「バンダナ」

 
 
 
ガインッ!!
 
耳もとでいきなり弾けた衝撃音と同時に、手首にじんとする痛みが走った。
「……つ……っ!」
思わず手から得物を離し、はずみで後ろにしりもちをついてしまう。
魔法の灯が照らす、暗い空き地に男の声がする。
「今日はもう、終わりにするか?」
 
少し離れたその場所は、逆光のせいか顔がよく見えない。
顔が見えないと、何故か別人のような気がする。
あたしはかぶりを振った。
「………っ、もうちょっと。」
「頑張り過ぎても、明日がつらいだけだぞ。
今日一日で、すぐに強くなれるわけじゃないんだ。」

即席の木刀で自分の肩をとんとんと叩きながら、ガウリイが歩み寄った。
ここ最近の、あたしの剣の師匠を兼ねている。
自称、あたしの保護者だ。
「随分良くなってきたぜ、お前さん。
最初はすぐ息が上がってたけど、今はそうじゃないだろ。」
「………そりゃあ、ね。
あたしをみくびってもらっちゃ困るわよ。
飲み込みは自分でも早い方だと思ってるしね?」
そう言いつつ、額に浮かぶ汗をぐいと拭うあたし。
そこそこ使えると思っていた、自分の甘さを日々感じていた。
いくら斬りあっても、余裕でかわしてしまうガウリイがいる。

彼の言うことはもっともだった。
一日やそこら、ちょっと練習しただけで天才剣士になれるわけはない。
それでも魔族に狙われる魔道士としては、剣も大事な命綱の一本だ。
そう思って、あたしの知る限り一流の、腕は他にひけを取らないガウリイにこうして毎晩、寝る前に相手をしてもらっているのだ。
 
「そうだな。朝、変な格好で起きてくることもなくなったよな。」
吹き出すように言うと、ガウリイが空いている方の手を差し出した。
ぬぁっ!?言うかな、そーいうことっ!」
その手をぱしんと軽くはたいて、あたしはさっと立ち上がる。
「しょーがないじゃないっ。
初日は体が痛くて、確かに変な歩き方してたけどっ?
可愛い弟子の頑張りを笑うかな。」
「可愛い………かどうかはまた別の問題として………
そうか………弟子か、お前さん。オレの。」

自称保護者は、間近で見るとたまに腹が立つほど背が高い。
ずっと見上げていると首が痛くなるので、続く言葉をあたしは横耳でとらえた。
「弟子か……なんだか、新鮮だな。そういうの。」
「………言っておきますけど。
これ以外の点については、ぜぇぇええんぶ!あたしの方が師匠!!
魔道も一般の社会常識も頭の回転も!
あんたは弟子以下!そこんとこひとつよろしく!!」
人さし指を立ててガウリイの腹をぐりぐり押すと、これも腹が立つほど固かった。
鍛え方が違うのだ。
体の大きさも、腕のリーチも、筋肉のつきかたも。
当たり前のことだが、頭で知っていることと、実際に感じるのでは大違いだった。
剣を練習するための時間は、それ以上のことをあたしに教えてくれた。
 
「はいはい。じゃあ、師匠から一つ。
仕合ってる時は、相手の目から目を離さないようにすること。
同時に、体の軸を見ることだ。
大抵のやつは、それで次にどっちから来るかわかるからな。」
「…………目から目を離さないようにしながら、別のものを見ろってか?
あんたも大概ムチャクチャ言うわね、ガウリイ。」
「ムチャは承知だ。
それがお前さんの命を守るんだからな。」
「…………………」
「油断するな、ってことだ。」
さらりと言うと、ガウリイが背を向けた。
 
大きな背中だった。
保護者を自称するセリフのように、何度かあたしの前に立ちはだかった背中だった。
あたしを守ろうとして。
前に立たれたら、背中以外に何も見えなくなる。
ガウリイ以外に、何も見えなくなる。

