『そのままのふたり』


とある晴れた日のことだった。
たなびく雲はただ白く、流れ行く水のような空はただ青く。
どこまでも澄みきっていて。
カーテンを開けてそんな空を眺めたら、すぐにでもどこかへ出かけたくなるような。
そんな日。

アメリアは執務室の窓から外を眺め、ふんわりと微笑んだ。
いつもなら違った。
外を眺めるたび、出かけたくて出かけたくてただウズウズした。
空が誘っているようで、あの、大変だったけれどそれなりに自由もあった旅の空へと。



「・・・それにしても久しぶりですね、ガウリイさん。」
振り返ったそこには、赤いふかふかの長椅子にどっかりと腰をおろしている、かつての旅仲間の姿があった。
長い金髪、青い目、軽装の鎧をつけたガウリイは、以前とどこも変わっていないように見えた。
「そうだなあ。かれこれ・・・何年ぶりだっけか?」
「そうですね、2年くらいは経っているかも。でも、なんだかすごくひさしぶりな気がして。」
「そうだな、全然会わなかったからなあ。」
対するアメリアの方は、容姿こそ変わらないものの、取り巻く環境も着ている物や身につけている物が明らかに違った。
「すっかり王女様って感じになったな、アメリアは。
背もいくらか伸びたんじゃないか?」
「ええ、少しは。でも、ガウリイさんは全然変わらないですね。」
ガウリイは自分の膝を見下ろし、肩をすくめた。
「変わってないか?
そうだろうなあ、今までと全然何も変わってないし。」
「相変わらず、ですか。」
アメリアが意味ありげに微笑むと、ガウリイは頭に手をやって笑った。
「ああ、相変わらずだ。」








それから小半時ほど経った頃だろうか。
二人が穏やかに話をしていると、扉がいきなり乱暴に開かれた。
慌てふためいている番兵をよそに、小柄な頭がそこからのぞいた。
「ったくっっ!!人を何だと思ってるのよっっ。」
かん高い声が、声に似合わずぷりぷり怒っていた。

アメリアはガウリイと目を合わせ、ぷっと吹き出した。
「ホントに、相変わらずなんですね。」
「ああ、いろいろとな。」
豊かな栗色の髪、小柄で華奢な体型、黒マントに呪符代わりの宝石をあちこちにつけた魔道士装束のリナは、くすくすと笑っている二人をじろりと睨み付けた。
「何よ、何が相変わらずですって。」
「・・・・やっぱり地獄耳も相変わらず健在なんですね・・・。」
「ア、メ、リ、ア?」
リナの眉がぴくぴくとしたのを見て、慌ててアメリアは笑顔を作った。
「お帰りなさい、リナさん。それで、収穫はありましたか?」
リナは二人を見比べていたが、扉を後ろ手に閉め、つかつかと部屋の中へと入ってきた。
「ええもう。王女様の許可を頂いたとゆ〜ことで。
名だたるセイルーン王立図書館の、閲覧禁止の棚まですっかり見せていただいたわ。」

アメリアにすすめられ、ガウリイがかけている長椅子の端にリナは腰をおろした。
あらかじめ運ばれていたお盆からポットを取って、紅茶を注ぐアメリア。
「突然リナさんが図書館に入らせてくれって来たときは驚きましたが。
でも、お役に立ててなによりです。
・・・でも、どうしてそんなに怒ってたんです?」
リナはカップに手を伸ばし、少し持ち上げると再び眉をぴくりと動かした。

