『夢では会えない』

 
重苦しい朝。
太陽までが耐えきれず、雲に隠れているよう。
 
カーテンから差すわずかな光に、リナはそんな思いに囚われる。
だるい体を物憂気に起こして。
しばし手のひらに、強く額を押し付ける。
 
夢の内容は覚えていない。
ただ。
耳に残る声。
ふいに消える姿。
途端に感じる気温。
そして闇が。
 



「・・・・・・・・。」
しばらく固まったように動かなかったリナは、ゆっくりと手のひらを離した。
続いて、ぷるっと頭を振る。
こきこきと肩をならし、腕をぐるぐる回転させる。
胸をいっぱいに膨らませて、大きく深呼吸。
すうはあ。
「・・・・おしっ。」
元気よく頷くと、ベッドから飛び下りる。
 
「大丈夫、ですか・・・?」
隣のベッドから小さな声。
振り返ればそこには、いつのまにか起き上がっている同室者。
アメリアが心配そうな顔でこちらを見ている。
 
「・・・何が?」
ハンガーにかけた服に手を伸ばしたリナは、きょとんと振り向く。
手早くばさばさとそれらをベッドの上に放り出すと、パジャマを脱ぎ始める。
「いえ・・・その・・・・。」
タイツをはき、ボディースーツをひっぱりあげ、チュニックをベルトで止めて、襟を締める。
手馴れた作業は、頭を使わずともできた。
何も考えないままリナはベッドに腰を下ろし、ブーツを履きながら言った。
「・・・・あのね。
いつまでも『大丈夫?』『大丈夫?』って心配されるほど、あたしは別に落ち込んでるわけじゃないのよ?」
「・・・・いえ、あの・・・・。」
言い淀むアメリア。
ブーツの踵をとんとん床で叩いて、履き心地を確かめるリナ。
「第一、そんなにヤワじゃないわ。」
「す・・・すいません・・・・。」
消え入りそうな声でアメリアは毛布の中に縮こまる。
「・・・・・・。」
 
その姿を見て、ぽりぽりっと頭をかいたリナは立ち上がり、細身の剣がとりつけられた剣帯を腰に巻いた。
「・・・まあ・・・確かに、この先どうなるかわかんないし。
何もかもが全て上手く行く、とまでは思ってないわ。
そんな簡単に楽観できるほど、状況は明るくないしね。」
そう言うと、金具をパチンと締める。
 
それからつま先でくるりと回転すると、すたすたとアメリアのベッドに近付いてきた。
両手をばふっと、毛布の上に置く。
「・・・・でも、そんなにいつまでも心配されてると。
別に落ち込んでるわけじゃないのに、
なんか、落ち込まなきゃいけないよ〜な気になっちゃうじゃない。」
「・・・・・。」
おずおずと毛布から頭をのぞかせたアメリアに、リナは軽くウィンク。
「だから、それはもう言いっこなし。ね?アメリア。」
「は・・・はい・・・・」
少し明るい顔を見せたアメリアが頷いた。
リナはにっこりと笑って、いつのまに仕舞ったのか、懐からスリッパを片方取り出した。
「次に言ったらしばくわよ。これで。」
「・・・・・・・(汗)」
 
 
たじろぐアメリアを残し、リナはドアに向かった。
そのきっぱりとした背中に、アメリアは思わず声をかけてしまう。
「でも・・・あの・・・リナさん・・・昨夜・・・」
「?」
ドアの把っ手に手をかけてリナはいぶかしげに振り向く。
「昨夜?」
「リナさん・・・・夜・・・うなされてて・・・あの・・・寝言で・・・
ガウリイさんの・・・・」
「すとっぷ。」
言いかけたアメリアの言葉を、リナは手をあげて制した。
「リナさん・・・・。」
追い縋るような声のアメリア。
射るようなリナの視線に会い、体を強ばらせる。
 
