『風は哭かずに吹いてゆけ』

 
 
 
強い風が吹いていた。
 
五歩ほど先は、それこそ何もない崖だった。
崖の麓から遥か遠く、暗く広大な森が広がっている。
かすかにのぞむは山陰。
空は刻々と姿を変える。
 
引き摺るように長いマントと、豊かに伸びた栗色の髪を自由になびかせて、リナは一人崖の上に立ち尽くしていた。
手には一枚の地図。
見おろす風景を簡素な記号で表しているはずの紙きれ。
しかし目は雲の道筋を見つめている。
 
耳を行き過ぎるは風の音。
・・・たとえそれが。
何かの声に似ていなくもないとも。
 
 
 
どれほどそうしていただろうか。
リナはふと眉を寄せた。
だが振り返りはしない。
空へと向けた視線は動かさず。
 
風の音。
流れ行く雲。
暗い森。
陽炎のような稜線。
 
やがて、しばらく前からいたにも関わらず、たった今辿り着いたように進んだ一回りも二回りも大きな靴が、砂利を踏む音が聞こえた。
背の高い人物が一人、リナの隣に並んで立つ。
「凄い風だなあ。」
ガウリイが言った。
答えはすぐにはもらえなかったが、彼は先を続けずに辛抱強く待っていた。
「・・・そうね。この先、天気が良くなるのか悪くなるのか、全く見通しが利かないわ。」
天候の変わりやすさが迷惑だとでも言いたげに、リナは手にした地図で自分の脚をぱんっとはたいた。
「ここらで今日の野営を考えた方がいいかも。・・・好きで地面に寝たかないけど、どしゃ降りの中を歩くのはもっと嫌よ。」
「・・・どこか風の防げるところを探すか?」
「当然でしょ。探してきて。」
 
二人はしばらく、同じ方向を眺めていた。
風は変わらず吹きすさび、二人の間のわずかな距離すら埋めていく。
耳をこする高音は、その音程を変えて低くなることは全くなく。
まるでわざと嫌な連想を呼び起こそうと、やっきになっているかのようだった。
 
話題が打ち切りになった後でも、ガウリイは立ち去ろうとしなかった。
リナは少し苛立たし気に一度振り向き、傍らの顔を見上げる。
が、彼は邪魔そうな前髪の隙間から、ただ前方を眺めているだけで。
リナが見ていることも、その顔に浮かぶ表情にも、気づかないようだった。
 
風はまだ止まない。
 
 
とうとうリナが口を開いた。
「・・・あのね。ガウリイ。」
「・・・・・・・ん?」
いつもの調子で間延びした返事が返ってきた。
一瞬ぐっと詰まったが、リナはぱっと体を傾けると決然と言った。
「どうしてさっきからここにいるのよ?あたし、別にいて欲しいなんて言ってないわよ。」
ガウリイが視線を空から外し、きょとんとリナを見つめた。
「オレも別に、いて欲しいとは言われてないぞ。」
「だったら!話が終わったらいつまでもここにいることないじゃない。」
「いちゃいけないのか?」
「・・・・!いけないとか、そういうこと言ってるんじゃなくて・・・」
「じゃ、どういうことを言ってるんだ?」
「・・・・・・。」
 
リナは口を大きく開けたが、次の言葉が出なかった。
かちん、と音を立てて閉じると、くるりと崖の方に向き直る。
長い間のあと、低い声でようやく言った。
「・・・・・・。だから。
別に慰めてくれなくても、いいってこと。」
 
ぼそりと吐かれた言葉は素っ気無く。
反論は許さないと、暗に示して。
「確かに、例えほとんど知らない人でも、死ぬところを見るのは嫌なことだし。
慣れるってもんじゃないわ。
・・・だからって、いかにも悩んでますって顔でいたくないのよ、あたしは。
ちょっと、一人になりたい時だってある。
・・・なのに何でほっといてくれないの?」
「・・・・・・。」
 
風が哭くのは。
死を悼む声に似てるから。
・・そうとは考えたくなくて。
でも耳を塞ぎたくはなくて。
音と戦っていた。
それが、ただの風の音になるまで。
 
「う〜ん・・・何でかって言われるとなあ・・・・・。」
ずばりと会話を切り落とされたことなど何とも思わないのか、ガウリイはいつものように頭をかき、言葉に窮した。
手を止め、考え込んだ様子でこう言った。
「慰めてくれ、傍にいてくれ、って。
・・・言わないやつだから、オレはここにいるのかもな。」
 
