あたしは凍えていた――――。
空はどんよりと曇り、冷たい北風が氷のように頬に吹きつける。
12月にしては低い気温。
手袋を嵌めた手で、ジャケットの襟をさらにかき合わせる。
フェイクの毛皮でも、あるとないとでは大違いだ。
ブーツの足音を木のデッキに響かせ、まだ暗いビルの前を回る。
開店時間は11時、今は6時。
早朝のショッピングモールには人の影すらない。
ふ、と息を吐くと、白い煙が大袈裟に立ち上る。
角を曲がると、海。
空と同じように暗い色に沈んでいる。
潮の匂いがあまりしない、都会の湾内。
「おっや〜〜。こんな所で一人でなぁにしてんのぉ〜?」
背後から突然声がかかる。
ばらばらと複数の重い足音がして、あたしは一気に三人の男に囲まれた。
「寒いじゃんよ、まだ店開かねーしよ?」
ニット帽を目深にかぶって、わずかに見える目であたしを見下ろしてくる男は、かなりでかかった。
身長180cmはあるだろう。
150cmそこそこのあたしからすると、まるで壁だ。
それがもこもこのダウンを着ていると、スノーマンかミシュランマンに見える。
ちょぼちょぼ生えている無精髭が、青カビを思わせて汚らしい。
「……………」
見回してみると、他の男達も似たりよったりだった。
一人はくちゃくちゃとガムを噛みながら、一人はイヤホンから大量に流れ出す雑音に合わせて体を揺すっている。
「こんな寒いとこいねーで、あったかいとこにいかね?
ゲーセンなら開いてるしよ。遊び行こうぜ。」
気軽に誘いかける口調とは裏腹に、三人はしっかりと距離を詰めている。
あたしが後ずさるしかできない状況まで。
「遊び来たんだろ。だったら楽しも。」
ニット帽男が手を伸ばす。
ぱしっ
あたしは軽く払いのけ、なるべく冷静に答えた。
「そっちこそ、全然楽しそうじゃないじゃない。あんた達。」
「………は?何言っちゃってんの?
俺ら楽しんでるよ、なあ?」
男が振り返ると、他の男達はうなずきもせず、ただあたしを黙って見下ろしている。
「な、あいつらもそー言ってるし。
どーせ男に振られたかなんかしたんだろ。
だから俺らが楽しくしてやろうって言ってんじゃん。」
「うぜーよ。拉致っちゃえば。どーせ誰も見てないし。」
右隣の男があたしの肩をどんっと押す。
「俺、お子さま嫌い。」
左側の男がガムを吐き出す。
こいつらはあたしを人間とは思っていない。
ゲームに出てくるターゲットと同じだ。
どんな選択肢を選ぼうと、最後には手に入ると思っている。
そして手に入れたと同時に飽きてしまう。
それまであたしがどうやって生きてきたか、どんな人と知り合い、どんなことを考え、どんなことをしてきたのか、そんなことはどうでもいいのだ。
ただここにいるあたしという形が欲しいだけ。
――――そんなものを手に入れて、本当に楽しいわけがない。
ふわりっ……
ふいに何かに包まれて、吹きつける冷たい風が途絶えた。
さらりと、長い髪が上から滑り降りてきて、頬に触れる。
「遅くなってすまん。」
耳もとで聞き慣れた低い声が囁いた。
鎖骨の上に回された腕が、後ろからきゅっとあたしを抱き寄せる。
三人の男が妙な顔をして見ていた。
「なんだこいつ、どっから出てきた?」
「リナに何か用か?」
あたしを後ろから抱いたまま、ガウリイが顔を上げる。
「用があるなら、代わりに聞こう。
オレはこの娘の保護者だ。」
「………保護者………?」
不審そうにニット帽男がくり返す。
けれどその目はあたしを通り越し、ガウリイに向いていた。
自分より遥かに長身で、見上げなければいけない相手に。
年の頃は二十代前半。
黄金色のストレートの長髪だけでも目立つのに、青い瞳の北欧系の端正な顔立ち。
鍛えられているだけに隙のない身のこなしで、歩いているだけで携帯カメラで盗撮されそうな。
あたしの自称保護者。
ガウリイ=ガブリエフ。
けれど笑うと途端に穏やかになることを、あたしは知っている。
「……いつまで保護者するつもりよ。」
あたしは顔を赤らめ、男達に聞こえないようなぼしょぼしょ声で言い、抱き寄せている大きな腕をくいくいと引っ張る。
「一生だって言っただろう。」
こともなげに答えたガウリイは、再び顔を寄せ、あたしにしか聞こえないお得意の小さな声で言った。
「そろそろ時間だ、リナ。」
「…………!」
あたしは緊張し、周囲を見回す。
ガカッ!
