『穴の中』

 
 
とある山のとある山腹。
人知れず人の通う人けのない道。
それは公然の秘密。
誰もが一人で行くところ。
 
 

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とある国のとある地方とある町に住む…………いや、住んでいた、
とある天才美少女魔道士さんがこの道を歩いておりました。
何やらすっかりお腹立ちのご様子。
何を一体お怒りで?
 
〜〜〜〜〜ったくもうっっ!!
なんであたしがこんな山道を急いで歩かなくちゃいけないのよっっ!!それもこれも、あの水分90%脳を持つあの男がいけないんだからねっっ!!会ったら覚えておれ、ガウリイっ!!」
 
ははあ、なるほど。
例によって例のごとく、お連れにお腹立ちなわけですね。
いやはや。
 
「迷ったらその場所から動くなって!あれほど言ったのにっ!さっさか次の町へ出発しちゃうから、あたしがこんな目に会うんじゃないのよっ!!一生消えないインクで手のひらにでも書いてやろうかしらっ!!ほんっとバカなんだからっ!!」
 
まあまあ。
そんなにぷんぷんしていては、せっかくの美少女(自称)が台無しですよ。
おやおや、石を蹴っとばして、草をなぎはらって。
自然を大切に。
 
「急いで行かないと、あのバカはま〜たよその町へとほいほい出かけちゃうかも知れないし!急ぎたくなんかないけど、急がなくちゃ〜〜〜。
ひ〜〜〜、でもきっつ〜〜〜〜〜。」
 
確かにあなたのコンパスでは、この急な山道はきつそうです。
ここらでちょっとひと休みをされては?
 
「ふ〜〜〜〜。やっぱりちょっとひと休みしよ。」
それがよろしいようで。
「んで、ひと休みしたら!翔風界でとっとと次の町へごーよっ!!
とっととバカガウリイつかまえて!とっとととっちめて!とっととご飯よ!」

………旅の相棒とは。
果たしてどちらに同情すべきなんでしょうか。
それはさておいて。
 
天才美少女魔道士(自称)リナ=インバースさんは、平たい大きな岩に腰をかけました。
どこからか水筒が出現。美味しそうに飲んでおります。中身は水かな?
「あ〜〜〜♪おいっし〜〜〜♪♪冷気呪文もおかげで、こんな山の中でもつめた〜〜いアイスティーが飲めるなんて♪♪やっぱりあたしって天才よね〜〜♪」
………なるほど。必要は応用の母というわけですね。
しかし、飲み終わったあとに手の甲で口をぐいっと拭うのは、ちょっと美少女のイメージからは離れますが。まあそんなことはどうでもいいのでしょう。

ところで、リナさんの座っている岩、よく見ると何かおかしくないですか?
「は〜〜〜………いい天気…………。………って、あれ??なにこれ。」
気がつかれましたか。
そうです。リナさんの座っている岩。何か文字らしきものが彫り込まれているのです。
「こ〜んな山の中のこ〜〜んな岩に字書いたって………誰も読まないだろうに……。
子供のイタズラ描き………?にしちゃ綺麗な字よね………。なになに?」
 
そこにはこんな文字が書かれておりました。

『誰にも言えないあなたの気持ちを、この穴に向かって叫んでみませんか?
ストレス解消、気分爽快、晴れ晴れとした気分でここを去ることができます。
あなたの人生、明るく変わるかも知れません。』

 

「……………………。」
リナさんは思いきり点目になっています。
まあ………確かに。
こんな山の中でこんな文章を目のあたりにしたら、誰でも一度は沈黙しますよね。何となく。
「……………………。」
次にリナさんは、自分の背後を振り返ってみました。
岩の裏に、確かに大きな穴が開いています。それも深そうです。
「……………誰にも言えない気持ち、ねえ…………。」
リナさんはぽりぽり頭をかいています。
興味はないんでしょうか。呆れているんでしょうか。
「晴れ晴れ、ねえ…………。」
あ、そのニヤリと浮かんだ口元の笑みは。
 
小柄なリナさんは岩の上に昇りました。
いきなりぺたりと伏せたかと思うと、岩の上から穴の中に向かって、口の周りに両手でメガホンを作っています。
………横着な人ですね。
「ふ。ストレス解消!気分爽快!そりゃあいいわね!
この溜まりに溜まった鬱憤を!はさらでおくべきか!」
どうやらお連れのガウリイさんへの不満をぶちまける模様です。
………だがしかし。
ちょっとお待ち下さい、リナさん。
『誰にも言えない気持ち』を穴の中に告白するのではないのですか?
ガウリイさんへの不満でしたらさっきから、山中に響き渡るような大声で。
誰はばかることなく明快に述べておられましたが………。
…………そんなことはどうでもいいわけですね。
 
