『恋愛小説読むみたいに。』



雨のしのつく昼下がり、ベッド脇に見つけたのは一冊の本。
誰かが忘れて行って、そのまま備え付けのように置かれているのだろうか。
黄色く染まったページは、読み古されてページが歪んでいる。
どこかのだれかが書いた、ありふれた恋愛小説。
 
暇つぶしに読み始めて、静かな部屋に、ときたまぱらりとページをめくる音。
風もなく、まっすぐに落ちてくる雨粒は、しとしとと屋根の上にだけふりかかる。
しばらくしてぱたんと本を閉じ、枕の上につっぷすあたし。
「うだぁあああああ……………」
脱力した変な声だけが、枕に吸い込まれる。
「なんもかんも、こー都合よく行くかっつ〜の…………」
 

小説の中では、すべてがどらまちっく。
思いに思ってつのって、はちきれそうになって、ようやく告白してみれば。
なんと相手も同じようにずっと、思っていたのだと返されて。
花が群れ咲く中で抱き合った二人は、どうして今までお互いに気付かなかったのかと呟きあう。
そのとたん、時はゆっくりすぎるほどに引き延ばされ。
恋愛と関係ないごく日常的な出来事は、あっという間にすっとばされる。
「だったらこんなヒマな昼間なんて、一行も出てこないわよね……。
現実には、退屈な時もそうでない時も全部、自分で片付けなきゃいけないんだから………。」
 
彼のことだけを思って、日々を暮らして。
それ以外のことは、素通りして。
記憶にもとどめない。
………そんなことは、あたしには無理だ。
忘れたいほどつらいことでも、思い出すのもいやなほど退屈だったことも、それはあたしが歩いてきた道の中にある。
それがなければ、今のあたしではありえない。
そしてあたしは、今のあたしであることに自信を持っている。
他の人間に生まれ変わりたいとは思わないのだ。
 



 
こんこん、とブーツでドアを軽く蹴る音がして、あたしは起き上がり、ドアを開けた。
両手に湯気の立つマグカップを一つずつ持って、旅の相棒がそこに立っていた。
「起こしちまったか?すまん。」
あたしの髪が少しくしゃくしゃしているのを見たのか、ガウリイがすまなそうにカップを指し示す。
「下でもらったから、お前さんもどうかと思って。寒いから、あったまるぞ。」
「……あんがと。入れば?」
「いいのか?」
「うん、別に寝てたわけじゃないから。」
 

ドアを広く開けると、大きな姿が部屋に入ってくる。
テーブルの上にマグカップを二つ置くと、ソファの端に腰を下ろすガウリイ。
部屋にソファは一つきりなので、あたしは反対側の端に腰を下ろす。
二人の間には、もうひとり座れそうな空間が空く。
 

「……よく降るなあ。することがなくなっちまったよ。」
カップから煎れたての熱いお茶をすすり、あたしはうなずく。
それは熱くて、甘かった。
「あたしもよ。あんまり暇で、どーしようかと思ってたとこ。」
「寝ようかと思ったけど、午前中たっぷり寝ちまったしな。
んで、枕の脇に本があったから、それを読んでみたんだけど。」
くすりと笑うガウリイの声に、あたしははっとする。
「それが、どっかのだれかが書いた恋愛話でな。
どーにも、こう、体がむずかゆくなっちまって。結局、全部読めなかった。」
同じような本が各部屋に置いてあるんだろーか。
「ふ〜ん………。どんな話。」
何も知らないような顔をして、カップをふうふうと吹く。
ガウリイは肩をすくめ、苦笑する。
「よくわからんが、好きだとか嫌いだとか、そればっかりで。
おかしいよな、それ以外にもいろいろあるはずなのに。
そっちは全然出てこないんだ。だから飽きちまって。」
「……………ぷ。」

だれかとおんなじことを言ってる。
そう思うとおかしかった。
おかしかったけど、何となく嬉しかった。
 

「つまりガウリイは、ワクワクするような冒険ものがいいわけ?」
ちゃかすように相手を見上げると、彼はお茶をこくりと飲み、少し考えてから言った。
「そうだなあ。
たとえば、野良デーモンをどつき倒すとか。
盗賊のアジトに火を放ってこっそりお宝だけかすめとってくるとか。
役所に知らせて礼金を二重取りする夢を見るとか、そーいうのが全然出てこなくてな。」
「……………あのね。」
「これでヒロインがだな。
食堂一軒食い尽くすほど食欲旺盛だとか。
自分で自分を天才呼ばわりするやつだとか。
ときどきオークより凶暴になる、っていうんなら、すっっごく共感できるんだが…………」
「ほっほ〜うう…」
あたしはカップを置いて立ち上がり、おもむろにソファの後ろに回って……
がしいっ!
背後からガウリイの首を羽交い締めにする。

「それはいったい、どこのだれのことかな?」
「うぐぅっ!そりゃもちろん……」
「まさかとは思うけど、あたしのことじゃないわよね?」
「いや、まさしくそのとーり………う!く、苦しいぞ、リナっ!」
「あれだけ好き放題言って、ただで済ませようとはよもや思ってないわよね?」
「げほげほっ!こらっ、本気で絞めるなって!
いや、そーだったら少なくとも退屈はしないって話で……」
「当たり前でしょ。退屈な時間はあっても、退屈な人生は送っちゃいないわ。
隣にいれば、あんたも同様よ。」
「だからそうだと言ってるだろ。」
 
腕を緩めると、ガウリイは大袈裟に息を吐き出す。
「ほんと、退屈はしないよ。お前さんと会ってからはな。」
「刺激的な人生、送れてよかったわね。」
「刺激が多すぎるよーな気もしないでもないが………」
「気のせい。」
まだ腕を絡ませたまま、くすりと笑うあたし。
 
