「楯」

 
 
ヴァルガーブから初めての襲撃を受けた、夜のことである。
ようやく宿を探し出した五人は疲れ切っていた。
それぞれ部屋に引き取ったあと、ぼつぼつと食堂に降りてきたのである。
その時はまだ、アメリアとリナしか席についていなかった。
 
「っか〜〜〜〜〜・・・・っ。なんっか疲れたわね〜、今日は。」
「・・・そうですね。」
「こ〜ゆ〜疲れた時は!美味しいご飯とあったかいおフロ!これに限るわね〜〜〜っっ♪ってことで、まず何から始めようっかな〜〜〜♪」
「まだ皆来てないですよ。」
「い〜じゃない。どうせ料理は作って出てくるまで時間がかかるんだし。先に注文だけしちゃってもいいでしょ。」
「・・・それはそうですけど・・・。」
「何よ?アメリア。あんた、さっきからみょ〜に暗いわね。
どっか体の調子でも悪い?いや、あの巨大ドワーフの娘のあんたが、あれしきのことで具合が悪くなるわけないし。
お腹でも痛い?なんか悪いもんでも食べた?」
「・・・リナさん。それじゃ、ガウリイさんと同レベルの心配の仕方ですよ?」
アメリア、急に間延びした表情になって片手をあげる。
「『おっ、リナ、どうした?やけにおとなしいな?
熱でもあるのか。腹でも壊したか?なんか悪いもんでも食ったか。』
・・・って。」
 
リナ、ずるりと椅子から滑り落ちそうになる。
ちょっと我慢。
「あんたにそんな隠れた小技があるとは思わなかったわ・・・。
まるでガウリイが降臨したかと思ったわよ。」
「降臨って・・・まるで霊体扱いですね・・・・。」
「そんなこたど〜でもよろしい。
しかあし!聞き捨てならないのは、ガウリイと同レベルってところよ。
わかったわ、アメリア。ちゃんと聞いてあげる。
どうしたの?何か悩みごとでも?」
リナ、目をテーブルの端に泳がせて、ぶつぶつと独り言。
「ほら、やればできるんだから。ったく、こんなことでガウリイなんかと一緒にされちゃ、リナ=インバースの名が腐った鯛になっちゃうわよ。」
「あの、ぶつぶつ言うのやめてもらえませんか?」
「・・・・細かいことは気にしなぁい!!
んで?悩みごとなの、アメリア?」
アメリアは一つため息をつき、首を軽く左右に振った。
 
「悩みごとっていうんじゃないんですけど・・・。」
「?」
「リナさんにちょっと聞きたいことがあったので・・・・。」
「聞きたいこと?」
リナは眉を寄せる。
腕組みをして、片目をつぶって何やら考え事。
「ここ最近はフィリアに会計任せてるし。印篭は預ってないし。第一、新大陸じゃそうそうセイルーンのご威光は通じないし。・・・とすると、金銭トラブルはないはず・・・・」
「リナさん。声に出てます。」
アメリア、じと目。
リナ、じと汗。
「こ、細かいことは気にしないって言ったでしょ?
で、何なのよ。あたしに聞きたいことって。」
「大したことじゃないんですけど・・・・」
「ふむふむ?」
 
アメリア、俯き加減になり、段々と声が小さくなる。
つられてリナが上から覗き込むような格好になる。
意を決したアメリアが顔をぱっとあげた。
「ふぎゃっっ!」
ごちっ!
アメリアの頭が、リナの顎に見事ヒット。
アメリア、気がつかないのか、まだ痛覚が脳に達していないのか、気にした様子もなく口を開いた。
「あの、ヴァルガーブって人が襲ってきた、ひ、昼間のことなんですけど!
・・・って、リナさん。聞いてます?」
「・・・・ふがふが。」
「もう。一回しかきかないから、ちゃんと聞いてて下さいよ〜!」
「ふがふが。」
「あのですね。あの時、リナさんはどうして、ゼルガディスさんにしがみついてたんですか?」
「・・・・へっ!?」
 
リナ、目をぱちくり。
その頭の中を走馬灯のように、昼間の光景が蘇る。
くるくる。
くるくる。
ち〜〜〜ん。
「・・・・・ああ!何のことかと思ったら、あの時のことね?」
「そうです。土煙がおさまったら、リナさんがゼルガディスさんにしがみついてたじゃないですか。」
「あんた、よく覚えてるわね〜・・・。その脳ミソ、ちょっとガウリイにお裾分けしてあげる気ない?」
「真面目に聞いて下さい〜〜〜〜。」
「真面目ねえ。」
腕を組み直すリナ。
「何でもなにも、別にあの時は、ゼルガディスにしがみつこうと思ってわざわざしがみついたわけじゃないし。吹き飛ばされそうになったから、とりあえず手近なものにつかまっただけってゆ〜か・・・・」
「ガウリイさんもいたじゃないですか。でもリナさんは・・・」
上目使いにこちらを見上げるアメリア。
リナは大きなため息をついた。
 
