「好きにしろよ。」


「好きにしろよ。」
 
 
最近、ガウリイはそんなことを言う。
あたしが何か提案すると、決って最後には、『好きにしろよ。』と言って苦笑するのだ。
まあ反対されたところで、それはそれで困るのだが。
 
あたしだって鬼じゃない。(そこ、吹かないよ〜に。)
それ相応の証拠と材料を持ってしてきちんと反論されれば、自分の非を認めることにやぶさかではない。
と、思う。うん。
・・・ごほん。
ええと、だからつまり。
ガウリイが最後に、『好きにしろよ。』と言う度に、あたしはこう答えるのだ。
『うん。好きにする。』と。
 
 
「ね〜〜ガウリイっ。仕事も終わったことだしさっ♪・・・この街でもう一泊してかない?」
宿で朝食を取りながら、あたしはしごくにこやかに話を切り出した。
「・・・いいけど、何でまた?」
ガウリイはトリの足を持ってきょとんとする。
「えっ・・・や、別に?ただ何とな〜〜〜く。だってこれといって急ぐ理由もないしさ。」
あたしはスープをひとくち飲むと、サーモンの冷製ソテーにレモンを絞る。
「次の街まではちょっと距離的にアレだし。また途中で野宿するかの〜せ〜も排除できないし。だとしたら、やっぱあたしとしては、その前にあったかいベッドで寝納めしてきたいじゃないっ♪」
チーズ入りオムレツをナイフで綺麗に切り分け、左端をぱくりっ。
「それに食事もあったかい食堂のものを食べ納めたいし?」
「・・・ふ〜ん?」
ガウリイは次の皿に手をつけずに、あたしの顔を見ている。
「それにほら、占い師協会(んなもんあるのだろ〜か・笑)推薦の、ピンポイントこの地方のお天気予報によると。」
「・・・・なんだ?その・・・・ピ・・・・・・・いや、なんでもない。」
質問をしようとしたガウリイは、あたしの顔を見てぱたぱたと手を振った。
「・・・・よろしい。要するに、明日はどうも雨が降る確率が高いらし〜の。何も好き好んで雨の中を出発することないでしょ?」
「・・・まあ、それはそうだが・・・・。」
「んじゃ決りねっ♪あたし、フロントで延泊の手続きしてくるからっ♪」
真っ白になったお皿を前に、あたしは機嫌よくナプキンで口の周りを拭く。
 
「・・・やけに手回しがいいな。」
ガウリイはまだ料理を食べ終えていない。
「そう?気にしない気にしない。」
「・・・・お前さんに気にしない、って言われると、なんか嫌な予感っていうか、気にした方が社会の為になるよ〜な事って・・・実は多いような気がする・・・・。」
「・・・・なんですって。」
「はうっ・・・・い、いや、なんでもないですないです。」
「よろしい。んじゃ、おっけえってことで♪」
あたしが立ち上がると、ガウリイはまた苦笑してこう言った。
「わかったわかった。・・・・好きにしろよ。」
 
あたしは席を立ち、振り返りもせずにこう答える。
「うん。好きにさせて貰います。」
 
 
こんなやり取りはもう、この街に来てから何度目だろうか?
 
 
 
 
あたしが仕事の依頼を受けてきた時もそうだった。
胡散臭そうに話を聞いていたガウリイは、結局、あたしに反論できる余地がまるでまったくないということがわかると、ため息混じりに言った。
『お前さんの好きにしろよ。』
 
後から依頼人に、泊まり込みでガードして欲しいと言われた時も。
『好きにしろ。』と言って、ついては来てくれた。
 
命を狙われている、と言った依頼人の言葉とは裏腹に、屋敷に忍び込んできたのはちんけな泥棒だった。
依頼人は事を公けにしたくないと言い、役所に突き出すのに渋いカオをした。
でもあたしは、たとえチンケな泥棒だろうと、役所に突き出すのが健全な市民の在り方と言って、自らしょっぴくことにした。
その時もガウリイは、笑って『好きにしろよ。』と言った。
 
役所で出された猫の額ほどの礼金を、こっそりあたしの懐に入れて依頼人に話さなかった時も。
(いや、聞かれなかったから。)
ガウリイはじと汗を垂らしながらも同じことを言った。
 
・・・・結局のところ、その依頼人にはとんでもない魂胆があり。
あたしは危うくその餌食にされるところだったのだが。
騒ぎに気づいたガウリイが止めに入ってくれたので、彼の野望(?)は敢え無く潰えることとなった。
 
このあたしにすけべ〜こまそうとした、憤飯もののその依頼人を。
うやむやにしようと差し出された金貨の袋ごと、炸弾陣で吹っ飛ばそうと言った時も。
ガウリイは言ったのだ。
 
『お前さんの好きにしろよ。』と。
 
 
 
 
そして今も、あたしに向ってガウリイは言った。
『好きにしろよ。』
すっかり慣れっこになってしまった今、あたしはその言葉に何の疑問も持たない。
すでに耳が、彼が言葉を口にする前に聞き取ってしまうのだ。
『好きにしろよ。』と。
 
・・・・でも。
何となく、今日は気になったのだ。
何故彼は、毎度毎度同じセリフをはくのだろう?
『好きにしろ』と。
勿論、あたしの好きにさせて貰うのだから、文句を言う筋合いではないのだが。
 
何となく、突き放されたように感じるのは、気のせいだろうか?
 
