『バヘルの塔』



 
 
 
 
さくっ……………
 
風にさらさらと流れる砂を踏みしめ、あたし達はようやく足を止めた。
太陽は中天にあり、影は足下に小さく縮こまっている。

「あれね。」
日除けの布から見上げたのは、砂丘の彼方に忽然と姿を現した砂色の大きな塔だった。
近くのオアシスから出発して三時間、あたしとガウリイ、アメリア、ゼルガディスの四人は、目的地に着いたところだ。
サイラーグの一件が終わり、セイルーンへと向かう道すがらの事である。
 
「あれが問題の塔か。」
ゼルガディスが懐から方位盤を出して、方角を確かめてから言った。
「確か………バヘルの塔とか言いましたっけ。
こんな何にもない所に、どうやってあれだけのレンガを積み上げたんでしょうね。」
アメリアが感心した声を出す。
塔は、街の教会が三つ並んだよりも大きく、高さはフラグーンをしのいでいた。
 
あたしはうなずいて続ける。
「………そうね。周りは砂ばかりだし。
あれだけの日干しレンガを、たった一週間で積み上げた。
………ってことは………」
「………どうなるんだ?」
意味ありげに言葉を切ったあたしの後を、ガウリイが引き取る。
「つまり、通常ではない、異常な力が働いた可能性があるということだ。
これを一人で建てたという伝説が残るくらいだからな。」ゼルガディスが答える。

ガウリイはきょとんとして、あたしを振り返った。
「……ええと…………っていうことは………?」
「〜〜はいはい。
ガウリイにもわかりやすいよーに、可愛くて親切なリナちゃんが説明してあげるとね。
あの塔を作った魔道士ってのが、魔力を強力にするアイテムか何かを持ってたかも知れないってことなのよ。
……さて、それがクレアバイブルかどうかはわからないけど。
何かお宝がありそーーーvってこと。」
「……………なるほど………。
リナの動機としては、一番わかりやすい説明だな……。」
深々とうなずいたガウリイに、あたしは右手の拳を振り上げて答えた。
ばぐっ!
「ほっといて。」
「いっ!」
 











 
塔の中は、意外にもひんやりとしていた。
日光を遮るだけで、これだけ温度差があるものだろうか。

「階段がありますよ、リナさん。」
「そうね。………ひとけはないようだけど、トラップがあるかも知れないわ。
みんな、気をつけてあがって。」
「そうだな。」
「はーい。」
即答したアメリアとゼルガディスに比べて、ガウリイはまだきょとんとしていた。
「………リナ」
まさか。今の単純きわまる説明でも、わからなかったってゆーのか、この男わっ!?
「簡単でしょ、ガウリイっ!
特にあんたに言ってんのよ、あんたにっ!
前みたいにかたっぱしからトラップ引っかかってたら、遠慮なしに置いていくからねっ!」
「……いや、そうじゃな……」
「だから何っ!?」
 
がらっ……
 
「へ……?」
 
ずだだだだだだだだっ!!!!
ごろごろっ!
べしいっ!!
 
「………………い……………いだだだだだだっ!!!
っな……な、なにっ!?なにが起きたわけっ!?」
目の前をおほしさまがくるくる回ってる〜〜〜〜。
 
「だから。そこ、崩れるぞって言おうとしたんだ。」
手を差し伸べたガウリイが、呆れた声を出す。
「気をつけなくちゃいけないのは、リナじゃないか。」
「!!!そーいうことは、もっと早く言ってよね!!」
あたしは痛む頭を抱え、起き上がった。
どうやら、昇りかけた階段から転がり落ち、なおかつ、壁に激突してしまったらしい。
「言うヒマをくれなかったじゃないか。
………大丈夫か?あ〜あ、砂だらけになっちまったな。」
 
ぱたぱた……… 
あたしを立たせ、体のあちこちをはたいて砂を落とすガウリイ。
「い、いいわよ、自分で………」
「おおう、こんなところにも。」
って、ちょっと待てぇえっ!!!
 
ばぐっ!!!
 
