『栞のない日記』



 
 
 
あたしは走る.前へ向かって.
その先に何が待ち受けているかはわからないけど.
立ち止まっていたら,何も始まらないから.
 
世界を救おうとか.
人の為になることをしようとか.
悪が許せないからとか.
そんな思いがあたしを走らせているわけではない.
いつだって事態はあたしの前に転がっていって.
ただ,その時にできる事を.
しなくてはいけないと感じたことをしようとしているだけ.
気がつくと走り出している.
 
「急ぎましょう,リナさんっ!
もうすぐ日が暮れてしまいます!」
「こんな不案内な場所で陽が落ちたら,はっきり言って迷うぞ.」
後ろからかけられる声に,振り向かないで答える.
「わかってるわ!ともかく,あの塔を目指して全力ダッシュよ!」
 
指差す先に森が開け,彼方に黒々と聳え立つ峨々たる塔.
どんな企みがそこで働いているか,あれこれ想像を巡らせながら.
沈みかけた太陽の光が消えるまでに,全員がたどり着けるかどうか測る.
 
「盗まれた魔道書と,人質が心配だわ.
何をやらかすつもりか知らないけど,これ以上好きにはさせないわよ!」
「同感です,リナさん!たとえあなたが人質より,魔道書の心配を先に口にしたとしてもっ!不肖アメリア,ついていきますっ!」
「そうだな.たとえ懸賞金しかその頭になくても,魔道書さえ手に入れば俺にとっては気にすることでもない.」
かくっ!
膝の力が抜けそうになるのを我慢して,あたしは軽く頭を振る.
「下らないおしゃべりをする気力があるなら,もちっとスピードあげたらどうっ?
いくらあたしだって,魔道書より人命が優先よっ.
それがめちゃめちゃじょーぶくて,ヒゲも顔も濃ゆくて直視したくない,いい年したオッサンでもねっ!」
「何だかんだ言って,好き放題言ってるじゃないですか……」
「どう聞いても,魔道書の方が心配,としか聞こえんが………」
ぶつぶつと呟く二人をとりあえず無視し,まだ遥か先の塔を見上げる.
 
あたしの推測が正しければ,人質に生命の危険はない.
冗談じゃなく本当に危険なのは,魔道書の方かも知れないのだ.
ここで細かく説明している暇はないので,先を急ぐしかない.
 
「飛ぶのか?」
距離を見計らったように,後ろからもう一人の声がかかる.
呼吸に乱れた様子はなく,声も普段と変わりはない.
あたしが立ち止まるより早く,歩みを止めていた.
「そうね.ここからは魔力を出し惜しみしている場合じゃないわ.
翔風界で一気に行くわよ.」
「そうだな.この先は丸見えだ.姿を隠していく必要はないな.」
「そうですね.」
勘が鋭いやつ,頭の巡りがいいやつ,白魔法に秀でているやつ.
選んで集めたわけじゃないけど,あたし達の能力は奇妙にも分岐している.
「いい,まずは塔に入る場所を探して,最上階を目指すのよ.
派手に騒ぎを起こすのはいいけど,何がいるかはわからないから,気をつけて!」
「わかりました!」
 
瞬間的に軽く頷きあう.
お互いの顔を確認するだけの間.
気がつくと走り出したあたしの周りに,いつのまにか揃っていた.
前に言ったような御大層な名義大分をかざして,一緒に走っているわけじゃない.
それぞれにそれぞれの目的や過去や,生い立ちがあり.
けれど今ここに,同じ目的と時間を共有している.
 
「正義の仲良し四人組の力,とくと見せてやりましょうっ!」
勢いこむアメリアの,タリスマンのついた細い腕が突き上げられ.
「その呼び名はやめろと,前にも言ったはずだが.」
半眼開きのゼルのマントが風に広がり.
「まあまあ.呼び名なんて何でもいいじゃないか.」
ゼルの肩を叩くガウリイが,金色になびく髪の向こうで笑い.
「無理するんじゃないわよっ.」
珍しく心配したあたしに,全員が声をそろえて突っ込む.
「お前こそメチャするな.」
「うるさいわいっ!」
 
打てば響くような掛け合いに.
時おり不思議な感覚に包まれるけれど.
それに名前がつくより先に.
あたし達は空へと駆け上がる.
 
「暴れないでよ,ガウリイ.」
両手で抱えた大きな体を見下ろして言うと.
「暴れてないぞ.しかし,いつも思うんだが.」
相方から,とぼけた声が返ってくる.
「どうして翔なんとかで飛ぶ時って,こーやってひっついてなくちゃいけないんだ?」
「!」
かくっ!!
思わず手から力が抜けて,落としそうになるのを我慢する.
いつものことだが,この男の質問はたまに心臓に悪い時がある.

「ひ,ひっついてるわけと違うでしょ〜がっ.」
「ひっついてるじゃないか.手を握ってる時もあるけど.」
「!っな,なんか,余計な誤解を招くよーな発言なのよっ!
頼むからその質問,ゼルやアメリアの前では言わないでよねっ!」
「え.何でだ?」
ごくナチュラルにガウリイが上を見上げると,あたしの胸の辺りに頭が当たる.
「う,動かないでってばっ!落とすわよっ!!」
「そんなに慌てるような質問だったか,今の?」
「だ,だから,風の結界を維持するために,必要最小限の力で済むように…………ってぇ!!
アメリアもゼルも,もーあんな先に行っちゃったじゃないのよっ!
質問するなら時と場所を選んでからにしてよねっ!」
「お,悪い悪い.
何だかわからんが,わかったわかった.引き続き,オレを抱きしめて飛んでくれ.」
抱・き・か・か・え・て,でしょーぐわっっっ!!!!
だぁあああっ!塔についたらまっ先に,あんたを倒したくなってきたわっっ!!」
「お,おいおい.何もそこまで言わんでも.ちょっとした言い間違いなのに.」
「あたしにとっちゃ大きな言い間違いだーーーーーっっ!!」
「怒るな怒るな.塔についたら,お前さんの分までがんばるから.」
「あっったりまえよっっ!!!運んであげた分,きっちり働きなさいよねっ!!」
 

すでに既視感を感じるやり取りを交わして.
それが意外に頭を冷静にさせてくれることを知りながら.
魔法を使えない相棒を空に飛ばすたびに感じる,この感覚にも.
まだ名前をつけることができないでいる.
 
けれど,この先に何が待ち受けていようと.
いつものあたしでいられる確信があるから.
いつか,名前をつける日が来ても.
その時もあたしは,立ち止まらずに前へ進むだろう.
 
「行くわよ,ガウリイ.用意はいい?」
「おお.いつでもいいぞ!」
 
 




もしも日記をつけていたのなら.
栞をはさむことのない,そんな日々.
その向こうに,白いページが果てしなく続いているから.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 







 
 
----------------------the end.
 
何てことのない小咄シリーズ?(笑)でも四人の会話とか,書いてるだけで楽しいってことないですか(笑)願わくば,この四人の会話をただ聞いてるだけで楽しい,と思ってもらえますように(笑)
 
では,ここまで読んで下さった方に愛を込めてv
ただ他愛もない話をするのが楽しくて,電話をかけたりチャットをしたりする日常が,ありますか?
そーらがお送りしました♪
 


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