「ぷれぜんと。」ぱーと4


がたん、とガウリイが席を立とうとした。
「ゼル!」

ゼルガディスは腕組みをしたままだ。
「わかっただろう?俺達の仕事が、普通でないことが。
そして、ガウリイは貴重な仲間なんだ。彼を失うわけには行かない。
ヤツらに、ガウリイを追う手段をやすやすと渡してやるものか。」
「・・・・・。」

あたしは、すぐに返事をすることができなかった。
そんなあたしを、シルフィールがじっと見つめていることにも気づかずに。
「・・・・・・。ゼルガディスさん・・・でしたっけ。」
「なんだ。」
「このぬいぐるみ・・・・あなたに渡したら、その後はどうするの。」
ゼルガディスは、なんだそんな事かという顔をする。
「決っているだろう。処分する。」
「処分って?」
「さあ。燃やすか、細切れにするか、そんなところだ。」
「ゼルガディス!」

ガウリイは席を立った。
「オレの考えが甘かったのが悪いんだ。それは謝る。
だが、彼女にそんな言い方をしなくても・・・」
「ああ。お前が悪いさ!」
ゼルガディスは立ち上がらず、座ったままでガウリイを見上げる。
「お前には大事な仕事があるのに、こんな小さな島国に固執したあげく、小娘一人に入れあげてその仕事を放り出すとはな!
・・・・・・・わかっているのか?
俺達が水際で戦ってることが!
ただでさえ、人手不足なんだ。武器もまだ数が少ない。
使える人間はひとにぎり。そのひとにぎりで、世界を網羅しなくてはならないんだぞ?
ましてや、新型になって扱いやすくなったとは言え、効果は未知数のこの武器にしたって、お前が使うのが一番確実だと・・・・・」


きり、とガウリイが右手を握り締める。
その指には。

あたしはとうとう口を開いた。
「わかったわ。ぬいぐるみを渡す。」
ゼルガディスとガウリイの間には、依然緊張の糸が張られているのがわかった。
あたしはテーブルの上に『がうりい』を置こうとした。

白く細い腕が差し出された。
「わたくしが。」
シルフィールだった。







あたしはドアを開き、外へ出た。
温まった身体が、一気に冷えきった。


混乱してない、と言えば、嘘になるかも知れない。
知りたいと思っていた事が、思ってもみなかった形で明かされ、しかもそれは一方的だった。
あたしはただ単に巻き込まれただけの被害者で。
まるで、部外者で。
世界が違う、と、あからさまに突き付けられただけだった。


さく、と雪を踏む音がして、あたしは振り返った。
「ガウリイ?」

違った。
「リナさん、でしたね。」
シルフィールだった。
手に、『がうりい』を持っていた。






「実は、お話があるんです。」
木立の中をゆっくりと歩きながら、シルフィールが切り出した。
あたしは、何となく話の内容がわかる気がした。
それはさっきから、頭にこびりついて離れない、嫌な予感が囁いていたからだ。
「今頃、ゼルガディスさんがガウリイ様にもお話しているはずです。」
「・・・・・。」
あたしは歩みを止めない。

「で。話って。」
「・・・・はい。ここに来て早々で申し訳ないと思うのですが。これから、わたくしがあなたをお家までお送りしたいと思います。」
「・・・・・・家?あたしの?」
あたしは振り返る。
雪にまみれた真っ白な風景に、漆黒の美しい髪をひとはけ与えている女性の姿は、まるで絵画のようだった。
「ガウリイ様を、忘れていただきたいんです。」
「・・・・・・・。」




一方、別荘の二階では、ガウリイがゼルガディスに詰め寄っていた。
あたしは、その会話を知らない。

「どういう事だ、ゼルガディス!彼女を家に帰すだと!?確かにヤツは倒したが、仲間がいた可能性だってある。今、彼女を家に戻したら・・・!」
ゼルガディスは動じず、ガウリイをじっと見つめる。
「だが、あのぬいぐるみはもう彼女の許にはない。これでお前が追跡される可能性も、ぬいぐるみを狙って彼女が襲われる危険性もなくなったというわけだ。
この上、彼女を24時間守ってやる必要がどこにある?」
「・・・・・・・!」
「家に着くまではシルフィールに護衛させる。お前とはここでお別れだ。」
「・・・・どういうつもりだ?」
「だから、お別れだと言ったろう。二度と彼女に近付くな。」
「ゼルガディス!」