「・・・・・・。」
リナが、目をパチクリさせた。
だがすぐには振り向かない。
「・・・なに、よ。それ。
なんか・・・・・・・・ひねくれてるわね。」
「そうか?・・・そうかもなあ。」
 
終わりの言葉は笑顔で言われた気がして。
リナはようやく振り向く。
 
ガウリイはリナを見ていなかった。
さっきまでリナがそうしていたように、見るともなく空を眺め、こう言った。
「オレにお前さんが慰められるなんて、思っちゃいないよ。」
「・・・・・・・。」
無言のリナが見守るうちに。
長い前髪がまたばさりと目にかかり、彼は目を細めて長い指でかきあげる。
「オレはそんなに偉くないし。
お前はそんなに弱くない。
・・・・オレ達は互いの傷を舐め合うような動物じゃない。
だから。・・・慰めようとして、ここにいるわけじゃないんだ。」
「・・・・・・・。」
 
同じ風が。
行き過ぎる。
二人の間を。
同じ方向へ。
吹き通って行く。
二人の髪を。
同じ行く末に吹き流す。
 
「ただ、一緒にいることはできるから。
・・・・ただ、一緒にいることだけは、してきたから。」
金色の流れの中で、彼が微笑んでいた。
 
「・・・・・・・・・。」
リナも同じように自分の髪に手をやった。
彼のよりは長くないけれど。
それでも豊かな髪は容赦なく、開こうとした口に入るから。
「一緒にいて。・・・こうして隣に立って。
同じものが目に入る距離でいるのが、オレにできることだと思ってさ。」
そうやって笑うと、彼は前を見つめる。
「・・・・・・・・。」
彼女は目をしばたき、定まらない視線を空に泳がせる。
 
ごほん、と咳払いをしたリナが。
やがて我に返ると、ある光景が飛び込んできた。
目を丸くする。
「あ・・・・・・。」
 
雨を運んでいたと思った風は、今やあらかたの雲を吹き飛ばしてしまっていた。
山の端を、雲間から差したばかりの金色の光が。
地図の上の矢印のように指し示して行く。
進む道はこっちだよ、と。
教えているかのように。
「・・・・・・・・。」
 
リナは見つめた。
ガウリイは見続けた。
 
「・・・なんだ。雨なんか、降りそうにないわね。」
リナが肩をすくめて呟いた。
「じゃあ、日が沈むまでに、旨い飯が食える宿屋までたどり着けるかな。」
ガウリイも目をぐるりと回して答える。
 
二人は顔を見合わせた。
にっと笑う。
そして、全く同じタイミングで身を翻した。
一斉に駆け出す。
「そうと決まったら、さっさと行くわよ、ガウリイ!」
「おう!」
 
一陣の風がうず巻き。
二人の姿は、あっという間に崖の上から消えた。
痕跡も残ってはいない。
ただ風が。
同じように吹いているだけ。
 
 
 
・・・もう。
風は風の音にしか響かない。
傍らに。
ただ、君がいるなら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 









_____________________The End.
 
 
久々に書けました(笑)こんなに長く書かなかったのは自分ガウリナ史上初かも(笑)いや、書き出しだけで、完結しなくて放ってあるのはあるのですが(笑)
あえてどんな状況かは詳しく書きませんでした。リナって落込んでるところはあんまり人に見せたくないタイプだろうし。慰めてもらうのは最も不得手ではないかと思うのですが、どうでしょう。ここでガウリイがあからさまに慰めたりすると、返って怒り出すと思うのです(笑)
ただ隣にいることの方が、百の言葉より雄弁な時もあるでしょうね(笑)この二人の場合(笑)
 
ああ。やっぱりガウリナはいいですねえ(幸せため息)他のカップルでは萌えない、何かがあるんですわ(笑)こうなったらとことん行きましょう(笑)二人の後をこっそりくっついて(笑)

しばらくは移転&改装で、新作もアップしないつもりでしたが、時間がかかりそうなので途中開店とあいなりました。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします♪

では、ここまで読んで下さったお客様に愛をこめて♪
いつも来てくれてありがとう。読んでくれてありがとう。
ただ読んでくれることが。嬉しい人間がここにいるのです(笑)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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