『きっと誰かが』


 
「リナ=インバース。貴様の命はもらう!」
 
朝まだき。霧が漂う高原のど真ん中。
突然出現したのは、金属質の体を持った、体長3メートルはあろうかという化け物だった。
腕も手も指もなく、代わりに細長いだけの本体から突き出ているのは、三本の長剣。
足は一本の棒。
 

「ほほ〜〜〜…。うぷぷっ。」
 
空間を渡るという非常識な現れ方をする、その魔族の前で。
ひるむことなく両腕を前に組み、笑い声をあげる少女がいた。
肌のほとんどを覆い隠す黒魔道士の装束を身にまとい、腰には細剣、あちこちに宝石の護符をつけ、黒いマントの上に長く伸びた栗色の髪を垂らしている。

「んねっ。こう言っちゃあなんですけど。
そのセリフ、はっきり言って月並みすぎ。
あんたがどの程度の魔族かは知んないけど、まるで三流ね。
そこらの盗賊と大して変わんないわよ。」
「・・・・・・・・。おしゃべりの多い人間だ。」
見かけは生き物というより物体と呼んだ方が近いその魔族は、意外に人間臭い声を出す。
「よく言われるだろう。…………口の減らないヤツだと。」
「ほっとけっっ!」
「セリフなどどうでもいい。貴様の命さえ取れれば、どうだろうと関係はない。」
三本の剣が、魔族の体(?)の前で羽根のように広がる。
「その割に、いちいち予告なんかしてんじゃないの。
もっとも、いきなりドンっと来られるよか、あたしには好都合だけど?」
 
不敵な笑みを浮かべ、まるで動じた風情のないその少女は、どう見ても10代にしか見えない。
普通の少女ならば、現れたのが盗賊であっても青ざめるケースだ。

………普通の少女ならば、だが。

「ふ。いきなりもいいが、それでは美味しい食事は取れないというもの。」
シャリシャリ、シャリシャリ、と剣が不気味な音をたててこすれる。
「恐怖の感情をたっぷりと放出してから死んでくれなければ。
みすみす犬死にさせることになる。」
〜〜〜〜〜んな〜〜〜〜ぁにが犬死によっっ!!」
舌をべ〜〜〜っと突き出して、自称天才美少女魔道士、リナ=インバースは魔族にアッカンベーをする。
「人間は、あんたたち魔族のために死ぬわけじゃないのよ。
そんでもって、あんた達のために生きてるわけでもない。
そこんとこ、生まれ変わって一から勉強し直した方がいいようね!」
「まあ、意見の食い違いというのはどこにでもあることだ。」
「・・・・ちょっと。
世間一般様の常識を、あんた達みたいなヒジョ〜シキな団体が使わないでよねっ!」
「・・・団体・・・・・・・。」
 
リナは人さし指をぴっと魔族につきつけて問う。
「それで?どうしてあたしの命なんか狙うわけ?
単に小腹が空いたから。ってな理由じゃ、納得してあげないわよ!」
「小腹・・・・。」
魔族は首を傾げたが、やがて気を取り直したのか、また剣をシャリシャリとこすりながら答えた。
「貴様はあの裏切り者、魔竜王のみならず、冥王、そして覇王までも手にかけた人間と聞き及ぶ。もっとも、我が高貴なる深海の王に比べ、ヤツらは脆弱だったに過ぎないだろうが。」
およそ人間の体には見えない魔族が、奇妙にも人間の動きを真似る。
腹部を突き出し、得意そうに胸を逸らす。
「貴様の存在は、今や我ら魔族にとって時たま痛み出す虫歯のようなもの。
海王様の名にかけて、その憂さ、我が晴らしてさしあげようと思ってな。」
 