「……でもねえ………いざとなるとねえ…………。」
おやおや。リナさんが考え込んでいます。どうしたんでしょう?
「ガウリイのバカ!じゃあ……いつも言ってるし………。このクラゲ!!………もいつも言ってるし…………脳ミソヨーグルト男!増えすぎたワカメ!ふやけたパスタ!脊髄反射男!神経プラナリア!…………も割と使い古した感じだし…………。」
いつもそんなことを………しかもそんなバラエティ豊富なボキャブラリーで……。
しかし思い出してみて下さい、誰にも言えない気持ちですよ、リナさん。
いつも言ってることじゃ、わざわざ穴の中に向かって言う必要はないでしょう。
「…………これ…………誰も聞いてないのよね…………?」
辺りを見回して、何をぽっと赤くなったんでしょう。
どうも天才美少女魔道士(自称)ともなると、通常の人間の脳ミソでは測りがたいものがありますね。
さてさて?
 
リナさんが岩から降りました。何やらきょろきょろしながら、岩を周り、背後の穴の傍へとやって来ました。まだきょろきょろしています。
「よ〜〜し。誰もいないっと………。え〜〜〜〜ごほん。」
わざとらしい咳き払い。ピンクに染まった頬。ややもじもじした姿で、穴の前へ座り込むリナさん。
ちょっとヤンキー座りですね。
今度の両手は小さなメガホンです。
ごほんごほん…………。」
赤くなった顔で、リナさんはぼそぼそと喋り始めました。
 
数分後。
 
 

「は〜〜〜〜〜、すっきりした〜〜〜〜〜〜♪♪♪」
お天気空のように晴れ晴れとした顔で、リナさんが立ち上がりました。
何かふっきれたような、大偉業をなしとげたあとのような、清清しささえ漂わせています。
「確かにこりゃストレス解消だわ。気分爽快♪ただ怒鳴るより、これの方がすっとするなんてね〜〜〜♪やっぱあたしって天才〜〜♪」
確かに怒鳴るのではなく、ぼそぼそと何かを告白されているようでしたが。
残念ながら、音声マイクで完全に拾うことができませんでした。
真相は穴の中です。
「さてっと♪すっきりしたところで、そろそろ行こうかね♪♪」
 
さきほどとは打って変わってご機嫌なご様子。
リナさんが魔法を唱え出しました。
ところが。おやおや?
穴から何かが出てきましたよ?
 
ぴょこっ!
 
はわっ!?んなっ………な、なに!?なになに!?」
真っ暗な穴から飛び出した小さなものは、岩の上にぴょこんと降り立ちました。
リナさんは呪文を唱えるのをやめ、まじまじとそれを見つめています。
「な………ななな………なんなの、あんた!?」
 
岩の上にちょこんと立っていたのは、毛むくじゃらの顔をした頭でっかちの小さな人間………小人でした。ドワーフです。
普段は土の下の世界で暮らすドワーフが、こんなところで何をしているんでしょう?
丸くてちっちゃな黒い目をパチパチさせて、ドワーフもリナさんをじっと見つめています。
やがてぽんっと手を叩くと、いきなりリナさんを指差しました。
「おお!あなたはもしや、リナ=インバースさんで?」
「…………へっ!?!?」
「え〜〜〜〜と。」
ドワーフは上から下までそっくりリナを眺めてこう言いました。
「栗の色に似た髪の毛、小柄、華奢、黒魔道士の服装、それにへんぺいな胸!
やはりあなたが………」
 
!!
 
ああっ………。
見ず知らずの人間………いや、見ず知らずのドワーフにいきなりニークラッシュは…………あああ。
したたかに岩に顔をぶつけたドワーフは、鼻をさすりつつ起き上がります。
「いたたたた。いきなり何をなさるんですか。」
「いきなり何をなさるですって?人をつかまえていきなり失礼なことを言う、あんたの方に聞きたいわよ、あたしは。」
「何かお気に触りましたか。」
「触らいでかっ!!第一、あたしはドワーフに知り合いはいないわよ。あんた、誰?」
「これは失礼しました。」
ぺこりと一礼するドワーフ。
 
よく見ると、おかしな服装をしています。
地味な上着の代わりに、白いヒラヒラのドレープのついたチュニック。
太いベルトの代わりに、金色の細い紐。
ブーツの代わりに、編み上げ靴。
こう申しましては何ですが、ちょっと似合わないのでは………。
おまけに背中にしょっているのは、もしかして、羽根ですか?
それと、持っているのは小さな弓矢?
気のせいかも知れませんが……矢の先に、小さなハートマークの矢じりがついているように見受けますが…………。
「わたしは愛の伝道師、想いの宅配屋、恋の水先案内人。
ラブリードワーフと申します。」
 
っっ!!
 