リナはため息をつき、次に肩をすくめて見せた。
「寝言であたしが何を言ったか知らないけど。
・・・寝言は寝言、眠ってる本人だって何喋ってるかわかんないんだから。
そんなのにまで責任持つ気ないわよ、あたし。」
「・・・・・・・。」
「それに。一つ、言っておくけど。」
「・・・・・・?」
 
アメリアが顔をあげる。
リナはきっぱりとこう言い放った。
「夢なんて、見てないから。あたし。
見てたとしても、覚えてないから見てないのと同じってわけ。
だからこの話題はおしまい。
・・・いいわね?アメリア。」
「でも・・・あの・・・・」
「いいわね?アメリア。」
「・・・・・・・。はい・・・・。」
しょんぼりとしたアメリアを一人残し、リナは部屋を出る。
 
 
 
後ろ手に閉めたドアを背にして。
リナはほんの数秒立ち尽くしていた。
やがてその唇に、苦笑いが浮かぶ。
「ったく・・・・。ホントに、寝言までは責任取れないっての・・・・。」
ひとつ呟くと、何ごともなかったようにすたすたと廊下を歩き出す。
「よっと。」
何事もなかったかのように。
元気よく一段飛ばしで階段を降りる。
こんな言葉を吐き出しながら。
 
「それにっと。・・・会いたくないのよねっと。・・・ガウリイとは・・・っと。
・・・夢の中では・・・ねっと。」
 
 
降りきったところでゼルガディスとはち合わせた。
面くらった顔の彼の前で。
両手をあげて、ポーズを取り、『10点。』とふんぞり返って見せる。
 
彼は呆れるどころか、意外そうな声を出して言った。
「・・・何だ、朝から元気そうだな。」
リナは即座に答える。
「そりゃそうよ。」
 
ゼルガディスにこれ以上ない極上の微笑みを見せて、リナはテーブルにつく。
「滅茶苦茶お腹が減ってるってことは、滅茶苦茶たくさん食べられるってことで。
たくさん食べられるってことは、長く幸せが続くってことなのよ。
食欲のない朝なんて、それだけ損した気になるじゃない。
さ〜〜て、どれから頼もうっかな〜〜〜♪」
メニューを覗くリナに、ゼルの微かなため息が聞こえた。
「大丈夫そうだな・・・。」
そんな呟きは、聞かなかったことにした。
 
 
 
 
 
 

**********************

 
 
 
 








「お〜〜い、リナ?」
「・・・・んあ?」
 
どこか頭上から聞こえた声に、リナは目を覚ます。
開いた目蓋の向こうに、上から覗き込んでいるガウリイの顔と、鮮やかな緑の木漏れ日が見えた。
 
「・・・・・・・。」
ぽりぽりと頭をかきながら、街道脇の木の根元でリナは体を起こす。
しばしぼおっととしていたが、やがて手を一つぽんと打って言った。
「そっか。昼寝してたんだ、あたし。」
「・・・おいおい、寝てたことも忘れたのか?」
「いやまさか。ガウリイじゃあるまいし。」
半目開きのリナに、ガウリイが苦笑する。
「あのな。」
「それとも、一緒に旅をしてて脳ミソクラゲ菌が伝染ったとかっ!?
イヤ〜〜〜〜!!消毒しなきゃ、消毒!!」
頭を抱えて振り回すリナ。
ため息をつくガウリイ。
「人をバイキン扱いするな。・・・それより、大丈夫か?」
「へっ?」
抱えていた頭を放し、リナは目をぱちくりさせる。
「大丈夫かって・・・何が?」
「いや・・・うなされてたみたいだから。」
「うなされてた・・・あたしが?」
「ああ。」
 