じゃきんっ。

再び、剣が羽根のように開かれた。
空をかく。
すると、足のように見えた一本の棒を中心にして、魔族の体の周りに風が渦巻き、本体がコマのように回転しだした。
剣が空気を切り裂く、ひゅんひゅんと言う不穏な音が高原にこだまする。
「どうだ。我に死角はないぞ。しかも我が手は伝説の魔剣で作られている。生はんかな魔法など通じぬわ!」
ひゅんひゅんひゅんっ。
 
あっけに取られた様子の魔道士を見て、カシャカシャと金属的な笑い声をあげる魔族。
「どうした。恐ろしさに、声も出ないか。」
「・・・・・・。」
リナはおもむろに片手をあげた。
「はい。質問。虫歯って言ったけど、あんたのどこに歯があんのよ。」
「・・・・・・。」
心なしかコマがぐらりと揺れた。
 
次に聞こえたのは咳払いのような音だった。
「うるさい。単なる言葉のアヤだ。気にするな。」
「いや・・・・気にするなって言われるようなことが、結構気になっちゃうのよね、あたし。」
ちゃははははは、とリナが笑う。
「もっと他のことを気にしろっっ!!」
さすがに魔族も憤慨しているようだ。
「我は貴様の命を狙っているのだぞ。もっと慌てるとか、怖がるとか、逃げるとか、することがあるだろうがっっ!!」
「あ・・・・あ〜あ〜あ〜。そーね。うん。まあ、普通の場合はね。」
リナはひとつ、ぽんと手を打つと、頭をかりっとかいた。
「でも悪い。フツーじゃないんだ、あたし達。」
「・・・達・・・・・?」
 
ずがああああ
あんんんんんっっっ!!!

 
まるでリナのそのセリフを待っていたように、魔族のすぐ傍に土煙が上がった。
爆風で、コマの向きが変わる。
「なにっ!」
ひどく人間臭いセリフをはいて、回転を止め、周りを見回す魔族。
「なんだ、どこからっ!お前かっ!」
眼前のリナを指差すが、彼女は両手を広げ、ふるふると首を振る。
するとどこかかから、高らかに声が響いた。
「あなたの悪事もこれまでです!」
「な、なんだ、一体っ!?」

高原の右手に、小高い丘があった。
その上に人影が見える。
白いマントと装束をはためかせ、小柄な少女がこちらをびしっと指差して立っているシルエットが、ようやく見て取れた。
「観念しなさい、悪者!今こそ、正義の鉄槌を受けるのです!」
とうっっ!!
かっこいいキメポーズのあと、やおらその姿が丘からジャンプした。
「あうっ!」
当然、そこは崖の上ではないので、ジャンプしても一気に下まで降りれるわけもなく、つまづいてゴロゴロと転がるのがオチである。

「・・・・・。」
「・・・・・。」
リナも魔族も、しばしその様子を見守って沈黙する。
「・・・・悪事もこれまでって・・・。まだ何にもしてないんだけど・・・。」
「甘いわね。あの娘に言わせたら、魔族なんて存在自体が悪、って言うわよ。きっと。」
「・・・難儀な性格だな・・・。貴様の仲間か。
類は友を呼ぶとは、まさにこのことか・・・。」
「やかましひ。」
 
「魔族!今こそ悔い改めなさいっ!」
丘を転がり落ちた後、猛スピードで駆けつけながら、セイルーン皇女、巫女でもあり白魔法を操るアメリアが叫ぶ。
「その根性、私が叩き直してあげます!」
「ほざくがいい!」
「ひやっ!!」
魔族の頭から、無数の小さなナイフが飛び出した。一斉にアメリアに向かう。
 
『風烈球
(エアロ・ボム)!』

 
リナの左手から呪文の詠唱が聞こえた。
アメリアとナイフの間に、空気の乱れが生じたと同時に、それが炸裂した。
「ふぎゃっ!!」
後方に弾き飛ばされるアメリア。
ナイフは逆風を受けて、その場にチャリンチャリンと落ちてしまった。
「空気の球を破裂させた?精霊魔法か。今度こそ貴様か!」
ぐるん、と魔族がリナを振り向くが、彼女はちっちっちと指を振ったに過ぎなかった。

