『おひめさまのきっす』



食堂の店主はキッチンの床にひれ伏していた。
その前に立ちはだかっているのは、物凄い形相の・・・リナだった。
「さあ。とっとととっとととっとと!!
きりきりきりきり吐きまくってもらいましょ〜かっっ!!
一体これはど〜ゆ〜ことよっ!!」

突き出した手からぶらさがるのは、ぽよよんとしたクラゲ。
小さなゴマつぶのような目をパチパチさせたかと思うと、触手で頭(?)をかりかりとかいた。
『や、どーも。』
「!!」
店主は恐れ入ったとばかりに床に頭をこすりつける。
「ああああああ。申し訳ありません申し訳ありません!!」
「だから。何がど〜なってこ〜なったのか!きちんと説明しなさい、説明!!」
癒し系生物の前で、破壊系の生物が目を光らせていた。






       †††††






「・・・・・・で。この草が原因なわけですね。」
アメリアが真っ白な皿の上の、真紫色の海草をつまみあげていた。
「そ。珍味中の珍味らしいわ。ここら一帯でも、料理に出すのはこの店一軒だけだって言うし。」
「・・・そんな危ないもの、あちこちで出されては困るだろうが。」
ゼルガディスが憮然とした表情で呟く。
「珍味だか何だか知らんが、食べたらクラゲになるとわかってて食うやつがあるか。」
「ん〜まあ、それがさ。何十年に一度しか当たらないそうなのよ。
クラゲに変わっちゃう『毒』のあるやつは。」
リナもため息をついて、アメリアが皿に戻した海草をフォークでつついた。
「海岸にいくらでも打ち上げられてるし。スープに入れると濃厚な味が出るって言うし。目の前にある食材を使わずして、何が料理人か!って先代に言われたらしくてさ。」
「でも・・・この店で以前にも、同じことがあったんでしょう?」
アメリアがおずおずと口を出す。
「だから・・看板にあんなこと・・・・。」
「そこが問題なのよね。」
リナはフォークを投げ出した。
「確かに先代のその前の先代の時に、客が同じ症状にかかっちゃったことがあるそうよ。」
「それでよく店が潰れなかったな。」
「潰れなかったのは、客がすぐに元通りになったからよ。」
「何?」

リナの答えに、アメリアとゼルガディスが身を乗り出す。
「じゃあ、ガウリイさん、治るんですかっ?」
「どうやって元に戻したって言うんだ、リナ。」
「それがね・・・。」
リナは頭を抱える。
「なんてゆーかその・・・お約束っちゅーかなんちゅーか・・・あたし的には非常に納得行かない展開が待っていたのですよ。」
「どういうことですか、リナさん。」
「一体何だって言うんだ、リナ。」
「う〜〜〜みゅ・・・・。」
しぶしぶ顔をあげるリナ。
視線の向こう側には、ぷよぷよ漂っているような、クラゲ。
「?」
三角の口に、ゴマつぶのような目が和やかに浮かんでいる。
リナはのろのろと答えた。
「ガウリイを元に戻せるのは、『お姫様のきっす』だけなんだって・・・・。」

「お・・・・・・」アメリアが口をぱくぱく。
「ひめさまの・・・・・」ゼルガディスが思わずアメリアを振り返る。
「・・・・・・・?」何だかわからないがとりあえずにこにこしているガウリイクラゲ。
「だからお約束的展開だって、言ったでしょ・・・・・。
このあたしが主人公の話に、んなメルヒェンチックなオチは許されないと思うのですが、これいかに。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
三人はげっそりとした顔で、にこやかなガウリイクラゲを見つめた。



長い沈黙を破って、ゼルガディスが立ち上がる。
「・・・かと言って、いつまでもこのままでいるわけにもいかん。」
「・・・まあ・・・それはそうなんだけど・・・・。」
「で、その話、本当なんだろうな?」
「それは間違いないみたいよ。前の人、たまたま居合わせたお姫様にキスしてもらって、たちまち治ったそうだし。」
「・・・・たまたま居合わせた、ってのがちと引っ掛かるが・・・。ええい、背に腹は変えられん。」
ことり。
背後で足音が止まって、だらだらと汗をかくアメリア。
「悪いが。いつまでも俺はこんな町にいるわけにはいかないんだ。
とっとと治してくれないか、アメリア。」
「えええええええ!!」
振り返ったアメリアは涙目だ。
「そんな、ゼルガディスさん!!」
ゼルガディスはマジ顔で、アメリアの座る椅子の背もたれをがしっとつかむ。
「犬にかまれたと思って。」
「犬じゃありません〜〜〜〜〜!!クラゲですううううう!!」
椅子の上でぢたばた暴れるアメリア。