「ドコ触ってんのよ、ガウリイっ!!殴るわよっ!!」
「いってぇええっ!!
殴ってからゆーなよなっ!大体、オレがドコ触ったって………」
頬を押さえてガウリイが憤慨する。
冗談でわない。憤慨してるのはこっちだっつーの。
「………あ。悪い。そこ、ムネだったのか。
いや〜〜、ちょっと出てるから腹かと………」
「ガ…………ガウリイ……………あんたね………」
押さえきれない思いに、ふるふると拳が震える。
あああっ…………。
頭にきすぎて、口がまわらんっ!
 
ぶんっ!
ひょいっ!
 
予告なしに放ったジャブを何なくかわされ、よろめいたあたしはすてんとしりもちをついてしまった。
「ったたた…………。何で避けんのよ、このクラゲっ!」
「あ。すまん、つい。
しかし、よく転ぶな、お前さん。
やっぱり保護者のオレがついてないと、ダメなんだな。」
「違わいっ!!」
「遠慮しないで、背中におぶさってもいいぜ。ほら。」
「いらんわっ!!」
「リナ…………」
ガウリイが急に真剣な顔をした。
しゃがみこんで、あたしの顔をのぞきこむ。
「な、なによ…………。」
「お前………まさか…………」
「な、なに…………?」
「そんなにカリカリしてるところを見ると………。
もしかして、魔法が使えない日なんじゃ…………」
 
ぶんっ!!ぶんっ!!
ひょいっ!ひょいっ!
 
「よけるなーーーっっ!!!」
ひょいひょい逃げるガウリイを追って、あたしは階段を駆け上がる。
「怒るなって。もし魔法が使えないなら、この先困るだろ。
それに、さっきの一発はちゃんともらったじゃないか。」
背中を向けてるくせに、あたしの拳をことごとくかわしてガウリイが逃げる。
っくっそ〜〜〜〜〜〜〜〜。
腹が立つったらありゃしない。
「待ちなさいよ、ガウリイっ!
待たないと、今夜のご飯はヌキよっ!」
「それは困る。」
 
ぴたっ!
びたんっ!
 
「ぶっ!」
突然立ち止まったガウリイの背中に、あたしは激突してしまった。
い、いたひ…………。

「もう、急に立ち止まらないでよっ………」
「リナが待てって言うから待ったんだぜ。
……………それに。」
振り返ったガウリイが、目前の扉を指さす。
「ほら、どうやら階段はここで終わってるようだ。」
「………………………………。」

背後から、アメリアとゼルガディスが息を切らして上がってきた。
「早いですよ、リナさん……。追いつくのが大変です。」
「全くだ。ダンナとジャレるのは勝手だが、団体行動だということを忘れてもらっては困る。この俺だって、先に行きたいのを我慢してるんだからな。」
うああぁっ!よりによってこいつに、団体行動の何たるかを説いて聞かされるとわっ!
それもこれもガウリイが悪いっ!
 
さらにガウリイにぎろりと睨みを効かせるだけで、我慢する。 
扉は石でできており、どうやら何かで封印がされているようだった。
あたしは深呼吸し、開封の呪文を唱える。
 
………いいけど………。
どうも最近、みんなの口まで達者になってる気がする………。
言われっぱなしになってないってゆーか………。
1を言えば3.5くらい返ってくるよーな………。
いかん!このままでわっ!!
口先三寸岩をも動かす!な、あたしの特技が目減りする………。
 
などと内心の小さな葛藤をヨソに、呪文を唱え終わる。
 
んぎぃいいい…………………
ごとぉぉんっっ……………………
 
重苦しい音をたてて、石の扉が開いた。
砂埃が巻きあがる。
「……中も薄暗いですね………。」
「でも、真っ暗じゃないわ。
何もない、がらんどうの部屋に見えるけど………。」

扉の手前で中の様子を伺ってみたが、やはりそこにも人の気配はなかった。
それどころか、家具や調度品の類いも一切ない。
ただ、だだっぴろい何もない空間が広がっているだけだった。
どれくらいの広さがあるのか、部屋の向こう側が見えないほどだった。
 
