「契約」

 
 
 
「う〜〜〜〜〜、寒い寒い。」
 
美少女にして、天才魔道士、盗賊どもにはその名も高き、ロバーズキラー。
彼女の通る後、盗賊どころかペンペン草さえも生えないと言わしめる、今もって恐怖と共に語り継がれる伝説の人間。

・・・か、どーかは定かではないが、とにもかくにも。
一部の間では有名であることは間違いなしの、御存じリナ=インバースは、お風呂セットを抱えたまま、宿屋の廊下を肩をすくめて歩いていた。
「お風呂が大きいのはいいのよ。大きいのは。」
リナがはあっと息をつくたびに、白い息が立ち上る。
「・・・・問題は、お風呂から、部屋が離れすぎてるってことなのよね・・・・。せっかくあったまっても、これじゃ部屋に辿り着く前に冷えきっちゃうわよっ!!」
なかなかお腹立ちの模様である。
 
よりにもよって、廊下の一番端の自分の部屋に辿り着くと、リナはドアに鍵がかかっていないことに気がついた。
「あれ・・・・?おかし〜な・・・。確かに掛けて出たのに。」
首を傾げながら、リナはドアを開いた。
そこに見たものは。
 
「ちょっと・・・・。どおいうことよっ!?」
 
ベッドの上で、大イビキをかきながら。
長身を長々と伸ばして眠っていたのは、誰あろう、彼女の旅の連れ、自称保護者の、ガウリイだった。
 

ゆさゆさ。
「ちょっとっ!!ガウリイってばっ!!起きなさいよっ!!」
ゆさゆさ。
お風呂セットを放り出したリナは、ガウリイを揺さぶってみるが反応はない。
「ガウリイってばっ!!」
「んあ?」
「んあ?じゃないわよっ!なんであんたが、あたしのベッドで寝てんのよっ!」
「・・・・へ?」
 
叩き起こされたガウリイは、起き上がってきょとんとした。
「・・・・あれ??ここ・・・・お前さんの部屋か?」
「だからそ〜だって言ってるでしょっ!あんたの部屋わ、この隣っ!」
たははとガウリイは笑い、ベッドから出た。
「すまんすまん。いっこ間違えた。」
「すまんじゃないわよ、まったくっ!せっかくお風呂であったまってきて、最後の温もりを逃さないよ〜〜〜〜に急いでベッドに入ろうと思ったのにぃ。」
リナはお風呂セットを乱暴に机の上に置くと、腰に手を当ててドアを指差した。
「わかったら早く出てって!」
「はいはい。」
 
苦笑いしながらガウリイが部屋から出ていくと、リナはちろっとベッドを見た。
明らかに人が眠っていた跡が、シーツの皺になって出ている。
 
・・・ど〜〜〜しよ・・・。
さっきまでここ、ガウリイが寝てたんだよね・・・。
 
だからと言って、どうと言う訳ではないのだが、何となくリナは考えこんでしまった。
だが、パジャマのままのリナの身体を、容赦ない冬の寒さがひんやりと撫でる。
「ぶるるるるっ!やっぱ寒いっ!寝よっとっっ!!」
誰に言い聞かせるでもなく、リナはごそごそとベッドに入り込んだ。
 
 
 
 
 


翌日は粉雪がちらついていた。
取りたてて急ぎの用もなかった二人は、そのまま、宿屋で一日を過ごすことにした。
 
それから昼過ぎのことである。

こんこんっ!

リナの部屋のドアが、聞き慣れたノックの音を響かせた。
リナが返事をする前に、ドアはがちゃりと開かれた。
「お〜〜〜いリナっ?昼飯ど〜すんだ・・・・・??って・・・・。」
ノブに手をかけたまま、ガウリイが部屋の中を見回す。
「何やってんだ・・・?リナ。」
 
見ると、床の上に広げられた敷物の上、ベッドの上、ソファの上、つまり平面のほとんどに、所せましと雑多な物が広げられていたのだ。
その中心にちょこなんと座っているのは、手にビロードの布を持ったリナ。
「あ?もうそんな時間?」
「え・・・ああ。昼はとっくに過ぎちまったし、お前さんがなかなか食堂に降りて来ないから、様子を見に来たんだけどな・・・。」
きょろきょろと辺りを見回すガウリイ。
「で、これなんなんだ?全部お前さんの持ち物か?」
「そーよ。たまにはちゃんと数と内容を確認しておこ〜と思って。」
と言って、リナは眼前の小物を片付け始める。
「ちょっと時間かかりそ〜だから、あんた、先にご飯食べててい〜わよ。あたしは後で取るから。」
「ん〜。そうは言ってもなあ。お前さん、夢中になってると飯取らないまんまな時もあるから。」
言いながら、ガウリイは部屋に入ってくる。
 
突然、リナがびしっと指差した。
「そこっ!踏まないでよねっ!!貴重な品物なんだからっ!!」
びびくっとガウリイがびびる。
「う、わ、わかった。」
大きな図体の男が、おっかなびっくり床をひょこひょこ進む光景は、滑稽以外の何物でもない。
ようやく、リナの近くまで辿り着いたガウリイは、屈み込んで足元の品物の一つを手に取った。
「なあ。オレも手伝ってやろ〜か。二人でやりゃ、早く終わるんじゃね〜か?」
リナは笑顔を引きつらせて答える。
「そりゃあ・・・・。手際のいい人間が二人でやればね・・・・。」
「ん?どういう意味だ?」
「んん。何でもない。何でも。」
頭を振ったリナは、ふと、ガウリイが手にしていた品物を見て顔色を変えた。
「ガウリイっ!それっ!!!」
「えっ!?おぅわっ!?とっとっとっ・・・・・!」
 
ごとっ!!
ぴしっ!!
 
