『ほんちょこ』


リナ、ガウリイ、ゼルガディス、アメリア、そしてフィリアの一行は、新大陸のとある町を訪れていた。
割合に大きな町で、通りを歩く人も多く賑やかである。
疲れていた5人は早々に宿を取ったが、女性陣は昼間どこかへ出かけた様子だった。男性陣はと言うと、寝てるか剣の手入れをしているかその両方だろう。
 
 
 
その日の夕食の席だった。
「はい、ガウリイさん。これ、私からです♪」
5人がテーブルで顔をそろえると、アメリアが小さな箱をガウリイに差し出した。

「お?これ、何だ?」
リボンで結ばれた箱を不思議そうに見つめるガウリイに、アメリアはにっこり笑って言った。
「チョコレートです。日頃お世話になっているお礼です♪」
「へ〜〜〜、もらっちゃっていいのかなあ。」
箱を取り上げてためすがめすつするガウリイ。
その前でアメリアはとくとくと説明してみせる。
「この町では習慣で、今日は女性から男性へチョコレートを贈って、日頃の感謝の気持ちや、そのですね、ええと、他の気持ちも込めたりするそうなんです。」
「へええ。」
「ガウリイさんにはいつもお世話になってる(と思い)ますし。」
「・・・その、他の気持ちとは?」
黙って聞いていたゼルガディスからのツッコミ。
アメリアの微笑みが一瞬凍り付く。
「あ、あはは、ええと、いろいろです♪」
 
「まあまあ、いいじゃないですか。」
フィリアが割って入った。
自分も同じような包み紙の箱を取り出す。
「じゃあ私からも。ガウリイさんに。」
「へ?いいのか?いやあ・・・何だか二つももらっちゃって悪いなあ。」
「いいんです。それからこれはゼルガディスさんに。」
もう一つ箱を差し出したフィリアに、ゼルガディスは冷たい視線を送る。
「悪いがフィリア、別に俺はお前の世話なんか焼いた憶えはないぞ。」
 
この言葉に、フィリアはぴっぴっと指を振ってみせる。
「相変わらず協調性のない方ですね。別に毒が入っているわけじゃなし、チョコレートぐらい受け取ってくれても罰は当たりませんよ!」
そう言うと、フィリアはぐいっとアメリアの背中を押した。
「ね、アメリアさん。」
「えっ!?は、はいっ、そうですね!」
妙に上ずった声を出し、おずおずと別のチョコレートを差し出すアメリア。
「あの・・・ゼルガディスさん・・・これ・・・
わ・・・私からなんですけど・・・受け取って、もらえますか・・・?」
「受け取りますよね、ゼルガディスさん!」
女性陣の迫力に押され、たじたじのゼルガディスがチョコを受け取ると、アメリアが嬉しそうに万歳三唱をした。
周りのテーブルから何ごとかと視線を送られても、一向に構わないらしい。
 
「・・・・・・。」
一方、この一行の中心的存在であるリナはというと、終止無言でこの様子を見守っていた。
そのリナの前に、ことんと小箱が二つ並べられる。
「?」
驚いた顔で見上げると、そこにはフィリアとアメリアの、にっこりと笑った顔があった。
「リナさん、これは私たちからです。」
「そうです、何も男性にだけじゃなくて、女性にあげてもいいそうなんです。感謝の気持ちですよ。」
「アメリア・・・フィリア・・・・」
思いがけないプレゼントに、とまどうリナ。
まだ顔を赤くしているアメリアは、照れ隠しのためかノリがよかった。
「でもこれ、義理チョコですからね!愛の告白なんかじゃありませんからね!」
「当たり前でしょ!」
すぺんっ!
きっちりツッコミを入れるリナ。
 


「・・・・・で。」

誰も彼も、何となくリナの方向を振り返る。
男性陣の前には二つずつのチョコレート。
フィリアとアメリアはしたり顔で囁く。
「リナさんは?」
 
えええええっっっ!!!

本気で驚いているのは男性陣である。
ガウリイなど、まるで攻撃を避けるかのように顔を腕でかばっているくらいだ。
「リナも買ったって言うのか、これを!」
「う、うそだろ!?」
「信じられん・・・・日頃の感謝の気持ちとやらのために、リナが人に贈り物をわざわざ買う姿など、想像できんぞ・・・・。」
 
ぴくぴく。

ひきつっているのはリナのこめかみである。
「あんた達ねえ・・・。あたしのこと、普段からどう思ってるわけ・・・・。」
「いや・・・だって・・なあ?」
何となく顔を見合わせる男性二人。
リナは肩をすくめてため息をついた。
「しょ〜がないじゃない。別にあたしはいいって言ったのに、この二人がうるさいからさ。仕方なく買ってきたのよ。」

