「迷わない行き先」



 
 
 
「それが、ため息出ちゃうほどのお料理の数々だったわけよ。」
両手を胸の前で合わせ、文字どおりため息をつく小柄な少女。
深いワインのような色のチュニックは、訳ありげに宝石が綴られている。
宝石を煌めかせるのは、煌々と灯された樹脂の蝋燭。
両手の指を広げたような燭台に踊る。
 
「へえ、それで?」
ベッドに腰をかけ、片方ずつブーツを脱ぐと、無造作に脇に押しやる大柄な青年。
長い金髪が、シーツの上になかば広がっている。
「端が見えないほどの長〜〜〜〜いテーブルの上に、どっちゃりこんと♪
高級料理に珍品珍味、ひきもきらずに運ばれる深皿からは、えも言われぬ芳香が漂い………ううっ、こりゃたまらん状態だったわ。」
「ふうん。」

目をきらきらと輝かせた少女は、青年の生返事に少し眉を寄せる。
「ちょっと。ちゃんと話聞いてる?」
「聞いてるから、あいづち打ってるんだろ。」
「聞きたくないなら、別にいいのよ。あたしわ。」
泣く子をさらに夜泣きさせる盗賊集団を。
噂だけで、逆に半泣きで追い払うと言われる破壊の申し子。
自称天才美少女魔道士のリナは、冷たく答える。
「あんたがどーーーしても夢の内容を聞きたいって言うから、話してただけなんだし。」
「………ど〜〜〜〜しても、って辺りはちょっと納得いかないけど………」
 
肩をすくめ、ごろりと横になったのは、その恐るべき連れの相棒をつとめる剣士、ガウリイ。
嵐の前の先触れにも似たリナの不機嫌さにも、動じた様子はない。
すでに手馴れた感があった。
「朝からうっとりして、妙ににやついたり、食事時でもないのにニコニコしてるからさ。何か訳があるんだろうな、と思っただけで。」
「…………ちょっと。人聞きの悪いこと言わないでよね。それじゃまるであたしが、一日中変態よろしく、エヘエヘ相好崩してたみたいに聞こえるじゃないのよ。」
「………そこまで言ってないだろ…………。」
 
ベッドがひとつ、作り付けのクローゼットがひとつ、テーブルと椅子だけの必要最低限の家具しか置かれていない、それでも清潔な宿の一室で。
二人はしばし見つめあい、それから。
がっくりと肩を落とす。
 
「疲れてるときに、ふもーな会話はやめよお…………」
「同感。」
 
言葉通りに疲れた様子で、リナは荒い作りの椅子に腰をかける。
手袋留めをぱちりと二つとも外し、土埃に薄汚れた手袋を脱いでテーブルに放り出す。バンダナを外し、畳み、その上にイヤリングを乗せる。
 
「まあ、それはともかく。
で、何やらうまそうな夢だったんだな?」
ガウリイは天井を見上げ、重そうなリストバンドを外し、同じく手袋を脱いで、ベッドの背もたれにひょいとひっかける。長い臑を曲げ、靴下を脱ぎ、ひょうと放り投げると、いささかその長身には狭いベッドの足にひらりと舞い落ちる。
 
部屋の入り口近くには、簡素な作りのハンガーが立っており、まるでたわわに実った果実で覆われた木のように賑やかになっていた。
ショルダーガード、ブレストプレート、その他のアーマー、真っ黒なマント。
テーブルに立て掛けてあるのは、通常なら両手でなければ持ち上げることができないほど、刀身の広い長剣と、華奢なレイピア。
ベッドから手を伸ばせば、届く距離だった。
 