「……ち。せっかく気配を消していたのが、無駄になっちまったぜ。」
憮然とした表情で草むらから現れたのは、幅広の剣を肩にかついだ銀髪の青年だった。
他の人間と違うところは、肌の色が青ざめていることと、耳がエルフのように尖っていること、そして肌のところどころに黒っぽい岩が露出していることだった。
他薦”残酷な魔剣士”、ゼルガディス=グレイワーズは、背後に向かって無造作に声をかけた。
「一応聞くが。大丈夫か、アメリア。」
「私は大丈夫です!」
倒れた草むらから、アメリアがぴょこんと立ち上がる。その額には特大のタンコブがあったが、本人はいたって元気そうである。
「心配しないで下さいっ!ゼルガディスさんっ!」
「・・・いや・・・心配はしとらんが・・・」
丘の上から転がり落ち、今また風にあおられて後方数メートルに吹っ飛ばされた割に、タンコブで済んでいる少女に向かってゼルは平板な声で答えた。

「きっっ貴様っ・・・・」
魔族がぐるん、と動きを止める。
一本の剣がリナを指差す。
「汚いぞっ!一人と見せかけて、仲間を潜ませているとは!」
そのセリフに、リナは額をピクピクとさせる。
「非常識にも空間からいきないり飛び出てきて、人に向かって死ねだの何だのほざくよ〜なヤツから、汚い呼ばわりなんてされたくないわね・・・・」
「正々堂々と勝負しろっ!」
「だ〜か〜ら!!あんたのどこが正々堂々としてるってのよ!!
道理のわからない魔族ね、あんた!
まるでどっかの誰かさんと喋ってるみたいで、頭が痛くなるわ・・・」
「ど・・・どっかの誰かさんとは、誰のことだ!」
たじろいだ魔族に、リナは指をつきつけた。
「ほら。あんたの後ろにいる誰かさんよ。」
「なにっ!?」
 
しゃきんっ!!!
 
微かに紫がかった光が、魔族の体を一閃した。
「!?」
ぐるぐると高速で回転していた体が、勢いをわずかに相殺される。
その三本の魔剣の先が切り裂かれ、遠心力によって辺りに飛び散った。
「あ、ごめん。後ろじゃなかった。」
リナがちろりと舌を出す。
「その誰かさんよ、そいつが。」
次第に回転を遅くしていく魔族の左隣には、いつ辿り着いたのか、草原を疾駆してきた長身の男性が剣を構えている姿があった。
「お、お前かっ!?」
「そう、オレだ。」
 
こん!!!

 
ばらばらばらっ………
きらきらきらっ…………………

やがて、粉々に破壊された魔剣の名残りは、暮れゆく夕陽の光を浴び。
一つに集まった仲間達の前で、空しく風に呷られて散り散りになっていった。
 



「いや〜〜、残念だったわねえ。」
リナが謝るように、後ろ頭をかいた。
「あんたの体も魔剣だったかも知れないけど。
こっちにもそれを上回る伝説の名剣があっちゃったりするのよ。」
「だな。」
微かに紫の微光を放つ刀身を、背に負った巨大な鞘に納めつつ、リナの相方であるガウリイ=ガブリエフは肩をひょいとすくめてみせた。
「それにしても、あっけなかったんじゃないか?
随分、口は達者なやつだったけど。」
ガウリイの言葉とともに、リナの周りに旅の仲間達が集まってくる。
額にタンコブを作ったセイルーンの皇女。
やれやれと頭を振っている、精霊魔法と剣の達人である魔剣士。
そして、伝説の名剣『斬妖剣』を持つ凄腕の剣士。
そうそうたるメンバーに囲まれているのは、今なお、不敵な笑みを浮かべた栗色の髪の少女。
耳に下げた大きな金色のイヤリングが、沈む夕陽を照り返し輝く。
まるで夕陽が二つ、彼女の耳で踊っているような光景だった。

