『夢の傷跡』

 
 
紫色の闇が渦巻いていた。
どこかは知らない、けれどどこかで見たような荒涼とした風景。
そのただ中に一つの影が、まるで古代神殿の柱のように立ち尽くしていた。
やがて闇が薄まり。
影が柱ではなく、人の形をしていることがわかった。
長い髪をなびかせ、腕を組んで彼方を見つめている。
 
その足元に、さらにもう一つの影があった。
立ち尽くす人影より、さらに大きい。
そちらはぴくりとも動かない。
 
人影の方がくるりと振り向いた。
薄闇の中で、その瞳がきらりと輝きを放つ。
赤く。
 
 
 
 
 
 
**************
 
 
はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・
 
リナはベッドの上で荒い呼吸を繰り返していた。
いつ自分がベッドの上に起き上がったのか、わからないまま。
呆然と宿の部屋のドアを見つめ。
冷たい汗が、一筋、また一筋と。
額から流れてきても、ぬぐおうとしなかった。
 
外はまだ夜だった。
窓の外には、星も瞬かせない無情の満月が浮かび。
カーテンを通しても、その傲慢な黄色い姿が見えるほど。
汗が目に入ってようやく我に返ったリナは、両手で顔を覆った。
部屋の中に漂う闇と。
いまだ頭を占めて離さない、紫の闇との区別がつかずに。
 
のろのろと手を外し、恐ろしいものでも見るような目で、リナは隣を見下ろした。
腕を長々と伸ばして、無邪気に眠るその顔が。
夢で見たように青白く冷たくなっていないか、確認するのが怖くて。
だが、傍らの男は長い金髪を枕の上に流し、安らかに寝息をたてていた。
その裸の胸が規則正しく上下しているのを、リナは息を詰めて見ていた。
 
紫の闇の中で。
物言わぬ姿と化した影が、ようやく夢だったとわかって。
リナは深いため息をついた。
重い考えはいまだに頭を支配していて、完全に安心することはできない。
まるで、夢が。
心に傷を残して行ったように。
 
 
たった今まで頭を乗せていた、長い腕。
たった今まで顔を寄せていた、厚い胸。
暗い夢など欠片も見ていなさそうな、無邪気な寝顔。
リナは一瞬、自分が石になったような気に囚われた。
そこが自分の居場所だったというのに。
今はひどく、遠く感じられる。
もう一度そこに戻ることは、簡単ではないと。
 
その頬が冷たくないか、触ってみたかった。
ぐっすりと眠っていることはわかっていたが、生きて、暖かい身体でいるのかどうか確認したかった。
なのに伸ばした手は、奇妙に震え。
指先が氷のように冷えて行くのがわかった。
 
気の遠くなるような距離は、勿論のことだがあっという間。
伸ばした指先が、暖かい肌に触れる。
そっと、撫でる。
暖かい。
確かに生きている。
リナはもう片手で口を覆った。
嗚咽の声を押さえるように。
 
 
「・・・・どうした・・・・?」
 
気がつくと、ガウリイが目を開けていた。こちらを見ている。
「目が覚めちまったのか・・・?」
リナは慌てて手を引っ込めた。
何もなかったように視線を明後日の方向へ走らせる。
「う、うん。ちょっとね。」
「・・・・・・。」
リナの顔をじっと見つめたガウリイは、伸ばした腕を上げてリナを掴まえた。
細い腕を引き寄せ、その身体を元の場所に取り戻す。
「朝まで大分あるぞ。・・・もう少し眠れよ。」
「・・・・・・。」
 
ガウリイの腕に頭を乗せ、ガウリイの胸に顔を埋めていても。
リナは違和感を覚えずにはいられなかった。
いつものように。
身体がぴたりと、はまる感じがしなかった。
 
一つの部屋で眠るようになってから。
夜を共にするようになってから。
ガウリイの身体には、リナの居場所があった。
今まで別々の身体だったのが嘘のように。
まるでブロックがはまるようにぴたりと、落ち着く場所が。
安心し、何も考えずに眠れる場所があった。
今はまだ、それを感じることができない。
 
腕枕をしている方の手で、ガウリイがリナの頭をぽんぽん、と撫でた。
「何を考えてる?」
「・・・・・・。」
リナが身体を固くしていることが、ガウリイにはわかる。
安心しきって、委ねていないことが。
「変な夢でも見たんじゃないか?」
言い当ててやると、小さな身体がびくりと反応した。
「どんな夢だった?」
尋ねてもすぐに返事が返ってこないところを見ると、嫌な夢だったことはすぐに想像がついた。
そこに身体があることを思いださせるように、ガウリイはリナの頭を、わしわしと撫でた。
「どんな夢だろうと、夢は夢だぜ?
オレがいて、リナがいて。
ちゃんと一緒にいるのに、これ以上何が怖いことがある?」
「・・・・・。」
 
驚いたようにリナが顔を上げた。
まるで、夢の内容をガウリイが口にしたかのように。
ガウリイは身体を横向きに起こし、リナの目を覗き込んだ。
「オレが死ぬ夢でも見たとか?」
「・・・・・・。」
息を飲んだリナを見て、またしてもガウリイは自分の推測が当たったことを知った。
リナが痛々しげな表情を向ける。
だが、ガウリイは意外なことをした。
リナに向かい、にっこりと笑ったのだ。
「・・・・?」
リナが不審そうな顔になる。
そのくしゃくしゃの前髪をかきあげて、ガウリイは唇を寄せた。
「愛してるよ、リナ。」
 
