『寄り添う想い』



立ち聞きしてしまった自分を恥じ、ガウリイはその場を離れようとした。

だが、まるで背中を追いかけてくるように、リナの囁きがその足を止めた。
「あたしはあたしにしかなれない。
だから、あたしがあたしでいることを知って。
…………それでも、傍にいてくれる人がいたら。」

声の引力が振り向かせた。
月が雲に隠れようとしている中。
その場所にだけ、明りがともっているように見えた。
「…………それは、あたしが自分の意志で。
その人の傍にいるのと、同じことだから……………。」
前を見つめる目が、ふと翳った。
誰かを探しているように、彷徨っていた。
 
真珠。
貝殻。
海の泡。
細波。
白い砂。

見えないすべてに彩られることなく。
一つ身でそこにいる彼女が。
誰よりも。
 
ただ伏せた目の行き先にいたいと思った自分に。
とまどいと衝撃の狭間で、その場を立ち去るのが精一杯だった。

何も握っていないはずの手に、確かにあのパールの感触が蘇っていた。
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
翌朝、ランツは部屋でぐずぐずと着替えをしていた。
呆れたゼルガディスはさっさと食堂に降り、ガウリイはため息をついてランツに剣を放ってやった。
「兄貴〜〜〜〜。俺はもう女が信じられないぜ〜〜〜。」
「夢を見るのもいいが、さっさと行かないと、食いっぱぐれるぞ、マジで。」
そう言いながらも、彼も睡眠は十分ではなかった。
大あくびをひとつして、自分の剣を剣帯にとりつける。
「だってよう、ミワンちゃんが会いにいったのって、女だって言ってたのによう。
見かけはどう見ても男なんだよ〜〜〜〜〜。」
「へえ?」
「ムネだって全然ないし。でもよ、ホントは女だって言うし。
なのになのに、ミワンちゃんてば、頬をピンク色に染めて、その女に抱きついたんだぜ〜〜〜〜!」
「へえ。」
「世の中で何が信じられないって、女と女が愛しあうことだぜ〜〜〜〜。
あ〜〜〜〜〜っっっ勿体ないっっ!!そしたら男があぶれるじゃないかよ〜〜〜。
あんなカワイイ娘が、信じられるか?兄貴っ?俺はもう、何も信じられない〜〜〜。」
「は………ははは。」
ガウリイは力なく笑ってごまかすしかなかった。

ランツの声を聞いていると、夢の中の言葉が蘇ってくる気がした。
おまけに、アメリアの声まで重なる。

『お父さんはいつか、娘の手を誰かに渡さなくちゃいけないんですよ?』
 

「っだ〜〜〜〜っっもうっ!!こうなったら、目先を変えて。
今日から嬢ちゃんにアタックでもしてみようかな!!」
ランツが大声を出した。
「いいですかい、兄貴っ?」
「ダメだ。」
即答だった。

「…………………へっ?」
ランツがぽかんと立っていた。
ガウリイは目をしばたいた。
にべもない返事が自分の口から出たことに、信じられない面もちだった。
反射的に頬をぽりっとかいたが、ランツの顔はまだ固まっていた。
慌てて言葉を探す。
「あ………いや。
中途半端な気持ちでリナにちょっかい出すのだけは、やめてもらおうと思ってな。」
そう言って自分の反応に首を傾げ、ガウリイはドアに向かって歩き出した。
その背中に、覚束ないランツの声が響いた。
「………………いや………俺が言ってるのは………兄貴の大事な嬢ちゃんじゃなくて………。
もう一人の、黒髪のちっちゃい女の子のことだったんですがね…………?」
「………………え?」
「………………え?」
二人はしばらくの間、部屋の中で見つめ合ったまま、固まっていた。
 
 
 
 
 
朝食が終わる頃、それまで姿を見せなかったミワンが現れた。
晴れ晴れとした笑顔で、後ろに誰かを伴っていた。
「お騒がせしました、皆さん。
目的は果たせましたので、これから二人で国に帰ります!」
「!!」
ランツ同様に、一同はちょっとだけショックを受けた。
 
華奢でたおやかに佇むミワンの背後に立っていたのは。
ガウリイ並に身長のある、短い金髪の、どこからどう見ても男性にしか見えない人物(でも女性)だった。
きっちりと襟を締めた軍服に身を包み、由緒正しそうな剣を腰からさげている。
一同に向かって、きりっとした敬礼を送ったその人物は、恥ずかしそうに頬を染めた。
「ミワン様をここまでお護り下さり、感謝の極みと存じます。
これより先は、私が全身全霊を持ってして、ミワン様の幸福に邁進する所存であります。」
寄り添う二人の姿はさながら、高貴な人々が嗜むという女性だけで行われる芝居の一シーンのようであった。
もとい、思わず花を飛ばしたくなる絵面である。

