『君がここにいるということ』

 


「げ〜〜〜ほ、げほげほっ!!」
「リナ?どうした、大丈夫か?」
あたしが盛大にむせこんだので、階下にいたガウリイから声がかかった。
「や、ちょっと埃がすごくて。」
「どれ。…………うわ、こりゃ確かに………。」

ぎしぎしと音がして、小さなハシゴを昇ってきたガウリイは辺りを見回した。
あたしがいたのは、いわゆる屋根裏部屋。
立ち上がることもできないくらい低い天井に、明り採りの小さな窓があるだけで、せせこましいことこの上ない。
「ったく、母ちゃんも母ちゃんよねっ。せっかくはるばる帰ってきた娘をとっつかまえて、いきなり年末の大掃除にかり出すなんてさっ。げほげほ。」
ぶつぶつ文句を言って、げほげほ咳をするあたしに、何かが飛び込んできた。
「ほら、それ。ハンカチでも口に当ててたらどうだ?」
「………げほげほ。さんきゅ。」
 
ガウリイが放って寄越したピンクのギンガムチェックの布を有り難く受取ったあたしは、口に当てようとしてハタと我に帰った。
「ちょっと待って………。これ、まさかとは思うけど、もしかしてガウリイの?」
「へっ?……んなわきゃないだろ〜が。」
「だよねえ。こんな可愛いの……。でも何であんたが持ってたの?」

振り返ると、妙に縮こまってコンパクトになったガウリイが、床の上を這ってくるところだった。
ぴたりと止まると、しばらく考え込む。
腕を組もうとしたが、ハイハイの状態では無理だったらしい。
大の男が、なんだか情けない姿だ。
「………あ。そうそう、思い出した。さっき、渡してくれってお前の母さんからもらったんだ。埃がすごいから、口を覆えって。」
「そーならそーと、早く渡さんかいっっ!!」
「ま、待て!!リナ!!ここで暴れるなっ!!狭いんだぞっ!!」
「その狭いとこにあんたみたいなデカいのが入ってくるから、よけーに狭いんでしょ〜がっっ!!」
「まあまあ。それはそうとリナ、ひとつ聞いていいか?」
「…………うまくかわしたわね………。」
「へ?何のことだ?」
「だから………………ぶはっ!」

ハンカチで口を覆おうとしたあたしは、盛大に吹き出してしまった。
きょとんとこちらを見返すガウリイの鼻のてっぺんに、大きな綿ぼこりがくっついていたのだ。
「な、なんだよ?」
「鼻、鼻、鼻〜〜〜!!ぶはははははは。とってとってとってぇええええ(笑)」
「鼻?おわ、すげー埃だ………。」
 
ひとしきり笑ったところで、ガウリイではないがあたしもすっかり怒りを忘れてしまった。
片付けを続けながら、仕方がないのでガウリイに尋ね返してやる。
「で、聞きたいことって何よ?」
「いや、なんで急に大掃除してるのかなって。」
「ああ、そのこと。年末だからよ。」
「年末………って、一年の終わりってことだよな。」
「ガウリイ君………?まさかその程度の事まで忘れちゃったんじゃ……?
いい幼稚園を紹介するわよ………?」
「い、いや、結構です。って、そーじゃなくてだな。
何で年末に大掃除するのか聞きたかったんだ。」
「………へ?」

あたしは手を止め、ガウリイを振り返った。
大きな綿ぼこりはなくなっていたが、鼻の上がまだ少し煤けている。
笑い出したいのをちょっとこらえて、聞いてみた。
「って、あんたの育ったところじゃ、年末に大掃除ってしないの?」
「え〜と、たぶん。確か春頃に皆がバタバタしてたのをかすかに覚えてるんだが……。」
「春の大掃除か。なるほど。国によって違うものよね。」
ぱたぱたと手をはたくと、膝の上に置いたハンカチをやっぱり口に当てようと、あたしは三角に折りながら答えた。
「ここら辺じゃ、大掃除は年末にやるのよ。
そりゃもう大騒ぎよ?家族中でよってたかって、一年間の埃を落とすってわけ。
んで、綺麗にしてから新年を祝うのよね。」
「へ〜〜。そういうもんなのか。」
「埃を払う、つまり、一年の間の穢れを払い浄めて、新たな気持ちで一年を始めようってことらしいんだけど。
いかにして楽に済ませようかと、母ちゃんから逃げ回ったもんだったわよ。」
「で、今年は屋根裏部屋の掃除か。」
「そーよ………。きっといなかった分、一番きついとこを掃除させる気なんだわ、きっと。
こんなとこ、たぶん10年以上掃除してないわよ…………。」
「あれ。これ、なんだ?」
「え?」
 
