「キミの隣を歩くこと。」

 
 
 復興途中の街、サイラーグ・シティを後にし・・・・。

 ガウリイの傷も完全に癒え、彼の言い出した通り、あたしの実家があるゼフィーリアへと向けて、新しい旅が始まった頃。
 気がつけば、いつのまにやら路銀が心もとなく。
 仕方なく、いつも通りに依頼を受けたり、小耳にはさんだ盗賊の住処にちょこっとお邪魔したりと。
 それまでとほとんど変わりのない、毎日が続いていた。
 
 哀しい・・・それはすごく哀しい、出来事だったけれど。
 思いださないでいるのは難しい、出来事だったけれど。それでもあたしは、あたし達は。前を向いて歩いて行くことしかできない。
 ただ、忘れないと。誰も知らないあの人達の事を、胸に抱いて歩いて行くと。
 あたしはそう、思っていた。
 
 
 
 春のように穏やかな日だった。
 咲き始めた小さな野の花は、道端のあちこちで、その小さな顔を輝かせるように咲いていた。鳥の涼やかな声は、限りがないように空へと昇って行く。
 そして今日も大ボケなあたしの保護者は、のんびりだらりとあたしの後をついてくる。
 最近のことだが、もしかするとこの男は、何もかもわかっていてわざとボケているんじゃないかと。あたしは思うようになっていた。・・・もしかすると。
 ところが、そんなことを考えたその一瞬後には、やっぱりあれは天然なのだと、彼の行動自体が打ち消してしまっていたのだ。
 今も彼は、何もないところでつまづいたばかりである。
 
 「・・・・ったく・・・。二才や三才の子供じゃあるまいし。
 な〜〜〜んもないトコロで、なぁにを転んだりしてんのよ、あんたわっっ。」
 あたしより、頭二つ分は優に長身の男が、顔から地面につっぷしていた。
 「それとも、そろそろ脳がふやけたパスタでいることに納得して、脊髄反射だけで生きて行くのを決めたってのっ?」
 「・・・・。」
 両腕を立て、腹筋の容量でむっくり起き上がった彼は、情けなさそうにたはは、と笑う。
 「いや・・・ぼ〜〜っとしてたらさ。」
 「なによ?」
 彼の隣にちょこん、としゃがみこんだあたしは、彼なりの弁解を一応聞いてやる。これは付き合いというか、お義理の問題だ。
 「どっちの足を先に出すのか、わかんなくなっちまって。」
 「・・・・・・・・・・。」
 
 ・・・・やっぱり。めちゃめちゃ聞いてソンした。
 
 「あんたね。・・・いくら陽気が春めいて、ぼ〜〜っとしたくなったとしても。もうちっとしっかりしないと、そのうち、呼吸するのにどの臓器を使うのかもわかんなくなっちゃうわよ?」
 「・・・・ぞ・・・・臓器って・・・」
 腹筋の体勢のまま、ガウリイがげえっと青ざめる。
 「・・・・それにしてもさ。」
 あたしは、あることに気がついた。
 「あんた、今、顔から地面に突っ伏したわよね。」
 「・・・・?ああ・・・・。」
 「なのにどうして。」
 
 びしっっ!と指差したのは、ガウリイの顔。
 
 「どぅお〜〜して、あんたのそのキレーな顔には、傷一つついてないって訳っ!?」
 「・・・・・・へっ!?」
 ガウリイの目がびっくり目になる。
 「ふつー顔から突っ込んだら、目のまわりに青タンできるとか、鼻の頭擦りむくとかっ!潰れた鼻から鼻血がつつ〜〜〜〜っっっと垂れるとか!そ〜〜〜ゆ〜〜〜ヒサンな顔になってるのが世間様の相場ってやつぢゃないのっ!?」
 「・・・・えええっ・・・・。」
 言われて初めて気づいたのか、ガウリイがペタペタと自分の顔を触る。
 「そ・・・・そういや、そうかも・・・・。」
 「で・しょ〜〜〜っっ!まさか、顔が傷つくのも鼻血を出すのも、忘れちゃったってんじゃないでしょ〜〜〜ねっっ!」
 「は・・・・ははっ。バカだなあ、リナ。いくら何でもそんなことある訳が・・・。」
 爽やかに笑う彼の顔が、笑顔のまま固まってしまう。
 そよ、と風が吹く。
 「そ・・・・そんなこと・・・。」
 声が自信なさげだ。
 「あ・・・あるわけ、ないよな・・・・・?」
 