「あのねえ。何を余計な心配してるか知らないけど?
別にそんなんじゃないわよ。・・・それに。」
「・・・それに?それに、何です?」
「それにあの時、てっきりガウリイだと思ったから・・」
 
ええええええええっっっ!!!(はぁと)
 
突然、アメリア大復活。
まるで人生相談に来た、悩める新婚妻の雰囲気はがらりと消え。
口の固い親友からようやく好きな相手を聞き出した、女子中学生の様相を呈していた。
立ち上がり、手を前で組み、目がうるうるしている。
「そうだったんですかあ・・・・そうだったんですね?」
「なっ・・・・なによ・・・」
予想外の反応に、嫌な予感を払えないリナ。
「ガウリイさんだと思って!だから抱きついたんですね!?たまたまそれが、ガウリイさん本人じゃなくって、あの時はゼルガディスさんだった、それだけなんですね!?」
「・・・・あ、アメリア?あのね?」
「なあんだあ・・・・。わたしの取り越し苦労だったんですねえ・・・♪もう、リナさんてば人が悪いです。それならそうと、はっきり言ってくれれば・・・。」
「お〜〜〜〜い、アメリア?ちょっとは人の話も・・・・」
「そうですよね。リナさんにはガウリイさんがいるんですもんね。やだなあ、わたしったら。テヘッ(はぁと)」
「テヘッ(はぁと)・・ぢゃ、ないっつうううのっっっ!!!少しは人の話も聞けいっっ!!」
「はい?何ですか、ガウリイさんらぶらぶのリナさん?」
 
ずべべっ。
 
床に見事にスライディングするリナ。
がんばれリナ。負けるなリナ。明日はどっちだ!?
「あ・・あ・・・あのねえ・・・・・。
妄想に浸ってるとこ悪いんですけど・・・・・。」
「そんな(ぽっ)妄想だなんて♪そんなこと・・・・きゃっ。」
「だぁかぁらぁ!!そんなんじゃなくってえ!」
「ああっ、リナさん照れてる照れてる!」
「だからちがあああううううっっ!!
あたしがガウリイだと思ったのは!」
「思ったのは?」
 
丸くてでっかい目に見つめられ、わけもなく赤くなるリナ。
さっきまでの勢いはどこへやら、ぼしょぼしょと言い訳を始める。
「だ、だから。あたしがガウリイだと思ってああなったのは、つまり。
ほら、ガウリイは一番、体が大きいし?頑丈そうだし?いつも手近にあるし?咄嗟の時に楯にするには都合がいいかな〜〜〜って、それだけなのよ。」
アメリア、きょとんとする。
「だから、それだけなの。別に深い意味はないの。
・・・ねえ、聞いてる?」
アメリア、相変わらずきょとん。
「ちょっと、アメリアってば。」
アメリア、目をぱちぱちと瞬き、片手をすうっとあげた。
「・・・リナさん。」
「な、なによ。」
「うしろ。」
「うしろ?何よ、うしろがどうかした・・・・・・
っって!!うどぅわぁぁぁぁぁっっっ!!??」
 
アメリアが指差した先、つまりリナの背後にぬぼっと立つ影。
紛れもなく脳みそミジンコ剣術バカ、体が大きくて頑丈そうで、いつもリナの手近にいる、楯にするにはまことに都合のいいらしい、ガウリイの姿だった。
 
 
乞驚したまま固まるリナ。ちょっと『シェー』に似ていなくもない。
「ガウリイさん・・・・」
アメリア、何とか場をフォローしようと思うのだが、言葉が出ない。
「・・・は・・・・・はは・・・・え、えっとその・・・・」
ガウリイが黙したまま何も言わずに突っ立っているので、リナもいつもの調子で強引に話を切り替えることができなかった。
頭をかきかき、片手をぱたぱたと振る。
「ガ、ガウリイ、お、遅かったのね?
え、えっと、ほら、メニューどうしようかなあって、ねえ?アメリア?」
「ええっ!?え、えっと、そ、そうですよ、ガウリイさん。わたし達、別にやましい話なんかしてませんってば。ええ。」
わざわざ言うほど、ごまかしが効かなくなるって知ってるかい。アメリア。
 
ガウリイはいつもの顔で、アメリアとリナの顔を交互に見比べていた。
「え・・・えっと、その・・・・」
珍しくリナが言葉に窮する。
「あ、あれ?ゼルガディスさんとフィリアさん、遅いですよね?
わたし、呼びに行ってきます・・・」
えへへへへへ、と笑いながらアメリア、つつつと退場。
「あああっ・・・アメリア、あんたズルいわよっ!」
リナが憤慨するが、後の祭りである。
後には、妙な沈黙漂う静かなテーブルと二人が残された。
 
