ、そのまま朝まで寝ちまうだろ。ほら、肩貸してやるから。」
ぐいっ。

ええぇ〜〜〜。やだぁ〜〜。
この気持ちいい寝床から起きたくなぁい・・・。
「リナ。」
く〜〜〜〜。
 
ガウリイが、ふう、とため息をついた気配がした。
しょうがないなあ、って言うかな。
 
「よいしょ。」あれ。身体が浮いてる。
「うぎぇ。ガ、ガウリイってば。」
「このまま部屋まで運ぶからな。」
「や、やぁだぁ!恥ずかしいでしょーが!」
「だったら降りて一人で歩け。ほら。」
ガウリイがあたしを降ろす。
ねえちょっと。ガウリイってば、冷たくない?
「何でここで眠っちゃいけないのよぉ。少しくらいいーじゃない・・・」
 
ぶつぶつ言うあたし。まだ眠くて眠くて、目がよく開かない。
ふらふらする。
「ここはオレの部屋だって言ったろ?お前がここで寝たら、オレはどこで寝るんだよ。」
ガウリイがあたしの肩に手を置く。
支えてくれてるのかな。それとも?
「いいじゃん、別にぃ・・・。一緒の部屋で眠ったことだってあるでしょ?でなきゃ、ガウリイがあたしの部屋で寝ればいいじゃない。」
 
ぽかん。

いったぁ・・・・・・!
「な、何すんのよっ・・・」
目を開けた。

びっくりした。
すぐそばで、あたしを見下ろしているガウリイの顔。
それはとても近くて。とても遠くて。
そして普段、あまり見たことのない顔だった。
「いい加減にしろ。子供じゃないんだから、わがまま言うな。」
ガウリイ・・・・怒って・・・る?
「な・・・なによ。いつもは子供扱い・・・するくせに・・・。」
変だな。何であたし、こんな頼りない声しか出ないんだろ。
 
続く沈黙は、何故か息苦しかった。
 
ガウリイは黙ってる。
あたしは反論できない。
二人は黙ったまま。
・・・合わない視線。
噛み合わない沈黙。
 
「子供だったら・・・あのまま放っておいたさ。」
胸が苦しい。
「放っておいてくれても・・・良かったのに・・・。」
咽が苦い。
「じゃあオレが・・・隣で眠ってもお前は気にしないんだな?」
胸が痛む。ちくりと。
「いいもん・・・・あたし・・・気にしないもん・・・・。」
どうして。まるで針みたい。
 
ちくん。
 
痛いのは。針みたいなのは。ガウリイの、視線?
それとも、あたしの中にあった、見えない気持ち?
「・・ならそうしようか。」
続く言葉は、すぐ傍で。身体が浮き上がる感覚とともに、聞こえてきた。
 
ふわりと落されたのはベッドの上。
ぎしりと鳴るのはスプリングの音。
身体が沈んだのは、隣に人が横たわったから。
あったかくなったのは、二人の上に、毛布がかかったから。
 
突然のことに、あたしはただ呆然と、馬鹿みたいに天井を眺めていた。
なに。
なにが起きたの。

隣で寝るって言ったガウリイが、今、隣にいる。
一つのベッドの上。
手を伸ばせばすぐ届く、そこに。
途端に眠気がふっとんだ。



・・・・この状況をどうしよう。
確かに、ガウリイが隣に眠ったって、気にならないと思ったはずなのに。
一つの部屋で、雑魚寝したことだってあるのに。
野宿の時なんか、ずっと傍にいたのに。
今すぐ、何もかもほっぽって、逃げ出したくなるなんて。

その時、ぐいっと、毛布が引っ張られる感覚があった。
心臓の音がどきんと跳ね上がる。
身体が凍ったみたいに固くなる。
やだっ・・・・!
 

縮こまったあたしが、次に気がついたのは。
毛布が引っ張られたのは、ガウリイが横を向いたからだとわかった。
あたしと反対の方向を向いて。
左の肩が、寒かった。
 
・・・・・馬鹿みたい。
あたしは一体、何考えてたのよ。
ガウリイは言ったじゃない。子供なら、隣で寝るって。
だから、隣で寝てるだけ。
それだけ。
 
あたしもくるりと寝返りを打った。
反対の壁に向って。

二人の間にできた隙き間は、風が入って寒かった。
 
 
眠れるわけ、ない。あんなに眠かったのに。
あのまま眠って、隣でガウリイが雑魚寝したって。
きっと気が付かないくらいにしか、思ってなかったのに。

今は。ただ、背中が寒い。
胸が、ちくちくと痛い。
 

ぎしりっ。
スプリングが鳴る。
ガウリイがこっちを向いたのがわかった。
 
ガウリイは何を考えているんだろう。
あたしは何を思っていたんだろう。
それを思うと、胸が。
痛い。苦しい。
・・・・誰か、助けて。
 

毛布の端を握りしめて目を閉じていたあたしの、髪に何かがそっと触れた。
次に、頭をわしゃわしゃと撫でられる感覚。
あたしは目を開く。
 
「おやすみ、リナ。」
 
耳もとに言葉を残し。
ガウリイはベッドから出た。
ブーツを穿く気配がし。こつこつと靴音がして。
やがてドアが、ばたん、と閉じた。
 
 
 




あたしはそのまま、ガウリイのベッドで一晩を明かした。
一睡もできなかった。
朝食の席で、ガウリイは何事もなかったような顔をしていたけれど。
後で自分の部屋に戻ってみたら、ガウリイがベッドで眠った形跡はなかった。
 
 
夕べの事は、一体なんだったんだろう。
ガウリイは結局、あたしを子供扱いしたんだろうか。
それともしなかったんだろうか。

あたしが眠れなかった夜。
ガウリイも・・・眠れなかった?
 
笑顔を交わし、いつものように、争って食事をしても。
 
夕べの針は、まだ、胸の中に残っている気がした。
 
 
 
 


























=====================おしまい。

お友だちHPから引き取ってきたお話です。書いたのは・・・おっと(笑)1999年11月(笑)若かったのう・・・(マテ)少し手直しして、書き足しました。
タイトルで気づいた方もいらっしゃるかと思いますが、「針と糸」と姉妹品です(笑)同じ「針」でも捧げる相手によってこんなに違うのだった・・・(おひ・笑)
では、ここまで読んで下さった方に愛をこめて♪
何気なく言った一言が、相手に意外な反応を起こさせてしまったこと、ありますか?(笑)

この感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