なるほど。それで起こしたのか。
リナは一人納得しながら、立ち上がる。
 
マントについた草をぱたぱたと払い、しばし考え込んだリナは神妙に呟く。
「やっぱ・・・・・お昼に食べたイカの塩からのクリームあえがまずかったかしら・・・・。」
「・・・・・・・食うなよ・・・・・そんなの・・・。」
「何言ってんの、あんたが頼んだのよ?」
「え・・・・そうだったっけか?」
「そ。だからあんたも食べたっしょ?
なら、今晩あんたもうなされるかもよ〜〜〜〜〜〜。楽しみねっ♪」
「そんなの全然楽しみじゃない・・・。」
「よっしゃ、口直しに街道添いの茶店でダンゴでも食べよう!
うん、決めた、今決めた!
そうと決まったら早速!」
 
くるりと身を翻し、颯爽と駆け出すリナ。
街道まで辿り着くと、ぱたぱたと手を振っている。
「ガウリイ〜〜〜!店に遅くついた方がオゴリだかんね〜〜〜〜!!」
「あ〜〜〜〜っっ!!ズルいぞお前っっ!!」
慌ててガウリイも駆け出す。
 
 
すぐに追いついた背中から、こんな問い掛けがあった。
「ところでさ。あたし、うなされてたって言ったわよね?」
「??ああ。」
質問の主旨がわからずにガウリイは何となく頷く。
「その時・・・・何か言ってた?」
「え?」
 
思わずガウリイが立ち止まる。
リナは振り返ると、ぺろっと舌を出した。
「なんかあたし、たまに寝言でヘンなこと言ってるみたいだから。もしかして、と思ってさっ。」
「・・・・・・・・。」
その顔をじっと見つめるガウリイ。
「ほら、眠ってる間何を口走ってるか、本人にはわからないでしょっ?
夢の内容は覚えてないし。
だから、変なこと言っても気にしないで欲しいな〜〜っていうか・・・」
どこか目線がさまよっている。
 
数瞬の迷いのうち、ガウリイはゆっくりと口を開く。
「・・・あのな・・・・リナ・・・・」
ところが。
そう言った途端、いきなりリナが両手を顔の前でバタバタと派手に振った。
「あ、言ってなきゃいいのよ、言ってなきゃ。」
「・・・リナ?」
ガウリイが目をぱちくりさせると、リナは両手をぱんっと顔の前で合わせて謝った。
「いきなり変なこと聞いてごめん!っていうか!
ふひひ、見事に作戦にひっかかってくれてありがとぉ〜〜〜〜!!」
「!」
 
考え込んでいたガウリイを置いて、リナはどぴゅ〜〜〜んっと走り出した。
あっという間に丘の向こうに姿がかき消える。
 
「・・・・・・あ〜あ。」
ガウリイはぽりぽりと頭をかき、盛大にため息をついた。
それから仕方なしに、ゆっくりと大股に走り出した。
「リナのやつ、なに慌ててるんだろうなあ・・・・・。
オレが何を言うと思ったか知らんが・・・・・。
・・・何か、言われたくない事でもあったのかな・・・・。」
彼はぽりぽりと鼻の頭をかき、何故だか少し照れたように空を見上げた。
「オレの名前を呼んでた、なんて言ったら・・・。
怒ったかもな・・・・。」
 
 
 
・・・・夢では。
会いたくない人がいる。
 
夢で終わらせたくないから。
あたしは、夢に見ない。
うなされて、夢の中でしか呼べない名前をずっと呼んでるような。
そんな自分にはなりたくないから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 












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『夢で逢いましょう』って歌があるじゃないですか(笑)これの反対だなあと思いました(笑)この話はたった一言のリナのセリフが浮かんで、そこから思い付いたお話です。『夢では会いたくない。』現実で会いたいからこそ、このセリフが出るかなと思って書きました。夢で会っちゃうと夢のままで終わってしまいそうで。ちょっと切な系の話ですが、いかにも意地っ張りなリナらしいかなと思ってます。
 
では、ここまで読んで下さったお客様に愛を込めて。
らぶらぶばっかりじゃないのに、いつも読んでくれてありがとうです(笑)
これを最後にほんのしばらくですが移転準備のためお休みします。新規開店しましたらまた、皆様にお会いできることを願って♪
そーらがお送りしました♪


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