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雲一つない青空が、どこまでも広がっている。
そんな秋の日のことだった。
「でもまさか、この日に立ち会えるなんてね。」
派手な色の髪をすっきりとまとめ、いつもと180度違う服装のマルチナが囁いた。
肩が少し出てはいるが、変なツノとか変なお面とか、左右長さの違うブーツなどではなく、飾り気のない白いワンピース姿である。
「本当に。」
マルチナの横で賛同の頷きを返しているのは、意外な組み合わせの人物だった。
絹のように流れる黒髪に、紫の透き通った瞳の美人である。
こちらも上から下まで白い服だったが、下はタイトなロングスカートだ。
「わたくしも、話を聞いて驚きましたわ。
これは何を置いても来なくてはと思いましたもの。」
シルフィールは頬笑んだが、その表情にはすでに寂しげな色はなかった。
「全くね。天変地異でも起こらなきゃ、拝めないところだと思ってたもの。」
マルチナに盛大にウィンクされ、可笑しそうにころころと笑う。
「お二人とも、自分からやるとは言い出しそうにないですしね。
何でも今回のことは、リナさんのお姉さんとお母さんのご尽力があってのこととか。」
「あのリナにも、頭が上がらない人達ってのがいたのよねえ。」
中庭に面したその部屋には、燦々と溢れる光が差し込んでいた。
手の込んだ寄木細工の床に、窓の格子の影を焼きつけている。
部屋のやや中央には、一脚の寝椅子が置かれていた。
一人の人物が腰掛けている。
部屋に集まっているのは全て女性だった。
まん中の女性を囲むようにして、さわさわとおしゃべりをしている。
「本当に綺麗ですよ。リナさん！」
頭に白いリボンを巻いた、黒髪の少女が両手を組んで目を輝かせていた。
襟元まできっちりボタンの止まった、エプロンドレス風のワンピースを着ている。
ふわふわとした裾の下は、白いタイツに白い靴。
「ええ。私もそう思いますわ。」
長い金髪を後ろでまとめた、色白で背の高い女性が頷く。
大きな襟のついた、踝まで届くような真白のドレス姿だ。
「そうですよね、フィリアさん。
でも、何度言っても信じてくれないんですよ、リナさんは。」
「アメリアさんの言う通りですよ。
今日は本当に輝いて見えます、リナさん。」
「……っていうと、普段のあたしはすっっごく地味ってこと………？」
「や、やだなあ、リナさんてば。
何もこんな日にまで、ヒネくれなくたっていいじゃないですか！」
手にピンクと黄色の小さな花々のブーケを持って、大量のシフォンに埋もれるようにして座っているのが、リナだった。
部屋の中央の寝椅子に腰かけ、皆から注目を浴びていて、いささかご機嫌ナナメのようだ。
「ほ、ほら。前にもリナさん、結婚衣装を着たことがあったじゃないですか。
あの時もちょっとびっくりしましたけど、今日はやっぱり、相手が違いますし。
あの時とは比べ物にならないくらい、その、なんていいますか。」
アメリアは頬をぽっと染め、うっとりと呟いた。
「本当に、綺麗です。リナさん。」
「………あそ。はいはい。わかったよ。」
ぶっきらぼうに答えを返すリナに、アメリアは不満げな声を出した。
「なんだかちっとも嬉しそうじゃないですね。
わかってますか？
今日はリナさんとガウリイさんの、待ちに待った結婚式その当日なんですよ？
今日お二人は、晴れて夫婦となるんです！
幸せの門出の日じゃないですか！
何でさっきから、そんなにむくれてるんですか？」
「………………………」
ムキになったアメリアの言葉を黙って聞いていたリナは、肩をぷるぷると震わせると答えた。
「あのね。言っておきますけど。
あたしがこーしたくてこーしてるんじゃないのっっ！
こんなハズかし〜こと、したくてしてるんじゃないのよっ！！
なのに、姉ちゃんと母ちゃんが、勝手に準備を進めててさっ！
聞かされたのが昨日の晩よっ！？
朝もはよから叩き起こされて、やれ風呂だのやれマッサージだの着付けだの！
ロクに朝ご飯だって食べるヒマないってのに！