採光窓から漏れ込む光で、何かがきらりと光った。
ガウリイが埃の中から拾い上げ、あたしに見えるように向けたのだ。
「……………?」
細長い円筒状の、小さな望遠鏡みたいな形のものだった。
差し出されたそれを受取り、表面についた埃をハンカチでこすってみると、どこかで見覚えのあるニス塗りの赤い木目が見えてきた。
「これって…………もしかして?」
 
筒を片手に持ち、明りの方向に向けてみた。
片方の穴から覗いてみる。
「……………あ。やっぱり。」
「………なんだ?リナのか?」
「うん………。あたしのよ。それも、子供の頃のね。」
「………へえ。」
 
覚えていた。
まだ壊れていなかった。
覗く窓から見えるのは、小さな頃から憧れた輝き達。
透明なガラスの上で踊る、細かいビーズや色つきのセロハン。
鏡の欠片。確か本物の貴石も入ってた。
くるくると回すと、どんどん変わる。
 
「なんだ、それ?」
「見てみる?」
あたしは覗き窓の方をガウリイに示して、手渡した。
ガウリイは不思議そうな顔で覗いたが、すぐに驚きの声をあげた。
「うわ。なんだこりゃ。………すごいな。」
「でしょ〜。こーやって回すと、ほら。」
「おっ、変わったぞ、リナ!変わった、どんどん変わるぞ!」
子供のようにはしゃぐガウリイの姿を見て、思わず吹き出したけれど。
それはそのまま、初めてそれをもらった時の、あたしの姿でもあった。
時間を超えて、蘇る幼い日の朝。
「これ、なんなんだ、リナ?」
「カレイドスコープよ。」
「カレード………スープ?」
「違うってば。カレイドスコープ。万華鏡よ。確かあたしが八つの時にもらった、誕生日のプレゼントなの。」
「へ〜……。綺麗なもんだなあ。誰かの手作りか?」
「よくわかったわね。その時は教えてくれなかったけど、どうも父ちゃんと母ちゃんの二人で作ってくれたみたいなのよ。あたしと、姉ちゃんとひとつずつね。」
「すげーな、こんな綺麗なの作れるのか。」
「いつのまにか忘れちゃったけど、もらった時はすごく大事にしてた。こんなとこに置きっぱなしにしてたんだ………。」
 
ガウリイが返してくれたそれを、あたしはしみじみと見つめた。
そういえばよく、この屋根裏部屋に隠れた。
明かり採りの窓の光で、こっそり本を読んだっけ。
本ばっかり読んでると、父ちゃんが剣術の稽古をつけたがったり。
母ちゃんが何かしら用事を言いつけたりするから。
隠れて、ボロボロの古い歴史の本とか、むさぼるように読んでいた。
八つになってから、これをもらって。
本を読むのに飽きたときは、明りにこれを透かしてずっと眺めていたっけ。
 
「リナにもちっちゃい頃があったんだなあ………。」
何やら感慨深げに呟くガウリイに、ツッコミを入れたのは言うまでもない。
「ちょっと。どーいう意味よ、それ。」
「いや、今でもじゅ〜ぶんちっちゃいから………い、いや!胸のことなんか言ってないぞ、オレは。」
「それが余計な一言だっちゅーの!」
「それにしても………。」
「さり気ない振りして、話題を逸らすなっっ!わざとらしいから!」
「いや………。こうして見るとさ。」
「?」
 
