『夕陽の魔力』



  
 
子供だ子供だと。
口にするのは。
本当にそう思っているから?
それとも。
そう思おうとしているから?
 
 
天高く昇った陽が、かなり傾いてきた頃。
オレの腕にうず高く積まれた荷物の上に最後の小箱を一つ乗せると、道具屋のじいさんは首を振り振りこう言った。
「それにしてもあの嬢ちゃん、大した娘だねえ。」
「へっ?」
「うちでこんなに値切って行ったのはあの娘が初めてだよ。」
「はあ。」
「いやあ、大したもんだ。確かにこっちゃ大損だが。なんていうか、あそこまですかっと値切られちまうと、返ってすがすがしいやね。」
「………………ええと………。」
「まあそんなもんだ。今日はいい勉強させてもらったよ。あんた、これ持ってあの嬢ちゃんを追いかけるんだろ。よろしく伝えておくれ。」
「はあ。」
 
値切られてすがすがしいなんて言われたのは、オレも初めてだった。
今日の昼頃、ぶらりとこの店を訪れたリナは、オレそっちのけで店のじいさんと話に興じ、結局のところ、自分の欲しかったものをかなりの金額で割引かせることに成功したのだ。
ちなみに、店に来てから数時間が経過していることは言うまでもない。
交渉が終わると、荷物はオレに任せて、自分はさっさと次の店に買い物に行っちまった。
……………やれやれ。
 
「見たところ、あんたはあの嬢ちゃんの………」
「保護者だ。一応だけどな。」
「一応………ほほう、なるほど。」
じいさんが長いヒゲを撫でつつ、訳知り顔に頷いたので、オレは思わず聞き返してしまった。
「なるほどって………。どういう意味だ?」
「だから、なるほどと。」
「い、いや、だから?」
「だから、なるほど、と。納得した訳じゃわい。」
「い、いや、そうじゃなくて………。」
「ほっほっほ。要するに、本当の保護者ではないが、保護者役を買って出てると言ったところじゃろう。」
「………まあ………そういうことだけど………。」
初めからそう言ってくれればいいのに………。
リナの長時間の買い物につきあった後に、この会話はかなり心身にこたえるぞ。
「確かに背もちびっとばかしちっこくて、ムネもちびっとばかりちっこい、見かけはおきゃんな女の子に見えたが。」
じいさんが、人さし指と親指を開いて、ちっこいを連発する。
リナがこの場所にいなくてよかったと、オレは心底思った。
ほっ。
 
「保護者のいる年かも知れんが、いっぱしにやって行けそうな根性の座った娘じゃったぞい。」
どうやらじいさんは、リナが気に入っちまったらしい。
珍しいこともあるもんだ。
「まあ、確かに根性は座ってるが………。いろいろ事情があってね。なんとなく、オレが保護者ってことになっちまったのさ。」
そうだ。最初は、半分冗談のつもりで。
それがいつのまにか、定着しちまってただけだった。
「メチャするやつでね。」
「それは言わんでもわかっとる。」
オレが肩をすくめて、仕方のないヤツだとばかりに言うと、じいさんは片手を振ってあっさりと受け流した。
「どうやらお前さんは剣士で、魔道にはとんと興味がなさそうじゃが。あの嬢ちゃんが買った品物はどれも一級品、しかもレアアイテムじゃ。かけだしの魔道士なんぞには見せてもさっぱりわからんほどに、マニアックな品物なのじゃよ。」
そう言ってにやりと笑ったじいさんは、はるかにしゃんとして見えた。
「どうせ誰も気づくまいと、棚の奥の方に隠しておいたのじゃが。一発で見破られた時は、すぐにこの嬢ちゃんはただ者じゃないと、わしにはわかったぞい。」
「へええ…………。そんなにすごいもんなんだ。これ。」
オレはまじまじと、自分の腕の中にあるものを見た。
どれも黴くさくて、埃だらけのガラクタにしか思えなかったが。
そうか。そんなに凄いのか。
 
「こんなアイテムを使う魔道士なぞ、そんじょそこらにゃおらんよ。よっぽど高位の魔道士か、かなりの研究を重ねた魔道士だけじゃ。あの嬢ちゃんの年でそこまで極めたとなると、それこそ嬢ちゃんはただ者じゃないということになる。」
「へえ………。」
 
初対面のじいさんが、リナについてオレの知らないことを話している。
今までの旅でも似たようなことはあったが、その度にオレはいつも驚かされることになる。
自分が、どんなヤツと一緒にいるのかを。
それはまるで、いつも前を向いてばかりいる、リナの横顔を覗くようなものだった。