「・・・どうもこうも。
閲覧禁止の棚まで案内してくれたのは良かったんだけど。
あの偉そ〜〜〜な司書さんたち。
ここにあるのは大変貴重なもので、世界にここにしかない書物も多いから。
うっかり破損したり、絶対に持ち出したりしないで下さいと。
くどくどくどくどくどくどくど!説教されたあげくに。
あたしが一ページめくるたびに、『ああ』『ああ』ってぇ、傍で心配そ〜〜〜な声をあげんのよ。
・・・なんかもう、見た気しなかったわ。」
「ああ・・・それは・・・ま、まあ、仕方ないって言うかその・・・いえ、す、すいません・・・」
アメリアがジト汗を流す。
「その上。
あたしが図書館からもう出るって言ったとき、あいつらは何をしたと思う?
言うにことかいて、身体検査するって言い出したのよ?
服のどこかに紙切れ一枚でも隠してないかって。」
「あ・・・・あははは・・・」
事の顛末を予想して、アメリアの汗がさらに数を増やす。
「そ・・・それで、どうしました・・・・?」
「もちろん。」
リナはつんと顎をあげて、紅茶をこくりとひとくち飲んだ。
「少しの間、図書館の中ですやすや寝ていただくことにしたわ。
白魔法の結界はちとやっかいだったけど、今回使ったのは黒魔法じゃないしね。」
「スリーピングですか・・・・」
「そゆこと。」

アメリアはちらりと、リナの傍らに座っているガウリイの顔を見た。
彼は一瞬心配そうな顔をしたが、すぐにほっとした顔になって笑った。
「いや〜〜〜、それで済んで良かった良かった♪
これでオレもこの国から大手を振って出ていけるぞ♪」
「ちょっと、ガウリイ。聞き捨てならないわねっ?」
リナがかちゃんと紅茶のカップをソーサーに置いた。
「いつあたしが、大手を振って出て行けないよ〜な、コソコソ出ていかなくちゃいけないよ〜な後ろめたいことをしでかした?人聞きの悪いこと言わないでよね。
言っとくけどあたし、お役人とお天道様に顔向けできないよ〜な、悪事は働いちゃいないわよ。」
「・・・そんな風に言ってると、まるでリナが善良な一般市民みたいに聞こえるじゃないか。」
「善良なのっ!!指名手配されるよ〜な悪人じゃないのっっ!!
一緒に旅してて、そんなこともわからんのか、アンタはっ!!」
「いや〜〜、リナと善良な一般市民って言葉くらい、似合わないものはないと思ってたもんで、つい。」
「・・・・ガぁウリぃ〜〜〜〜。覚悟はできてるんでしょうね?」
「へ??何の覚悟だっけ?」


っっ。

ぽんぽんと飛び交う会話の向こうで、吹き出したのはアメリアだった。
でっかい拳を振り上げていたリナは、突然赤くなって口ごもる。
「な、なによ、アメリア。」
アメリアはくすくすと笑いながら言った。
「いいえ。ホントに、相変わらずなんだなあって思って。」
「・・・・・え。」

拳を振り上げた姿勢で固まったまま、リナがガウリイを見下ろす。
アメリアのくすくす笑いは、それを見て一層止まらない様子だった。

何となく居心地が悪くなったのか、リナは振り上げた拳を降ろし、わざとらしく咳き払いなんかをして元の位置に座り直した。
「変わらないですね、リナさん。」
アメリアの穏やかな声に、リナは照れたようにそっぽを向いた。
「変わるの変わらないのって、まだあんたと別れて2年かそこらでしょ。
それくらいじゃ、人間そうそうは変われないわよ。
ま、変えたいとも思ってないけど。」
「・・・そうですね。
今のリナさんが、全然別人みたいになっちゃったら、それはリナさんらしくないですもの。」
照れるのをやめたリナは、胸を反らして自慢気に答える。
「そ〜でしょ?これがあたし。いつものあたし。」

「おいおいアメリア、あんまりこいつをのせないでくれよ。」
隣でガウリイが苦笑した。
「調子の良さも相変わらずなんだから。」
「どういう意味よ、ガウリイ。」
「どういうもこういうも、そういう意味。」
「っか〜〜〜〜〜!!そ〜いう奥歯に物がはさまったようなはぐらかし方!
あんたこそ全然変わってないじゃないのよ。
ね、そ〜思うでしょ?アメリア。
相変わらず物覚えは悪いし、方向音痴だし、物を考えることすら放棄してる時もあるし。
ねっ、ねっ?」

「・・・・・・・・。」
アメリアはリナを見つめ、次にガウリイを見つめ、それからもう一度リナを見つめた。

ぷっ!


