『花宵』

 
 
「その人なら、酔いを覚ますとか言って、先程出ていきましたよ。」
「あ……そうですか。」

あたしは礼を言って、酒場を後にした。
小さな街の夜。
明りが煌々とついているのは、夜のお店と宿屋の玄関だけだった。
満点の星を眺め、あたしはため息をつく。
「ったく、どこ行っちゃったのよ。あのクラゲ。」
 


ふと目が覚めると、すっかり夜になっていた。
お疲れさん会をガウリイの部屋でした後、すっかりソファで眠りこけてしまったあたし。
肩には毛布がかけてあって、ガウリイの姿はどこにもなかった。


そのまま自分の部屋に戻って、眠ってもよかったのだが。
何となく気になって。
それに、星が綺麗な夜だったし。
散歩がてらにふらっと出てみたが、ガウリイとはどうやらすれ違いになったようだ。
 
宿とこの酒場は目と鼻の先。
宿に戻ったのなら、途中であたしに出くわすはず。
とすると、ガウリイ。
どこ行ったんだろ。
 

「別に…………探さなきゃいけないわけじゃ、ないんだけどね……。」

そぞろ歩きつつ、自分に言い訳してみる。
何となく、何かが物足りない気がして。
「こりゃ、本格的に保護者かな、やっぱ………。」
などと、頭をかきかき呟いてみる。

ただそこにいるとわかっていれば、別に気にもならないのに。
 





「おんやぁ、嬢ちゃん。女の子の一人歩きたぁ感心しねぇなあ。」
背後から、酔っぱらいらしき男の声がかかった。
「誰か連れはいないのかい?お父さんはどこかなあ?」
他にも数人の笑い声がする。

こんなやつらを相手にしても、一文の得にもならないので、無視。
「ありゃ、怯えさせちゃったかなぁ………?」
「怖がるこたぁないんだよ。おぢさん達は、いい人だからね。
お嬢ちゃんが一人でいるのが心配なだけなんだよ。」
「そうそう。おぢさん達が、家まで送ってあげてもいいんだ。」
「おお、それがいいや。家はどこだい?」
 
口々に声をかけ、あっという間に、あたしを取り囲んでしまった。
息が臭い、体も臭そうな、赤ら顔の男達。
にやにやと笑いを浮かべながら、あたしを頭のてっぺんから、爪先までじろじろ見回している。
 
ったく。
だから酔っ払いは嫌いなのだ、あたしは。
気ばかり大きくなって、普段抑圧されてればされてるほど、ジョーシキとかけ離れたことをしたがる。
正気に戻ったら、これっぽっちも覚えてやしない。
 
一喝してやろうとしたあたしは、ふと、ある光景を思い出してとどまった。
……………………そういえばあの時も、こんな会話があったっけ。
あれが、何もかもの始まりだったっけね。
同じようなセリフなのに。
何でこんなに、受ける印象が違うんだろう?
 
くすりと笑ったあたしは、肩の力を抜いてやり過ごそうとした。
「結構です。宿に戻りますから。」
「宿っ!?お前さん、そんなに小さいのに、一人で旅でもしてるのかい?」
「そりゃあいけねぇなあ、何かと不用心だ。」
「そうそう、やっぱり男手もなくちゃあなあ。」
「変な人に襲われたりしたら、どうするんだい。」
 
さっさと立ち去りたいところだったが、男達が通せんぼをした。
にやにや笑いがさっきより大きくなっている。
両手を広げて、あたしの行く先を遮るやつもいる。

………………ったく………………。
派手に魔法でも使って、吹っ飛ばしたいところではあるが。
まだこの若さでお役所のお世話にはなりたくない。
ここは一つ穏便に………。
 
その時、男の一人がさっと手を伸ばして、あたしの腕をつかまえた。
「ほらほら、遠慮すんなって。な?
一緒に行こうぜ、ほら………………」
もう一人の男が、わざとらしく顔を近付けてくる。

…………………………やだっ……………。
 


眠り!(スリーピング)

 
 
 
ぐぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
すか〜〜〜〜〜〜〜〜
ぴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 
「……………………………。」
あたしを取り巻いていた男達は、酔いも手伝って覿面に魔法の効果を受けた。
立ったまま、くーくー眠ってしまった。
あたしの腕をつかんだ男も、そのままで。
「……………………………。」
きちゃないものでも触るように、あたしは極力使う部分を少なくして、男の腕をもぎ離した。
周囲に誰もいないのを確かめて後、ブーツの爪先で、ちょんっと脛を蹴ってやる。
 
ごん。
ごん。
ごん。
ごん。
どさどさどさぁ!!