気づいたらこんな着ぐるみみたいな格好にされてるし！
ほとんど歩くことすらできないのよっ！
これをどーしてどーやったら、幸せで輝く笑顔を浮かべられるってのよっ？」
白い肩も初々しいウェディングドレス姿の花嫁は、肩でぜえぜえ息を吐いて文句を垂らしていた。
………ぷっ！
アメリア、フィリア、シルフィール、マルチナはそれぞれ顔を見合わせ、吹き出した。
「な、なによっ？
何がおかしいわけっ！？
大体ね、あんた達もこれ着てみたらわかるわよっ！
ほとんどゴーモンよ、ゴーモン！
あちこち締めつけられてきっつ〜〜いコルセットつけさせらたらと思ったら！
これってドレスじゃなくて、ホントに着ぐるみと言った方が正解なのよ！
大量のヒダヒダが山になって立ってて、そこにかちゃっと入るのよ！
花嫁ってゆーより、ゴーレムになった気分よ、あたしは！」
「でも、本当に綺麗ですよ。」
シルフィールがまだくすくす笑いながら言った。
「それに幸せそうですし。」
他の面々もこくこくと頷いた。
「だから今現在の気分は、全然幸せなんかじゃないんだってば！」
大人しく椅子に座っていたのは、実は動けなかっただけだったリナがぶんぶんと首を振った。
「……………」
それを見ていたマルチナはにまりと笑い、傍らのシルフィールに何ごとか囁いた。
シルフィールはなるほどとあいづちを打ち、こっそりフィリアを手招きした。
フィリアも頷き、アメリアの背中を突ついた。
とことことこっ。
四人が近寄ってきて、リナの周りを文字どおりぐるりと囲んだ。
女性陣に上から見おろされて、リナは面くらった様子だった。
「な、なによ？」
「確かに、考えてみれば結婚なんて、それほど幸せじゃないかもねえ。」
つんと顎を逸らして、マルチナが大きな声で言った。
「…………は？」
リナは気勢をそがれて、きょとんとする。
「わたしとダーリンみたいに、ラブラブカップルならともかく。
あなたとガウリイじゃねええ。
ついこの間まで、食事の取り合いと掛け合い漫才しかしてなかったよーな、そんなラブラブと無縁の二人じゃ、確かに幸せとは言えないかもねえ。」
ちろりとリナを見おろすマルチナ。
「そうですねえ。
ほら、何といっても相手はガウリイ様。
わたくしが熱烈にアタックしても、ちっとも気持ちに気づいて下さらなかった方ですし。
とても、女性の扱いに長けているとは思えませんしね。」
「ちょ………シ……シルフィールまで、何？
ど、どーしたの？」
「考えてみると、ガウリイさんて、甲斐性なさそうですわよね？
まだうちのジラスさんの方が、商売も上手かも知れませんよ？
剣の腕くらいしか頼りにならないんじゃ、この先苦労しそうですわね。」
フィリアが深々とため息をついてみせる。
「え………いや………そこまで言わなくても…………」
リナは首を傾げつつ、ぼそぼそと言い出した。
「あら。庇うんですか、リナさん。
だって幸せじゃないって言ったじゃないですか。さっき。」
「あ………あれはその…………」
もぞもぞと居心地悪そうにしているリナに、アメリアが追い打ちをかける。
「これじゃ、リナさんに幸せな顔をしろと言っても、無理かも知れませんねえ。
大体、すぐに何でも忘れてしまうガウリイさんじゃ、誓いの言葉すら言えないかも知れませんよ。」
「いや……それは何も今日に始まったことじゃないし……。」
「指輪の代わりに、メリケンサックを嬉しそうに差し出すかも。」
「これなんか、四連だぞ！とか言ってね。」
「うふふふふ！ありそうですわね！」
「え…………」
戸惑うリナを置いて、四人はくすくすと笑い合う。
フィリアがにこにこしながら、リナの脇に屈んだ。
「そうですわよね？リナさん？
本当は、ガウリイさんと結婚したくないんでしょう？
だからそんなにご機嫌ナナメなんじゃないですか？」
「え………いや、その…………」
「止めるなら今のうちよ、リナ。
後で後悔しても遅いんだから。」
猫のように目を光らせて、にやにやと笑うマルチナが隣に並ぶ。
「悪いことは言いませんわ。リナさん。
あんな脳みそワカメな人とは早く別れて、もっと素敵な人を探した方が身のためです。」