フィリアとアメリアは何となく身を寄せ合う。
リナは片足を椅子の上に乗せ、誰かさんの真似。
『日々の疲れを癒し、ぎすぎすした昨今の緊張を緩和し!
旅仲間との関係を円滑に運営していくための、いわば潤滑油として!
たまにはこんなセンス・オブ・ワンダーを日常に取り入れることも、悪くはないと思うのですよ!』
な〜〜んて言うもんでね。誰かさんが。」
「な・・・なるほど・・・・。」
ガウリイとゼルガディスがアメリアを振り返る。
 

リナはこほんと咳払いをすると、椅子にかけていたマントからごそごそと箱を取り出した。
「ま、これも付き合いのうちと思ってね。
はいこれ、フィリアに。」
「まあ。ありがとうございます、リナさん♪」
「んでこれは、アメリア。」
「わあ、可愛い箱ですね、リナさん♪ありがとうございますう♪」
「そんでこれは、ゼルガディスに。」
「俺にもあるのか。」
驚くゼルガディスに、リナはびしっと指をつきつける。
「言っとくけど、付き合いだからね、付き合い!義理!
まさかあたしからのチョコを受け取らないなんて、言わないわよね、ゼル。」
「うっ・・・・受け取らなかったらどんな災厄が降ってわくかわからんからな・・・・。い、いや、その、あ、有り難くもらおう。」
「んで・・・」
 

最後の箱を取り出そうとしたリナに、一同の注目が集まる。
視線を感じたリナは眉を寄せた。
「な、なによ・・・・皆で何を注目してんのよ。」
「いえ、なんていうか・・・」
「そう、思わず手に汗握ってしまうっていうか・・・ねえ?」
フィリアとアメリアは顔を見合わせて、えへへと笑った。
隣のゼルガディスの肩をぽんっと叩くフィリア。
ゼル、迷惑そうな顔。
「俺は知らんぞ。」
リナの肩がぷるぷると震える。
「な、何なのよ、あんた達はっ!何が言いたいわけっ!」
「いいええ、別に〜〜♪」
二人の声が唱和する。
 
ぷちっ!
 
途端にリナはチョコをひっこめた。
「や、やめたやめたっ!
変な勘ぐりされるくらいなら、こんなもの配るのやめたっ!!」

慌てたのはフィリアとアメリアである。
「リ、リナさんてば、ちょっと待って下さい。」
「そうですよ、私達は別に・・・ねえ、ゼルガディスさん?」
「だから俺は知らんぞって。」
「リナさん!」
「いいのいいの、もうやめたったらやめたっ!」
「リナさんてば!」
 
「・・・なあ、何の話だ?」
きょとんとしたガウリイが、リナの顔をまじまじと見つめていた。
「リナ?何慌ててんだよ。」

この一言に、リナがか〜〜〜〜っと赤くなった。
「べ、別にっ!慌ててなんかいないわよっ!!」
「そうか?顔が赤いぞ。」
「赤くない〜〜〜っっっ!!」
ぶんぶんと首を振るリナの周りに、アメリアとフィリアが集まる。
「ほらほらリナさん、落ち着いて。」
「そうそう、チョコを渡すだけなんですから。」
「そうですよ、ほら、早く。」
ぐいぐいとリナの背中を押す二人。
「だ・・・だって・・・っ・・・」
赤くなったリナが、ガウリイの方を見た。
リナの視線とぶつかって、ガウリイがにかっと笑う。
「お?オレにもくれるのか、リナ。」
 
かああああああああっ!!
これ以上ないほどにリナの顔が真っ赤になった。
 
皆が見守るうちに。
いきなりがたんっと席を立ったかと思うと、リナは物凄い勢いでまくしたて始めた。
「か、考えてみたらあたし、ガウリイにはお世話になってるどころか、あたしが面倒見てるようなもんだし!路銀だってあたし任せだし!言ってみればヒモみたいなもんだし!そ、そのあたしが何でガウリイにまでチョコあげなくちゃいけないのかしらねっ!?あたしがガウリイからもらってもいいくらいよねっ!」
ぺらぺらぺらっ!


「そ、そーよそーよ、やめたやめたっ!
とゆーことで、おやすみっ!!」


まるで早口言葉のようだった。
誰も何も口を挟む暇を与えずに、言いたいことだけを言って。
リナはだだっと食堂から抜け出して行った。




おそるおそる顔を見合わせる、フィリアとアメリア。
「や・・・やりすぎちゃいましたかしら。」
「そ・・・・そうみたいですね。」
「どうしましょう。」
「どうしましょう。」
「俺は知らんぞ。」
付き合いよく会話に加わるゼルガディス。

「・・・オレ、何か怒らせるようなこと言ったかな。」
相変わらずきょとんとしているガウリイの問いには、誰も答えることができなかった。
 






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