今度はニークラッシュではありませんでした。ヘッドパッドです。
しかし、ドワーフに向けた攻撃でないのは何よりでした。
単にリナさんが岩に自分の頭を打ちつけただけです。
痛そうですね。
「らっらっらっ…………らぶ、らぶ、らぶ………?」
まだ言語中枢が回復されていないようです。
「ラブリードワーフ。」
にこやかに訂正したラブリードワーフ(自称)さんは、得意そうに弓矢を掲げてみせます。
「わたし、実は今まで悪い小人でした。」
「は………はわ???」
「人様の金品を盗んだり、人様に喧嘩をふっかけたり、人様に迷惑をかけてばかりのどうしようもないドワーフだったんです。」
「は……………はあ???」

突然始まった身の上話に、リナさんも目を白黒させています。
「でも、ある時、神様の啓示が降りたのです!
これからは殴り合いではなく、を!
ののしり合いではなく、を!
どつき合いではなく、を!
愛を世界に運ぶことができれば、私の数々の悪行も神はお許しになると!
夢の中でお告げがあったのです!!」
感激にむせび泣くラブリードワーフ(自称)さん。
「その日から私は、生まれ変わりました!
のドワーフから、のドワーフへと!私は世界に愛を広めようと思い立ったのです!」
「……………………。」

思いきり引いてますね、リナさん。
まあ正常な反応と言えるでしょう。
「ねえ…………ちょっと。ご高説の最中大変申し訳ないんだけど。」
「はい。何でしょう。」
「その愛のドワーフさんと、あたしが何でつながるわけ。」
「はい、そこです!」
半目開きのリナさんの手をとると、ドワーフは目を輝かせてこう言いました。
「世界に愛を広めるため!私が思いついた素晴らしい案を実行することにしたのです!」
「素晴らしい……案?」
思いきり嫌そうな声でリナさんが答えます。
「はい!この岩の注意書きを読まれましたね?」
「え……………。」
 
ぎちぎちと岩を振り返るリナさん。
そしてぎちぎちと首を回し、ドワーフへいやいや焦点を合わせています。
「まさか………あれ、あんたが…………?」
「はい♪まさしくその通りです!
みなさんがこっそり胸に隠してる、誰かへの想いを!
誰も聞いていないふりをして、こっそり私が聞き取り!
それを相手に伝えてあげようという、壮大な計画でした!
そしてそれに、リナさん、あなたが関わっているというわけです!」
「相手に伝えるって………………?」
「そうです、リナさん。あなたへの想いをこの穴に向かって話していかれた方がいるのです!
そして私は今まさにそれを届けようと、穴から飛び出してきたとこういうわけです。
まさかこんなに早くお届け先が見つかるとは、なんて幸先のいいスタートでしょう!
やはり神のお導き!」
「………ちょ…‥……ちょっと待ってよ…………。」
さすがのリナさんもとまどっている様子です。
「誰かが………あたしのことを、ここへ話していったって……こと?」
「はい。特徴までばっちりと!」
「………ちょ〜〜〜っとひっかかるところはあるけど………。でも、一体誰が………。」
「お名前は存じませんが、特徴ならお話しできますよ!」
 
役に立てるとわかって張り切ったドワーフさんは、にこにこ顔で言いました。
「あなたよりず〜〜〜っと背が高い男の人で、髪は混じりけなしの金、瞳は青、黒っぽい簡単な防具をつけ、背中に大きな剣をしょっておられました。あ、髪はあなたより長かったですね。」
「!も………もしかして、もしかしなくても、それって………ガウリイ!?」
「あ、名前はわかりませんで。でもそんな特徴の方でしたよ。」
「ガウリイだわ…………って!!それっていつ!?ガウリイがここ通ったってことでしょ!」
「はい。先刻です。すぐにお届けにあがろうと思ったのですが、なにぶん三度目のお昼ご飯時でして。ここを去られてから、一時ほどたっています。」
「おっしゃ!それなら追いつけるわ、それで、どっちへ行った??」
「東の方ですが…………って、ちょっと待って下さい!」
 