彼女はまた吹き出し、今度はけらけらと笑った。
お腹を抱えて笑い出したアメリアに、リナとガウリイは顔を見合わせる。
「ちょ・・・・アメリア?」
おそるおそる立ち上がったリナに、アメリアは目の端に浮かんできた涙を人さし指で拭いながら言った。
「お二人が相変わらずなのは。
お互いに変わってほしくない、今のままでいて欲しいって。
お二人ともがそう、思ってるからじゃないですか?」


「・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・。」



立ち上がったリナがガウリイを見下ろし。
ガウリイがその視線を受け止める。

かあっとまっ先に真っ赤になったのは、勿論リナの方だった。
「ちょ、な、何バカなこと言ってんのよっ、アメリア!
あ、あたしは別に・・・」
くすくす。
アメリアはまだ笑いつづけている。
「あのねえっ・・・・」

食い下がろうとしたリナの頭に、ぽんっと大きな手が置かれた。
いつのまにかリナの隣に立っていたガウリイは、その頭をしばらく撫でると、アメリアに向かってさらにリナの顔を赤くさせるようなことを言った。

「・・・そうだな。
何だかんだ言って、リナはリナでいてくれないと困るからな。」
「!」



びしっと固まったリナを目にして、アメリアはくすくす笑いをやめ、にっこりと微笑んだ。
「そうですね。
リナさんが相変わらずリナさんで。
そして、ガウリイさんが相変わらずガウリイさんだから。
お二人はずっと一緒にいるんですよね。」

かっかっと顔を火照らせているリナと、その頭をにこにこしながら撫でているガウリイの前で。
アメリアはくるりと背を向けて、机の上から丸い箱を取り上げた。
ことりとテーブルの上にそれを置き、蓋を開ける。

中には丸く象られた、ピンクや白や黄色の花でできたブーケが一つ入っていた。
アメリアはブーケを取り、リナに差し出して微笑んだ。

「おめでとう、リナさん。お幸せに。
・・・・・そしてありがとう。
私に、結婚の報告に来てくれて。」





††††††

無論、このあと。
これ以上にないほど真っ赤になったリナが、バタバタと手を振りながらとんでもない早口で、どうしても図書館に用事があったのだと否定しまくったことは言うまでもない。
「しゃべったわねっ、ガウリイっ!!」
「へ?言っちゃいけなかったのか?」
「い・・・言っちゃいけないとは言わないこともなくはないけどだからってっっ!!」

そしてもう一つ。
慌てふためくリナの隣で笑うガウリイの、左手に光るものと同じものが。
リナの左手にも、手袋の下、とある指におさまっていることだけは。
変えようがない事実の一つであったことを、付け加えておく。




























=======================えんど♪

前回の新作の時に、香月さんが掲示板に書いて下さった感想をヒントに書いたお話です♪
何だかんだ言いながら、『リナはこうでなくっちゃ』とガウリイが言っているようで、というコメントにとても同感しました(笑)
やっぱりリナはリナでないと、ガウリイはガウリイでないとね♪♪
なので、相変わらずな二人なのに実は進展してて、それでもやっぱりいつもとそんなに変わってないんだよ、というシチュエーションが書きたくなり、説明も何もいらずに納得してくれる(笑)アメリアの登場となりました。アメリア、あてられっぱなしですね(笑)

ではでは、ここまで読んで下さったお客様に、愛を込めて♪
ノロケ話を無理矢理にでも聞き出したいような友だち、周りにいますか?
(きっとものすごく照れ屋で、普段は自分から絶対にノロケを言わないタイプですね・笑)
そーらがお送りしました♪


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