「電話」



電話の向こうは、遠く離れた空の下。
こんなに声が近いのに、身体と身体は途方もない距離に阻まれている。
 
『・・・聞いてるか、リナ?』
「・・・うん。聞いてるよ。」
 
喋らないのは、相手の声を聞いていたいから?
それとも。
口を開けば、余計な言葉が出てしまうから?
他愛のない会話を、それでも続けて時間が経とうとしている。
 
「・・・雨が降ってるよ。ガウリイ。」
『・・・こっちは朝焼けが見える。』
 
見つめる先の風景も、過ぎて行く標準時間すらも違う。
 
『元気がないな。』
 
問い掛ける方にも、声に力がない。
 
「・・・そう?」
 
いつもならまっ先に否定するのに、今日はダメだ。
 
『ちゃんと飯食ってるか?ちゃんと睡眠取ってるか?』
「・・・・・・保護者殿は心配症だ。」
『・・・だって・・・・なあ。』
 
どちらが先に、本音を吐くか。
何でもない会話に、ちょっとしたスリルと、そして願いが入り込む。
 
『・・・傍にいれば・・・・見ててやれるのに。』
 
それが聞きたかった言葉。
欲しかった言葉。

だけど聞いてしまうと、どうして胸の奥が痛くなるのだろう?
 
「・・・いられないくせに・・・・心配だけしないでよ・・・。」
 
突っぱねたつもり。
なのに気がつけばこちらが本音を返している。
受話器の向こうで、困っている気配。
 
『・・・・・・・・・・・。』
「・・・・・・・・・・・。」
 
沈黙を、雨の音が埋めていく。
あちらの静けさは、何が埋めていくのだろうか。
 
『・・・・・傍にいても、心配な時があるのに。
・・・・・・傍にいないと、もっと心配になっちまうんだよ。』
「・・・・・傍にいる時、そんなこと言わないのに。
・・・・・・傍にいないと、そんなこと言うんだね。」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
 
何かを求めてる。
何かを探ってる。
もっと。もう少し。もっとたくさん。
欠片を集めて接ぎ合わせようとしている。
せめてここにいられないなら。
幻の虚像でもいいから。
代わりに傍に置いておきたい。
そんなことを瞬間的に考えてしまった自分が嫌で。
もっと嫌な言葉を吐き出してしまう。
自分から絶対に言い出すつもりはなかったのに。
 
「・・・・・・いつ帰るの。」
 
それは降伏宣言。
さりげない口調を装っても、もうお終い。
傍にいて欲しいと思うのは、自分の方なのだと。
相手にさらけ出してしまったから。
 
『・・・・・もうすぐ帰るよ。』
 
ガウリイの声には、勝利の響きはなかったか?
征服の喜びはなかったか?
してやったりと、ほくそ笑んではいなかったか?
 
ベッドの上で、電話を肩に挟んで。
自分の腕で自分を抱きしめてる。
雨の音が滑っていく。
剥き出しの足の上を。
 
『・・・・・リナ?』
「・・・・・・・・。」
『・・・・・どうした?』
 
答えられない。
何も言えない。
欲しいのは言葉じゃなくて。
触れてくる温度だったから。
 
『寂しいか?』
 
ばか。
 
これ以上攻撃されたって、何も差し出す物がない。
『・・・・・・リナ?』
「・・・・・・・・・。」
 
すると、受話器から言葉以外の音が聞こえた。
 
今のは何?
『お前さんの、頭に。』
 
また、声以外の音。
 
『さっきのは頭。・・・・今度はほっぺた。』
 
意外な言葉に続いて、また音。
 
『今度は鼻のてっぺん。』
 
音。
 
『おでこ。』
 
 
・・・・・・・・・ばか。
 
耳もとで聞こえたキスの音は、身体の奥に入り込みそうだった。
たった一つの音が、記憶の中の出来事を思いださせる。
じわじわと、背中を熱いものが広がっていく。
体温が上がった。
顔が赤くなる。
 
・・・これが恋なら。
何と恋愛とはバカバカしいものか。
面倒くさくなって、どかんと全部放り出したくなる時もあるのに。
でもケータイのフックボタンを押すことができないなんて。
 
『すぐ帰るよ。』
声には、何故か温度があるようだった。
『今度は受話器じゃなくて。本物にキスするから。』
 
ばか。ばか。ばか。
どうしてガウリイは、いつもそうなの。
どうしてあたしも気づかなかった、あたしの心の先が読めるの。
胸が苦しい。
会うのが恐い。
会えなくなるのは、もっと恐い。
『だから、唇だけは残しといたぜ。』
「・・・・・・・・・・おおばか・・・・。」
 
 
一層激しくなる雨の音。
まるで機関銃のように叩き付ける音。
何かにせかされるように、落ち着かないあたし。
 
「んな恥ずかしーことばっか言ってないで、さっさと帰ってきなさいよっ。」
知らずに言葉がきつくなる。
だってもう降参しちゃったから。
後は突っ張るしかないじゃない。
 
何故だか、ガウリイが受話器の向こうで微笑んだ気がした。
『驚くなよ、リナ。玄関のドアを開けてごらん?』

「・・・・・え・・・・?」
 





まさか。
ときんと鳴る胸。
打ち消そうと必死になる理性。
だが裏腹に足は、玄関へと急ぐ。
震える手で、ノブを引っ張った。
がちゃりと開く音がして、土砂降りの外が見えた。


完全にドアを開くと、そこには。
 



「すぐに帰るって、言っただろ?」
 

見たこともない携帯電話を耳に当てて。

頭の先からつま先までぐっしょりと濡れた、長い黄金色の髪の男が笑っていた。
「ただいま、リナ。」
 

雨の音は、もう聞こえなかった。 
 
 




・・・後でわかったことだが。
ガウリイは専用飛行機の中から、衛星電話を使って電話していたらしい。
 
リナの部屋のドアを閉じながら。
彼は電話で言ったことを、自ら実行していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

















 


===============================END.
 
ちょっとオトナっぽい話を書きたかったんですが♪びっくりされました?(笑)書いてる途中で思い当たったんですが、こういう芸当をするガウリイはおそらく、『ぷれぜんと』シリーズのガウリイでしょう(笑)
またリナがかわいらしすぎる気もしますが(笑)まあお許しを(笑)
ではここまで読んで下さったお客様に感謝を込めて♪
ドキドキするような電話って、覚えがありますか?
そーらがお送りしました♪
 

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