「好きにしろよ。」

 
ぴちぴち。ちゅんちゅん。ちゅくちゅく。
 
爽やかな朝よね・・・・。
 
宿の食堂は、その日旅立つ慌ただしい雰囲気のお客も交じえて、なかなかに繁盛している様子だった。
そのテーブルの一つに陣取り、あたしは当たり前の幸福に浸かっていた。
つまり。
 
これから美味しいご飯が食べられる。
あったかいベッドでよく眠れたし。
ちょっとばかし美容睡眠が足んないけど。
駄菓子菓子、それを補ってじゅ〜〜ぶん余りあるほどっ。
懐があったかい・・・・。
(しゃ〜わせ・・・・)
 
 
やがて聞き慣れたブーツの足音が近付いてきて、ガウリイがあたしの前に座った。
「おっはよ〜、ガウリイ♪」
「・・・・ああ。」
あたしが勢いよく朝の挨拶をしたのに、ガウリイは生あくびなんぞしている。
 
・・・っかし〜な〜〜。昨日は・・・・。
 
「よく眠れた?」と問い掛けるあたし。
「・・・・ああ。」答えたガウリイは。
・・・・・・・・・・・・・ちょっと。何でこっちニラむのよ?
「お陰さんで。」
 
あちゃ〜〜〜〜〜〜っ。
もしかして、バレて〜ら?
 
「さ、さって、朝食のメニューはっと♪ガウリイ、何食べる??たくさん歩くかもしんないから、たくさん食べて栄養つけておかないと♪ほらほら、これも美味しそ〜よ?これなんかど??」
絵入りのメニューを指差してみせる。
ガウリイはまたあくびを噛み殺すと言った。
「・・・・。ご〜せ〜だな・・・。」
「そう?」
「・・・懐があったかいから、気前いいな。お前さん。」
 
くううううっ。
 
「なっ・・・・なんでわかるのよっ・・・。あ、あんた昨日はよく眠ってたんじゃ・・・・。」
思わずうろたえるあたし。
「ああ。お陰さんでな。」
「じゃあ何で・・・。」
運ばれてきたモーニングコーヒーを片手に、こくりと一口飲むと、ガウリイは片目を開いた。
「お前さんの顔を見ればわかる。」
「・・・・えええっ。」
 
あたしは思わずコーヒーをこぼしそうになった。
カップを置いて自由になった手で、さわさわと自分の顔を触ってみる。
「そ・・・そんなあたし、顔に出てる???」
「いや・・・・。他の人間はど〜か知らんが、オレには一目瞭然だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・げ。
 
そんな。
あたしの昨日の涙ぐましい努力は一体?
 
「・・・ま。オレとお前さんは付き合い長いんだ。それくらい、見ればわかるさ。」
ガウリイはまた、こくりとコーヒーを飲む。
・・・そっか。
付き合い長い、ってことになるのか。
あたし達。
 
「そっか。そうかもね。・・・ほら、戦闘中なんか特に、段取り決めてなくても上手く合っちゃうこととか、よくあるもんね。」
「・・・そういうこと。」
 
・・・・・待てよ。
だったら・・・・。
あたしも、ガウリイの顔からなんか読めるのかな。
 
「・・・なんだ?」
コーヒーを飲み干したガウリイが、あたしの視線に気づいた。
「んん。いや、何ね。ガウリイが今、あたしの顔見ただけで、ゆうべのことわかっちゃったみたいに、ガウリイの顔からあたしもなんかわかるかな〜〜って。」
「・・・・それで?」
 
あたしはガウリイの顔をじっと見つめる。
「・・・・目が二つ、眉毛が二本に鼻が一つ。口も一つで耳は・・・」
ガウリイは思いっきり脱力した。
「・・・そ〜ゆ〜ことじゃなくて・・・。」
「・・・だよねえ?」あたしもたはは、と苦笑ぎみ。
「・・・だってさ。眠そうに見えるってこと以外、よくわからんかったもん。」
「・・・・。」
ガウリイはこちらをちろりと見て、ため息をついた。
片手をあげると、食堂中を行き来しているウェートレスさんを呼ぶ。
 
「お待たせしましたっ!」
メモを片手に、息を弾ませたお姉さんがやって来た。
その目はガウリイに集中している。
顔も赤いようだが。
「コーヒーのお代わり下さい。」
「はいっ!ただいまっ!!」
お〜〜お〜〜。それだけでそんなに嬉しいわけ?
お目めをキラキラさせながら、ウェートレスさんは軽やかにスキップで(かどうかは知らないが)去った。
 
「・・・お安くないね、ガウリイ君っ!」
うりうり。
「なんだ?」
「なんだもなにも。今のウェートレスのおネーさん、あんたに気があるみたいよっ!このこのっ!」
「・・・・・・・あのな。」
ガウリイはまたため息をつく。
「ほらまた、スカしちゃってこのこのっ!ねね、次にウェートレスさんが来たらど〜するっ?きゃーとか言われちゃったり、握手して下さいっ!とか言われちゃったりっ!あげくの果てに、デートして下さいっ!とか言われた日にはアンタ!これがお安くなくて、どこがお安いっ!」
「・・・・・なんか・・・・言ってることがよくわからんぞ・・・。」
「どこがっ!うりうり、ほらほら、あのおネーさんが来るわよっ!」
「・・・・。」
ガウリイは半ばため息、半ば呆れ顔。
頬を真っ赤に紅潮させたウェイートレスさんが、コーヒーポットを抱えてまさにテーブルに到着しようとした時、彼はお決まりのセリフを言ったのだ。
「・・・・好きにしろよ。リナ。」
 
 
がっちゃ〜〜〜〜〜んっっ!!
 