途端に、リナがガウリイの胸に手をあてて、押し退けようとした。
口をとがらせ、そっぽを向いている。
「ごまかされないわよ!
あたしのこと、子供っぽいって思ったんでしょ。
それで笑ったんでしょっ。」
「リナ」
「怖い夢に怯えて一人で眠れない、ただの子供だって。」
「リナ。こら、暴れるな。聞けよ。」
もがくリナを、微笑みながらガウリイは引き寄せた。
「いいから聞けって。
・・・あのな?お前だけじゃないんだって。
そういう夢を見るのは。」
リナの動きが止まった。
ガウリイは小さな頭を抱えて、静かな声で囁いた。
「オレだって何度も見た。
目の前で、何度も。
お前が血に染まって倒れてるところを。」
「・・・・・・!」
 
リナが顔をあげようとした。
だが、ガウリイはまだ、その頭を抱え込んでいた。
胸の辺りで、小さな吐息を感じる。
「嫌な汗をかいて、ベッドの上に飛び起きたこともある。
お前さんがちゃんと生きて呼吸してるかどうか、ドアの前まで確認しに行ったことだってある。
・・・こうやって、腕の上にお前の頭を乗せて。
同じベッドで眠るようになっても。
隣に誰もいない夢を見るんだ。」
「・・・・・・。」
リナの唇が、ウソ、と呟いているようだった。
「『夢は願望の顕われ。』とも言うのよ・・・」
密やかな言葉だった。
 
ガウリイは首を振り、抱え込んでいた頭を放して、自分の方に向けさせた。
「違うぜ、リナ。必ずしもそうじゃない。
オレは、オレが一番怖がってること、嫌がっていることを夢に見たんだと思う。
一番に失いたくないのが誰か、ちゃんと夢は教えていたんだ。」
「・・・・・・!」
リナの顔がかっと赤くなった。
その顔に自分の顔を近付け、ガウリイは低い声で続けた。
「リナがいなくなることを、オレが望んでいる訳がないだろう?
それともリナは、オレにいなくなって欲しいのか?」
赤い顔がおずおずと左右に振られた。
ガウリイは微笑み、その頬に手を当てた。
「なら、『夢は願望のなんとか。』ってのはハズレだ。
・・・だからオレは笑ったんだよ。」
「・・・・・?」
一瞬、リナは意味がわからなかったようだった。
きょとんとした顔に、ガウリイはなおも囁いた。
「嬉しかったからだよ。
オレが死ぬ夢を見たってことは。
お前が一番失いたくないのが、オレだって言ってくれてるみたいで。」
「!」
 
真っ赤になったリナの頬がぷうっと膨らみ。
照れているのか、怒っているのか、呆れているのかわからない顔になった。
ガウリイは笑い、膨らんだ頬をつついた。
リナはガウリイの鼻をぎゅっとつまんだ。
「この、天下太平自信過剰。
・・・どうやったらそうやって、何もかも明るい方向に考えられんのよ。」
「・・・・そうだなあ。」
ガウリイは考えるふりをしていたが、ふいをついてリナを思いきり抱きしめた。
泡を食ってじたばたと暴れる彼女を押えつけ、ガウリイは会心の笑みをもらした。
「それは、リナが傍にいるからじゃないのか?」
「!」
 
 
どういう意味よ、と。
赤くなりながら問いただすリナに。
ガウリイは笑って、何度もキスをした。
暗い夜を、笑い飛ばすように。
闇を包んで、暖めるように。
両手でリナを抱きしめ、夢のことなど忘れるように。
二人の身体がまた、ぴたりとはまるように。
落ち着いてリナがまどろみかけるまで。
愛した。
 
 
だから彼は知っていた。
 
明日の朝。きっと。
冷たい汗をかいて、ベッドの上に飛び起きるのは自分の番かも知れないと。
愛しければ愛しいほど、夢は強く、強く。
小さな傷跡を残して行く。
しかし、その傷こそが。
愛しさを増していくことも。
彼は知っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
=============================end.
 
おおう。ひさびさにちょびっとオトナな話?いや、オトナな状況?(笑)
これってらぶらぶ?甘甘?まだ自分、書けてます?(笑)
夢は欲望の顕われと、奇しくも某教授はおっしゃっていますが。欲望だけじゃないっしょセンセ(笑)というのが正直な感想です(笑)海馬君とか扁桃体様とか視床下部さんとかがこっそりいろいろごそごそやっているのが夢だと思ってます(笑)
家族や誰かが死ぬ夢を見ると、逆にその人は長生きするっていう迷信もあることですし♪確かに欲望(願望と言え・笑)の赴くままな夢も見ますが・・・・(え?何を想像した?笑)家族が危険な目に陥る夢を見て、そーらはやっぱり、欲望の顕われだけじゃ説明がつかんと思うのです。
それにしても、ガウの腕枕は首が凝りそうだなと思いつつ。
ここまで読んで下さった方に愛を込めて♪
最近、どんな夢を見ましたか?
ガウリナな夢を見たら是非、ガウリナ夢日記ツリーに参加してね(笑)

この感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