ガウリイが激しくゼルガディスの肩を揺さぶった。
はらりとフードが落ち、隠していた容貌がさらけ出された。

それは、見なれているガウリイからすれば、別に驚くものでもなかったのだが。
おそらく、何も知らない人間が見れば、彼を魔物と思うだろう。
異形。
銀に輝く髪は硬質の輝きを放ち、まるで異質な金属で作られたしなやかな繊維のようだ。
そして顔。
剥き出しの岩肌のようなその質感。
埋め込まれた宝石のように、青い皮膚に点在している。
深い絶望を秘めた瞳は緑で、暗く沈んでいた。

「お前だって魔族がどんなヤツらか、知ってるだろう。
・・・・・・野放しにしておけば、俺のようにオモチャにされる人間が増えるだけだ。ただ単に、より大きい負の感情を採取しようと、人間と異界の魔物とを合成したオモチャを作るために。」
「・・・・・・・・・・・。」
ガウリイは、ゼルガディスを揺さぶるのをやめる。
「ゲートが開きつづける限り、俺達はゲートを守らなくちゃならん。
その『仕事』以外に、俺達の生活に何かが入り込む隙間などどこにもないんだ。
ましてや、敵に弱味を見せるなど・・・・・・。」

ガウリイが手をゼルガディスの肩から外す。
彼は疲れ切ったように手をだらんと垂らす。
ゼルガディスは、くるりと踵を返し、窓に向った。
「お前があの娘に特別な感情を抱いたのはわかっている。
お前が仕事を放り出したことなど、今まで一度もなかったからな。
ぬいぐるみに声を吹き込んだことが間違いだと気づくと、お前は途端に俺達の前から姿を消したんだ。
・・・・それだけ、あの娘が心配だったか。」
「・・・・・・・。」
「お前のホームベッドを日本にしたのが間違いだったのかもな。そもそも、俺達は『ホーム(家)』など持ってはいけないのかも知れない。」
「・・・・・ゼルガディス。」
「お前にも彼女にも、酷なことかも知れない。
だがこれで、少なくとも彼女は命の危険から遠ざかったわけだ。
お前が彼女を特別扱いしていたのを知っているのは、おそらくあのズドラーストヴィチェだけだろう。」
「・・・・・ゼルガディス。」
「彼女は普通の生活に戻れる。お前は弱点がなくなる。
・・・・これで、問題はなくなるさ。」






雪が降る。
静かに。
音もなく。
絶え間なく。
遠慮なく。
降りつづける。

あの日も、雪が降っていたね。
窓を開けて、ふいに降ってきた雪を、あたしは灰だと勘違いした。
そして、その雪に溶かされるように。
冷たいものに溶かされるなんて変だけど。
あたしは、自分の中の素直な気持ちに気がついたんだっけ。

世界中の誰がそばにいなくても。
たった一人、今すぐそばに来て、ただ、穏やかに笑ってほしかった人。
それが、誰なのか。


あたしは雪に問い掛ける。
その白さで、世界を変えてしまう雪に。

ねえ。
世界は変わるの?
言葉や真実や明かされた事実で。
ねえ。
人は変わるの?
隠されていた本当の姿を晒すことで。
ねえ。
あたしは変わった?
ねえ。
ガウリイは変わった?
ねえ。
あたしにとってのガウリイは。
ガウリイにとってのあたしは。
ねえ。
ねえ。
変わったの?




「・・・・風邪引くぞ。」

一番聞きたくて、一番聞きたくなかった声が、背後からした。
つづいて、肩にふわりと柔らかな感触。

後から近付いてきたガウリイが、持ってきたダウンジャケットごと、あたしを抱きしめたのだ。





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