確かにガウリイと会ってから、大きな事件にいくつも巻き込まれてきた。
それから逃げずに、ひとつひとつ切り抜けて、今のあたし達がある。
さっきの小説みたいに、そのひとつひとつを、すっとばすことは決してできない。
恋愛とは関係ない、けれど大事な日々を、二人で共有してきた。
その日々の中で、自分の気持ちに気づいたけれど。
「オレ達のことが小説になったら、さぞかし退屈しない話になるんだろうな?」
ガウリイが腕の中でこちらを振り返る。
あたしはその顔をじっと見つめてから、とっておきのウィンクで返す。
「そりゃ、あたし達にとっては退屈しないストーリーだけど。
恋愛小説を期待してる人には、がっかりするような内容かもね?」
「はは。……違いない。」
 

これがあの小説の中なら。
あたしは思いきってガウリイに、あんたのことが、と告白をし。
驚いたガウリイは優しく微笑んで、オレもずっとお前のことを、と返してきて。
二人は固く抱き合って。
もっと早く告白すればよかったと、二人とも後悔するんだろう。
 
けれど、小説のように。
言葉に出さない、あたしの気持ちは文章にならない。
言葉にしない、ガウリイの胸の内も、あたしには読むことができない。
………だから踏み出せない。
ここから先は。
 
 
何も言わず、腕をほどかないあたしを。
ガウリイは問いかけず、カップを取り上げて。
湯気の中に漂う沈黙に、溶けるような時間を共有する。
「……それでもあたしは、恋愛小説よりも。
そっちの話の方がずっといいわ。」
腕を放すきっかけの言葉を口にする。
「人生、恋愛ばっかりじゃないしね。」
「………ま、そういうことだな。」
ガウリイはカップに口をつけ、飲み干す。
「そういうオレ達だから、ずっと一緒にやってこれたんだろうな。」
「………………………」
ほんの少しの間があってから、ガウリイは立ち上がった。
突然、それはまるで、あたしの答えを待っていたかのように思えた。
ガウリイは空のカップを取り上げて、ドアへ向かう。
その背中を、引き止めたいと思っているあたしに、気付かずに。
 
ドアを開け、彼はくるりと振り返り、ソファの背に手をかけて立っているあたしを見ると。
なぜかふと、物思うように視線をはずし、それから微笑んで。
「じゃあな。」と片手をあげて、背を向けたので。
よく考えもせずにあたしは、口走っていた。
「全然いらないってわけじゃ、ないけど。」
「…………へ?」
 
エルフ並に性能のいい耳が、それを聞きつけて。
ブーツの足音が止まるまではほとんど時間がかからなかった。
振り向いたガウリイの顔に、驚きの色が浮かんでいる。
「今、なんて………?」
 
そうだ。
今までの日々を、あたしは忘れない。
嫌なことも苦しかったことも、全部。
………その中で。
確かに気がついた、この思いも。
同じように忘れて消すことはできない。
それもあたしの、いや、二人の出てくるストーリーの大事な一部だから。
 
「………だから。
恋愛小説みたいに都合よく行かないけど。
……好きだとか、嫌いだとか。
そーいうのも、あたしが読みたい小説に少しは入ってるってこと。」
我ながら、とんでもなく遠回しな言い方だとは思うが。
「……………………」
ガウリイの驚いた顔に、ゆっくりとだが、不思議に穏やかな笑みが広がって。
何を言わんとしているのか、何故かわかってくれたようだった。
「……そうか。」
彼はぽつりと言い、それから頬をぽりっとかいてから、笑顔を全開にした。
「オレもだ。」
 






 
その後二人は、揃ってカップを下げて食堂に降りていき。
お代わりのお茶をポットごともらって。
おやつのクッキーまでせしめて。
長い雨の午後を、部屋で一緒に過ごした。
今までのことを、振り返ったり。
初めて聞く話もあって驚いたり。
盛大につっこんで、ときどきとぼけて、笑って。
あたし達だけのストーリーを、振り返った。
それはまるで、声で聞かない心の内を。
文章にして行く作業のように。
 

「……これから先は、どうなるかわからないわね。」
といたずらっぽくウィンクするあたしに。
「……そいつは楽しみだ。」
ガウリイも不器用なウィンクで返して。
長いソファの上、二人並んで座る距離はだんだんと縮んでいった。
 
 



恋愛小説読むみたいに。
恋ばかりもしていられないけれど。

文章にならない気持ちを、少しずつ言葉に出して。
あたしはあたしだけのストーリーを刻もう。
毎日を過ごすのと同じくらいに。
それも大事な一ページだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 















―――――――――――おわり。

ガウリナのらぶらぶを、もちろん心の底から望みますが(爆笑)
恋愛だけじゃない今までがあるから、今の二人があるんですよね♪
毎日好きだ愛してるばっかり言ってる二人は想像つきませんし(笑)それ以外の部分もひっくるめてこそのガウリナコンビです♪
いやもう、日常生活がまっったく出てこないべったべったの甘甘ラブストーリーってのも、読みたいくらいじれったい二人ですけどね!(爆笑)ええ(笑)

お互いにちょっとずつ歩み寄る、こんな二人もいいかなと思って今朝書いたばっかりの突発です(笑)
では、ここまで読んで下さった方に、愛を込めてv
ハーレクインロマン●の主人公と、「スレイヤーズ!」の主人公。
どちらになってみたいですか?(笑)
そーらがお送りしました♪ 
 
 






感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