「うみにひかり。」

 
ぼくはまどのそとをみていた。
 
そらはくもがいっぱいだ。
あおいそらがぜんぜんみえない。
むこうのほうにみえるうみも、そらとおなじくものいろをしていた。
 
かがみみたいだな。
うみは、そらをうつしているんだ。
うえもくものいろ。
したもくものいろ。
くものいろだらけ。
みているぼくまで、くものいろになってるのかも。
ぼくは、あおいそらのいろがすきなのに。
 
わらってるときは、あかるいいろ。
しんけんなかおをしているときは、ちょっとつめたいいろ。
ときどきしかみたことないけど、さみしそうなときはくらいいろ。
でもぼくは、ぜんぶすき。

とうさんの、あおいめのいろが。
 

あおがみたい。
どのいろでもいいから。
あおいいろがみたいんだ。
さがそうとおもって、そとをみていたけど。
どこにも、おなじいろはなかった。
 
 
とんとん。
がちゃっ。
「坊や、まだ父さんは起きないのか?」
やどやのおじさんが、へやにはいってきた。
ぼくはうなずく。
「うん。」
「…そうか。目が覚めれば大丈夫だと思うんだがな…。
あ、いや、大丈夫だよ、坊や。父さんはきっと元気になるよ。」
「うん。」
ぼくはただ、うなずく。
おじさんはもってきたおぼんを、テーブルのうえにおいた。
「ほら、お前さんはちゃんと食事を取らないとダメだぞ。それじゃ父さんが直る前にお前さんが病気になっちまう。父さんを看病するなら、お前さんはしっかりしてないと。」
おじさんは、ぼくのそばまでくると、ぼくのかたをぼんぼんとたたいた。
ぶあついてだなあ。
ぼくのかたはぐらぐらゆれちゃう。
「うん、わかったよ。」
ぼくはとりあえずへんじをしておく。
するとおじさんはあんしんしたみたいで、とうさんのかおをのぞきこんだ。
「おい、親父さん。こんな可愛い子が待ってるんだ。早く起きてやんなよ?」
まるでおきてるひとにいうみたいに、おじさんはそういうと、ぼくにてをふってへやをでていった。
ぱたん、とおとがして、へやのなかは、またまえとおなじになった。
ぼくと。
ベッドのうえでずっとねむっているとうさんの、ふたりっきりに。
 
 
 
よるだった。
ぼくととうさんは、ふねにのっていた。
せんしつ、というところで、ぼくはとうさんのひざにのっかってねむっていた。
とつぜんふねがぐらぐらゆれだした。
とうさんにおこされて、ぼくは、はじめてわかった。
あらしが、きたんだって。
 
それからのことは、こわくてよくおぼえていない。
いろんなおとが、ぼくをかこんでいた。
ふねのぎしぎしいうおと。
なみのざぶざぶいうおと。
かぜのごうごういうおと。
だれかがさけんでいるこえ。
とうさんは、ぼくをかかえるとそとへでた。
ひるまは、ふねののりくみいんのひとたちが、ぼくとあそんでくれて、かんぱん、というんだとおしえてくれたところだ。
うみがたいようにてらされて、きらきらとひかっているのがみえた。
とてもきもちのいいところだった。
でもそのときは。
 
『船長!舵がきかねえ!』
『手が空いたら誰でもいい、荷物を外へおっぽりだせ!喫水線を少しでもあげるんだ!だらだらしてるヤツぁ、あとで竜骨(キール)くぐりだぞ!』
『船長!船長!』
『索具がからまって、帆が完全に降りねえよ!』
『誰か!斧持ってこいっ!マストをたたっ切れっ!!』
『誰か来てくれえっ!浸水してやがるっ!』
 
ぼくはとうさんのむねにつかまって、ぶるぶるとふるえていた。
こわかった。
ゆれるふねも、くるったみたいななみもかぜも。
ぼくとあそんでくれた、のりくみいんのひとが、まっさおなかおでさけんでいるのも。
 
とうさんは、ぼくをぎゅっとむねにだきしめていた。
だきしめたまま、ごとごとと、いつもつけてるぼうぐをはずしだした。
『とうさん…?』
ぼくはやっとくちがきけた。
しょっからいなみをなんどもうけて、くちのなかはからからだったけど。
するととうさんは、ぼくをいちどおろすとすぐせなかにおぶった。
ぼうぐからベルトだけをはずして、それでぼくととうさんをぐるぐるとまいた。
『とうさん?』
ぼくはもういちどきいた。
すると、せなかのむこうから、とうさんのこえがきこえた。
『怖いか、ガウリイ。』
 
それは、さけんでいるのりくみいんのひとのこえと、ぜんぜんちがった。
まるでいつもみたいに、ふつうのこえ。
こわくてこわくて、なにがなんだかわからなくて、あたまのなかがめちゃくちゃだったぼくは、そのこえをきいて、なんだかきゅうにほっとした。
もしとうさんが、のりくみいんのひとみたいにさけんでいたら、きっとぼくはなきだしただろう。
でもぼくは、ぐっとちからをいれて、とうさんのかたにつかまった。
ここでびびっていたら、とうさんにきっとわらわれる。
『ううん、だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、とうさん!』
なみとかぜとほかのおとで、ぼくのこえはとうさんにとどかなかったかもしれない。
でもたしかに、とうさんがうなずいたきがした。
そのとき、いちばんおおきいなみがきた。
 
 
 