「そーよ。で、あたしはね。
さて、どっから手をつけようかと、迷ったわけよ。
それはそれは、幸せな時間だったわ。」
剣帯がつながるベルトを外し、それは椅子の背もたれへ。
襟元を緩め、一息つくリナ。
「それで?」
ガウリイは思い直して起き上がり、両手を交差させて貫頭衣を引き上げ、首から脱ごうとする。袖なしのシャツの合間から、筋肉が細波のように浮かび上がる。
「それで、迷ってるうちに。
………ごーかな食事が、煙のように消えちゃったのよ。
あたしとしたことがっ………!」
手袋留めとお揃いのブーツ留めを、やはり二つともぱちり。
テーブルの上に、次々と並ぶ小物達。
「そんなことなら、迷わず食べておけばよかったと、どれほど後悔したことかっ……!」
頭を抱え、左右にぶんぶんと振る。
 
アーマーを繋ぐベルトを外し、それもベッドの背もたれにかけたガウリイは、ぷっと吹き出してまた横になる。
片方の手で頭を支え、リナの方を向いて横向きに横たわる。
「リナらしくないな。迷うより、端から制覇する方がお前さんらしいぞ。」
「………あたしもそー思うわよ………。
だから、心残りになってるんじゃないっ……。」
細い足を掲げ、うんしょうんしょとブーツを脱ぎながら、顔をしかめるリナ。
「例え夢の中でも、なんか悔しくて。
あの料理、もういっぺん夢に出てこないもんかしらね。
そしたら今度こそ迷わずに!
端から制覇!まん中から猛攻撃!
してあげるのに〜〜〜〜。」
やっと脱げたブーツを足から蹴り出すように、ぽいぽいと脱ぎ捨てる。
「う〜〜、明日はお風呂と洗濯しなきゃ。」
「そうだな。今日はもう、遅くなっちまったし。」
 
リナは立ち上がり、壁龕に納まった蝋燭立てに近寄る。
金属製の蝋燭消しを取り上げ、端から一つずつ、炎にかぶせる。
 
僅かに残された明りの中、ふと視線に気づいて振り返ると。
目が会った青い瞳の相棒は、ふっと笑い。
頭を支えていた腕を外すと、横に伸ばした。
 
「少なくとも、今夜の枕は迷わずに済むと思うんだが?」
空いた片手で、言わずもがなの空き場所をぽんぽんと叩く。
 
かっっ…………
 
蝋燭の明りではない赤味が、リナの頬に差し。
ぷいと横を向くと、最後の明りが髪から透けて瞬く。
 
真っ暗闇が訪れて。
スリッパを脱ぎ捨てる音がして。
衣ずれに似た、毛布を引き寄せる音と。
何かが何かに潜り込んでいくような音に満たされて。
部屋は深海のごとくに夜に沈んでいく。
 
「目の前のご馳走は、我慢すればするほど美味しいってこと、ないか?」
くぐもった低い声に答えて、明るく澄んだ高い声がせわしげに答えた。
「目の前のご馳走は、明日に回さずすぐ食べろってのが家訓だったのよ。」
「じゃあ、今夜の夢は、迷わないな?」
「…………夢を見るヒマがあればだけど………」
 
低い声がくすりと笑い。
墓穴を掘ったことに気づいた高い声がうめき。
がばりと毛布が広がる音と。
じたばたごそごそという音が続き。
それから。
二人そろってくすくす笑い出して。
その声も、やがては溶けていった。
 
 




 

……………ご馳走は。

我慢すれば、我慢するほど美味しくなるか?
それとも我慢せずに、今すぐ食べる?

………私達のご馳走は。
食べれば食べるほど、欲しくなる。
全く同じ食べ合わせでも、ちっとも飽きない、甘い甘いご馳走。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 








 
 
-----------------------------------END。
 
 
ううむ、意味不明?(笑)一緒に眠るようになった時の、眠る前のひとときが書きたかったんですわ(笑)あれだけいろいろ身につけてると、脱ぐのも着るのも大変そうですが(笑)そういう本編やアニメでは描かれない、日常的な仕種に萌えたりします(笑)
では、ここまで読んで下さったお客様に、愛をこめて♪
靴下は、右から脱ぎますか?左から脱ぎますか?(笑)
そーらがお送りしました♪
 
 
 

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