シルフィールもその隣に並び、椅子の肘掛けに手を置いた。
「ねえ？リナさん。」
「え……や……その………脳みそワカメって……確かに………だけど………」
アメリアは椅子の背後に立ち、リナの肩にぽんと手を置いた。
「そんなどうしようもない人と、結婚なんかしませんよね？リナさん？
やっぱりやめましょうよ、今日は。
私たちからも、お姉さんとお母さんを説得してあげますよ。
ガウリイさんとじゃ、リナさんは結婚したくないって。」
「いや……あの………皆………その…………」
「はっきりして下さい、リナさん。」
「そうよ、リナ。」
「ガウリイさんじゃ嫌だって。言って下さい、リナさん。」
ずずいっ！
四人に迫られ、リナはブーケで思わず身を庇うようにしてぼそぼそと呟いた。
「べべべつに、あたしはその、嫌だってわけじゃ………
皆………一体どうしたってのよ………？」
「嫌じゃないんですか、リナさん？
だって、相手はあのガウリイさんですよ？」
「あの………って…………
そ………そりゃ、忘れっぽいし、脳みそワカメだし、
剣術バカのミジンコクラゲだし、た、確かに甲斐性ないかもしんないけど………」
「そうですよ、それならやっぱり嫌なんでしょう？」
がたんっ！
とうとうリナが立ち上がった。
真っ赤な顔で反論する。
「だから！別にあたしは、ガウリイが嫌なんじゃなくて！
それにあいつ、そんなに悪くなんかないってばっ！！
だってあたしが………！」
はぅっっっっ！？
リナはようやくそこで気づいた。
四人全員が、共謀者の笑みを浮かべていることに。
アメリア、フィリア、シルフィール、マルチナは、揃って立ち上がる。
「だってリナさんが、選んだ人ですものね。」
フィリアが頬笑み、リナの腕に手をかけた。
「誰も入り込めないくらい、お二人はお似合いですよ。」
シルフィールが言い、リナの肩をぽんと叩いた。
「あんた達がラブラブだってことは、本人達が一番気づいてなかったくらいなんだから。」
マルチナは遠慮なくばしばしと背中を叩いた。
「リナさんにはやっぱり、ガウリイさんでなきゃ。」
早くも少し涙ぐんだアメリアが、照れ笑いをした。
「皆………」
ぐるりと全員を見回し、リナは真っ赤になった。
「ひっかけたわね、あたしを。」
「幸せな日に、幸せじゃないなんて言うからですよ。」
アメリアがウィンクを送ると、背後のドアからノックの音が聞こえた。
「ほら。
お迎えですよ、リナさん。
リナさんの隣を歩くと決めた人が、待ってますよ。」
がちゃっ！
両開きの大きな扉が開くと、男性陣がガヤガヤとなだれこんできた。
皆、何故か一様に疲れた顔をしていたが、一斉に静かになった。
女性陣が輪を開き、まん中にぽつんと立った小さなリナの前に、背の高い人物が現れた。
胸にリナのブーケと同じ花を一輪差し、白い手袋を片手に持っている。
「リナ」
その人も、白いスーツに白いネクタイを締めていた。
「ガ…………」
ブーケを抱え、真っ赤な顔であたふたと辺りを見回したリナは、部屋にいる全員が自分達を見て、優しげに頬笑んでいるのを見た。
ガウリイはちょっと立ち止って、ドレス姿のリナを眺めて頬笑んだ。
それから手を差し出した。
「迎えに来たぞ。」
くいくいっ！
ぐったりとした顔のゼルガディスを見つけたアメリアは、背後でこっそり脇に引っ張っていって囁いた。
「ねえゼルガディスさん。どうしてここに新郎がいるんです？
司祭の前で待ってるんじゃなかったんですか？」
その問いに、ゼルガディスは盛大にため息をつき、ぶっきらぼうに答えた。
「俺達が先に花嫁を見るのはズルイってさ。
自分だって最初に見たいって言い張って、俺達の後にさっさとついてきちまったんだ。」
「なんだ。そうだったんですか。
でも、どうして皆、疲れた顔をしてたんですか？」
「それはだな。」
「時間だ。行こう。」
「ちょ、ちょっと待ってよ、裾が………」
立ち上がったはいいものの、歩き出すとつまづいて転びそうだった。
よろよろとリナが進み出すと、長い足でさっと近寄ったガウリイは、軽々とリナを大量のレースごと持ち上げた。
