『見えない呪文』

 
 
「つっ……………」
「あ〜〜〜っっ!!やぁっぱり怪我してたんじゃないっ!
ちょっと見せなさい!」
「い……いいって。かすり傷だから。宿に帰ってからで………。」
「これのどこがかすり傷なわけ?どんどん青くなってきてるわよ。
いいからそこに座って。そこ!木の切り株んとこ。」
「わ………わかった。」
 

早くも陽が翳りはじめた、初冬の森。
広葉樹が全て葉を散らし、かさかさと気持ちのいい音をさせる絨毯が地に敷きつめられる頃。
小柄な栗色の髪の魔道士と、長い金髪を背中に流した長身の剣士が疲れた様子で座り込んでいた。

剣士が差し出した腕に手をあて、魔道士が何ごとか呟く。
ぽうっと黄色い光がその手から生まれ、腫れあがってきた蒼痣を照らし出す。
 
「大したことなくても、次からはちゃんと言うのよ、ガウリイ。
一仕事終わったからって、宿に着くまで何ごともないとは限らないんですからね。」
明らかに剣士より年下に見える少女が、説教めいた口調で滔々と続ける。
「かすり傷でも命取り、な〜んてこともあるんだから。
幸い、かすり傷程度ならあたしにも治せるんだし。
これが元で大怪我なんてされたら、今度はあたしにだって治せないんですからね。
治せるうちに治した方が、合理的ってもんでしょ。」
「………そりゃ、そうかも知れんが………。」
空いた片手でぽりっと所在なげに頬をかくと、剣士がぼそぼそと答える。
「湿布や絆創膏を使うのと違って、魔法は余分に体力使うだろ。
あれだけ派手に魔法使った後のお前さんに、こんなことくらいで、と思ってな。」
「………………。」
ぱっと顔を上げたリナが見たのは、まるで関係ない、明後日の方向を向いているガウリイの顔だった。
「………………。」
むき出しの腕に当てている、自分の手のひらを見つめて。
しばらくリナは黙っていたが、どこか視線を彷徨わせるように囁いた。
「何言ってんのよ。あたしを誰だと思ってるわけ。
天才美少女魔道士のあたしにとって、こんな呪文に使う体力なんて、『へ』よ、『へ。』」
「…………………。」
「…………………。」
 
二人はそれぞれ別の方向を眺めていたが、ほとんど同時にぷっと吹き出した。
「『へ』ってなんだよ、『へ』って。」
「ほ、ほら、よく言うじゃない。『へ』でもないって。
それよりちょ〜っと上ってことで、『へ』なわけ。おわかり?」
「そんな言葉あったかあ?お前さんにかかれば、言葉なんてただのおもちゃだな。」
「ちょっと。それ、誉めてるの?けなしてるの?」
「誉めてますよ。オレには真似できない芸当だ。」
「芸なのか………?」
 
 
ほどなくして、光が途絶え。
治ったことを証明するかのように、腕をぐるぐると回してみせる剣士の姿があった。

「お〜、治った治った。全然痛くないぞ。
………しかし、魔法って凄いよな。」
「あんたみたいに、斬ったはったの世界にいる人は、これくらい覚えておくと便利なんだけどね。」
「治癒の魔法か?しかし、オレは魔法はなあ………。」
「そーね………。ガウリイの場合、魔法はね…………。
これがゲームだとすると、あたしのステータスでHP500、MPが500だとすると、ガウリイの場合、HP1000で、MPは全く0だもんね。」
「な………なんだ、それ。」
「つまり、あんたの基本能力の中に、魔法の意義を解する部分が全くないってこと。
治癒の呪文くらい、教会にしばらく通えば教えてもらうのも不可能じゃないけど。
素養が全くないんじゃ、ただの念仏にしか聞こえないでしょーね。」
「う〜〜ん。」
ガウリイは腕組みをし、冬独特の冴えた青空がどんどん色を変えていくのを見上げた。
「魔法って目に見えないだろ。
目に見えないものを説明されても、どうもピンと来なくてなあ。」
「そーね。あんたにはそーかも。」

大きな木の切り株に、ガウリイとは背中合わせにしてすとんと腰を下ろすリナ。
「見えないけど、確かにそこに力は存在するのよ。
ただちょっと、その力を借りるだけ。
治癒の呪文の場合は、相手の体の治ろうとする力を後押ししてあげるだけだけどね。」
「でも実際、どうやって借りるんだ?その見えない力とやらに、何をどうやって説明するんだ?」
「そうね…………。」
リナもまた空を眺める。
子供のように小さい背中が、広い背中にとんっと当たる。
「気持ちを込めるようなもんかな。自分がこうしたい、ああしたいと強く思うこと。
迷っちゃだめ。ただそのことだけを考えるの。」
「……………………。」
 
青い空がどんどん侵食されてゆき。
薄紫色の雲がたなびき始める。
どこか遠くの方で、ちかりと白い小さな星が瞬く。
「………ってことは……………」
「ん……………?」