 
秘技・酔っぱらいドミノ倒し!
「リナちゃんお見事っ!!!」
満足して呟くと、あたしは踵を返した。
ま、このままにしておいても、ただの酔っぱらいが道端で眠りこけてしまっただけだと、誰も気にも止めないだろう。
一晩そこで寝倒しても、死にはしない気温である。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 


自然に足は、宿ではなく。
その場から反対方向へと遠ざかろうとしていた。
すたすたすた。
自分の足が、異様に早く歩いているのがわかる。
すたすたすたすたすたっ。
誰かに追われているわけでもないのに、早い。
たたたたたたたっ。
しまいには、小走りで駆け出した。
 
「ったくあのバカッッ!!どこにいんのよっ!!」
どこに行ったかもわからないガウリイの姿を探して、あたしは街外れまで来てしまった。
ぜいぜい。
肩で息をすると、街の外に広がる草原が目に入った。
「あ……………………」

そういえば、この地方に咲く花は、白いのが多くて。
しかも、夜に咲くのがほとんどだと聞いたっけ。
草原は、点々と輝くような白い花に埋め尽されていた。
 


「……………リナ?」

浮かび上がる花の中で、人影が起き上がった。
見慣れたシルエットだった。
「ガ………………ガウリイ?」
「どうしたんだ、こんな時間にこんなとこまで。」

立ち上がると、やっぱりガウリイだった。
まだ月は細いのに、その長い髪が、花から漏れ出る光に照らされているように見えた。
花が光っているわけではなくて。
花は、月の光を反射しているだけなのに。
 
「あんたこそ………こんなとこで何してんのよ?」
「オレか?いや、ちょっと酔いを覚まそうと思って………」
「だったら宿に戻ってくれば良かったでしょ。」

何となく腹が立ってきて、あたしはざかざかと草原に足を踏み入れた。
驚いた顔をして、こちらを見たまま突っ立っている、ガウリイのもとに。
「おかげであたし、酔っぱらいに絡まれたりして大変だったんだから。」
「酔っぱらい?で、大丈夫だったのか?」
「大丈夫に決まってるでしょっ。あたしが酔っぱらい風情にどうにかされると思う?」
ガウリイの正面で立ち止まる。

ガウリイは、あの通せんぼした酔っぱらいたちより、ずっと背が高かった。
いつもより、大きく見えた。
何故か、足が凍った。
 
「あ、そ、それとも、まさかとは思うけど。
大丈夫かって、酔っぱらいたちのことだって言うわけ?
そーでしょ。ガウリイなら絶対そう言う。
酔っぱらいたちに怪我はなかったか?って。
あ〜〜〜、言いそうよね。
言われる前に気づいてよかったわ。」
「リナ」
「別に、あんたを心配して探しに来たわけじゃないのよ。
目が覚めて、小腹が空いたから、どっか居酒屋でも開いてないかなって。
したら酔っぱらいにからまれたから、こうして逃げてきたってわけ。
酔っぱらい相手に逃げたくなんかなかったけど、町中でもめ事は困るし。
気がついたら、こんなとこまで来ちゃったのよ。
そしたらガウリイが。」
「リナ。」
 
ガウリイが腰をかがめて、あたしの方に手を伸ばした。
瞬間、あたしはびくりと震えてしまった。
…………………何で。
どうして?
 
腕に感じた、汗ばんでべったり張りついた、無遠慮な手のひら。
むせかえるほど匂った、お酒。
下品な笑い顔。
急に思い出して。
気持ち悪くなった。
同時に、伸ばされてきたガウリイの手が、急に怖くなった。
 
「リナ?」

どうして。
姿がないのがほんの少し不安で。
ここまで来たのに。
その手が怖いなんて。

「……………………な、なんでもな……………」
 

言い捨てて、その場から離れようとした。
けれど逃げるひまもなく、肩にガウリイの手が置かれた。
「どうした?…………何か、変だぞ?」
「…………別に…………………」
何も変じゃない。
どうにかなんて、なるわけない。
たったあれしきの事で、あたしが。
けれど、突然生まれたこの感覚を、すぐに消し去ることはできなかった。
「………………っ………………」
 

その時、肩に置かれた手が、ふわりとあがって。
離れたのではなく、頭の後ろに回った。
片腕で抱え込むようにして、ガウリイはあたしの頭をぽんぽんと撫でた。

「すまん、探させたか?悪かったな。もう大丈夫だから。」
さらに腰をかがめて、あたしの視線に高さを合わせたガウリイが言った。
「お前さんだって女の子だからな。
からまれて、嫌な思いしなかったか?」
「………………………」
ただ黙って、撫でられてるあたし。
「酔っぱらいの心配なんかしてないぜ、オレは。
そういう時は、遠慮なくぶっとばしてやればいいんだ。
お前さんがやらなきゃ、オレがとっくにやってる。」
「……………………………」
「でも、オレのせいでもあるんだよな。
悪かった。もう大丈夫だから。な?」
「…………………………」
 

……………別に、大丈夫なのに。
……………何でもないのに。
……………小さな子供じゃないのに。
何度も何度も、もう大丈夫だと言うガウリイ。
あたしが何も言わず、何も反応もせず、ただ黙っていたら。
軽く抱き寄せて、今度は背中をぽんぽんと叩いた。
「もう大丈夫だから。」
 

