『君に伝えるこの気持ち』

 
 
 
静かな部屋の中で。
あたしはガウリイの腕の中にいた。
暴れもせずに。
 
目を閉じて、あたしはその胸に初めて寄りかかる。
胸というか。鳩尾というか。
不思議とそれは、並んで窓から景色を眺めるのと似ていた。
だから怖くなかったのかも知れない。
 
…………そうか。
いつまでも去りたくないと思ったは、このためだったのだろうか?
この空気に、身を浸していたかったから?
何故だかすごく、落ち着くから。
何かが溶けて、消えていくようだから。
 
「……………………。」
あたしの頭を両手で抱き寄せたガウリイは、何も言わずにしばらくそうしていた。
「……………………。」
ガウリイに寄りかかる格好のあたしも、何も言わずにそうしていた。
ただ、ここちよかったから。
だから、ガウリイの腕の輪が開かれたとき、それを惜しいと思ってしまった。
素直に。
「…………わかったから………。」
わかった?何が?
「もう、部屋に帰れ。また明日、ゆっくり景色でも眺めて、のんびりしよう。」
「…………………。」
「オレはここにいるから。隣だから。」
また、あたしの頭を撫でるガウリイ。
どうして。
離れたく、なかったのに。
 
「いちゃ、ダメなんだ…………。」
「…………………。」
「もうちょっと………いたかったんだけどな。」
「…………………。」
ガウリイはあたしの頭を撫でるのをやめ、深いため息をつく。
「これ以上ここにいたら、ヤバいだろ。」
「……………ヤバい?」
「………あのな。お前さん、オレを何だと思ってるんだ?」
「…………?ガウリイは、ガウリイでしょ。」
「オレはオレだけど。」
「……………………?」
「つまり。お前さんは女の子で。オレは男だってことだ。一晩中、一緒にいるわけには行かないだろ。」
「……………………。」
「いい子だから、リナ。今夜はおとなしく部屋へ帰るんだ。いいな?」
「…………………。」
 
動かないあたしを見て、ガウリイが屈みこんできた。
「どうしたんだ、リナ。いつもだったら、何を言ってるんだってとっととスリッパではたくとか、蹴り飛ばすとか、するだろ?普通。
何も反応のないお前さんは…………珍しいな。」
「…………わかんない。」
「わからない?何が。」
「わかんないのよ、自分でも。」
「?」
「だってさっき…………。」
さっき。
「嫌じゃ、なかったから……………。」
「…………………。」
蚊の鳴くような声しか出なかったけど、ガウリイの耳に届かないはずはなかった。
下を向いていたけれど。
ガウリイがぴくりとしたのがわかった。
「こんな状況で、そんなことを素直に言うなよな…………。」
また、ため息。
「今すぐ部屋へ帰るんだ。リナ。」
「帰らなかったら………?」
「抱えてでも連れてくぞ。」
「暴れたら…………?」
「それでもだ。」
「そんなにあたしを帰したい?」
「ああ。」
「あたしは……ただ、もうちょっとだけいたいなって………思っただけなんだけど…………。」
「これ以上はただじゃ済まないって言ってるんだ。」
「ただじゃ、済まない…………?」
「だから。」
 
今度は少し力を込めた腕が、あたしを抱き寄せる。
「まいったな…………。どこまでオレに言わせる気だ………?」
頭の上で、ガウリイの低い声が呟いた。
あたしは抵抗もしない。
ガウリイが言葉に困っているように。
あたしも困っていたからだ。
このあたしが。
今の自分の気持ちを、言葉にして明確に表すことができないなんて。
………ただ。
ここにいたいだけ。
ここに。ガウリイの、部屋に。
 
大きな手が差し込まれた。
あたしの顎が、くいっと上を向く。
「イヤだったら………。噛みついて、蹴り飛ばしてもいいからな…………。」
「…………………」
ガウリイの前髪が、ばさりと落ちてきた。
あたしは目を閉じる。
ガウリイの言葉の意味を、確かめることはできなかった。
言葉を話す余裕も。
手段も。
失ったから。
 