「ま、その嬢ちゃんが旅の連れにしてるってことは、お前さんもただ者ではないじゃろうて。」
「へっ?」
いきなり話題がこっちに戻ってきて、オレはきょとんとするばかり。
「いや………別に、オレはただの旅の傭兵だけど。」
「いやいや。道具屋の主人の目を欺くのがどんなに難しいか、お前さんは知るまいよ。」
またにやりと笑うじいさん。
「何せ、普段は暇じゃからの。人間ウォッチングがいい暇つぶしになるんじゃ。おかげで、今では見ただけでかなり相手の力量がわかるようになったぞい。」
「暇つぶし…………。」
「そのわしの慧眼(けいがん)によると、お前さんもただ者の剣士ではなさそうじゃ。ただ者ではない魔道士、ただ者ではない剣士、いやいや、なかなかよいコンビじゃ。」
「なんだかよくわからんが………まあ、ほめ言葉と受取っておくよ。」
「当たり前じゃ。誉めとるんじゃからな。」
真っ白なヒゲと真っ白な薄い頭髪のじいさんの印象は、一言一言ごとにどんどん変わった。
オレは目をぱちくりさせ、ようやく、リナが急いで後を追いかけてこいと言ったことを思い出す。
 
「じゃ、オレはそろそろ。いろいろありがとな、じいさん。」
「ほっほ。わしも楽しい思いをさせてもらったよ。あの嬢ちゃんの相手は大変じゃろうが、お前さんもがんばるんじゃぞい。」
「確かに大変だけど…………何をどうがんばればいいやら………。」
遅れたことにどれだけ大目玉をくらうか考えると、ついついオレの声も下降気味だった。
じいさんはにこにこしながらオレの傍によると、老人とは思えないほど強く、そのしわくちゃの手のひらで、ばしっっっとオレの背中を叩いた。
「いててっ!」
「お前さんはあの娘の保護者なんじゃろうて?お前さんががんばらんでどうするんじゃ。」
「………はあ。」
「うかうかしておると、立場が逆転しかねんぞい?」
「へっ……………?」
「いつまでも相手を子供だ子供だと思ってると、足元を掬われると言っとるんじゃ。おなごはあっと言う間に変わるものだぞい。」
「お………おなご…………?」
「女の子はあっと言う間に、娘に成長すると言っておるんじゃ。
咲けば大輪じゃろうて。あのおなごはの。」
「咲けば……………?」
「咲くか咲かぬか。それは誰にもわからんがの。」
 
ナゾナゾのような言葉を続けると、じいさんは好々爺かくたるかと言った笑顔でオレを送りだした。
最後に、澄ました顔でこう付け加えて。
「ま、わしから見ればお前さん方は二人とも、まだまだひよっこじゃがの。」
 
 
 
 
 



 
 
「おっそ〜〜〜〜〜〜い!!!!何してたのよっ!!」

道具屋を呆然と後にすると、通りの彼方でリナが手をぱたぱたと振っていた。
「わ、悪い悪い。」
慌てて駆け寄ろうにも、腕の中が品物で一杯だ。
走って落としでもしたら、また何を言われるかたまったもんじゃない。
するとリナはあちらからぱたぱたと駆け寄ってきた。
「全部揃ってる?どれどれ。うん……うん、おっけ〜ね♪はい、ごくろ〜さま♪」
品物を確認すると、リナは打って変わってにこっと笑った。
表情がくるくると変わるところは、町の表通りで見かける小さな女の子とそっくりだ。
「んじゃそれ、宿まで持ってってね♪あ、それとこれとこれも♪」
どさどさどさっ!
別の店で買った品物が、またさらにオレの腕の荷物に加えられる。
小さな女の子と違うところは、人使いの荒いところかな。
 
くるりと踵を返すと、オレが当然後をついてくるものと断定して、さっさか歩き出すリナ。
「それにしても遅かったじゃない。何してたのよ?」
「いや………つい、店のじいさんと話しこんじゃって。」
「へえ………あのおじいちゃんねえ。で、何を話してたのよ?」
リナの隣を歩いていても、リナの顔はよく見えなかった。
いつもよく見えるのは、リナの小さな頭のつむじだけだ。
オレはよく、そのつむじが実は二つあるんじゃないかとか、逆巻きなんじゃないかとか、ひねくれてるんじゃないかと探してしまったりする。
「それが……………大体は………その、よくわからない話だったような。」
なんとも説明のしにくい話で、オレはそのままそう言うしかなかった。
 