………別に、怖かったんじゃないのに。

……………怖かった、のかな。
 

抱き寄せられたとき、ふわっといい匂いがした。
酔っぱらいの臭い匂いや、お酒の匂いでなく、いい匂いが。
そのせいだろうか。
ガウリイの腕が近づいてきた時、びくりとしたあの感覚は、綺麗さっぱり消えてしまった。

「ガウリイ………………」
「……………ん?」
目の前に垂れた、長い髪の一房をつかんで、あたしは小さな声で尋ねた。
「なんか……………いい匂いするよ………?」
「え………………そうか?」
「うん………………花の香みたいな……………」
「…………ああ。」
 
少し離れて見上げたガウリイの顔は、いつものようで。
いつもより、ほんの少し違って見えて。
でも、怖くはなかった。
「しばらくここで寝転がってたからな。この、花の香だろ。」
「……………そっか………………。」
一面に咲き乱れる、白い花。
小さなランプが無数に点ったような、不思議な光景だった。
 

「…………おさまったか?」
他に誰もいないのに。
他の誰にも聞こえないような声で、ガウリイが囁いた。
「おさまったって…………何が……?」
「………大丈夫なら、もういいんだ。もう、大丈夫だな?」
「……………………」
何でこの人は。
あたしが自分で気づかないようなことまで、先に気づくのかな。
いつも驚かされる。
油断してる時は特に。
「だ……………大丈夫よ……………。ちょ、ちょっと、寒かったから…………。」
「そうか……。じゃあ、早く宿に戻ってあったまろう。」
そう言うと、ガウリイはあたしの肩に腕を回したまま、導くように歩き出した。
何故だか、払う気にはなれなくて。
そのまま、とことこと歩き出すあたし。
 

草原を抜け、街に再び入り。
鋪装された通りを歩く。
他に誰もいない。
街灯の魔法の明りだけが、地面を照らす。

「こうしてれば、少しはあったかいだろ?」
歩調を合わせるように、ゆっくり隣を歩くガウリイが言った。
見上げると、ガウリイもこちらを振り返って、素早く微笑んだ。
「………う、ま、まあね。」
照れ隠しに、ついそっぽを向いてしまうけど。
あたしもまた、微笑んではいた。
震えはもうとっくにおさまっていて、二度とぶり返さなかった。
 
「ホントは、ちょっと怖くなったんだろ?」
「ち、ちょびっともちょびっと、ホント〜〜〜にちょびっとよ。
だってクサイしきちゃないし、アブラぎっしゅでひつこいし!
で、でももう大丈夫。」
「そうか?」
「そうよ。別にあんなの。もう怖くもなんともないわ。」
「…………今は怖くないか?」
「……………え?」
肩を抱いてる手に、少し力が入ったように思った。

「オレのことは、怖くないか?」
「……………………………」

ふわりとまた、花の香がした。
そのせいだろうか。
それとも。
別の理由でか。

あたしはガウリイの顔をまじまじと見つめ。
返ってくる、自分の素直な反応に耳を傾けた。

傍にいれば、別に気にもならないのに。
顔が見えないと、何となく心配になって。
そのためにここまで来た。
顔を見るだけで、何となくほっとする。
そういう人だから。

保護者だろうが、何だろうが、それだけは変わらないから。


ふるっと首を振ると、ガウリイは。
ほっとしたように笑った。
それから誰もいない街角で、あたしの頭をぐりぐりと撫で。
それから、ゆっくりと腕を広げて。
そっとあたしを抱きしめた。

花の香に宵は更けて。
肩の向こうに眺める、細かい星の。
小さな瞬きがいつもより強く見えた。





それから二人は、ほんのり酔ったように顔を赤くして。
お酒でなく花の香を漂わせながら。
宿に戻った。
 
また明日と、笑いを交わして。
それぞれの部屋に戻るまで。

何度、花の香に包まれたか。
数えることはできなかった。

 


…………………最後に。
ガウリイが、何故わざわざ外にまで酔いを覚ましに行ったのか。
その理由を聞けたのは、もう少し後になってからのことだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 











 
-------------------------------the end.
 
おおお(笑)ひさびさに少女マンガ状態復活か!?やたっ(おひ)
勢いにのってぱらぱらっと書いてしまいましたが、最後の最後でちっと悩んで手が止まりました。…………何に悩んだかって?ええとその……………(笑)次に出す新刊用にオトナ向けの話にするか(爆)HP用に表向きの話にするかだったりして………エヘッv(おいおいおい)
結局、雰囲気がほよほよしてたので、そのままほよほよと終わることにしました♪(どーいう表現だそれ)でも甘くはなったかな(笑)




裏版も書いちゃいました(笑)そっちはいずれ出すらぶらぶ本に入れることにします(笑)
たぶん夏か秋かどっちかで(笑)





 
では、ここまで読んで下さった方に愛をこめて♪
一番リラックスできる香りは、どんなのですか?
最近はフルーツ系が好きなそーらがお送りしました♪


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