魔法を唱え出したリナのマントの裾を、ドワーフが懸命に引っ張っている。
「そんな。メッセージがあるのに、聞かずに行ってしまわれるのですか!」
「ぐずぐずしてたら、あいつまたどっかへ迷い出すかも知れないでしょ!悪いけど、後回しよ。」
「そんな〜〜。初仕事なのに〜〜〜〜。」
「あんたにも事情があるように、あたしにもあたしの事情ってもんがあるの。離してよ。」
「冷たいことを言わないで下さいよ〜〜〜。
せめて、せめてさわりの部分だけでも〜〜〜後生ですから〜〜〜〜〜」
「わかった。じゃ、五つ数えるあいだだけね。」
「仕方ありません………ああ神よ、これが私に与えられた試練なのですね…………」
ひと〜〜〜つ。
「ああっ、はいはいっ!ええとですねっ!ガウリイさんはこうおっしゃいました。
『あ〜〜あ。リナはどこ行ったんだろうなあ。』」
ふた〜〜〜つ。
「『おかしいなあ、リナの後をついて歩いてたはずなんだけど、いつのまにかこんなところに来ちまったし。』」
み〜〜〜〜っつ。
「『腹も空いたし、次の町で飯でも食ってから探すか〜。まったく世話の焼けるやつだなあ、あいつは。』」
「………どっちが世話が焼けるのよ〜〜〜っつ!!」
「『でもリナがいないと………』」
いつつ!いいわね、五つ数えたから、あたしは行くわよ!」
「あああ〜〜〜。いいところだったのに〜〜〜〜。」
 
ラブリ〜ドワーフ(自称)さんがため息をつくと、リナさんは魔法を唱え終わりました。ふわりと宙に浮かぶリナさん。
「あんたには悪いけど、急いでんのよ。愛を広めるなら、他でやってよねっ。」
「仕方ありません。ま、すぐに次の仕事にかかりますから。」
しょんぼりと肩を落とし、穴の縁に腰をかけるドワーフさん。
ちょっと気の毒みたいですが。
「次の仕事があるなら、よかったじゃない。せいぜいその仕事をがんばってね〜♪」
ちゃっと手をあげると、背を向けるリナさん。
その背後で、穴の中へぴょこんと飛び込むドワーフさんの、小さな独り言が聞こえました。
「そうですね。リナさんに伝えることはできませんでしたが、リナさんの気持ちを届けることをがんばるとします。」
「そうね♪」
 
しゅあっ
 
軽快に空へと駆け上がるリナさん。
おや?空中でぴたりと止まりましたよ?
何故か急ブレーキの音がしました。物理的には非常に不可能だと思いますが。
「ちょっと待て……………………。
あたしの気持ち………………………?届ける……………………?」

さあそれは見物でした。
リナさんの顔が、急に青ざめたかと思うと、次の瞬間には真っ赤になり、さらに青ざめて何ともいえない顔色になったからです。
ちょっと待て〜〜〜〜〜!!!!それって、それって、さっきあたしが穴の中に言ったやつ〜〜〜〜〜!?!?相手に届けるって、届けるって…………
イヤ〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!
 
慌てて翔風界を解いて地上に降り立っても、後の祭りでした。
穴の中に向かっていくら叫んでも、ドワーフは姿を見せなかったのです。
「ドワーフは………地中に住む…………ってことは、地中を旅することも………」
そりゃそうです。おそらく地上を進むより、地下の方が彼等にとっては快適な旅となるでしょう。
つまり?
「ぎゃ〜〜〜〜〜〜っっ!!!」
頭を抱えたリナさんは、再び翔風界で空に駆け昇りました。
こんなことを叫びながら。
「ガウリイ探さなくちゃ!!あの小人より、早く探さなくちゃ!!
あんなことを伝えられちゃ、困るのよ〜〜〜〜!!!!」

さてさて。
穴の中に向かって。
ガウリイさんに対する悪口でなく、どんなことを。
告白されたと言うのでしょうね?
ラブリードワーフ(自称)さんの成果に期待しましょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 





 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちゃんちゃん。











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リナちんの慌てようからすると、内容は推して知るべしですね(笑)
しかしどうして脇役がいつも濃いのでしょう(笑)濃くないとスレ世界には存在してはいけないのだと身を持って知っているのですね、きっと(笑)<たとえ即席キャラでも(笑)
ホントはリナの告白のところも書きたそうと思ったのですが、無い方がすっきりしてるのでやめました(笑)なんだかオチの話をつけたくなるような展開になっちゃいましたね(笑)

ではここまで読んで下さったお客様に、愛を込めて♪
こっそり教えた好きな人のことを、その友達がこっそり相手に伝えてしまった、なんていう経験はありませんか(笑)その時の慌てぶりを、今のリナちんにあてはめられたら、ステキですねえ(くす)
そーらがお送りしました♪ 
 
 
 
 ※ちなみにこの壁紙はお友達のHPからいただいてきたものです♪
優しい色合いのかわいいアイテムがたくさんあるので、良かったら遊びに行って下さいね♪自動りんくのHPフリー素材ジャンルから飛べます。ふしぎなぬのじやさんです♪
 


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