 おそるおそるこちらを見上げているのは、小犬のような目。
 春めいた真っ昼間の街道のどまん中。あたしよりいつつかむっつか、少なくともそれくらいは年上の大の大人が。
 それも、鎧をつけた凄腕の剣士が、大きな図体で。
 情けな〜〜〜い顔で、こっちを見上げている。
 
 ・・・・これを笑わずに、何を笑おうか。
 
 「ぷははははははははっ!!ガウリイ、おバカっ!なんでっ、ど〜〜してっ!そんなにおバカでいられるのよ〜〜〜〜っっっ!!」
 飛び出した笑いは、留まるところを知らなかった。後から後から、どんどん溢れてきた。
 「あたしより年上のくせにっ!超一流の剣士のくせにっ!んな何でもないトコで転んでっ、訳わかんないあたしの説明を本気で信じたりしてっっっ!」
 「お・・・おい・・・。」
 ジト汗を流すガウリイなど、目に入れば余計に笑いが止まらない。
 「うぷぷぅっ!うくっ!でかいずーたいしてるくせにっ!ぷぷっ!そ、そんな、捨てられた小犬みたいな目で、あたしを見ないでよ〜〜〜っっっ!」
 きゃはははは。
 ははははは。
 うぷぷぷぷぷっ。
 それはもう、腹の底から。
 あたしは笑いまくったのだ。

 そして気がついた。
 こんなに笑うのは、久しぶりだ、と。
 
 気がつくと、ガウリイが起き上がっていて、その場にあぐらをかいて座ったまま、優しい目でこちらを見ていた。
 「・・・・・。」
 途端に、あたしの笑いもなりを潜める。
 
 笑い過ぎて出た涙を、右手の人さし指で拭おうとした時。
 ガウリイがいきなり腕を伸ばして、あたしの頭をくしゃりと撫でた。
 「・・・・ガウリイ・・・・?」
 道端に咲く小さな花に、溶け込みそうな同じ色の髪と微笑みのまま、彼は言った。
 「お前さんが、元気になってよかったよ。」
 「・・・・・・!」
 
 
 誰もいない街道。
 まるで、世界にたった二人しかいないような風景の中。
 彼は微笑み。
 
 そして、あたしは。
 
 「・・・・リナ・・・・?」
 
 

 彼の手が、あたしの頭を撫でるのをやめた。
 「・・・・泣いて、るのか・・・?」
 ぼろぼろと、何かが頬の上を流れていた。
 冷たくはないが、水のようなものが。
 「・・・あたし・・・・」
 しゃべろうとしたけれど、しゃがれた声しか出なかった。
 
 何故なら。
 今の今まで、本当にわかっていなかったことが。
 突然、わかったからだ。
 ・・・・そう。彼が。
 彼女を失った時の、本当の気持ちが。
 「あたし・・・・。」
 視界が歪み、その中でガウリイの顔がゆらりと揺れた。
 
 さっきの言葉でわかった。
 ガウリイが、どんなに。
 あたしのことを、ちゃんと見ていてくれたのかを。
 ただ、傍にいるだけの人じゃなかった。行きがかり上一緒になって、ただ何となく、傍にい続けただけの人じゃなかった。
 ちゃんとあたしを。見ていてくれたのだ。
 苦しい戦いだったことも。終わっても、苦い気持ちしか残らなかったことも。得るものなど何もなかった、ただ喪失感だけが哀しい、戦いだったことを。
 彼はあたしの傍で、あたしと一緒に戦って、全てを、あたしと一緒に見てきた。
 その上でなお、いつも通りに振る舞っていたはずのあたしの、微妙な変化を見逃さなかったことを。
 
 そんな人が。
 今この瞬間、広い世界の中に。
 彼の他に、一体誰がいると言うのだろう?
 ・・・・いや。
 彼はたった一人なのだ。
 あたしにとって。
 今の、あたしにとって。
 
 ・・・そして、あの時の。彼にとっての、彼女だったように。
 
 「今・・・・わかったのよ・・・・。」
 穏やかな空気の中、何故、自分の声がしゃがれているのか、あたしにはよくわからなかった。
 ただ、ガウリイが。
 心配そうにこちらを見ている顔だけが。歪んだ視界の中に広がっていた。
 「今・・・初めて、わかったのよ・・・。
 彼女を失った、彼の気持ちが・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 ガウリイは何も言わなかった。
 彼にはちゃんとわかっているのだ。彼とは、誰のことかが。
 「あたし・・・本当のところでは・・・わかってなかった。そういう人を・・・他の誰よりも、自分を自分としてちゃんと見ていてくれた人を・・・失うのがどういう事かって・・・・。」
 「・・・・・・・。」
 目が熱かった。どうしてこんなに熱いのかは、わからない。
 痛いほどだった。
 