その時、小さな稲妻が辺りを冷たい水色の光で満たした。
空気中に、ぱりぱりとした磁気を感じて、産毛が逆立つ。
「なに?今の?」
ぼんやりとした顔で、男が携帯をあちこちに向ける。
「雷?」
「違うわ………!」
あたしは顔を一点に向けた。
「逃げなさい、あんた達。早く!」
「は?何言っちゃってんの?逃げる?なにそれ?」
「ばか、後ろよ!」
ニット帽の男が立っている看板の少し上。
そこに、亀裂が入っていた。
空間の亀裂。
世界の綻び目。
この世界とは異なる理を持った、異世界へと繋がる通路が開く。
今、ここに。
ゴルゥァアアアアアアアアアォオオオオゥッッ!!!!
ねじくれた角が、剛毛の生えた蹴爪が、亀裂からにゅるりとはみだす。
そして咆哮。
早朝の東京湾岸に響き渡る、獣の咆哮。
「なんだ、あれ………」
危機感のないぽかんとした顔で、男達がおのおの携帯を取り出す。
だがカメラを起動させる暇もなく、それは亀裂からすっかり姿を現し、デックス東京ビーチ、シーサイドモールの三階デッキにずしゃりと落ちた。
フウウウウッッ!
獣の口から大量の水蒸気が立ち上る。
ガウリイが腕をほどく。
あたしは両手を合わせ、力を呼び覚ます。
「え、なに、なに、特撮?俺らも映る?」
場違いな興奮にニット帽の男が騒いで、あたしの腕をつかむ。
詠唱の邪魔をされ、あたしは思わず怒鳴ってしまう。
「あんたバカ!?あれが見えないの!?」
「なにそれ、なにマジになっちゃってんの?」
はは、と笑う男。
と、ふいにその体が浮き上がり、どしゃっとデッキ上に落ちた。
「………え?」
男は何が起こったかわからず、ぽかんと、自分を投げた男を見上げる。
そのガウリイは、手袋を外しているところだった。
右手の中指に、光る銀色の太い指輪がはまっている。
気を取り直した男は憤慨し、顔を真っ赤に染めて起き上がってきた。
「てめっ、何すんだよ!」
ブンッッッ!!
異界から現れた魔物が大きく腕を振りかぶった。
「げっ!!」
がしゃあっ!
せっかくガウリイが助けたのに、起き上がったバカが後頭部を殴られて再び沈む。
「………は、バカじゃね。何やられてんだよ。」
何が起きたか全く状況を把握できてない他の二人は、それを見てせせら笑う。
目の前で誰かが攻撃を受けても逃げようともしない。
「あんた達も危ないわよ!下がって!」
「おいおい、ガキじゃあるまいし、怪獣ショーにゃ興味ねーよ。
大体、今殴られたやつ、保険でんの?
あんたら、訴えられてもいいんだ。
俺、写真取ったし、これ売ればいいカネになるよな。
フジテレビ近いしよ。」
かはあああああ………
魔物が口を開ける。
灼熱の溶岩に似た真っ赤な光が、そこに球体をなしてぐるぐると渦巻いていた。
「へー、CGじゃないんだ、日本の特撮もなかなかやるじゃん。」
さっきまでガムを噛んでいた男が、携帯を魔物に向ける。
「危ないって言ってるのよっ!」
今度はあたしがその男のフードをつかんで、一気に後ろに引き倒す。
「リナ!」
ガウリイが叫び、男がしゃがみ、あたしが顔を上げた直後、それは発射された。
「!」
咄嗟に右に大きく飛んで転がる。
ばぢいっ!
ボンッッッ!!!
ガシャアアッッッ!!!
炎の球がデッキの床に当たり、爆発四散。
湿っているはずの木の床が大きく燃え上がり、デッキには大きな穴が開く。
真下のコンクリート床が見えるほどだ。
「へ…………」
まだこれが現実かと疑っている目で、男達は穴を見下ろしていた。
それから魔物へと目を向ける。
ねじくれた平たい二本の角、ぎらぎらと光る赤い瞳。
顔は牛に似ているかも知れないが、全身が茶色い毛皮に覆われ、蹄の代わりに人間と同じ五本の指と鈎爪が生え揃っている。
………人間でも、獣でもない。
けれどこの場で一番楽しんでいるのは、間違いなくこいつだ。
二本の足でデッキの上に立ち、再び歓喜の咆哮をあげる。
ウギィァアアアアアアアオオオオオオオオッッッ!!!