低い天井を見上げたあと、ガウリイは穏やかな笑顔を浮かべた。
いつもの、見慣れた、あの。
「ここには、リナが大きくなって旅に出るまでの、たくさんの思い出が詰まってるんだろうなあ、と思ってさ。」
「え…………」
「どんな風に生まれて、どんな風に育って。
オレが知らない、オレと会う前のリナが、ここにはたくさん転がってるんだなあ。」
「…………………。」
「なんだかこうしてると。」
長い指を伸ばし、あたしの手の中の万華鏡に、ガウリイがそっと触れた。
「リナが歩いてきた道を、ほんのちょっとだけど、オレも一緒に歩いてる、そんな気がするよ。」
「………………………。」
 
万華鏡から視線を離し、見上げると、すぐ近くにまっすぐにこちらを見ているガウリイの目と会った。
小窓はあたしの背中にあり。
差し込む光がちらちらと、いつもの変わらない笑顔を照らし出していた。
そして同時に、周囲に転がった、埃まみれの、一見ガラクタにしか見えない物達にも。
 
不安定に積まれた本。
鈍い金属の光を見せる、不可思議な形の管楽器。
把っ手のついた重そうな箱。
古びて黄ばんだ、大きな紙をくるくると巻いてあるもの。
壊れた戸棚。
子供用の釣りざお。
 
そうだね。
忘れていたけど、たぶん今でもあたしの中にある、ほんの一部分がここに。
時を経て幾分、そのパワーを失っているけれど。
確かにここに、まだ残っていた。
あたしが生まれて、生きて、育った、それまでの日々が。
一人旅に出るまでの、もう一つの旅の足跡(そくせき)が。
 
「ここを覗けたのも、オレ一人だよな。」
そう言って笑うガウリイは、そうした物達の中で鮮やかに見えた。
何だか、暖かいような。
恥ずかしいような。
不思議な気持ちだった。
まるで、あたしという歴史の中に。
ガウリイが入ってきたようで。
「そ、そーよ。有り難く思いなさい。これから伝説になろうっていう天才美少女魔道士さまの、波乱万丈の歴史の一部分を垣間見るとゆー、光栄に浴してるのよ、あんたわ。」
照れ隠しにずびしと指をつきつけたあたしの、あろうことかその指の先を握って、ガウリイはにっこりと笑顔で返した。
「はいはい。ここに来て良かったと思ってるよ。な?」
「あ、そ、そう………って、何どさくさに紛れて、人の頭くしゃくしゃにしてんのよっ!?」
「いや、つい、目の前にあるから。」
「目の前に出された頭なら、何でも撫でるんか、あんたわっ!!」
「いや、そうでもないぜ。」
意外にまじめな顔をして手を引いたガウリイは、少し考えるような調子で床をにらんだあと、こう言った。
「リナの頭だから、だろ。」
「……………へっ?」
 
 
 
 
-----------------その後。
階下からかかった、母ちゃんの呼び声に驚いて、二人してうっかり立ち上がって、派手に天井の梁に頭をぶつけたことは、今となっては微笑ましい思い出である。
梁についたかも知れない、二人分のへこみは、そのまま、あたしの歴史の一部分として。
あのガラクタ達の仲間入りをすることになった。
「ててて。」
頭を抱えて一人ずつ、ハシゴからよろよろと降りた時には。
あたし達を見比べて、母ちゃんが呆れたように言った言葉も、赤くなった顔にただ拍車をかけたに過ぎなかった。
-------それもまた、歴史の一コマである。
 
「あんた達。いちゃつくなら、せめてもう少し広いとこでやんなさい。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 













 
 
 
 
---------------------おわり♪
 
 
新年あけましておめでとうございます♪
旧年中においで下さいましたお客様に、心より御礼申し上げます♪♪
大掃除でふらふらで、しかも終わらずに(笑)なんだかまだ正月が来た気が一向にしないため、新年より大掃除の話になってしまいました(笑)
今年もまた、ぼちぼちのんびりと続けて行こうと思っておりますので、どうぞこのふつつか者をよろしくお願いいたします(笑)
 
では、皆様にとって。
今年が、心暖まる一年でありますように。
皆様の御多幸を願って、三本締めで参りたいと思います。
はい、お手を拝借。
いよぉ〜〜〜〜っ、ぱんぱんぱん、ぱんぱんぱん、ぱんぱんぱん!
おそまつさまでした!
そーらがお送りしました♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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