「そりゃあ、そうでしょ。何たって。」
腰に手をあて、ぐるりと周りを見回すリナ=インバース。
「あたしにはこんな強力な助っ人がいるし。」
びっと親指を立ててウィンクを送るアメリア。
腕組みをし、ふっと斜に構えるゼルガディス。
両手をポケットに入れ、軽くため息をつくガウリイ。
「それに、天才無敵美少女魔道士の、このあたしが相手なんですからね。」
「結局そのオチかいっ!」
コケる二人に、やっぱりなと笑い返すのはガウリイだった。
「大体、口でリナに勝とうってのが間違いだよな。」
 
 






そして何事もなかったように、四人は歩き出す。
同じ方向を目指し、夕陽の沈むその先へ。
長く長く伸びた影が四つ。
草原に影を写す。
 
歩く速度は違うけれど。
それぞれの旅の目的も違うけれど。
もし、この瞬間、誰かの背中が狙われたら。
言葉より先に、交わす視線より先に体が動く。
それは約束でもなく。
契約でもなく。
 
「あ〜〜〜、お腹すいた。余分な労働は余分なエネルギーを消耗するわよね。
ってなことで、まずは食堂を探すわよっ!」
「オレ、肉がいい。」
「わたし、今日はお魚がいいです!」
「昨日も魚だっただろうが。」
「お魚は体にいいんです!目の後ろが美味しいんですからっっ!」
「栄養じゃなくて味の話だろう、それじゃ。」
「だから今日は肉にしようぜ♪」
「ガウリイさんは味オンチなんですから、どっちだって同じじゃないですか!」
「だ〜〜〜っ!!やかましいっ!
どっちも食べられる食堂なら文句はないでしょっ!?
口より足を動かして、とっとととっとと進む!!」
「は〜〜〜い。」
「ほいほいっと。」
「一番口が動いてるのは、リナだと思うんだが…………。」
「ゼルちゃん。お会計、あんた持ちね?」
「はうっ………」
「さ〜〜〜、お皿へ、じゃなかった、街へ向かって元気に行くわよ!
リナ=インバースとその愉快な仲間達!!」
「全然愉快じゃないっ!!」(×3)
 
 


そうだ。
君たちはどこまでも行けるよ。
きっと誰かの。
背中を守りたいと思ったなら。
きっと誰かが。
その背中を守ってくれるなら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





 
----------------------The End.
 
ちょっと二、三日また目を痛くしてしまって画面を見るのをやめていました。原稿の〆きりも迫っていたので、二週間ばかり更新できませんでしたが、なんとか更新できましたね♪

そしてカウンタが50万を回っていました。ご来場、ありがとうございます♪少しでもこの嬉しさが皆さんに伝わればと思って更新の準備をしました。始めた時はこんなに長く続くとは、そしてこんなにアクセスがあるとは思ってもみなかったですが、継続は力なりってホントかも知れませんね(笑)


さて今回のお話ですが、アメリアいわく『仲良し四人組』ですね(笑)この4人組が好きなんです(笑)前にも『4 for four』という話を書きましたが、またしても何の変哲もないお話ですが、ただ単に四人のコンビネーションがよくて、有無をいわさぬ阿吽の呼吸があって、ぽんぽん飛び交う会話が聞きたかったために書きました(笑)
NEXTで、ガウリイがフィブリゾに操られて襲ってきた時、ガウリイはいませんでしたが、アメリア、ゼル、リナの連係が見事でした。あのスピード感がいいですね♪
 

では、ここまで読んで下さったお客様へ、愛をこめて♪
こうして欲しかった!という時に、何の打ち合わせもしてなかった友だちがさっとそれをしてくれた、そういう経験はありますか?または、自分がそれをした経験はありますか?
そーらがお送りしました♪
  
 


感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