「ち、ちょっと。」
見かねたリナが割って入る。
「ゼル、何もあんた、そんな強引に・・・。」
「そうは言うがリナ。こんなひなびた町に、たまたまお姫様が居合わせるというこの偶然が、他にもあると思うか?この町にいるお姫様って言ったら、ずばりアメリアだけだろうが。」
「そっ・・・それはそうかも・・・」
「だったら手伝ってくれ。お前はガウリイをつかまえておけ。」
マジ顔のまま、びしっとクラゲを指差すゼルガディス。
「俺は本気だぞ。」
「で、でも・・・。」
「え〜〜〜〜〜んっ」

きゅっ!
テーブルの上に漂うクラゲをひっつかむと、ゼルはアメリアにつきつける。
「大丈夫だ、電気クラゲじゃないから。」
「そおいう問題じゃありませえええんんん!!」
『お〜い、何がど〜なってるんだ〜〜?苦しいぞ〜〜〜。』
「アメリア!」
「ひ〜〜〜〜ん、そんなに迫らないで下さい〜〜〜〜〜!!」
「ものは試しだ、崖から飛び下りたつもりで!」
「ちょ、ちょっと待ってゼル、やっぱ強引はまずいって。
アメリアにだって、心の準備が…………」

その時である。

がやがやがやがや・・・・・
食堂の外が、突然騒がしくなった。
ばった〜〜〜〜んんんん!!
と思った次の瞬間、開き戸が激しく音を立てて内側に開かれた。
一人の女性が目を輝かせ、その場に立っていた。
「王子様はこちらですのっ!?」

「へっ?」
「へっ?」
「へっ?」
『??』
点目になり、固まる四人(?)組。
女性はゼルガディスの手につかまれたものを見るなり、息を弾ませて駆け付けてきた。
「ああっ、王子様っ!お可哀相な姿にっ!!
ご安心下さい、わたくしのキスで必ず元のお姿にしてさしあげますわ!!」
「はあ???」
急激な展開についていけず、目をぱちくりさせる四人(?)組。
だが、突然の訪問者は彼女だけではなかった。

どどどどどどど・・・・
「王子様ぁ!」
「王子様はどこっ!?」
「お可哀相な王子様っ!」
「わたくしが治してさしあげますわっ!」
「いいえ、あたくしよっ!」
「何をおっしゃってるの、わたくしに決まってるじゃないことっ!」
「んまあ、ずうずうしい!由緒正しき血統のわたくしをさしおいて、許せませんわっ!」
「押さないでくださるっ!?」
「きゃああ、あれがきっと王子様よっ!」
「どこどこ!?」
「どちらですのっ!?」
けたたましい音声とともに、大勢の若い女性が食堂に詰め掛けていた。
きょとんとしていた四人(?)組は、あっという間に囲まれてしまう。

「な、な、な!?」
「どういうことだ、これは!」
「一体、何なわけ!?!?」

「す・・・すいませえん・・・!」
女性の波に埋もれながら、食堂のおやぢが顔を出していた。
「お姫様を探しに街に出たら、こんな騒ぎになってしまって・・・」
「ま、まさかこれ全部、お姫様ってんじゃないでしょうねっ!?」
リナがぐるりと指差してみせる。
女性達は一斉に憤慨して、リナに猛然と食ってかかった。
「失礼ね!わたくし達は、れっきとした王女ですわよ!」
「ええ!フォーナイン諸島をご存じないの!?」

ざああああああああ。
三人の顔から、一気に血の気が引く。
「ふぉっ・・・・フォーナイン!?ってまさか・・・・・」
「9が4つ並ぶ・・・・?」
「つまり・・9999の島があって・・・全部が王国の・・・?」
「フォーナイン諸国連合・・・・・?」
おやぢが申し訳なさそうに縮こまる。
「ここにいる全員、紛れもなく本当のお姫様なんです・・・」
「うえええええええ!!!」


