「声にならない声で。」

 
 
『リナ。』
 

後ろから呼ばれた気がして、あたしは振り向いた。
「・・・・?」
誰もいない。
 
『リナ。』
 
確かに呼ばれた気が、また。
てくてくと歩く足を止め、あたしはまたも振り返る。
誰もいない。
 
頭を振り、前を向いて歩き出す。
どうかしてる。
目をこすってみたが、風景は変わらなかった。
鬱蒼と生い茂る、かつては瘴気の森と呼ばれた、サイラーグ・シティへの入口。
漂っているはずの瘴気はかけらもなく、ただ穏やかな、静かな森。
もっとも、ここにこの森があること自体が、普通ではないのだが。
 
『リナ。』
 
葉ずれの音。
そうよ。きっと風が起こした音。
それが単に、あたしの記憶の中の、誰かの声と似ていた。
似ていたから余計に、その声だと勘違いしてしまった。
ただそれだけのこと。
 
だから、実際に彼の声が聞こえたわけじゃない。
 
ここにいるはずはない。
声が聞こえるはずはない。
彼は後ろを歩いていない。
いつものようには。
 
また再び、彼の声をこの耳で聞く時は来るのだろうか。
聞き慣れた足音が、後ろからついてくる日は?
すべてが、この森のように見通しがつかない状態だった。
 
『リナ。』
 
 
 
 
 
*************
 
それから、数カ月後のこと。
 
 
「あ〜〜〜〜〜。眠い・・・・・。」
 
どっしりと重い身体を何とか動かし、ぺたぺたと這うように進むあたし。
「どうしたんだ?辛いなら、オンブしてやろ〜か?」
呑気そうなガウリイの声に、いちいちツッコミを入れる気分にもならない。
「ほっといて・・・。ただの寝不足だから。」
「寝不足?リナがか?・・・・・。」
隣を歩いていたガウリイが、腕を組んで空を見上げた。
・・・・よしなさいって。
「わかった。朝食のメニュー、AかBにするの迷ってて眠れなかったとか。」
「いくらあたしでも、んなことで徹夜しないわよ・・・。」
「じゃあ、昼飯のメニュー。」
「しないってば。」
「ずばり。夕食!」
「だからしないって!」
「じゃあ、何か悩みがあるとか?」
 
くるりと振り向いた彼は、おもむろにあたしの肩にぽん、と手を置いて、真剣な顔で覗き込んできた。
「人間、完璧な奴はいないし。そんなに悩むことないぞ?
それにお前さんの場合、成長不良ってことで、もう望みがないってわけじゃないし。」
「・・・・何の話よ・・・・?」
「だから。胸のことで、そんなに悩まなくていいんだぞって・・・。あれ?違ったか?」
「もおいい・・・。あんたのボケに付き合う体力も残ってないわ・・・。」
「重症だな。恋わずらい・・・・はまさかな。」
「誰が誰に恋するってえのよ・・・・。」
「そりゃあ・・・・人間、いろんなものに恋するだろ。太陽とか、空とか月とか。」
「ほほおう・・・・お月様に恋煩いして徹夜する、リリカルな少女に見えたわけね、あたしが。」
「いや、それはほら、リナは別として・・・・・・・・・・」
「・・・・・・。」
「リ、リナの場合、ほら、あるだろ?滅多に手に入らない本とか、宝石とか、食べ物とか!」
「・・・・もおいい・・・・・・。あたし、先に行くから・・・・。」
「お、おい、待てよ。」
 
いい加減、付き合いきれなくなり。
あたしはすたすたと歩き出す。
 
初夏の陽射しが眩しかった。
ふと見上げて気づいた。
さわさわと葉ずれの音がする、明るい森の中。
こんな場所を、一人で通った時に何かが起こらなかったっけ。
 
『リナ。』
 
「・・・・・。」
あの時と、同じ声だった。
そう、ガウリイがフィブリゾにさわられ、クリスタルの中に閉じ込められていた時。
一人、サイラーグへ向って歩いていたあの日と。
 
あたしはゆっくりと振り向く。
そこには、誰もいなかった。
あの時は。
 
今は、きょとんとした顔の、黄金色の髪の男が一人。
「・・・どうした?何かあったか?」
あたしは声が震えるのを、何とか抑えて聞いた。
「今、呼んだ?あたしのこと。」
彼はきょとんとしたまま。
「いや。呼んでないけど。」
「・・・・そう・・・。」
 
あの日と同じ声だった。
あたしの足を止めるには、十分なほど。
 
再び前を向き、歩き出す。
何事もなかったように。
 
そして声は語りかける。
『リナ。』
 
「・・・・・。」
振り向いて、尋ねても。
彼はこう答えるだけだろう。
『いや?呼んでないけど?』
 
あの日と同じ声。
でも今は、ちゃんと後にいる。
振り返っても、答える顔がある。
そして、声にならない声で。
あたしに語りかける。
まるで、傍にいるよ、と。
教えているように。
 
「急いで次の街までれっつご〜〜〜。あたしが倒れる前によっ!」
「だからオンブしてやろうかって。」
「それだけは絶対にイヤ。」
「照れ屋だからなあ、リナは。」
「照れ屋とかの問題かっ、それがっ!!」
 
だからあたしは、今日も前を向いて歩く。
 
あの時と同じように、胸の中で答えてから。
『わかってるわよ。』
と。
その、一言だけを返して。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
=======================えんど。
 
「呼ぶ」「呼ばれる」という単語に弱いです、自分(笑) 
 
 
 
 

この感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