「蒼星夜話」



 
 
蒼い星ひとつ、流れて消えた。
目で追うよりも早く。
願いを唱えるより速く。
 

「三回唱えろなんて、ムチャな話よね。」 
冷たい空気の中、呟く言葉は煙のように消えてゆく。
届く人の耳もなしに。
「まあ、ムチャだからこそ、そーいう思い込みも成立するんだろうけど。」

頭巾の端からはみ出すのは、炎の照り返しに映える、オレンジがかった栗色の髪。
忍び寄る寒さにぶるりと震え、我と我が身を抱き締めるように細い膝を抱く。
「冷えるわね。そろそろ冬の到来ってわけ?」
時折、生木がぱちりとはぜる。
暗闇の中に、赤い流星が走る。
 

枯れ果てた木。
枯れ果てた葉。
かさこそと音を立て、風に舞う。
空で渦巻く風はむせび泣く。
雲を引きちぎり、熱を奪い、全てをただ吹き流していくから。

「そんな事考えるなんて、あたしもどーかしてるわね。」
焚き火の前に丸くなる、小さな人影は。
誰に聞かせるともない会話を続ける。
髪の下からのぞくのは、子供のように小さくあどけない顔。
薪の燠のようにくすぶる、大きな瞳。
まだ16,7の少女。
 
ただ一人。
この森の中にただ一人。
夜の中に独り。
 
「美少女天才魔道士リナ=インバースともあろう者が、ヤキが回ったかしら。」
くすりと笑う。
だが、言うほど自嘲気味ではない明るい口調で、さらに続ける。
「うにゃ、ただの食べ過ぎよ、食べ過ぎ。
それにあたしだってお年頃だし?
ちょっとばかしその、『おセンチ』になったって構わないわけだし?
『ポエム』なんかをノートに書いちゃうのは若者の特権だし?
内容が悲観的になるのも若者の特徴ってやつなのよ。
そーゆーこと。それだけ。
それだけよ。」
 
けれど言い放った後で、つい。
作ってしまう沈黙の間を。
知って舌打ちする小さな唇。
 
「…………誰もツッコミ入れてくんないのが、こんなにツライと思わなかったわ………。」
 
こめかみをぐりぐりと拳でこづく。
ただ一人。
この枯れた森の中に一人。
闇の中に独り。




 
同じ枯れ葉をかさかさと踏みならし。
顔を伏せた少女の背後から、四本足の生き物が近寄る。
闇そのものを切り取ったような、光そのものを食って生まれた穴のような。
炭のように真っ黒な一頭の狼。

焚き火の光にちらりと瞬くのは、嘘のように蒼い瞳。
願いを叶えてくれない流星のように。
 
「っだ〜〜〜〜〜〜〜〜。
こんなことぐぢぐぢ言ってるなんて、なんか悪いモンでも食べたに違いないわ。
こんなことなら、ずーーーーっと眠ってればよかった。
夜なんだし。」
 
黒い外套を引き寄せ、さらに丸くなる少女。
狼は音もなく背後から。
真っ赤な顎をかはあと開ける。

真珠のように白い牙からは。
糸を引く透明な唾液と水蒸気。

そのまま近づき。
それから。
 

「…………なによ。」
 
少女の腕と体の隙き間に、ぐりぐりと鼻面を押し込んで。
狼はふしゅうとため息をつく。
強引な割り込み者に一瞥をくれ。
少女もまた、微かなため息をつく。
外套ごしに伝わる、生き物の暖かさ。
狼は少女が解いた膝の上に頭を乗せ。
大人しく耳を掻かれるに任せる。
 
「………気が向いたときしか、来ないくせに。」
 
揶揄するような少女の言葉に、まるで犬がするように首を傾げ。
罪滅ぼしでもするつもりか、腰を落とし。
体をぺたりと少女に寄せて、目を閉じる。
毛皮にくるまれるように、狼にくるまれる少女。
 
森の中に人間一人。
森の中に狼一頭。
それぞれ独り。
命は二つ。
ぼんやりと狼爪をいじり、少女はぽつんと呟く。
 
「諦めないでいることが、いつのまにか目的になって。
何を諦めたくないのか、何が欲しいのか。
それを置き去りにしそうになるのが、一番イヤだわ。」
「…………………………」
狼は応えない。
と、空気の中に何かを嗅ぎとったのか、ぴくりと大きな狼耳が動いた。
くんくんと鼻を鳴らし。
次の瞬間、ぱっと少女の膝から離れる。

「……………」
驚いた少女は、空を見上げ。
唇を噛む。
「夜明け、ね。」

 



薄くたなびく朝靄が、辺りを包み始める。
空の色がどんどん変わり。
脱色したように色を失い。
すべてが青ざめ。
それから、黄金の箭(や)が走ると。
薔薇色に染まる雲が声高に、朝の到来を告げる。
 