食堂内は大混乱をさらに超えて、大パニックの様相を呈してきた。
「わたしが!」
「わたくしが!」
ゼルガディスの手に握られたクラゲに、女性が群がる。
「王子様はあたくしが!」
「お、おい、やめろ!ア、アメリア、パス!!」
「ええええええ!!!んきゃあああああ!ぬるぬるしますうううううう!」
「ちょ、ちょっとみんな落ち着いてっ!
こいつはただのクラゲで、王子様なんかじゃないって!」
リナが慌てて説明しても、女性達は首を振るだけだった。
「いいえ!王子様ですわ、王子様に違いありません!」
「そうですわ!数あるお伽話でも、姫君のキスで元に戻った化け物は、美形の元王子様だと相場が決まっているんですわっ!」
「フォーナインは女系の島!王女より王子の数が絶対的に少ないんですもの!」
「千載一遇のチャンスですわ!!!」
「いやあああああ!抱きつかないでくださいいいいいい!
リナさん、助けてえええええ!」
『何だぁ??何も見えないぞ〜〜〜。
お〜〜〜い、リナ〜〜!?何がどうなってるんだ〜〜〜〜?』
アメリアの手から、事態を全く理解してない、のほほんとしたクラゲの声がする。

・・・ぷちっ!

何かが切れたような音がした。
がばっ!
リナはやにわに。アメリアの手からクラゲを奪い取った。
『よ、リナ、そこにいたのか♪』
眼前が開けたガウリイクラゲが、陽気に片手(?)をあげる。
リナのこめかみには、たくさんのバッテン印が浮かび上がった。
「あんたねえ・・・・・元はといえばあんたが原因でこんな騒ぎになっちゃったんでしょーが!!
少しは慌てなさいよ、少しはっ!」
『え・・・これ・・・オレのせいか・・・・?』
「い・・・いや、微妙に違うかもしんないけど・・・でもあんたのせいよっ!
セキニンとって何とかしなさい、何とかっ!」
『なんとかって、どうやって。』
「何とかよっ!周囲のお姫様ズを説得するとかなんとか!
あたし達が何言っても聞かないんだから、この一山いくらの高貴な人たちわっ!!」
『そう言われてもなあ・・・・』

「きゃああ、王子様が喋ってるわ!」
「わたしに貸して!」
「わたくしよ!」
「おどきになって!」
ぎゅむっ!!
「ちょっ・・苦しいって、うきゃっ!?変なとこ触んないでよっ!?
や、やだってば!!は〜な〜せえええええええ!!!!!」
『リナ!?』


その時である。
ぎゅうっ!と握ったリナの手から。
つるっ・・・
クラゲが飛び出した。
すっぽ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んんんんっ

その場に居合わせた全員の視線が、後を追う。
静けさが争乱にとってかわり。
スローモーションの動画のように。

ひるひるひる・・・・・・
クラゲは宙を舞い。
そして。
ひるひるひる・・・・・
落下。


ぺとっ!
完璧な曲線を描いて、クラゲが着地した。
飛び出した場所から、ほんの数センチずれた場所へ。

「あ。」
「あ。」
「あ。」
全員の目が丸くなる。
クラゲが着地した場所は、たった今までクラゲを握っていた、とある人物の顔面だった。
正確に言えば、顔面の一部である。

ぼんっ!!!
しゅううううううううううううううううう!!!!!!

ガウリイが消えたときと同じ、大量の煙が現れたかと思うと。
あっという間に消えた。
後に残ったのは、長身の金髪の男性の姿だった。
彼は腰を屈め、その前には、栗色の髪の小柄な魔道士が・・・・
二人はそこで・・・・・・

!!っぎゃああああああ!!!!!」
ばきっっ!!!
どがっ!
ぺしぺし!!
だむだむっ!!
カンカンカンカンカンカン!!!

以上、ガウリイ感動の復活シーンでした。


見守っていたアメリアは目をきらめかせていた。
「ガウリイさんっ!良かったです、元の姿に戻れたんですねっ!!」
「まあ………完全に元の姿に、ってわけにはいかんな、あれじゃ………。」
ゼルガディスは呟いた。
あっけにとられた全員が見守る中、繰り広げられている光景は、真っ赤になっているリナと、はり飛ばされ、蹴飛ばされ、両ビンタをくらって食堂の床にのびているガウリイの姿だった。
「そんな、どうして。お姫様のキスじゃなきゃ、治せないと思ったのに………」
驚くコック。
あんぐりと目と口を開けているお姫様ズ。
「ちびでどんぐり目の凶暴な魔道士のキスでも治るなんて・・・・」
ゼルガディスは頭を振った。
「命が惜しかったらそのセリフ、絶対にリナに聞かれるなよ・・・・」
「大丈夫ですよ、ゼルガディスさん。今のリナさんの耳には、何も入りませんよ♪」
アメリアはにこにこしながら答えた。