「………な………っ………!」
ようやく男達が青ざめ、後ずさりしはじめた。
彼等はわかっていない。
その恐怖を吸収し、やつらは活性化するのだ。
異界の魔族が、さらに異界から召還した魔を獣に憑衣させて作り出すという魔物の一種。
硬い皮膚と毛皮のせいで、おそらくライフルで撃ったとしても貫通しないだろう。
つまり警察官を呼んだとて、助けてもらえない相手だ。
助けてもらえないどころか、さらに犠牲者を増やす結果となってしまう。
そんな魔物を相手にするのが、あたし達の仕事。
ごろごろと転がりながら、あたしは言葉の詠唱を続けていた。
手と手の間に、気温より低いものを感じ。
体が止まった時点でデッキの上から魔物に向けて発射する!
『氷の矢(フリーズアロー)!』
ヅドドドドドドドッッッ!!
グギイッ!?
魔物があたしの放った氷を浴び、ぶるんと体を震わせる。
それほどダメージはないが、足を止めることはできる。
おまけにこの矢は、着弾した場所を氷らせる効果がある。
おかげで、燃え上がる床の炎が一気に消える。
少なくとも他の人間達の逃げ場ができる。
グルルルルル…………
しゅうしゅうと煙をあげる床の上で、魔物があたしを見た。
ターゲットをあたしと定めたようだ。
グォオオッ!
デッキを蹴り、巨体に似合わないスピードで迫る!
シュァアアアアアアアッッッッ!!!!!
と、空気が灼けるような音が辺りに響いた。
一瞬、魔物の体の周囲が青く輝く。
グオッ!?
その赤い目が大きく驚愕に見開かれ、そのまま自分の胸を見下ろした。
そこから、青い炎が吹き出している。
グァ…………ァアアアアアアアッッッ!!!!!
魔物はそのまま炎に包まれ、青い火柱となって燃え上がった。
デッキには燃え移らない。
物体の燃焼ではなく、魔物の魔の部分を灼くのだ。
ザアアアアアッッッ!!!
分子を結合させていた魔力を失い、それは爆発四散した。
霧のように細かくなり、風に消え去る。
その後ろに、ガウリイが立っていた。
まだ炎が吹きあがっている指輪を油断なく構えて。
…………かつてこれは、あたしが知らない、ガウリイの仕事だった。
ひょんなことから知り合った、自称保護者の空気みたいな男。
行き先を知らせずにふいといなくなる彼は、世界中を駆け巡ってこいつらと戦っていた。
彼自身がこの世界にもたらした、とある武器を元に、作られた唯一の対抗手段であるその指輪を使って。
「大丈夫か。」
もう片方の腕を伸ばし、あたしの手をつかんで引っ張り上げる。
「なんなんだよ…‥……」
背後の男の誰かが呟いた。
まだいたのか。
「さっさと逃げなさいって言ったでしょ?
まだわかんないの?これは現実よ。」
冷たく言い放つあたし。
事情を知らない人間にはちょっときつい初遭遇かな、とは思いながらも。
さっきの言動と態度で、情状酌量の余地なし。
「なんなんだよ、あいつと、お前………本物の化け物かよ、なあ?」
「……あのね。一緒にしないでくれる?」
あたしはぶるんと首を振って、まとわりつく自慢の栗色の髪を顔から払った。
「あたしは人間よ。ちょっとばかり力があるけどね。」
この世界は綻んでいる。
並行する異世界と接近しすぎ、時々こうして亀裂を生じる。
その亀裂、あたし達が呼ぶところの『ゲート』から、異世界の魔族や魔物達が入り込む。
そいつらは人間の恐怖、後悔、妬みといった負の感情を食べて生きるのだ。
天敵のいないこの世界は、最初、やつらにとって食の天国だった。
いわば新天地のフードテーマパークというところだ。
その御馳走を求めて、ゲートが開くたびに侵入は繰り返される。
ガウリイはあたしの言葉を後押しするように、頭をくしゃりと撫でた。
「ああ、リナは人間だ。
ちょっと手強いお嬢さんだがな。」
「ふ、そりゃあ、ちょっとやそっとじゃないわよ。」
あたしも笑い、まだ冷気の残る手をぐっぱっぐっぱっする。
世界の綻び、亀裂。
それをあたし達は『ゲート』と呼ぶ。
その出現場所に現れ、魔族や魔物をそこで防ぐ。
ゲートの守護者、ゲートキーパー。
今やあたしも、その一翼をになっている。
ガウリイには武器があり、それを使いこなす体術も剣の腕もあるが、あたしにはない。
代わりに力ある言葉がある。
初めて無意識に使ったのは、一昨年のクリスマスだった。
「それはオレが一番わかってると思うんだが。」
ひそっと囁いて、ガウリイが素早くあたしの頭にキスを落とす。
「ちょっとじゃなくてすごく手強い。
おまけに、すごく可愛いところも。」
「ばっ………」
抗議しようとした時、ガウリイの背後、曇った空にもう一つの稲妻が光るのが見えた。
「!」
『ゲート』はまだ閉じていなかったのだ。
「もう一体来るわ、ガウリイ!」
「ああ、そのようだな。」
ガウリイはあたしの頭から手を外し、くるりと向き直る。
グガァアアアアアッッッ!