 
 
「…………………………………………………………」
 
 
いつものあたしだったら。
それは大事件だと言えただろう。
ガウリイと、キスした、なんて。
 
長いと思ったその時間も、離れてしまえばあっという間のことだった。
そんな風に考えるなんて、やっぱり今夜のあたしは珍しいに違いない。
 
怖いとか。嫌だとか。
そんな感覚は湧いてこなかった。
どこかが麻痺していたのかも知れない。
抱き寄せられて。
胸に寄りかかっていた時と、同じ感覚だけがあたしを支配していた。
まるで。
並んで一緒に一つの景色を眺めているような。
景色を眺めるあたしの気持ちが、ガウリイに流れ込んで。
ガウリイの気持ちが、あたしに流れ込んできたような。
言葉では交わせない何かを、交換しただけのことに思えたのだ。
 
「暴れないんだな…………。」
少しかすれた声が、耳もとで囁いた。
唇を離したあと、驚いていたのはガウリイの方だった。
とまどった顔で、あたしの目を見つめていた。
あたしが何も言わず、目を逸らせもしなかったので。
少し信じられないという顔で、ふたたびあたしを軽く抱き寄せたのだ。
「これでも、お前さんは帰らないっていうのか………?」
「あたしは………ただ………………。」
「ただ…………?」
「ただ…………わかんないから………。」
わからないけど。一緒にいたい。
帰りたくはない。
一人になって、冷静になったら。
もう二度と、こんなに素直にはなれない気がするから。
「わかんないから…………。ただ、ここにいたい………。それだけ…………だから。だから………何があっても…………。」
「これより先に、進んでも、か?」
とがめるような声だった。
「わかんない…………嫌じゃないことだけは確かだから………。ただ、あたしはここにいたいだけだから………。」
だから。
抱き合って。キスをして。
その後に、何が来ても、ただ。
「ガウリイ…………試しに………してみてよ…………。」
「……………………………。」
 
あたしにしてみたら、一世一代の告白だった。
何故そうしていたいか、はっきり言えないから。
ただそうしたいとしか、言うしかなかった。
 
言葉はあとから、ついてくると思ったから。
 
 
ところが、あたしのこの言葉を聞いた途端、ガウリイがなかば強引にあたしの体を引きはがした。
そして、くるりと背中を向けてしまった。
「……………………」
あたしは何がどうなったのかわからず、ただ、とまどうばかり。
広い背中を、ただ呆然と見つめるだけ。
「ガウ……リイ………?」
彼は黙って窓の外を眺めているようだった。
怒りをおさめているようにも見えた。
平静さを取り戻そうと。
 
やがて彼は頭を軽く振り、肩をすくめた。
「もういいから。わかったから………ここにいてもいいから。」
声は普通の声だった。
「これ以上は、何もしない。いたかったら、好きなだけここにいろ。朝まで、眺めていたっていい。窓から、この景色をな。」
「…………………………ガウリイ。」
あたしは一歩近付く。ガウリイの背中に。
「どうして……………?」
拒絶されたのか、どう取ればいいのかわからないガウリイの反応に、あたしはとまどうばかり。
ガウリイは振り返る。
怒ってはいなかった。呆れてもいなかった。
仕方ないな、といつものように笑っていた。
「あのな。試しにって言われて、抱けるか。」
「!」
 
事ここにいたって、ようやくあたしの頭に冷静さが戻ってきた。
真っ赤になって慌てたのはあたしの方だった。
 
「ったく。しょうのないやつだな。」
そう言って、ガウリイはあたしの頭を撫でた。
少し乱暴に、わしゃわしゃと。
あの穏やかな時間が戻ってきたようだった。
あたしの頭は、まるでガンガンと揺さぶられているように中身がシェイクされていたけれど。
 