・・・・・はえ?
物が割れる音で振り返ったあたしの目に飛び込んできたのは、真っ青になって慌てているウェートレスのおネーさん。
ポットを思いきり落として割ってしまったのだ。
たっぷりと入ったあつあつのコーヒーが、床に広がって湯気を立てている。
「大丈夫っ!?」
思わず声をかけたあたしの顔を、何故だかウェートレスさんはまじまじと見つめ。
「・・だ・・・・大丈夫です・・・・。」
と、何故か哀しげに答えたのだった。
 
 
 
結局、ウェートレスのおネーさんは、ガウリイに『握手』も『サイン』も『デート』も頼んで来なかった。
ガウリイ自身が、そのおネーさんのことをどう思ったかは、あたしにはわからない。
ガウリイの言うように顔をじっと見てはみたけれど。顔を見ただけじゃ、全然わからなかった。
付き合い長いはずだけど。目と目でわかることも、戦闘中にはよくあることなんだけれど。どうもこういうことは、あたしには難しいらしい。
 

その後、あたし達はチェックアウトし、宿を出た。
何故だか周りがざわざわと騒がしかったが、ウェートレスのおネーさんが盛大にコーヒーをこぼしたからだろう、とあたしは見当をつけていた。
他に思い当たる節がなかった。
 
「さて、次の街に向けて、出発するとしますかっ♪」
「・・・・そ〜だな。」
ガウリイはやっと眠気も覚めたようで、伸びをしている。
「次の街では、もちっとマシな依頼があるとい〜わねっ。」
「・・・・そ〜だな。」
「んでもってえ、食事の美味しい宿屋を探してえ。」
「・・・・そ〜だな。」
「勿論、値段は極限までリ〜ズナブルで〜〜〜〜。」
「・・・・はいはい。」
「温泉とか、んでもって露天風呂なんかあったりしてっ♪」
 
街の出口に向いつつ。
いろいろ夢の膨らむあたしに、ガウリイはくすりと笑った。
「・・・なによ?」
「・・・・いや。」
大きな手が、あたしの頭をくしゃくしゃする。
「好きにしろよ。リナ。」
 
あたしはその笑顔を見上げ。
そこから何かを読み取ろうと試みた。
 
 
・・・・だめだった。
わかんない。
ただ、幸せそ〜に見えるだけ。
 
あたしは大きく頷いて、いつものように言葉を返した。
同じようににっこり笑って。
 
「うん。好きにする♪」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


〜〜〜〜〜〜〜追記。
 
旅立つあたし達を、実はこっそり遠くから見送る一団がいたらしい。
同じ宿から出てきた連中だ。
彼等は口々に、こんなことを呟いていたそうだ。
 
『・・・あの娘っこは、鈍すぎる。』
『まったくだ。全然わかっとらん。』
『・・・耳が悪いんじゃろうか。』
『いや、そんな風には見えなかったぞい。』
『じゃあ、気づいてないとか。』
『男も気の毒にのう。いつになったら努力が報われるんじゃろうなあ?』
『でも結構、男の方も楽しんでる風情でしたよ?』
『おそらく、相手がわかってないと知ってて、繰り返し言ってるんだろうなあ。』
『あんたは、間近で聞いたんだろう?』
『そうです。思わずポットを落としてしまったんですよ?あんな人にあんな風に言われて・・・・、何であのお客さんはわかってないんでしょう。』
『その辺、まだオクテそうだったからなあ。あの娘っこ。』
 

・・・・そう。
あたしはその時。
まだ何も知らなかったのだ。
 
いつの頃からか、ガウリイが。
『好きにしろよ。リナ。』と言う代わりに。
 
『好きだぜ、リナ。』と呟いていたことを。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 














~~~~~~~~~~~~~~~~おしまい(笑)
なんか・・・・。長くなっちゃいましたね・・・(笑)最後のコレが書きたかったために・・・・(笑)
元ネタは、気づいた方もいらっしゃるでしょう。早川FT文庫『プリンセス・ブライド』からです。この冒頭で、キンポウゲ姫に下僕としてこき使われていた人物が、『As you wish(おおせの通りに。)』の代わりに、ずっと『I love you.』と囁いていたんですわ(笑)姫は最初気づかず、やがて真相を知って二人は波乱万丈の恋に落ちていくのですが。
原作、めっちゃ好きですわ(笑)洒落っヶのある作者って大好き(笑)
この話、映画にもなってます。邦題は『プリンセス・ブライド・ストーリー』。ビデオも出てます。出来はまあまあってところで、大きな期待はせずに日曜の暇な昼間にぼうっと見るにはいいです(笑)
ちょい役ですが重要な役を、コロンボで有名なピーター・フォークが演じてるとこがナイス。原作・映画共通して惹かれているのは、親の仇である6本指の剣士を探している、ちょっとイタリアンな彼(笑)

では、ここまで読んで下さった方に愛を込めて。
うっかり聞き逃した大事なセリフって、ありましたか?(笑)

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