亀裂からはみ出してきたのは、同じ魔物のタイプだった。
だが、桁違いに大きい。
そして背中に翼まで生えていた。
大気中を震わせるようなこれも大きい咆哮をあげると、デッキの上ではなく、下に向かって羽ばたきながら降りていく。
「追うぞ!」
「うん!」
がしっ!
あたしはうなずいて、ガウリイの大きなコートの背中にしがみつく。
……ええと。
決して断じて激しく否定しておくが、別に甘えているわけではない。
理由があってこうしているのだ。
冷たい風が頬をなぶる。
『翔風界(レイ・ウィング)!』
この言葉を唱えた途端、あたし達の体は風の結界に包まれ、ふわりと浮き上がった。
振り返ると、男達がデッキの端に駆け寄って、呆然と立っているのが見える。
だがそれにかまっている暇はない。
魔物の落下地点を見定め、あたしは自在に空を駆け抜ける。
今や数えきれないほど増えた、呪文のレパートリーの一つを使って。
魔物はお台場海岸に降り立つ。
どこぞの海岸から運んできたという白い砂は、何年もたってすっかり波にさらわれ、元の砂の色と混じりあっている。
人工の海岸。
人工の建造物。
では魔族が作った魔物は、魔工とでも言えばいいのか。
どちらも自然の物ではないが、似合わない組み合わせだ。
グフッ……フ……フォオオオッ………
砂にまみれて、魔物が起き上がる。
あの落差に加えてこの飛距離、翼のおかげでダメージ一つ負ってないらしい。
せっかくの御馳走の邪魔をされたのが腹立たしいのか、その瞳が憎しみを帯びて細まっている。
かあああ………
口を開き、熱球を生み出す魔物。
さっきの魔物の三倍はあろうか。
一撃で象でも吹き飛ばせそうだ。
結界を解く暇もそこそこに、次の呪文を紡ぐ。
『霊光壁(ヴァス・グルード)!』
ジュウアアアアアッッ!!!
炎の球は、あたしが生み出した魔法障壁によって防がれ、霧散する。
魔物が驚いたように身じろぎする。
「いいぞ、リナ。後は任せろ!」
ガウリイが砂地を蹴る。
グァアアアアアアアッッ!
魔物にも悔しいと思う感情があるのか、体を震わせて魔物が叫んだ。
空気がびりびりと震える。
その胸が大きく膨らんだ。
もっと大きな熱球を生もうとしている。
ダッッ!!
ガウリイが砂浜を疾走する。
銀の指輪が閃き、中心に白い芯を抱いた青い炎が再び吹きあがる。
魔物が口を開いた。
青い炎の柱の向こうに、真っ赤な炎の球が見える。
魔物がそれを発射するのが早いか、ガウリイの炎が達するのが早いか?
わずかに魔物の方が有利だった、その口から炎が吹き出す。
『魔風(ボム・ディ・ウィン)!!』
そのまさに絶妙のタイミングを測って、あたしが風を起こす。
魔物にではなく、ガウリイの背中へと向かって!
追い風に乗って、ガウリイが最後の数メートルを駆け抜け、魔物の眼前に辿り着いた。
まだ炎球は発射されていない!
ガウリイはそこで大きく飛び、魔物の膝を蹴って空中に高く指輪を掲げる。
「!」
シュァアアアアアアッッッ!!!
炎が縦一文字に魔物の体を斬り裂いた!