「んぎゃっ！！な、何すんのよっ！皆の前でっ！！」
全員の目が点目になっている中で、リナがじたばたと暴れ出す。
「だって歩けないんだろ？なら、こうすればいいじゃないか。」
「何も抱え上げなくたっていいでしょーがっ！腕だけ貸してくれればいいのよっ！
ほら、皆が呆れて見てるじゃないのよっ！
降ーろーせー！」
「こうしてるとほら、最初に会った時みたいだな。
あの時も思ったが、照れ屋さんだなあ、リナは。」
「そんな前のこと覚えて………
って、照れ屋さんとかそーゆー問題じゃっ……
ちょっと待て、こらっ！ガウリイっ！！
聞いてるのっ！？あ〜〜〜、そっちじゃないって！
教会はあっちだって！ガウリイってばっっ！！！」
ぽかん……
「……………………」
全員があっけにとられ、呆然と固まっている間に。
リナの文句を言う声がだんだんと遠ざかっていった。
一番最初に我に帰ったのは、同じく白い正装に身を固め、何故か火のついていない煙草を口にくわえた黒髪の男性だった。
「あ、こら待てっ！
花嫁を連れていくのは父親の仕事だろーがっ！
俺の最大の見せ場を勝手に……ええい、やっぱり許さんぞ、この結婚はっ！！」
長い髪をなびかせて、美女とも見間違う男が走り去った。
男性陣がやれやれとまたため息をつき、三々五々、部屋から出始めた。
後に残された女性陣はくすくす笑いを止められずに、痛む脇腹をさすりながらその後をついていった。
「………本当に。
皆が思うより幸せな二人ですね。あのお二人は。」
「全く。私とダーリンには負けるけど。
見ているこっちが恥ずかしいくらいにラブラブよね。あの二人。」
「今日はわたし達。
その幸せのおすそ分けをもらっていきましょうね。」
シルフィールが頬笑み、フィリアが頷いた。
「待って下さい、ゼルガディスさん！」
アメリアは小走りにゼルガディスに追いつき、さっきの言葉の続きをせがんだ。
彼はこめかみを押さえ、呻くように答えた。
「どうやらお前たちも、リナをからかっていたようだがな。
俺達も新郎の部屋で、さんざんリナの事でからかってやろうと思ったんだ。
‥‥‥ところがガウリイのやつ。
平気な顔で大ノロケをかましやがって。
俺達はうんざりするわ、リナの親父は殴りかかろうとするわで、大変だったんだぞ。
まったく。
結婚式を挙げるってだけで、これだけ俺達を集めて大騒ぎだ。」
式もまだ始まっていないというのに、ネクタイを緩めてしまったゼルガディスだった。
彼は遠くを見るような目で呟いた。
「こんな調子じゃ、この先どうなるか。
なんだか俺は怖くなってきた。
………史上最強のカップルってやつがあるなら。
他でもない、きっとあいつらがそうだろうよ。」
------------------------------------おしまい♪
なんのこたない、結婚式当日の小ばなしです（笑）現在、何でもスレあんけえと方で、リナ達が式をあげるとしたら、どこでするか？というアンケートをとっているのですが。僅差でゼフィーリア、次点がセイルーンとなっております。
二人っきりで式という意見もアリですよ♪
でもやっぱり見たい、二人の結婚式。さんざん周囲に冷やかされ、真っ赤になって慌てるリナっちと。幸せそーなガウさんの笑顔が見たいです（笑）ところであの世界では、結婚式ってどーなってるんでしょーねえ？おせーて物知りさんv
ちなみに今回、ドラマCD「スレイヤーズねくすとら」の夢オチネタが入っております（笑）あの夢オチネタはどれも秀逸ですが、結婚式ネタは萌えましたねえv ガウリイの声が本当に嬉しそうで（笑）いつもよりほころんで聞こえました（笑）困って焦りながらも、「誓います………」と尻すぼみで答えるリナっちがまたv
さて、ではここまで読んで下さったお客様に、愛を込めてv
普段は自分がこき下ろしていても、他の誰かに悪く言われると庇いたくなる、そんな人はいますか？
そーらがお送りしました♪
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