ガウリイが。
リナが固まった。
床に落ちたのは、赤ん坊の頭くらいの大きさを持つ、無色透明の宝珠(オーブ)
だが落ちたはずみで、ヒビが入ってしまった。

「ガ・・・・ガウリイ・・・・・あ・・・あんたね・・・・・」

ぴくぴくとひきつるリナ。
びびるガウリイ。
「すっ!すまんっ!!つい、手がすべって・・・・」
「すまんで済めば、ケーサツもケンジキョクもサイバンショもひつよ〜ないわっ!!」
「・・・・ケーサツとか、ケンビキョーとか、サイパントウとかって・・・なんだ?」
「んなことわど〜〜でもい〜わっ!ああたねっ!そのオーブは、とある小さな盗賊団から失敬したお宝を丸ごと費やして買った、ちょ〜高額商品なのよっ!!」
「・・・・・。とある盗賊団から失敬した・・・・・?つまり・・・元手がまったくかかってないんじゃ・・・?」
ちちぃっ!そんなとこばっかちゃんと聞いて!・・・と、リナはぶつくさ。
「いや、すまんっ!」
ガウリイがぺこりと頭を下げる。
「わざとじゃないんだが、悪かったっ!ええと、だからだな、そうだ、昼飯を奢るっ!」
ガウリイ、大盤振る舞いである(笑)
 
平伏したガウリイのつむじを見ながら、リナはしばし思案した。
(う〜〜〜みゅ)
突然、にやりっと不敵な笑いがその口の端に浮かんだ。
「そ〜ね・・・。昼ご飯はあたしが奢るわ・・・。その代わり・・・・。」
 
 
 
 
 
 
 
--------------深夜。
静まり返った宿屋の廊下を、床板をきしきし言わせながら、一人の少女が歩いていた。
手にはお風呂セット。
格好はすでにパジャマ。
その上からマントを羽織っている。

廊下のつきあたり、一番端の部屋まで来た彼女は、ドアの前で立ち止まった。
と、そこで何故か、ぽっと嬉しそうに顔を赤らめた。
少女とは、勿論リナである。
そしてこのドアの向こうには、彼が待っているのだ。
 
かちゃっ。
 
ドアが開いた気配に、ベッドの上の男が身じろぎする。
「リナか・・・?」
「・・・うん・・・・。」
頬をピンクに染めたリナが、そっとドアを閉める。
「遅くなってごめんね・・・?」
「いや・・・・。」
ベッドの上の男とは、勿論ガウリイである。
同じく宿屋備え付けのパジャマを着たガウリイは、半分身体を起こす。
「寒かったろ。」
「・・・・ん。まあね。」
リナはお風呂セットをテーブルに起き、マントを脱ぐとソファに放り投げる。
ガウリイは毛布の端をめくると、リナを手招きした。
「ほら。早く入れよ。せっかくあったまった身体が冷えちまうんだろ?」
「・・・・うん・・・・。」
 
リナはそうっと、めくられた毛布の中に入り込んだ。
全身をすっぽりと納めると、たまらず声に出す。
「は〜〜〜〜。あったか〜〜〜〜い♪」
「そ〜だろ〜。」ガウリイが笑う。
「ガウリイ・・・・。」潤んだリナの瞳が、ガウリイを見上げる。
「ありがとねっ(にぱぱっ♪)
 
ガウリイはわしわしと自分の頭をかくと、ため息をついてこう言った。
「しかたね〜だろ。そ〜ゆ〜契約なんだから。」
「そ〜いうこと♪あ〜〜〜これでゆっくり、朝までぬくぬくできるわっ♪」
リナはベッドの中で一人、全身を思うまま伸ばす。

苦笑したガウリイは、自分が出た反対側の毛布をちゃんと直すと、スリッパを穿いてドアに向った。
「おやすみ、ガウリイっ♪」
「ああ、おやすみ。」
手をぱたぱたと振ると、ガウリイはドアを閉め、部屋から出て行った。
やがて隣のドアが開いて閉まる音がして、彼が自分の部屋に戻ったのがわかった。
 

「あ〜〜〜しゃ〜〜わせっ♪これで今夜もぐっすり眠れそ〜ねっ♪」
湯上りのガウリイが温めていた布団にもぐりこみ、リナが幸せそうに呟く。
「これで昨日の晩みたいに、あったかく眠れるわ〜♪我ながら、ぐっどあいであ♪」
 
・・・・・・・・つまり。
壊されたオーブと引換えに、なんとリナは、この宿屋にいる間、ガウリイに湯たんぽの役目をするように約束させたのである。
よほど昨晩の布団があったかくて、居心地良かったのだろうか。
 
にこにこと笑みを浮かべながら、眠りの淵に誘われていくリナは、寝言のように呟いた。
「明日も雪だって。またよろしくね、ガウリイ〜♪」
 
 
隣の部屋から大きなくしゃみが聞こえてきたのを、リナは知らずに眠った。
 
 
 
 
 
 
 
 
















~~~~~~~~~~~おわり♪
 
最初、タイトルを思い付きました。そのままずばり。「湯たんぽ契約」(笑)そのまんまでお話ができました。でも書き終ってから気づいたのは、ありゃ、このまんまじゃタイトルからバレバレじゃん(笑)と。そして「湯たんぽ」の部分を削って「契約」に。魔族と不死の契約みたいにシビアな内容を想像された方、誠にもってごめんなさい(爆笑)
それでは、こんなお話に付き合って下さったお客様に、愛を込めて♪
今夜はあったかく眠れますか?
そーらがお送りしました♪

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