 ふいに、ガウリイの腕がまた伸ばされ、あたしの頭の上に手が戻ってきた。
 彼は何も言わず、あたしの頭をわしわしと撫でる。
 ところが、目の熱さは彼がそうすればそうするほど、耐え難いほどになってきた。
 彼はわしわしと撫でつづける。
 あたしは、咽を詰まらせる。
 「・・・あたし・・・それなのにわかった風な口を聞いて・・・。彼を説得しようとした。だけどあたしは・・・あたしはホントは、何にもわかってなかったのよ・・・・。」
 
 わしわしと、あたしの頭を撫でつづける手。
 ・・・この手を、失ったら。
 あたしだって、自分がどうなるか・・・・。
 わからない、と思った瞬間、ぞくりと寒気がした。
 
 
 その時、首と背中に、暖かい温度を感じた。
 疑問に思う前に、硬い防具が、あたしの頬に当たっていた。お日様に照らされて、暖かくなっていたブレストプレートだった。
 「・・・・ガウ・・・・リイ・・・・?」
 いつのまにか、彼はあたしのすぐ傍まで来ていて、頭を撫でていた手で、あたしをふんわりと抱きよせていたのだ。
 背中に感じた熱は、ガウリイの両腕だった。
 
 「オレはずっと・・・」
 すぐ頭の上で、ガウリイの低い声がした。いつもあたしを、はっとさせる声だ。
 「お前を、ちゃんと見てたよ。ただ、見てるだけしかできない時もあったけど。・・・ちゃんと、見てた・・・。」
 「・・・・・・。」
 
 あの時、彼の一撃で倒れた後も。
 微かな意識の中で、ガウリイはあたしの戦いを見ていたのだろうか?
 それとも、もっと前。最後には、あたしの手でケリをつけなければいけなかった、あの時や、あんな時に?
 「だから・・・・わかるんだ。お前が何を感じて、何を思ったか。
 口には出さなくても、なんとなく、な・・・。」
 「・・・・・・。」
 あたしを抱いたまま、ガウリイはまた、その大きな手であたしの頭を撫でる。
 何度も。
 その手で撫でられる時、あたしはどれほどの安堵を感じていたのか気づかなかった。
 今のように。
 
 「あいつが・・・・」
 静かで、穏やかな彼の声は、それがどんなに重く、苦しいことでも。
 優しい言葉に変えてしまう。
 「あいつが何を失ったのか、オレにもわかる・・・・。オレは一度・・・・いや、二度、かな・・・。失いかけたことがあるから・・・・。」
 「・・・・・。」
 「でも・・・それでも・・・。」
 声が遠のき、ガウリイが顔を上げたのがわかった。
 空を見ているのだと、あたしは気がついた。
 「それでも・・・・。あいつは魔王の復活など、心の底では望んでいなかったし・・・。そうでなくても、正しいやり方だとは思えない・・・。
 たとえ・・・一番大事なものを失っても・・・・。」
 あたしの頭を撫でるのをやめ、ガウリイはあたしの両肩に手をおいて、そっとあたしを起こした。
 「辛くて、悲しくても。
 オレも、お前も。自分が自分であることを、やめたりしちゃいけないんだ・・・。だって、そうじゃないか・・・?
 お前がお前だから、オレは傍にいた。
 オレがオレだったから、お前は隣にいたんじゃないのか・・・・?」
 「・・・・・・。」
 
 
 あたしがあたしであること。
 あたしを、あたしとして見てくれる人。
 たとえどちらかが欠けても。どちらかが残っていれば。あたしはあたしとして、前を向いて生きていける。
 もしそこで、あたしが自分を見失ってしまったら。
 その人が傍にいた理由さえ、捨ててしまうのと同じことなのだ。
 