リナが顔をあげ、オレの顔を見上げる。
「ったく。あんたっていつもそうよね。それでよく、あたしに会うまで一人で旅が続けられたもんだって、ホントいつも感心しちゃうわ。奇跡よね。奇跡的。」
「おいおい………。そこまで言うか?」
「いや〜ホントに。過去をのぞくオーブでもあったら、ちょっと覗いてみたい気もするわね。」
小首を傾げて、自分の案を考えるリナ。
「ん〜〜〜でも、見てるだけでなんかヒヤヒヤしそう。過去のあんたにスリッパでツッコミ入れるわけには行かないしねえ。」
「あのな………何でもツッコミを入れなくちゃいけないって法律はないと思うんだが。」
「そうっ?あたしの生まれた町じゃ、当たり前だと思ったけど。」
「どんな町だよ…………。」
「それを言うなら、あんたの生まれた町だってそ〜と〜なもんじゃないの?あんたみたいなのがうじゃうじゃいる国…………ぶるぶる、恐ろしい…………。」
勝手な想像で、勝手に震えるリナ。
「おいおい。」
苦笑するオレ。
いつもの会話。
 
「そういえばあのじいさんが………」

お前を気に入ったみたいだったぞ、と言おうとした時、何かがどしんとオレにぶつかってきた。
きゃゃあぁ!!」
女の子の悲鳴。
「おっとっと。」

一番上の荷物が落ちそうになり、オレは荷物を抱えなおす。
足の辺りが妙に冷たい感じがして、オレはぶつかってきたものに目をこらした。
 
路上に小さな女の子が一人しりもちをついていた。
今にも泣き出しそうな、でっかい目をしている。
「わ、お、おい。」
見守るうちにも、大粒の涙がぼろんっと目からこぼれ落ちた。
「大丈夫?怪我しなかった?」
リナがしゃがんで、女の子に手を差し伸べる。
女の子は首を振って、オレの足の辺りをこわごわ見上げている。
まずい。ひっくひっくし始めた。
何が原因かと、自分の足をそうっと見おろしてみると、べったりとピンクと黄緑色のアイスクリームがついているのが見えた。
女の子の片手には、アイスのないコーンだけが握られている。
 
「怪我したの?それとも、アイスが落ちちゃったんで、泣いてるの?」
困って問い掛けるリナに、女の子は激しく首を振る。
……ははあ、なるほど。そういうことか。
オレは納得する。
 
「気にすることないぜ。服なんか洗濯すればいいんだからな。」
女の子の首振りが止まった。
じいっとオレの顔を見つめている。
「泣く前に一言、ごめんなさいって言ってくれれば、オレは別に気にしないよ。」
「…………ごめんなしゃい。」
途端にぴんっと跳ね起きると、女の子はにこっと笑った。
「ありがと、おにいしゃん。」
ぴょこんっと頭をひとつさげると、女の子はぱっとオレ達の前から駆け去った。
事態を見守っていた母親らしき人物が、オレに向かって丁寧にお辞儀をした。オレも会釈を返す。
 

「アイスを落としたことより、あんたにアイスをくっつけちゃったことを心配してたのね、あの子。」
オレの隣で親子を見送るリナ。
「前に怒られたことがあったんだろうな。」
親子が人混みに消えると、オレ達は宿へ向かって歩き出した。
「でしょうね。んで、今回は運よくあんたにぶつかっちゃったわけだ。」
「運よく?」
「だってそうでしょ。あんたはひどく怒らなかったじゃない?」
「そりゃそうだろ。アイスくっつけられたくらいで、キレるほど怒ってどうする。」
「世の中にはそんなヤツもいるってことでしょ。でも、あんたみたいなのもいるのよね。」
両手を後ろに組んで、何となく機嫌のよさそうな声で、リナが少し前を歩く。
「ま、あたしもあの子と同じクチかもね。あの時あんたに会ったのも、運みたいなもんじゃない?」
振り返るリナ。
陽は傾き、夕陽の色になり。
少し赤く照らし出す顔。
「仮にあんたが、あの時盗賊と一緒にあたしを捕まえようとするようなヤツだったら、今ここで、隣を歩いていないでしょ。」

にこりと笑う、その顔。
変わっていない、初めて会った頃と同じ笑顔。
本当に?
「………そりゃ、そうだろうな。」
ほんの少し騒いだ胸を自分で抑えるように、オレは咳払いをする。
「もしオレがそういうヤツだったら。その時、盗賊どもと一緒に吹っ飛ばされてただろうからなあ。」
「そゆこと♪」
「運がよかったのは、お前さんなんだか、オレなんだか。」
 肩をすくめ、笑ってみせたオレ。

ふと、リナが立ち止まった。
こちらをゆっくりと振り返る。
オレも足を止める。

リナの背中に、夕陽が落ちていくようだった。
全てが黄色と橙色に沈み。
こちらを向くリナの顔は、逆光を受けて暗く見える。
どんな顔をしているのか。
よく見えないそれに、オレは目をこらす。

「…………そうね。
運が良かったのは、あなたなのか。
それとも、あたしなのか。
……それとも。
運とかそういうのじゃ、なかったかも知れないわね。」

低い、オレにしか聞き取れないような、小さな声がした。



…………リナと初めて出会ってから。
何年も経っているわけではない。
ついこの間のことのようなのに。

オレは何を見ていたんだ?
いつも隣に。いつも近くにいたこいつを。
ここにいるのは、誰だと思っていたんだろう?




