『絵に描く空と』


 
 
 
「たった一つの願いを叶える…………なんだって?」
ややきょとんとした表情で、あたしの言葉を聞き返すのは。
長い黄金色の髪、青い瞳に、黙って立っていればハンサムで通じるはたちすぎの青年。
「だから。さっきから何度も言ってるでしょーが。
耳にタコでも詰まってんのっ!?
魔法よ、魔法。たった一つの願いを叶える、魔法のランプよ!」
「…………へえ。」
 
がぁくうっ
 
気の抜けたような生返事に肩を下ろし、あたしは背後の相棒をジト目で振り返る。
いざ事が起これば、神速の一撃を見舞う超一級の剣士。
ところがその中身は、三歩けば二分前のできごとを忘れるトリ頭。
………は言い過ぎかも知れないが。
顔と腕にとことん反比例した頭脳の持ち主であるのは、間違いないと言ってよさそうだ。
 
「あんたね。
この優秀な天才魔道士リナ=インバースのたとえお菓子のおまけであろうとも!
もーちょびっとぐらいは頭使ったらどーなのよ?ガウリイ?」
腰に両手をあてて、呆れた顔で見上げるあたし。
呆れるくらい高い場所にあるその顔は、少し呆れた表情を浮かべている。
「お菓子のおまけって、お前なあ。
人をオモチャみたいに言うなよな。これでも一応、お前の保護者なんだし。」
「だからいつ誰があんたを保護者だと決めたっ!
いつ!誰が!どこで!
「何をいまさら。
こうして一緒に旅を続けてもう随分経つだろうが。
まだそんな小さな事にこだわってるのか?」
「小さい事か、これがっ!」
「そうやって小さい事に頭を使うから、胸に栄養が行き渡らないんじゃないか。
小さいのは胸だけで十分…………」
 
ばぐぅう!!!!!
 
「殴るわよっ!」
「そーいうセリフは、殴る前に言うもんだ……。」
何より一番不思議なのは、こいつがあたしの相棒であり、自称保護者であり、今までで一番長い旅の連れでもあることだ。
だぁあああっ。もぉいいっ。」
きびすを返し、すたすたと小刻みに歩き出したあたしの後を、大股でのんびりついてくるガウリイ。
「もういいって。お前さんからその話題を出してきたんだろ?」
「だってあれじゃ会話にもならないもん。
そもそも、まだ話のとっかかりすら話してないってのに。」
「いや、オレはだな。」
歩きながら、ぽりっと頬をかく。
見なれた日常の仕種。
「魔法のランプのことを聞いたんじゃなくてだな。」
「じゃあ、何を聞いたっていうのよ?言ってみんさい。聞くだけは聞いてあげるから。」
「そんな言い方をされると恐いぞ。」
「噛みついたりしないわよ。蹴飛ばすかも知れないけど。」
「うっ。」
「ええい、男ならキリキリ話しなさいよっ!」
時折あたしは、その長い髪の一房を引っ張ることがある。
あまり近くにいると、高くて見えない場所にあるその顔を、あたしと対等の位置にまで引き降ろすためだ。
「で、何が言いたかったわけ?」
「いててててっ。あんまり強く引っ張るなって。
だからだな、オレが聞きたかったのは。
『たった一つ願いが叶う』ってことの方だって。」
「……………へ?」
 
鼻と鼻がくっつかんばかりの体勢だが、不思議と嫌悪感は感じない。
これが例えば、葉巻と食事をこよなく愛す元依頼人ミスター・タリムだったり、狂気のあまり人相まで様変わりする元魔道士協会長のハルシフォムとかだったりしたら。
ここまで顔を近付けても平気なわけはないだろう。
………って、例えが悪すぎるって話もないではないが……。
 

「『たった一つの願いが叶う』魔法のアイテムなんだろ?
リナが探してるのは。」
「へー、そこまでは覚えてたんだ。よしよし。
そーよ。
魔道士協会の片隅で埃をかぶってた禁断の書物を、このあたしが見つけてこのあたしが解読した結果ね。
この先の崩れかけた神殿の中に、磨けば一つだけ願いを叶えてくれるという、魔法のランプがあるってこと。
今まさに!
天才美少女魔道士リナちゃんと、お供のへっぽこ剣士ガウリイ君は、その神殿に辿り着こうという直前なわけですよ。」
 
片手を目指す山の中腹へ向け、片手を反対側へと広げて、劇的なポーズを取る。
お宝探しというのは、見つける瞬間までが楽しいと人は言う。
確かにそれは一理あるかもしんない。
見つけた後、さらにそのお宝が本物で値うちものだったりしたら。
さらに楽しいことは間違いないんだろうけど。
 
「でもよ、リナ。」
首を不自然な形に曲げていた体勢から解き放たれたガウリイは、こきこきっと肩を鳴らして言った。
「それ、信じてるのか、お前さん?」
「……………へ?」
「だから。『たった一つだけ願いを叶える』なんて魔法のアイテム。
ホントにあると思うのか?って言ってるんだぜ。」
「え………………」
立ち止まり、少しまじめな顔で、自称保護者殿があたしを見下ろす。
「もし本当にそれがあったとして。
本当に、「一つだけ願いを叶えてくれる」んなら。
お前は、何を望むつもりなんだ?」
「……………………………………」
「何か、願いたいことでもあるのか?」
「えと…………。」
 