「いていていていていていててててててっっっ!!
何すんだよ、リナっ!!」
「いや〜〜〜〜〜〜!!!喋んないで、口きかないでっ!!
あっち行けええええええええええ!!!!!」
「おうわあああああああっ!!!!」
がっしゃ〜〜〜〜〜ん・・・
ぱり〜〜〜ん・・・・













         †††††††






四人が食堂を去る頃には、すっかり陽が傾き始めていた。
ものがなしい声で鳴きながら、鴉が巣に帰っていく。
一行はガウリイをのぞいて、何故か疲れたようにとぼとぼと歩いていた。

「お〜〜〜い、リナ??どうしたんだ、なんか元気ないぞ?」
ガウリイが歩調を緩め、リナに並んだ。
リナは下を見つめ、ぶつぶつと何か呟いている。
「…………心頭滅却………心頭滅却すれば火もまたすずし……………」
「いっやぁ、なんか知らんがお前のおかげで助かったな♪ありがとな、リナ♪」
「言わないでよっ!!人が折角忘れようとしてるのにっ!!」
「そうそう、偶然オレがお前の顔に飛んでいって、んでお前さんの口と………」
「あああああっ!!具体的に言うなあああああっっ!!!」


二人を背後から見ていたゼルガディスは首を傾げていた。
「しかし………本当のところ、お姫様でもないのに、何でリナで治ったんだ?」
「だから、愛の力ですってば。」とにこやかにアメリア。
「怒るぞ。」
「いえ、ホントですってば。だってわたし、わかっちゃったんですから。」
「わかったって、なにが。」
「ふっふっふ。」
アメリアは自信満々の笑顔を浮かべ、ゼルガディスのフードをひっぱった。
「あのですね。コックさんから聞いたんですけど。
前に治ったっていうお客さん、さっきみたいにこの街を訪れていたお姫様の、護衛の騎士隊長だったんですって。」
「ほう。つまり、偶然居合わせたわけじゃなく、最初から一緒だったわけだな。」
「そういうことです。それでですね、実はキスをしたお姫様は、前からその騎士のことが・・・」
「・・・・なに?」
「えへへ♪そうなんです♪
だから、別にお姫様じゃなくっても良かったんです♪」



後ろで交わされているないしょ話も知らず、ガウリイも首を傾げていた。
「しかし、『お姫様のキス』で治るはずだったのに、何でお前さんので治ったのかな、オレ?」
「・・・あたしに聞かないでよね・・・・。」
まだ赤い顔をしたリナが、大股でさかさか歩いている。
ガウリイはのんびりと進んでいるが、二人の速度は大体同じである。
「大体、お姫様のキス自体が効くかどーかもわからないんだから。
あれはあたしとガウリイが・・・・・したわけじゃなくって、
単に時間切れだったって可能性もあるわけでしょ。」
「なんだ、その点々・・・のところは。」
「!聞き返すな〜〜〜〜っっっ」

リナはぴたりと立ち止まると、ぐるっと振り返った。
人さし指をガウリイの胸につきつけ、真っ赤な顔でにらみつけるように言った。
「いい?今回のことは、事故だかんね、事故!!
あんたもい〜加減、とっとと忘れなさいよっ!?」
「忘れるって・・・・なにを?」
「!!あのねええ!!」
リナは背伸びをし、空を眺めてぼうっとしているガウリイの胸ぐらをつかんだ。
 
ガウリイはぱちぱちと瞬きをし。
それはとても、クラゲであった時の仕種に似ていたが。
けれども、ゴマつぶのような目と口では表せないような笑顔を浮かべ、彼はこう言った。

「そうか。お姫様のキスで治るのが、リナで治ったってことは。
つまり、リナがオレの『お姫様』だったってことだな♪」

ぼんっ!
しゅううううううううううう!!!!!




































----------------------------おしまい♪

人間をクラゲに変える毒を持つ海草……………。ぷれみあむのタコネタ再来か(笑)
実はこれ、随分前に書いたまま、途中で二年ほど放ってあった話だったのですが(爆笑)ファイルの整理をしていたらでてきたので、後半をつけ加えてみました(笑)またくだらない話ですいません(笑)ネタは同じで、一から書き直してもみたのですが、『癒し系生物の前で破壊系の生物が』のフレーズが笑えたので、こっちにしました(笑)

では、ここまで読んで下さったお客様に、愛を込めて♪
変身するなら、どんな生き物になりたいですか?
そーらがお送りしました♪


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