『ハーフムーン』



 
 
月の輝く夜だった。
それも、全くの半月が。
 

草むらで静かに虫が鳴き交わす。
時たまそよぐ風がその草を泳がせる。
葉ずれの音と、空を渡る風音。
音がないわけではないのに、静かな夜だった。
 
「眠らないのか、リナ。」
薪をつついて火を起こしながら、ガウリイが言う。
毛布の上で目を開いていたリナは、起き上がると照れくさそうに笑った。
「ごめん。眠って、あんたと交代しなくちゃね。」
「いや、別に眠くないならいいんだが。疲れてるんじゃなかったのかと思ってな。」
長い髪の向こう側で、穏やかな青い瞳がこちらを見ていた。
炎の照り返しも、優しい黄色の光に見える。
つられたのか、リナもやんわりと微笑むと、夜空を見上げた。
「ん。なんか、月を見てたら気持ちよくて。」
「………気持ちよくて眠れないのか?」
「突っ込まないで。自分でも変だなと思ってるんだから。」
「そりゃ失礼しました。」
 
見上げた空に浮かぶのは、半月。
 
「しかし、まるでナイフで切り取ったような半月じゃない?自然のものなのに、あんなにきっぱりかっきり半分ないってのも、なんか不思議な気がするのよね。」
「………う〜〜〜ん。まあ、確かになあ。」
「あるべきものが半分ないって言うかさ。三日月の時はそれほど考えないのに。やっぱり満月が正しい姿なのかなって………………や、あたし、何言ってんだろ?」
昼間の彼女のように、のべつまくなし勢いよく喋るのと違って。
ゆっくりと、ぼんやりと呟くリナをガウリイは見ていた。
 
「うきゃ?」
背後から腕が伸びてきて、引き寄せられたリナはほんの少し慌てる。
だが予想通り、行き先は一つで。
すぐに暖かい、大きな腕の中に納まる。
 
「……月も太陽も、誰が作ったのか知らないけど。」
温度とともに、背中に、ガウリイの低い声が伝わってくる。
「つい目が行っちまう。………やっぱり、なくちゃ寂しいよな。」
「…………ん……………。」
平たい岩の上で、一つに重なる影。
次第に冷えてくる秋の風は、大きな背中にさえぎられ。
たき火の暖かさが顔を胸を暖める。
 
足りないものなどない。
今この瞬間は。
 
「確かに切ったように半分に見えるけどさ。」
「……………?」
リナを腕の中に納めたまま、また薪の様子を見るガウリイ。
「見えないってだけで、ちゃんとあるんだろ。あと半分。」
「………………………うん……?」
「ホントはいつも、月は満月ってことだよな。」
「………………………!」
 
 
いつもその言葉に驚かされる。
百を話す自分より。
一を話す彼の。
 
「………………そうだね…………。」
言葉を失い、返す声も囁きに変わる。
言葉のいらない世界が誘う。
その優しい腕が。
声が。
背中が。
 
満たされないものなど、何もない。
 
「寒いか………?」
黙り込んだ彼女にかけられる言葉は、包み込む腕が証明する。
「ううん…………」
首を振る代わりに、その腕を抱える。
「寒くない。………ねえ、もっと何か話して。」
「…………ん?」
「今日はあたしが聞き手に回る。……だから、もっと話して。
何でもいいから。…………ね?」
「何でも………?」
「うん、何でも…………。」
 
越える夜はいくつもの。
足りない日々を埋め尽くす。
 
半月は気づかない。
見えない己の半身に。
満月は知っている。
失われてもまた戻ってくることを。
満たされない日はないことを。
 
「オレはあんまり、うまくはしゃべれないぜ………?」
「………知ってるわよ。そんなこと。
でも今日は……今晩は………聞いていたいの。
あんたがしゃべって………あたしがあいづちうって………
そんな風に………過ごすのもいいでしょ。」
腕の中から見上げる、小さな顔に。
満月が宿る。
見つめ返すその顔にもまた、月が重なる。
 
穏やかに笑みを交わす二人を、たまご色の光が包んでいく。
 
炎に映える栗色の髪をわしわしと撫で。
再び抱き寄せる。
心臓の一番近くへと。
 
「じゃあ…………話そうかな。」
「うん…………なに………?」
「とあるところで出会った、小さな魔道士と………剣士の話。」
「…………………へえ………………?」
「剣士の血と涙のにじむ物語。」
「…………こら。」
「ちっちゃな魔道士はその姿に似合わず、きょーぼーで、大喰らいで………」
「こらこらこら。」
「…………おや?聞き手に回ってあいづち打つんじゃなかったのか?」
「………き…………聞いてるわよ、確かに。これはあいづちよ、あいづち。」
「髪の毛ひっぱるのは反則だぞ。」
「ごほんごほん。」
 
わざとらしく咳払いする小さな魔道士の、小さな頭に。
微笑みとともに落とす口づけのあと、ガウリイは再び話し出す。
 
低い声が囁き。
時たま、慌てたような高い声に挟まれ。
笑い声が交わされ。
短い沈黙を分かち合う。
 
草むらで鳴き交わす、虫達のように。
風で触れあい奏でる、葉ずれの音のように。
見える半身と見えない半身が空を彩る、半月のように。
 
「このままずっといたいね………。」
「なら、月が沈むまでこうしてようか。朝になったら、昼まで寝よう。」
「ならもっと話してよ………。それで、剣士はどうしたの…………?」
「剣士は……………………」
 
少女と出会い。
旅をし。
 
「魔道士は………?」
 
剣士と出会い。
旅をし。
 
「それで、二人は………?」
「歩いていったのさ。どこまでも、満月の空の下をさ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
---------------------the end.
 
らぶらぶとゆーんでしょーか、こーいうのは(笑)
いちゃいちゃらぶらぶ〜んっていうのも見たいですが(おひ)自然な感じで一緒にいる二人もまた好きだなあと。
全体的に鬼束ちひろの『月光』とか『めまい』とか『流星群』が思い浮かんでいましたが、刹那的な感じにはなりませんでしたね(笑)
さて、そろそろ秋の気配が近づいてきて。こんなお話をお届けしました。
ここまで読んで下さったお客様に、愛を込めて♪
夏はいかがでしたか?
そーらがお送りしました♪
 
 
 


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