思ってもみないガウリイのつっこみに、ぽりぽりと頬をかくのは今度はあたしの番だった。
「いや、そーいうわけじゃないんだけど………。
そりゃあたしだって、にわかに信じがたい話だし?
本当にあるかどうかなんて、20パーセントも思っちゃいないわよ。
ただ、そーいう記述があるってことは、何かのアイテムであることは間違いなさそうだし。
たとえまがいもんでも、魔道の研究に役立つか、最悪でもマジックショップに売り付けたりとかできるかな〜と。そーいうつもりなんですけど。」
 
何となく悪戯を見とがめられた子供の気分になって、あたしは明後日の方向を向いた。
いつのまにかあたしの傍が定位置になってしまった、この男に。
返す言葉に詰まる時がある。
のほほんとしたその顔で、彼の意外にまっすぐな物の見方にとまどうのだ。
 
「………なんだ、そっか。」
少々あやふやなあたしの説明の、どこに満足したのか。
ガウリイは破顔して、まじめな顔を引っ込ませた。
「内心、ちょっと驚いたからな。
誰かに叶えてもらいたいような願いを、お前さんがひそかに隠しもってたのかって。」
「…………ってちょっと。
その、ひそかにとか、隠しもってるとか、なんか聞こえがひっじょーに悪いんですけど。あたしの気のせい?」
ガウリイは両腕を頭の後ろで組み、せいせいしたとばかりに笑みを浮かべている。
「いやあ、それを使って大金持ちになりたいとか。
ちょっと世界を征服をしてみよーとか。
背中と間違われないように、胸を大きくしたいとか。
そーいう人に言えない野望を抱いてたのかと、心配したぜ。」
「ああっ!なんか長文セリフにまぎれて、失礼ゼリフはきまくりでない??
誰の胸が背中と間違われるってえ!?」
「いやあ、いい天気だ。」 
「使い古されまくりのボケを使うなっっっつの!!」 
 
 




 
かくしてあたし達はとても賑やかに。
または有意義な時間を過ごしつつ。
午後の太陽が傾きはじめる中、何故かあたしだけは疲れきって、目的の神殿に辿り着いたのだった。
 
ひゅるるるるるっ……
 
風が脇をすり抜ける。
崩れた神殿は砂礫の中に消えかけていた。
ところどころ、レンガを積んだアーチ形の入り口が形を残しているだけで、まともな壁一つ、天井などひとつもなかった。
一面、砂色の風景。
神殿は海岸砂丘の向こうにあり、砂は全てに入り込んでいた。
照りつける日射しが、狭いが濃い影を生んでいる。
 

「暑いな。」
ガウリイが襟を広げながら辺りを見回した。
「誰もいないし。本当にここなのか?」
「そーよ。地図にあった通りだわ。
この神殿のどこかに、あのランプが埋もれてるはずなのよ。」
「埋もれてるって言ったってなあ。
道具を持ってきてないし、掘るには厄介な相手だぞ、この砂は。」
「それほど深く掘る必要はないと思うわ。
床のタイルを見て。
星形のタイルの中に、ひとつだけ三日月のタイルがあるらしいのよ。
そのタイルをはがした下にあるって書いてあったわ。」
「わかった。んじゃまず、どこから始める?」
「そーね。月が登る東側からにしましょ。こっちよ。」
 

 
それからしばらくの間、あたし達は神殿のあちらこちらを行ったりきたりした。
方位盤と地図と文書と首っ引きのあたしと、手近な木板をスコップ代わりにして、床の砂を黙々とどけていくガウリイ。
太陽はどんどん落ちていき、光が黄色く染まりだす。
「こりゃ一日じゃ無理じゃないか、リナ。
この辺にして、一旦街まで引き返した方がいい。」
「そーね。小さな神殿だと思ったのが甘かったわ。
明日はちゃんとした道具を持ってきましょ。
砂ってホントに厄介だわね。」
「足下に気をつけろよ、リナ。
砂の中に瓦礫が埋まってるところもあるからな。」
「はいはい。わかったよ。
ホントにあんたときたら、本物の保護者より保護者っぽいわ。
うちの親だったら『転ぶ時は手をつけ!』って言うだけよ、きっと。」
 
肩をすくめ、地図をマントの隠しにしまい、方位盤をと思った時だった。
砂山の中に、とがった瓦礫のような物が隠れていて、思いきりふみそうになったあたしは避けようとしてバランスを崩した。
「リナっ………?」
ガウリイが受け止めようと伸ばした腕をすり抜け、意外なほど簡単に、あたしの体は横にスライドした。
そのまま斜め後ろによろけ、踏み出した後ろ足が。
ずぼりと砂にはまりこんだ。
「おいっ…………!」
 
一瞬の出来事だった。
嘘でしょ、そんなばかなことが。と言うより早く。
ガウリイの伸ばした腕につかまろうと、差し出した指が届くことはなく。
驚いた顔と風景が、ちかりと点滅したかと思うと。
耳が痛くなるような空気の流れとともに、あたしは砂の中に滑り落ちて行った…………。
 
 
 






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