と、続いて別の爆発が起きる。
発射寸前の炎球が、そこで弾けたのだ。
ズシャアアアアアッッッ!!!!
理を失い、爆風によって、魔物は跡形もなく風に乗って消える。
着地し、手を軽く振って指輪の炎を納めるガウリイの、髪を揺らす風に。
駆け寄るあたしに振り向く、背の高い保護者。
「間に合ったでしょ?」
そう言うと、彼は声を立てて笑った。
「ああ、いつもながらお前さんには驚かされる。」
「てへ。まあ、ガウリイならうまく乗ると思ったから使ったのよ。
他の人だったら最初からやらないわ。」
「………そうか。」
穏やかに彼が微笑むと、それだけで寒さが薄れていくような気がした。
一昨年のクリスマスが記憶によみがえる。
一緒に過ごせないからと、プレゼントに大きな犬のぬいぐるみを渡されたあたし。
てっきりガウリイには、子供扱いされていると思ったのに。
そのぬいぐるみには仕掛けがあった。
抱きしめられると、ある言葉を囁くのだ。
あたしはその時、初めて彼の気持ちを知り。
そして自分の気持ちに気づいた。
それをめぐって、彼に関わるさまざまな出来事が起きて。
進んで自ら巻き込まれ。
今、二人はここにこうしている。
まるで奇跡みたいに、同じ世界の、同じ場所に。
『世界が語り尽くした奇跡を…………』
ジャケットのポケットから、歌が流れた。
手をつっこんで、携帯を取り出す。
「それ………」
ガウリイが驚いた顔をしているのを横目に、あたしは通話ボタンを押す。
「あ、姉ちゃん?うん、今、日本にいるよ。
え?………うん、ガウリイも一緒。」
『もう一度誓うから…………』
同じ曲の歌詞が流れ、今度はあたしが驚く。
ガウリイが黒いコートのポケットから同じ型の携帯を取り出した。
こちらは衛星回線だ。
「ゼルか、状況C、Dに移行、完了。後手を頼む。
………ああ、リナも一緒だ。」
ゲートキーパーの本部、スイスにいるゼルガディスと話しながら、ガウリイはあたしに不器用なウィンクを送ってよこす。
それは二人が共通して知っている、忘れられないメロディだった。
思わず視線が海とは反対方向へ向かうが、そこからあの建物は見えなかった。
降る雪の中、たった二枚の羽根をつかんだあの日、流れていたのがこの歌。
『どんな夜も越えていくよ……遠い空へ、その場所へ』
そんな歌詞をたどるようだった、去年のあたし達。
「うん………お正月には顔を出すと思う。うん。」
静かな姉ちゃんの声の向こうで、ガウリイがゼルに答えている声が聞こえる。
「それで前にも言ったと思うが、オレ達はこれからクリスマス休暇に入るからな。
ああ、たった今からだ。
………………え?携帯の電源?
わかった、切らないように努力はする。努力は。
出られるとは限らないがな。」
何やら向こうの電話でぶっそうな会話が交わされているが、あたしは声がひくつかないように姉に答えた。
「うん、わかってる、あたしは大丈夫よ。
母ちゃんと父ちゃんによろしく。
あ………えと………その、父ちゃんだけど。
正月には、その、家にいるよーに姉ちゃんから言っといてくんないかな。
あ、いや、あくまでもさりげなくだけどね!
なんかその、ガウリイが………」
二人とも携帯を耳に当てたまま、目が合った。
ガウリイがふと真剣な目をして、あたしはぼっと赤くなる。
「いや、あのね、話があるとかで………いや、やっぱ言わなくていい!!
あたしが帰るとだけ言っといて!お願い!
じゃあね!よいお年をっっ!!」
ぷつっ!