木立の中に走り去ろうとした狼は。
時がすでに遅すぎたことを知ったのか、足を止めていた。
細い二本の白樺の木の間で。
頭を垂れ、尻尾を垂れ。
低く唸り続ける。
 
少女もまた立ち上がり、焚き火に土を蹴りかける。
数メートルの距離を置いて、二つの命が向かい合う。
「………………………」

朝焼けが差し込む。
狼がぶるぶる震え出す。
少女ががくがくと震え出す。
次第に眩しさを増す光の中で。
お互いの輪郭が少しずつぼやける。
「………………………」
 
黒い狼の被毛が、熱せられたように輝き。
赤銅色になり、そして。
金色へと変わる。
 
少女の外套が大きく広がり。
風に煽られたように広がって、少女を包み込む。
跪くように、その体が小さくなる。
瞳の色が、赤からオレンジへ。
 
夜から朝へと移り変わるその一瞬。

夕方から夜へと変わるその一瞬。

時間にして、ほんの数秒。

枝からはがれた葉が、地面に落ちるまでの、ほんの一瞬。
 
二人は元の姿に戻る。

 
「………………………………」
狼だった男は、顔をあげ。
苦しそうに歪めた眉の下から、変わらぬ瞳を向け。
少女は羽毛の生え始めた手を伸ばし。
かなわぬ距離を埋めようとする。
 
旅の相棒と共に呪いを受けて、二人は姿を変える。
男は夜の間、黒い狼へと。
少女は昼の間、オレンジの目の鷹へと。
 
少女の唇が動いた。
けれど声は出なかった。
代わりに森に響いたのは、狩りに出かける猛禽のつんざく声。
 
 
 
 
すっかり夜が開けた、白い空を。
鷹が飛び去るさまを見つめていた男は、両手を地面から離し、二本足で立ち上がる。
少女が撫でた狼爪も、今はない。
その手のひらを眼前にかざし、ぐっと握り締める。
今度は森の中に、男が一人。
朝の中に独り。
金色の長い髪をした、背の高い、蒼い目の。
「…………………………」
少女が消した焚き火の名残りから。
ひとすじの煙が立ちのぼり、消えてゆく。
二人を分かつ朝の中へ。
 
残された荷物を背負い、鷹が消えた方向へと。
男は歩みを始める。
握りしめた拳に、少女がそうしたように一人呟く。
 
「わかってるさ。
オレ達が諦めないのは、ただ諦めることが嫌だからじゃないってことは。」








古い街道が森の先に姿を現す。
視線の彼方に立ちすくむ、一本の街路樹に。
待っているかのような、鳥影を認めて。
「オレ達は並んで歩くことを、諦めたくないんだ。」
街道の先には、さらに荒涼とした岩の平原が。
そして黒々と空を突き刺す、教会の尖塔が。

「たとえ、予言とやらが嘘でも。
オレは諦めない。お前さんの髪をもう一度、この手で撫でるまではな。」
握った拳を広げ、何か柔らかいものを包むように曲げると。
ガウリイは厳しい顔をふと緩ませ、懐かしい姿を目に思い浮かべた。

 
『行くわよ、ガウリイ。』
 
鷹の羽撃きが、声に聞こえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
----------------------------------the end.

移転作業中のため、ご不便をおかけしております。
なんとか読書室2号室を復帰っせましたので、これからはぼちぼち少しずつ復帰させていく予定です。
そんな状況の中、チェックしに来て下さった方へのお礼をこめてv
 

 
さて、このお話は前々からガウリナにしたかった映画『レディーホーク』ネタです♪
姫と騎士隊長の恋に横恋慕した司教が、二人に呪いをかけ。
姫は昼の間は鷹へ、騎士は夜の間は黒い狼に変身し、人間の姿同士で会うことができなくなります。それぞれ人間でなくなる時は、記憶も脳も人間ではないので、二人の心は通う手立てがなく、望みのない旅に騎士が疲れ果て、共に死ぬことまで考えます。

そこに出てくるのが、こそ泥の若造なんですが。これがマシュー・ブロデリックなんだな(笑)騎士がまた意外で、こんなロマンス・ファンタジーに出るのか!?と思うような人だったり(笑)誰かとゆーと、そーだな、『ブレードランナー』にレプリカント役で出てくる人、でわかるかな(笑)無骨な感じで、美形王子タイプじゃないところがイイ(失礼な・笑)対する鷹姫は、目が鷹っぽくてイイ。綺麗な人は黒い外套姿だけで非常に美しいという見本です。『バットマン』のキャットウーマンと言えばわかるかな。あまり有名な映画ではありませんが、これはオススメです♪難を言えば音楽がちょっと合わないかな程度で。もちろん最後はハッピーエンド♪そういえばこの騎士、代々伝わる家宝の剣持ってたなあ………(にまり)

さて、この話を膨らませて、二人が元の姿に戻るまでのお話をシリーズにしてみたので、一册の本にまとめることにしました。次回の新刊はこのお話のシリーズです。途中の筋は原作とちょっと違いますが、ゼルもアメリアもフィルさんも出てきます♪もちろんしつこいよーですが、ハッピーエンドです(笑)
 
では、ここまで読んで下さった方に、愛をこめてv
生身で会えない相手に気持ちを伝えるには、どの方法がいいと思いますか?
手紙?メール?ビデオレター?それとも狼煙?(笑)
そーらがお送りしました♪







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