「しくしくしく‥‥‥‥‥」
テーブルの端ではランツが身も世もなく嘆いていた。
「畜生、ミワンちゃんはこの俺が守りたかったのに〜〜〜〜。」
「まあまあ、き、気を落とさずに。」
リナはショックから立ち直ると、落ち込むランツを慰めた。
「後でいいこと教えてあげるから。
でもお二人さん、こうやってみるとお似合いよ。いよっ、ご両人っ!」
「そ、その様なこと、勿体のうございます。」
「ありがとうございます、リナさん。
リナさんもどうぞ、お幸せに。」
「あ、あはははははは。ま、人のことは気にせずに。
ちゃっちゃっと行っちゃって。ランツの傷が浅いうちにね♪」
二人に向かってひらひらと手を振るリナ。

「な、泣かせるぜ、嬢ちゃんっ!
この哀れな男に、胸を貸してくれっ!」
ランツががばりとリナに抱きつこうとした。
「ぎゃ〜〜っっ!!こら、何すんのよっ?……って、あれ?」
だがリナに届く前に、ランツは首ねっこを押さえられてじたばたしていた。
ガウリイは片手でランツを引っ張りあげた。
「こら。いい加減にしろ、ランツ。」
「あ、兄貴っ………」
「ガウリイ?」リナがぽかんとしていた。
その視線とぶつかると、ガウリイは咳払いをし、ランツにこう囁いた。
「そんな勢いで飛びつくと、小骨がささるぞ。」
「!!ガウリイっ!?あんたねっっ!!」
その言葉にリナが肩を怒らせると、ミワンが声をかけた。
「リナさん。結婚式には招待しますから。是非来て下さいね。我がフェミール王国に。」
「え。」
「ガウリイさんと一緒に。お待ちしてます。」
「…………えっ?」
目をぱちぱちと瞬かせたリナの背中を、ガウリイがぽんぽんと叩いた。
「だ、そうだぞ。リナ。ほら、手を振ってるぜ。」
「あ。」
一行に見送られ、二人は意気揚々と旅立った。


宿屋の外で明るい陽光にさらされながら、残された五人は少し疲れた表情で宿に戻った。
落ち込むランツの背中を見ていたリナは、遠慮なしに力を込めてばしっと叩いた。
「いてっ!何すんだよ、嬢ちゃん!!」
「いいこと教えてあげるって言ったでしょ、ランツ。あのね。
ミワンは男なの。」
「…………………………
「だから。見た目は女だけど、ホントは男なの。
あの彼女と完全に逆。あれでもちゃんと男女のカップルだったわけなのよ。」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥!!」
ランツの頭の周りをぴよぴよと巡る、黄色い嘴の小鳥達が四人には見える気がした。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
その顔がみるみる明るくなり、彼は笑顔を全開にした。
「なんだ、なんだ、そういうことだったのかああああああ!!!!!
 
そう言うと突然、剣と荷物をひっつかみ、ランツは四人に別れを告げた。
「これから俺は旅に出る!
そう、世界は広い!!男が星の数ほどいるように、女もまだまだ星の数ほどいるってもんだ!!
俺は目が覚めたぜ、兄貴!!もう見せかけには騙されないぜ!!
これからは、ありのままの俺がいいって人を探すんだ!!
だって世界は広いし、誰にだってそういう人がいるはずだからな!!
必ずどこかに!!」
唐突な再会と同じく、四人とランツの別れも慌ただしかった。
彼の姿はあっという間に小さくなり、四人はあっけにとられて見送った。
残されたのは、いつもの仲良し四人組。
 
 
人生に目覚め、悟りを開いた?ランツは、にこやかに町を出た。
大手を振って、元気よく鼻歌を歌いながら。
ポケットでは、今でも大事にとってある、見事な切れ味で二つに薄切りにされたコインが音を立てて跳ねている。
「兄貴。最後の俺の芝居も、なかなかどうして大したもんでしたでしょうが。
もっと傍でつついてあげてやりたかったっすが、この先は兄貴と嬢ちゃんに任せやしたぜ。
二人の道は、二人で作っておくんなせえ。」
彼の楽しげな独り言は、当然ながら四人には届くことはなかった。
 
 
 
 
 
「さてと。」
ランツの笑顔に釣られて、いつしか微笑みを浮かべていたリナが、一同を振り返った。
明るい陽光の中。
その豊かな髪が、さんざめくように輝いていた。
何よりも、その瞳が。
「じゃあ気合い入れて、異界黙示録探しに精を出しますか!」
「………そうだな。とりあえず、二手に別れるとするか。」
頷くゼルガディスに、リナはてきぱきと指示を出す。
「じゃあ、ゼルとアメリアは協会の図書館ね。
あたしとガウリイは、町中の聞き込み。夕食の席で会いましょ。」
「わかった。」
「了解です!」
 