 「オレだって・・・自信がないんだぜ?」
 こつん、とガウリイが、自分のおでこをあたしのおでこにあてた。
 「もしもお前さんに何かあったら、自分がどうなるか、なんてな。
 ただ・・・お前さんが隣にいたオレとは・・・別のオレになっちゃいけないってことは・・・わかってるんだぜ・・・・。」
 「ガウ・・・リイ・・・・。」
 すごく近くにいるガウリイは、普段のクラゲぶりを思いだすのが難しくなるほど。やっぱり全部を知っていて、わざとボケているんじゃないかとあたしに思わせた、あのガウリイだった。
 そう。あの時。
 あたしの未来を守ってくれようとした、あのガウリイだ。
 「だから、オレも信じてるよ。
 たとえ、オレに何があっても。・・・お前さんは、お前さんであることを、絶対にやめたりしないって。」
 「・・・・・・。」
 さっき感じた寒気が、またぞくりと這い上がりそうになったけれど。
 すぐ近くで輝く、無邪気な青い瞳が、それを打ち消す。
 「辛いことだったけど・・・・。
 そのことを確認できただけで、オレは十分だと思ってる。」
 「・・・・。」
 「大事なもんを見つけた。
 ・・・それを守ることも、大事だけど。
 一緒にいたことを、誇りに思うような。
 ・・・思われるような。
 そういう生き方をしたい。オレは。」
  「・・・・・・」
 
 咽の絡まりが、突然止まった。
 漏れそうになっていた嗚咽の声は、軽いため息に変わる。
 そしてあたしは、おでこを離した、穏やかな陽射しのように笑う男の顔を見ていた。
 
 「・・・・そうね・・・・・・。
 そうだよね・・・・・。
 ・・・あたし達は・・・・そうでなくっちゃね。」
 
 変わらずに隣を歩く、この人が。
 いつのまにか、かけがえのない大事な人間だったことに、気づけただけでも。
 あたしは、ほんの少しだけあの彼よりも、幸福なのかも知れない。
 不器用だと言った、彼女よりも。
 
 あたしが少し笑ったのを見て、ガウリイは笑顔を全開にした。
 ぐしゃぐしゃと、いささか乱暴にあたしの頭を再度撫でる。
 「やっぱり、リナだよな。」
 「・・・・?何のことよ。」
 首をすくめながら、問うあたし。
 「オレ、とーぶん、お前の知ってるオレでいたいから。」
 「・・・・はあ?」
 「ま、そーゆーことだ。そーゆーわけで・・・」
 何がなんだかわからないあたしをよそに、ガウリイは立ち上がり、ぱたぱたと膝をはたくと、あたしに向って手を差し伸べた。
 「行こうぜ、リナ。そーゆーわけだから、お前さんの実家に。」
 「はあっ??な、なにが『そーゆーわけ』なのよっ?ちょっとっ、話が見えないわよっっ。」
 「『そーゆーわけ』、そーゆー。」
 「ち、ちょっとガウリイっ?」
 
 
 


 ・・・何も得ることのない戦いだと、思っていた。
 ただ哀しい、出来事だったと。
 でもそれは間違いだった。
 当たり前で気づけなかった、隣を歩く人の存在を、ちゃんとあたしに教えてくれたのだ。

 気づいて初めて、かけがえのない、大事なものだとわかったけれど。
 失うことだけを、恐れて歩いて行きたくはない。
 彼が。あたしの隣を歩いていることを、ひとつの自信にしよう。
 あたしがあたしでいる限り。
 彼は、あたしの隣をずっと歩いているのと同じなのだから。
 
 「ガウリイ〜〜〜っ!は、はずかし〜ってばっっ!!」
 「いい天気だなあ♪このまままっすぐ♪ゼフィーリアまで歩いて行くぞ〜♪」
 「じょ、じょーだんでしょっっ!?」
 
 



 ・・・・・かくして、あたし達は。
 春めいたぽかぽか陽気の街道を、仲良く手を握ってぶんぶん振りながら。
 恥ずかしくも歩いて行ったのである。
 勿論、ガウリイがにこにこと先頭を歩き、その後からあたしは、顔を赤らめながら周囲を油断なく見張っていたことは付け加えるまでもない。
 
 ・・・ちなみに、ガウリイの発言の真相は、あたしの実家で、とーちゃんかーちゃんを前にしてガウリイが言った言葉につながるのである。
 
 








 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
---------------------めでたしめでたし♪
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さて、ガウリイはリナ実家で何を言ったのでしょう(笑)

1.『お嬢さんをオレに下さいっ!』
2.『オレをお嬢さんに下さいっ!』
答え。ぶっぶ〜〜〜。どっちもハズレ(笑)そーらの理想のガウリイ、『くれ』とはいわないオトコ♪だってモノじゃないしね〜〜〜
では、ここまで読んで下さったお客様に、愛を込めて。
うちゅっv(・・・・・をい。)

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