と、リナが急に近づいてきた。
ぴたりとオレの前に止まったので、オレも足を止める。
 
荷物の先に、リナの小さな顔。
ひょいっと腕が伸びてくる。
オレは身動きできない。

後で気づいたのだが、リナの手が手袋ではなく、素手だった。
 

細い指がいきなり目の前に現れた。
かと思うと、次の瞬間、オレの頬に触れた。
何が起こっているのかわからずに、ただ唖然としているオレ。
そのオレの頬をさっと一撫ですると、リナの指はリナへと戻る。
目を閉じた、リナの唇へと。
 
ぺろっと、桜色の舌が口からのぞいたかと思うと、それは指を一舐めした。
     

     どきんっ……………

 

ほんのわずか騒いだだけの胸が、今度ははっきりと大きく音を鳴らした。
まるで、予感していたとでも言うように。
 
オレの視線に気づくと、リナは目をぱっと開いた。
その鮮やかさに息を飲むオレ。
夕陽の中で、それはさらに赤かった。
ふっと笑う唇も紅い。
 
一瞬の幻だろうか。
全てを紅く染めていく、夕陽の魔力のせいだろうか。
目を奪われるのは。
 
じいさんの言葉が耳にこだまする。
『いつまでも相手を子供だ子供だと思ってると、足元を掬われると言っとるんじゃ。おなごはあっと言う間に変わるものだぞい。』
 
………子供だ子供だと口にしているのは。
本当にそう思っているからだったのか。
それとも。
そう思おうとしているからだったのか?
 
子供と、保護者。
その図式が無理矢理なものだと。
いつまでも長続きするものじゃないと。
わかっているから。
認めたくないから。
 
 
 
 
 
ほんの何秒かの間、いろんなことがオレの頭を駆け巡った。
そんなことなど、何も知らずに。
リナはにかっと笑うと、満足げな声を出した。
「ん、んまぃっ!やっぱりあのアイス、買ってこよっと!」
そう言って、近くの売店へと駆け出した。
「え………………」
後に残されたのは、荷物を抱えて固まったままの、オレ。
「………………………。」
 …………今のは何だったんだ?

子供だと思っていたら。
子供に見えなくなって。
子供じゃないのかと思い直そうとしたら。
やっぱり子供で。

「…………ふう。」
かける手があったとしたら、オレは今まさに、頭をかいていたに違いない。
リナが触れた頬ではなく。
長く伸ばした前髪が、隠してくれることを祈って。
少し赤い頬を。

「……………まいった…………………。」
出てきた言葉は、多くはなかった。
 


アイスクリーム屋の前で、またも値切り出したリナに向かって、オレはゆっくりと歩き出す。

まさに沈もうとする夕陽の向こうで、じいさんが笑っている姿が見えるような気がした。
 

『咲けば大輪じゃろうて。』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





 
 
---------------------the end.
 
何年も前に、ある企画を考えたことがありました。結局形にはなりませんでしたが、今でもたまに思い返して反映させようとします。
それは。
『ヤツの顔は赤くなっているか?』(笑)
自分的ビジュアルで、ガウリイが赤くなるシーンていうのが想像しにくかったからなんです(笑)テレビや小説ではぽっと赤くなったところがありましたが、原作1・2巻あたりのガウリイだと、リナが何やっても赤くなるようなことはなさそうだなあとか思ったりしてました(笑)
なので、ガウリイがどんな時に顔を赤らめるか、みんなで考えてみようという企画だったのです(笑)だから今でも、時々考えてトライしてみます(笑)
自分の書くガウリイはどうも攻め側(笑)のようで、逆にリナの方から何かアクションを起こされると意外に弱いのではないかという視点から何度か赤くなったガウリイを書きました。今回もそれです(笑)
 
では、ここまで読んで下さったお客様に、愛をこめて♪
友達だと思ってた人が、急にあなたの顔を見て赤くなったことはありませんか?
そんな美味しいシチュエーションは、是非少女マンガのネタに(おひ)
やっぱり脇役がいつも好きになってしまうそーらがお送りしました(笑)
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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