お互い、反対方向の空を眺めながら。
まるで遠くから会話を交わしているような、そんな不思議な感覚に満たされて。
つい背中の感触を確かめながら。
「さっきは、そう思ってくれたってことか?
つまり、オレの怪我を治そうって思いながら、魔法を使った?」
「………………そりゃそうよ。
怪我が治るように思いを込めて力を使うのよ。
悪化するよう願ったら、治癒にはならないでしょ。」
「………そうか…………。」
切り株のほんの少し余ったスペースに片手を置き、体をひねるようにしてガウリイは振り向くと、栗色の頭を見おろした。
「なら、オレにも使えるぜ、魔法。」
「………………はあ??」
 
きょとんとしたリナを切り株に残し、ガウリイは立ち上がった。
「どこ行くのよ?」
「ちょっとここで待ってろよ。いいもん見せてやるから。」
「な、なにを?」
「魔法さ。」
「え…………ええっ?」

リナが立ち上がる暇もなく、ガウリイはすっかり葉が落ちた木立の中に姿を消した。
去った方向から、鳥の鳴く声と驚いた羽ばたきが聞こえる。

「魔法って…………あんた………。」
おいおい、とリナは、その方向に向かって手を振る。
「だからあんたには無理だってば。お〜〜い、戻ってこ〜〜い。」
 







西の空では陽が没した。
東の空はもう群青色に近い。
薄紫、赤、黄色、桃に満たされた賑やかな夕暮れは、ゆっくりと陽の後を追いはじめた。
小さく瞬く白い光は、もう一つや二つではない。

「………………?」
光が動いた。
リナが目をこすると、あっという間に光は増えた。
まるで地面から湧いて出てきたように。

「う……………わっ………!」
 



まるで見えない風が吹き上げたようだった。
燐光にも似た、薄黄色の衣を纏った無数の光の欠片が。
一斉に、空へと向かって舞い上がったのだ。
 
「すごい……………………………」
それ以外の言葉を持たず、リナは呆然と立ち尽くす。
昇天する魂のごとく、空を駆け上がり、吸い込まれていく小さな光達を。

手を伸ばしても、指で絡めとっても、すり抜けていくフェアリーソウルを眺めていれば。
かさり、かさり、と音がして。
背後からゆっくりと、相棒が戻ってくる。
「これ………ガウリイが…………?」
信じられない、という表情で振り返るリナ。
「オレにも魔法、できただろ。」
おぼろげな風景の中で、彼は微笑んでいた。
 
 
その正体は定かではない、けれど古くから人々に知られてきた謎の光。
哀しく消えた、妖精の魂だと言われ。
名付けられた名前。
その名のごとく、その小さな1つ1つの灯に何かが込められている気がして。
暮れてゆく空に儚く消えてゆく、泡のような光を見送る。

「どうやって…………?」
呟く魔道士の頭を、魔力など全く持たない剣士はただ、その大きな手でくしゃりと撫でるとこう言った。
「魔法とおんなじさ。
見えないところで、相手を想う気持ちを込めて何かをする。
結果として現れたのはどっちも、目に見えない力が働いた、不思議な出来事ってことだ。
さっき、リナはオレを治そうという思って魔法を使った。
……………だから今度は、オレが思いを込めただけさ。」

1つの光が、その長い髪に戯れ。
ちちち、と瞬くと、リナの頭を撫でている手のひらの上に降りて、消えた。
「こんな魔法があっても、いいだろ。」

また別の光がひらひらと舞い上がってきて、リナのイヤリングの上で休むように止まった。
微かな光が、その瞳を瞬かせていた。

「…………そうね。
下手な魔法より、ずっといいわ。」
 




月が姿を現すまで。
魔道士と、全く魔法の使えない剣士は。
並んでずっと、同じ空を眺めていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 















 
 
-----------------------------おわり。
 
手品も魔法も原理は同じで。目に見えない(もしくは見えづらい)ところで何かをした結果、現実にはありえないことが起きるわけです。そういう不思議な現象を見ると、『魔法のような』と言い表すわけで。
魔法も、結局は何かをしようという思いの延長にあるんだなと、お風呂に入りながらぼんやりと考えていました(笑)ならば、思いを込めて、しかも相手に見えないところで何かをした結果、不思議なことが相手に起こるなら、それも魔法と同じではないかと思って書いたお話です。なんてことのない話ですが(笑)
果たしてどうやって大量のフェアリーソウルを出したのか、書いちゃうと雰囲気がぶち壊しになっちゃうのであえて書きませんでした(笑)隠れていそうな穴とか岩の下とかひっくり返しまくったんじゃないかなと(笑)
でもこの二人って、派手に相手の前で『〜〜してあげる』『〜〜してやる』と見せびらかすより、見えないところで実は相手のことを思って何かをしていた、な〜んて方がしっくり来ますよね(笑)
では、こんならぶらぶも何もない、何の変哲もないお話を最後まで読んでくれたお客様に、愛を込めて♪
相手が気づいてくれなくてもいいと思って。影で相手の為に何かをしたことがありますか?
そーらがお送りしました♪
 
 


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