「………。まあ、さっきのは聞かなかったことにしてやるよ。」
あたしの腕を引き、窓際に立たせたガウリイが言った。
いつものガウリイだった。
「急ぐ必要はどこにもないしさ。」
振仰げば、優しい顔。
「さっきのだって、十分、大事件だろ。いつものお前さんなら。」
あ。同じこと考えてた。
「オレも、お前さんにつきあう覚悟はできてるから。」
そう言って、にこりと笑う。
あたしは赤くなって、ひたすらに自分を恥じていた。
子供扱いするなと、いつも怒るのに。
自分が子供っぽい振舞いをして、どうするよ。
ただいたいから、いるだけなんて。
そんなの、子供の欲求とおんなじだ。
 
 
さっきまでとは打って変わって、ものすごく居心地の悪い思いをしていたあたしは、その場でじたばたと暴れたかったけれど。
並んで立ち、窓から。
景色を眺めて。
気がつくと、あたしの肩をガウリイの片手が抱いていた。
「オレだって。
いつまでも、お前さんと一緒にこんなのんびりした景色を、眺めていれたらと思うよ。
一人の部屋から眺めるのじゃなく。
他の誰かと眺めるのじゃなく。
お前さんと。」
「……………………。」
あたしはぽかんと、ばかみたいに口を開けてガウリイを見上げた。
ガウリイはそんなあたしに気付くと、少し顔を傾げて寄せた。
「………お前も?」
「……………………。」
こくこくと頷くあたし。
嘘みたい。
あたしが言葉にできなかったことを、ガウリイが先に言うなんて。
今夜のあたしが珍しいだけじゃなく。
ガウリイも、いつもとちょっと違うのかな?
それとも。
二人の間が、ちょっとだけ違うから?
 
ガウリイは笑うと、あたしの肩をぽんぽんと叩いた。
まるで、元気づけるみたいに。
そして視線を窓の外に向けると、他の誰にも聞こえないような、いつもの低い声でこう言った。
あたし以外、誰も聞いていないけれど。
あたし以外には、聞かせたくないと言ってるみたいだった。
「…………気持ちが追いつくまで、ちゃんと待っててやるから。
その時が来たら。言葉で、言ってくれよな。」
「…………………。」
 
ただ、そばにいたいだけ、とか。
試しに、なんて失礼な言葉じゃなく。
……………そっか………………。
あとから言葉が追いついてくると思ったけど。
あとから追いついてきた言葉じゃ、それは本物じゃないかも知れない。
あたしはあたしの言葉で、ちゃんと伝えなくちゃダメなんだ………。

 
隣に立つこの男が、さらに大きく見えた言葉だった。
改めて自分の発言に冷や汗をかくあたしに、ガウリイはにっこりと笑って、今度は思いきり不穏なこと言ってあたしを慌てさせた。
「その時は、帰るって言ったって、帰さないからな。」
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
 
 
その晩あたしは、赤くなったり、青くなったり、焦ったり、慌てたり。
いろんな顔を見せたり。
いろんな言葉を聞かせたり、したのだった。
 
 
 
この夜のことは。
今でも思い出すと、恥ずかしさで部屋中を駆けずり回りたくなる。
消したいのに決して消せない記憶として。
 
”その時”が来て。
自分の気持ちを、自分の言葉で、ぎこちなくガウリイに伝えたあとでも。
この夜は、あたしの中に、今でもちゃんと残っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 















 
……………………………………………えんど♪
 
じれった〜いじれったい〜♪ああ、クセになる、ガウリナのじれったさ(笑)
いかにこのじれったさを持続させるか。そして持続させている間、体中がこそばゆいのを耐えることが、クセになってしまったら。ガウリナロードの始まりかも知れません(笑)
そりゃ、帰さない夜も見たいけどさ(笑)<おひ………言ってるそばから………
 
では、ここまで読んで下さったお客様に、愛をこめて♪
読んでる方もこそばゆかったですか?
ならば仕上げは上々(笑)そーらがお送りしました♪
 
 
 
 
 
 
 


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