 
 
 
「は〜〜〜。美味しかった♪」
「だな。」
夕食の時間になり、あたし達は宿の食堂で取ることにした。
もう一日、延泊したくなった理由の一部は、ここにある。
この宿屋、食事がむちゃ美味しいのだ。
味良し、量良し、おまけに値段良しとなれば、なかなかあるもんではない。
(え?どこかで聞いたようなセリフ?)
 
「ねねガウリイ、明日の朝食もここで食べてから出発しよ〜よ。」
「・・・あ?オレは別に構わんが?」
「だあって美味しいんだもん♪明日の朝ご飯のメニューは何かしらっ♪っと♪」
「・・・・何だか、妙に上機嫌だな?」
 
食後の紅茶をすするあたしを、器用に片方の眉だけぴくりと動かして、ガウリイは覗き込む。
無論、あたしはここで不用意にも、紅茶を吹き出したりはしない。
 
「そう?人間、食事が美味しくてあったかく眠れるだけで、上機嫌になれるもんだったりしない?」
「・・・まあ・・・・そういうこともあるかもな。だが、そんな世間一般のささやかな幸福の構図が、お前さんにあてはまるかど〜かは疑問だが・・・・。」
腕組みをして、ぶつぶつと呟くガウリイ。
「・・・・ガウリイちゃ〜〜〜ん。なんかそこはかとな〜〜く、あたしにツッコんでない?」
するとガウリイは、当然のように言い放つ。
「・・・・二人しかいないのに、オレがツッコまなくて、誰がツッコミをかけるんだ。」
「・・・・・某国の某地方出身者みたいに、生活の全てがボケツッコミに支配されてなくても、別にいいのよあたし達わっっっ!」
「・・・某国の某地方って・・・・。」
「んなことはど〜でもよろしい。・・・ね。あたしが機嫌悪くちゃ、いけないの?」
 
テーブルの向こう側から、あたしがキラキラお目めで尋ねると、ガウリイはぱたぱたと手を振った。
「・・・え・・・いや、そ〜いう意味じゃ・・・。」
「あたしが機嫌良い方が、何かとガウリイにはお得だと思うんだけど?」
「まあ・・・そりゃ・・・。」
いきなりガウリイは真顔で考え込む。
「いきなり呪文で吹っ飛ばされるんじゃないかってゆ〜、時々、不安で溜まらなくなる気分から開放されるのは、そりゃ夢みたいってゆ〜か・・・・。」
 
・・・・・・・・・・・・おひ。
 
「・・・・なんか・・・・ものすごく聞き捨てならないことを聞いたよ〜な・・・。ま・・・・まあいいか。議題はつまり、あたしが機嫌良くても、別にいいっしょ?ってことなのよ。おわかり?」
「いつから会議になったんだろ・・・・・?あ、いや、その、はいはい、いいです。賛成で〜〜す。」
「・・・よろしい。じゃあ緊急動議、『リナちゃんが機嫌よくてもガウリイ君は構わないこと』を決議します。」
「・・・・はいはい。」
 
・・・ほら、言うわよ。
 
「お前さんの好きにしろよ。リナ。」
・・・・・言った。
「うん、好きにする。」
 
 
そしてあたし達は食堂で別れた。
何故か階段を上る時、食堂中の視線(特に女性の)視線を集めていたよ〜な気がするのだが・・・・。
あたしにはとんと心当たりがなかったので、すっかりその事は忘れてしまった。
 
 
 
 
 


・・・・深夜。
手の平に太陽を透かして見るのが大好きな、健全で良い子な人間や動物達は、とっくのとうに眠りについている頃。
 
完全フル装備。
目はきらきら。
心はわくわく。
・・・・の、あたしが部屋にいた。
 
隣の部屋からは、ガウリイ君の盛大ないびきが聞こえてくる。
延泊することが決ってから、あたしは不足している薬草や簡易糧食などを補充する名目で、一日たっぷりとガウリイを連れ回した。
勿論、荷物は全てガウリイ持ち。
昼間疲れされておけば、夜はゆっくり眠るだろうと見込んでの上。
スリーピングの呪文も、そりゃあよく効くだろうと♪
 
無論、疲れているのはあたしも同じなのだが、これからお楽しみが待っているとなれば、身体の底から、不思議にも力が湧いて出て来ようってもんである。
 
・・・・お楽しみ。
それはつまり、盗賊いびりっ♪
ここんとこ、めっきり御無沙汰だったしっ♪
旅を続ける以上、路銀はいくらあっても邪魔にならないってもんよね♪
それに今回の仕事では、破格の報酬を呪文で吹っ飛ばしちゃったようなもんだし。
役所から出たみみっちい礼金だけでは、リナちゃん寂しいもん。
 
・・・ということで。
あたしは早速、目星をつけておいた盗賊のアジトまで、飛翔の呪文で飛び立ったのだ♪
 
 
 
 
 
 
 

次のページに進む。