慌てたように切ると、ガウリイも通話を切っていた。
そのまなざしが、あたしをつかまえる。
両手があたしの頬を包む。
長い指が、首筋まで触れた。
「今日はクリスマスイブだったな。
………プレゼントは何がいい?」
広がる世界が輪になって、閉じてゆく。
その瞳の中に。
「ショパールの時計にヴィトンのマルチカラー、なんて言わないから安心して。」
ちゃかして言うのは、胸の動悸を静めたいから。
触れるほど近づく唇が囁き。
青い瞳が間近でゆっくりと瞬く。
「………そんなもので手に入るほど、お前さんの心は安くはないな。」
「そね。……でも、犬のぬいぐるみならわからないわよ。」
「………………」
触れる前に、確かにそれはくすりと笑った。
そんな優しい唇が、次の言葉を奪う。
「………………っ…………」
何度も触れた唇でも、いつも暖かさと甘さを教えてくれる。
他の誰にもできないキス。
「…………………」
彼が欲しいのは、そしてあたしが欲しいのは。
あたしという形でも、外見がかっこいいだけのガウリイでもない。
彼の歩いてきた道、悩み、苦しんだ選択、そして涙や言葉を。
ひっくるめて、背景ごと彼を愛したいからだ。
今、どんな着信音がしても、二人が出ることはない。
これだけは譲れない瞬間。
何が起きても、隣で穏やかに笑っていて欲しかった人がここにいる。
形だけ手に入れるより、ずっと。
幸せと感じる瞬間をあたしは知っている。
少しだけ唇を離して、ガウリイがこつんとあたしのおでこに自分の額を合わせる。
「去年のクリスマス。覚えてるか?」
「‥‥‥‥‥う‥‥‥お‥‥‥覚えてる‥‥‥けど‥‥‥」
本当は思い出すだけで体がかあっと熱くなる。
羽根をつかまえた後の、自分の恥ずかしい所行どころか。
その後、どうやってあたしをガウリイが運んだかとか、その後、どうやって別の場所に移動したか、とか。
どこに移動したか、などなど。
どれひとつとっても、じたばたどころか暴れだしたくなる思い出が詰まっている。
同じように熱くなっていく頬を、手のひらで冷ましたかったが、それはできなかった。
もっと熱いもので包まれていたから。
「もう一度あの窓から、雪を見ないか?」
「え‥‥‥‥って‥‥‥まさか‥‥‥また‥?」
ガウリイは笑い、あたしの手を握ると、自分の手ごとコートのポケットに入れた。
「今度はヘリじゃないけどな。」
「…‥‥‥‥ううっ‥‥‥」
通報を受けた警察と、救急車のサイレンが近付く。
それより早く、トランシーバーを持った黒いジャンパーの男がデッキに数人現れ、あたし達に手を上げて合図をした。
魂を抜かれたみたいに座り込む、三人の男はジャンパーに囲まれ、見えなくなった。
その光景を後にし、あたし達はデッキから駐車場へと続く階段を並んで降り始める。
――――もうあたしは、凍えていない。
一番欲しいぬくもりが、今はそばにいるから。
-----------------------えばーらすてぃんぐえんでぃんぐ♪
あけましておめでとうございます♪旧年中は、ご来場ありがとうございました♪
コミケ前はなかなか更新できなくてごめんなさい(笑)ようやくイベントも終わり、忙しかった年末年始も終わったところで嬉しい三連休、ちょっとがんばって書いてみました♪
おひさしぶりの「ぷれぜんと」をお届けいたします♪
ちょうど昨年の年末の冬コミに合わせて、「ぷれぜんと」の後日談「すいーと・ぷれぜんと」を再版しました。HPに掲載されてるのは「ぷれぜんと」の4部までですが、「完全版」の方にはその後の完結編があり、sの後の話が「すいーと」に入っています。
原稿を読み直していたら、ちょっとだけまた甘い二人を書いてみたくなったんですわ(笑)
何せシリーズの中では一番お砂糖の多い「ぷれぜんと」ですから(笑)
今回のお話はその「すいーと」の一年後のクリスマス・イブ。
4部からするとかなり呪文の使い方も慣れてきているリナっちです。
きっとこの二人は、こんな感じでいつも甘いまま(笑)イタリアンなガウにちょっと可愛いリナが、でも予想外に強くてガウリイびっくり、みたいな状況で一緒にいつづけていると思います(笑)
最初はただ、待ち合わせてるリナに、チンピラ(死語?)がからんできて、そこにガウリイ颯爽と登場!!?穏便どころか手荒にはりとばして終わりか?と思っていたんですが、つい戦闘シーンが書きたくなって長くなりました(笑)
最近、HPではあんまり甘い話がなかったので、この辺でお砂糖も補充しておかないと(笑)
今年もガウ燃えリナ萌えで他に芸のないそーらですが(笑)どうぞ今年もよろしくおつきあい下さると嬉しいです♪
では、ここまで読んで下さったお客さまに、愛をこめて♪
待ち合わせた相手にもらうとしたら、花と食べ物どっちがいいですか(爆笑)
うん年ぶりに花をもらって嬉しいそーらがお送りしました(笑)
貴深っちその節はありがとね♪
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