 
ぼくがおぼえているのは、そこまで。
あとはまっくらなうみのなかにほうりだされ、つめたかったことと、しょっからかったことしかわからない。
きがつくと、ぼくはベッドのうえにねかされていた。
いまぼくがいるへやのベッドだ。
うえから、やどやのおじさんとおばさんがのぞきこんでいた。
ぼくがめをぱちぱちすると、おじさんとおばさんはてをとりあってよろこんでた。
 
ぼくたちは、このまちのすなはまにたおれていたんだって。
まちのひとたちがみつけてくれて、ここにはこんでくれたんだ。
おいしゃさまもよんでくれたんだって。
たすかってよかったね、と、おばさんはなみだをながしていた。
やさしいひとだなあ。
でも、ぼく。
 
ぼくは、おじさんとおばさんがとめるのもきかないで、おきあがろうとした。
あたまががんがんして、めのまえがまっくらになった。
しばらくがまんしてたらなおったので、ぼくはへやのなかをみまわした。
ベッドはもうひとつあった。
だれかがねていた。
とうさんだ、そうおもった。
ぼくはベッドからおきようとした。
あしがもつれた。
ゆかにどすんとおちちゃった。
おきあがろうとしたら、またあたまががんがんしてきた。
ゆかのうえをはった。
あかちゃんみたいだけど、とにかくはった。
とうさんのベッドまで。

とうさん。
なんかいもよんだ。

でも。
とうさんは、こたえなかった。
おきあがらなかった。
 
ぼくはやっととうさんのベッドにたどりついた。
ベッドのあしにつかまって、なんとかたちあがる。
うしろで、おじさんとおばさんがじっとみているきがした。
 
『とうさん。』
ぼくはよんだ。
いつもみたいに、きっとめをあけて、『起きたのか、ガウリイ。』っていってくれるとおもって。
でもなんだかようすがへんだ。
ぼくのむねはどきどきしてきた。
『とうさん。』
『とうさん。』
『とうさん。』
シーツをひっぱった。
そのしたにあった、とうさんのあしをゆさぶった。
『とうさん。』
『とうさん。』
『とうさん?』

とうさんはおきなかった。
 
 
 
 
 
いきはしてる。
そう、おいしゃさんがいった。
 
いきてる。
とうさんは、しんでない。
いきてる。
でも。
 
もういっしゅうかんがたつのだと、おじさんがいっていた。
おじさんもおばさんもしんせつで、とうさんがめをさますまで、ずっとここにいてもいいといってくれた。

とうさんは、ねむったままだった。
 
ぼくはまいにち、ベッドのそばにすわって、ずっととうさんのかおをみていた。
だって、すぐにおきそうなきがしたんだもの。
ぼくがちょっとでもめをはなすと、ぱっとめをあけるかもしれない。
それで、ぼくがちゃんとみはってなかったから、がっかりしてまたねむっちゃうんだ。
なんでだかわからないけど、ぼくはずっとそうおもっていた。
だから、ぜったいにとうさんのかおから、めをはなさないようにしようって。
おもってた。
でも。
 
 
 
ぼくはみたいんだ。
とうさんのめが、あいたところを。
とうさんのあおいひとみを。
 
なんだかきゅうに、めのまえがぼやぼやしてきた。
とうさんのかおがよくみえない。
おかしいな。
なんでだろ。
ぼくはめをこする。
ちゃんととうさんのかおをみていなくちゃ。

あれ?
・・・・あれ?
・・・・あれれ・・・・?
 
とうさん。
とうさん。
うそだよ。
これはきっとちがうんだ。
だってぼくはなかない。
なかないって、とうさんとやくそくしたんだもの。
ぼくはつよくなるって。
つよくなって、とうさんみたいになるんだって。
そしてとうさんをまもってあげるんだって。
とうさんが、かあさんにあえるまで、ぼくがとうさんをまもるんだって。
そうきめたんだ。
だから。
これは…ちがうよ。
なみだなんかじゃ、ない。
 
ぼくはあわててめをごしごしこすると、いそいでまどのそばへいった。
とうさんにみられたくなかったからだ。
それからずっと、まどのそとをみている。
とうさんのめみたいな、あおいいろをさがして。
 
 
 
「…もし……だったら……でも…」
 
ひとのこえがきこえた。
やどのおじさんと、おばさんのこえだ。
どっからきこえるんだろ。
 
「でも、あの子は…するんでしょうか…」
「仕方ないだろう。他に親族はいないようだし。」
「母親は…」
「生まれてすぐ生き別れたようだ。」
「不憫な…」
 
あのこって、だれのことだろう?
ぼくはみみをすます。
わかった。
まどのしたは、なかにわになってる。
へやのしたはしょくどうだ。
しょくどうのこえが、ぼくまでとどいているんだ。
 
「いいじゃないか。丁度、私らには子供がいない。うちの子として育ててやろう。」
「それはいいんです。あの子はとてもいい子ですし。…ただ…」
「…父親のことか。」
「今のあの子に、父親を諦めろなどと、言えません…」
「…気持ちはわかるが…。あれは目を覚まさんぞ。お前も知ってるだろう。メローの呪いを。昨年流れ着いた若い男も、とうとう目を覚まさずに10日後には死んだんだぞ。」
「…ええ…おそらく、あの子の父親も…」
「今が駄目でも、私らだけでもその心積もりでいよう。あの子の父親が死んで、あの子が納得したら、うち子として引き取ってやろうじゃないか。」
「ええ…そうですね、あなた…。」
 
 
なんの…はなし?
いまの、なに?
 
ぼくのからだから、きゅうにちからがぬけた。
こえがきこえなくなっても、ぼくはぼうっと、まどのそばにすわりこんでいた。
 
 
 
 

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