軽い足取りで二人が去ると、リナはようやくガウリイを振り返った。
眩しそうにこちらを見るガウリイを、じっと見上げる。
 
『あたしがあたしでいることを知って。
それでも、傍にいてくれる人がいたら。
…………それは、あたしが自分の意志で。
その人の傍にいるのと、同じことだから。』
ゆうべの自分の言葉を反芻する。
 
リナの瞳が揺るがなくても、ガウリイはそれを見つめ返した。
お互いの首が、痛くならない距離。
ほんの一歩で、今よりも近くに行ける距離。
今は当たり前でも、いずれ崩されてしまう距離。
黙っていると、何かが伝わりそうで。
けれど何も伝わらなそうで。
 
咄嗟にランツを止めようとした、自分の中にこそ。
答えがあることを。
気がつくと目が探してしまう姿が、いつも傍にあることに。
二人はようやく気づこうとしていた。
 
「…………ガウリイ。」
リナが先に口を開いた。
「…………なんだ?」
ガウリイが答えた。
リナは目を伏せ、唇を噛もうとして、思いとどまった。
ほんの少し笑顔を浮かべると、視線をまっすぐに戻した。
「まだあたしのこと、子供だと思ってる?」
「………………え?」
「いつまでも保護者のままでいる気なら、いずれ出てもらうわよ。
あたしの結婚式にはね。」
「………………えっ………。」
「だってどこかにいるはずでしょ?
ありのままのあたしがいいっていう人が。
ランツが言ったみたいに、世界は広いんだから。」
そう言うと、リナは爪先でふわりと半回転して、背を向けた。
黒いマントの上に、さらりと輝く髪が流れて。
光の粒がはじけた。
背中が小さく呟いた。
「その時に泣いても、遅いんですからね。」
「…………………!」
 
言うだけ言うと、ぱっと駆け出す少女。
 
立ち止まり、顔だけ振り向いて。
舌を出し笑うその様子は幼いのに。
確かに何かが変わろうとしていた。
「言っておくけど、披露宴は会費制だからそのつもりでねっ。
半端な御祝儀じゃ許さないわよ。」
 
ちゃかした表情に、すべてが重なる。
誰かを探す人魚姫。
先を見通す強い表情。
ハルを見送った顔。
ミワンに向けた顔。
ランツを送りだした顔。
少女から別のものへと。
移り変わる瞬間を。
今、目にしようとしていた。
 
リナがリナであるように。
飾り気のない彼女の中に。
ちゃんと生まれていた、もうひとつの顔が見えた。
それでも傍にいたいと思った、自分の気持ちを。
逃さないように。
 
ガウリイもまた駆け出す。
リナの後を追い、追いつき、追いこした。
すれ違いざまにこう言いながら。

「お前さんが決めた会費は高すぎるだろうなあ。
払う方じゃなくて、集める側に回るとするよ、オレは。」
「…………………え………………?」
「それなら、泣かなくても済むだろ?」
「…………それ………どういう………」
言われた意味がわからず、眉を寄せるリナを見て、ガウリイは笑った。
「来いよ、リナ。
オレとお前が揃わないと、始まらないだろ?」
「え、ち、ちょっと、ガウリイっ!?」
 
明るい陽射しの中。
肩を並べて走る二人は、聞き込みを続けるために町中へと消えた。

彼等が歩くその先に。
いつか鐘が鳴るように。
岬の教会は待ちわびるように尖塔を空に伸ばしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





















 
 
 
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『せくし〜をあなたに。』というお話がありました。『自称保護者vs自称婚約者!?』が続編でしたが、これはその完結編です♪特に着飾ったり、お化粧したり、風呂上がりとかじゃなくても(笑)日常の中でふと気づく、リナちゃんの色気について語るシリーズ…………なのかな(爆笑)
このガウリイはめちゃめちゃホワイトですね(笑)完全に保護者におさまりきっていて、リナをずっと子供扱いしているガウリイです。
彼もリナがいつまでも子供ではないことに気づくでしょうが、その瞬間を探るお話でもありました(笑)
さて、参加費を払うのではなく集める側っていうのが、リナに伝わったかどうか(笑)
このお話の二人は、ゆっくりと時間をかけて、そこへ到達していく模様です(笑)
 
ではこんなお話を最後まで読んで下さった方に愛を込めて♪
急に女友だちが綺麗に見えた瞬間ってありましたか?
そーらがお送りしました♪
 


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