ぽうっ………
 
ゼルガディスが、剣先に魔法の光を灯す。
「入ってみるか。」
「……そうね。とりあえず、ここにいてもしょうがないし。
次の階にあがるにしたって、階段を探さなきゃ。」
踏み出したあたしの背中から、ガウリイが声をかける。
「気をつけるんだぞ、リナ。また転ばないようにな。」
「………誰のせいだ、誰の…………。」
 
 



しぃん…………………
 
部屋の中は静まり返っていた。
魔法の明りに照らし出されたのは、砂が降り積もったレンガの床と、ランプひとつ掛かっていない壁、高い天井だった。
あたし達はトラップを警戒し、油断なく辺りに目を配る。
人が住んでいたようにはどうも思えない。
だとすれば、まだ階上があるはず。
どこかに上につながる階段が………
 
「ガウリイ。あんたの視力で、階段見つからない?
「ぬなぺそ?」
「だから、階段……………………」
苛立たしげに言い放ったあたしは、そこで足を止めた。
おそるおそる背後を振り返る。

ガウリイはいつものように、あたしの少し後ろを進んでいるはずだった。
金髪、長身、軽装の鎧。
きょとんとした青い目をした、黙っていれば美形で通るはたちすぎの青年。
「ガウリイ………?」
「にゅるり。」

そこにいたのは紛れもなく、自称保護者のガウリイだったが。
口から出たのは、聞いたこともない言葉だった………。
「な……何ふざけてるのよ?
ちょっとアメリア、何か言ってやって………」
「けちょ。」

ずざざざざっ!!!
 
「な、な、な、なっ…………!」
思いきり砂だらけの床の上で、ダイブしてしまった………。
頬がざらざらしていたひぞ………。
「ア、アメリアまで、あたしをからかう気っ!?
………はっ………まさか、ゼルまで………?」
アメリアの隣で、冷酷にこちらを見下ろしているゼルガディスをあたしは見上げる。
「ちょっと……ゼル………?
何か言いなさよ………。」
むねなし。
「!!!!!!」
 
ぢたぢたばたばたっ!!
 
「ええい、放せ、ガウリイっ!!
皆してあたしをからかって!!許さないんだからねっ!!」
ゼルに飛びかかろうとしたあたしを、ガウリイがしがみついて止める。
言葉は変なままだ。
「ぺこぽな、リナ!」
「すけきょきょ、リナきょんっ!」
前から抱きついてきたアメリアも、訳のわからない事を言う。
むねなし!!
一層青ざめて後ずさるゼルまでそうだ。

……一体、あたしをからかって何の得が……………。
……………ま、まさかこれって…………?
 
あたしは暴れるのをやめ、辺りを見回した。
巻き上がる砂の向こう、かなり遠いが突き当りの壁がぼんやりと見えた。
明りの中で、砂がちらちらと瞬き。
その壁に向かって、吸い込まれていった。
……………わかった!
 
「ええい、何だかわからないけど、みんなっ!
あそこを目指して走るのよっ!」
壁を指さし、あたしはガウリイからすり抜けて走り出した。
振り返ると、みんなもちゃんと後をついてきた。
………もしかすると、これはやっぱり?
 
 
反対側の壁にたどりつき、砂が吸い込まれた辺りをよく見てみると。
縦に一本、微かな傷が入っているのがわかった。
そこでもう一度、さっき試して有効だった開封の呪文を試してみる。
 
ぎぃいいいい………
ごとっ……がたんっ…………
 
やっぱり!
壁に隠し扉があった。
重い音を立てて開かれたその先には、やはり暗がりの中に階段がちゃんとあった。
先に空間があったために、微かに空気が出入りしていて、砂がそれを教えてくれたというわけだ。
「みんな、こっちよ!」
部屋を抜け出し、階段を途中までかけあがる。
全員が部屋を出ると、扉は勝手に閉まった。
ゼルガディスの剣の束の明りが、一行を照らし出す。
 





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