ガウリイがぽりっと頭をかき、次ににっこりと笑った。
「リナ。今の話だけどな?」
「ああああ!!わ、悪かったわよ!楯にするのに都合がいいなんて言って!例え本心でそう思っても、言っちゃいけないことよねっ!」
慌てたリナ、口を塞ぐ。
「あ、あわわわわっ。そ、そうじゃなくて、その、あ、あたし・・・何を言おうとしたんだっけ?」
「・・・あのな、リナ。」
ガウリイが椅子をひいて、リナの隣に座った。
怒っているようでも、呆れているようでもなく。
リナは慌てるのをやめた。
 
ガウリイは隣に座るリナに笑いかけ、その頭をぽんぽん、と叩いた。
「あのな?さっきの話だけど。
オレは別に、その通りだなと思って聞いてただけだぜ?」
「・・・・・へ・・・・・・・?」
リナがびっくり目になる。
続いて、目をぱちくり。
ガウリイはぷっと吹き出すと、リナの髪をくしゃくしゃにした。
「オレが皆の中で、一番体がでかいのは事実だし。リナやアメリアに比べたら、ずっと頑丈にできてるさ。・・・それに。」
くしゃくしゃ。
「リナの一番近くにいるのも、本当だな。
だから、危ない時はオレを楯にするっていうのは、正解だって言いたかったんだよ。」
 
「・・・・ガ・・ガウリイ・・・・」
リナは両手をあげ、慌ててパタパタと振った。
「あのね?そんな、マジに取らないでよっ。あたしはただ、アメリアにいきなり訳のわかんないこと言われて、それで、」
「何を慌ててるんだよ。」
ガウリイがまた吹き出した。
「オレは別に、ああ、その通りだなって聞いてただけだぜ?
お前さんが慌てることないだろうに。」
「・・・だ、だって。」
リナ、明後日の方向を向いて小声で呟く。
「楯にするのに都合がいいって言われて、ニコニコしてる人なんか初めて見たわよ・・・。」
「そうか?」
ガウリイはあくまでも笑顔だ。
 
思わずリナは、その穏やかな笑顔に言葉を失う。
ぽかんと口を開けて、まるで見とれているように。
ガウリイは椅子の上でゆったりと体を伸ばし、うん、と伸びをした。
そしてリナを振り返り、こう言った。
「お前さんがオレの楯になるより、ずっといいだろうが?」
「・・・・!」
 
 
 
 
まだ人もまばらな食堂の中央で。
リラックスした様子で椅子に腰かける男性と。
その傍らで、赤くなった顔をメニューに無理矢理隠そうとしている少女の姿が見受けられた。
・・・さらに付け加えるならば。
階段の上で、これ以上他の客が階下に降りないよう、必死に時間稼ぎをしている黒髪の小柄な少女の姿もあったという。
 
 
メニューに顔をつっこんだリナはふと、無貌の魔族のことを思いだしていた。
「・・・まさか、ね。ガウリイがあんな昔のこと、覚えてるわけないし・・・」

小さな声で呟いた言葉は。
ガウリイにも食堂の主人にも、アメリアにもフィリアにもゼルガディスにも、届かなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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========================おわり♪
 
『獣は裸になりたがる♪』な人の元奥さんの出した本のタイトル・・・ぢゃありませんよっっ(笑)<親戚の名前でもありません(笑・自分の親戚にいるんですよ。『楯』一族。)
 
タイトルはさておき、そーらパソのスクリーンセイバーは、はいぱあTRY(CD-ROM)の日替りにずっとなったままです。その中の一枚。リナがゼルにしがみつき、アメリアがその脇で心配そうに見つめ、ガウリイは画面の脇の方で頭から地面に顔を突っ込んでいる。そんな絵がありました。それから思いついた話です(笑)
リナが思いだした魔族とはセイグラムのことで、原作第二巻『アトラスの魔道士』参照(笑)セイグラムの仮面を割ったリナが、壁とガウリイの体にはさまれて『くぁっ』ってなるところ(笑)ガウリイが、この時のことを踏まえてリナに言ったのかは、皆様の御想像にお任せしましょう♪
何より、久々にアメリアやゼルと普通に(???)会話するリナが書きたくなったところでした(笑)<最近、パラレルものばっかりだったから(笑)
 
では、読んで下さった方に愛をこめて♪
誰かに体ごと庇ってもらったこと、ありますか?
・・・はあ。ガウリイに庇ってもらえたら・・・・・(どりーむすたーと)
 
 
 
 

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