寄りかかったら、楽になれそうな背中だ。

………だが。
これにしがみついているわけにはいかない。
他に何も見えなくなりたくはないのだ、あたしは。
前に立って、自分が辿る道筋は、自分で確かめていたい。

そして、その道が同じなら。
この背中は、隣にあるはずだから。

 
「……………………っし!」
 きゅっ!
額に巻いたバンダナを外し、髪を一つに結んだ。
パンッ!
転がっていた木刀をつま先で勢い良く踏み、浮き上がってきたそれをつかむ。
「ご高説、痛みいるわっ!師匠っ!」
そのまま勢いに任せて、目前の背中へと突きを入れる。
「油断するなってことよねっ!」
ざっ!
結んでない髪がなびき、ガウリイは体を傾ける。
小脇を広げてあたしの突きを迎え入れた。
「さすが、飲み込みは早いな。」
 
低い声が言った言葉を最後に、あたしはそこで意識を失った。
 
 
 
 
 
 
 



      ********************

 
 
 
 
トントン。
 
出かける支度をしているあたしの部屋のドアを、ノックする者がいた。
「ちょっといいか。」
声の主はゼルガディスだった。
「あ………うん、今開けるから待って。」
物思いから引き戻され、バランス感覚を失った人のようにふらついて、あたしはドアに辿り着いた。
開くと、ゼルガディスが何かを手にして立っていた。
「取ってきた。お前に預けておく方がいいと思ってな。」
「…………え?」
差し出されたものを見て、あたしは途端に息苦しさを覚えた。
「あ………ありがと。」
「下でアメリアが待ってる。」
それだけ言うと、ゼルガディスは踵を返した。
 

  とさっ……
 
受け取ったものを、テーブルの上に置く。
見慣れた袋だった。
巻いたヒモの先に、黒とも青ともつかないような丸い石が嵌められている。
主に置き去りにされた、ガウリイの荷物だった。
「……………………。」
袋を見下ろしたまま、あたしは壊れた人形のように立っていた。
目が覚めてから、どうも関節がおかしい。
寝相が悪かったかな。
それとも、夢見が悪かったせいだろうか。
夢の内容は全く覚えていなかったが。
などと思いながら、どうするとでもなく荷物を見下ろしていた。
 
ガウリイを攫った冥王の招待に応じ、サイラーグに行く。
そこまでは決まっていた。
心強い仲間もいる。

ただ。
そこから先は、わからない。
 
「開けたら洗濯物の山だったりして。」
自分を叱咤するつもりであたしは軽口を叩くと、荷物を担ごうとした。
ヒモが弛んでいる。
何の気なしに結び直そうとしたあたしは、わずかに開いた袋の口から黒いものが見えることに気がついた。
一瞬だが、見覚えのあった。
「これは………」
引っぱり出してみると、思った通りだった。
あたしのバンダナだ。
剣の練習を終えてみると、髪を結んでいたバンダナがなくなっていたことがあった。
探したがすぐには見つからず、諦めていたのだ。
その無くしたと思ったバンダナが、きちんと折り畳んで荷物の一番上に乗っていた。
「………………」
手に取るとさらりとしている。
「…………………。」
 
…………探して、くれたのか。
たぶん、あたしが寝た後とかに。
見つけて、汚れてたから、洗って。
乾かして、畳んでくれたのか。
あたしを驚かそうとして。
それとも単に忘れて、荷物の中に入れといたのか。
いつでも渡せるから、と。
今日渡すの忘れた、ま、明日でもいいやって。

………きっと後者だろう。
ガウリイのことだから。
 
あの、天然ボケの。
剣の腕と食欲は超一流のくせに、他はからっきしの。
でりかしぃのかけらもない。
………あたしの自称保護者だから。


………きゅっ。

一度握りしめると、肺が少し縮んだ。
心が急いているのか。
このまま空を駆け抜けて、神聖樹があるという失われたはずの街へと。
今すぐ。
 
「………………ありがと。」
答えのない相手に向かって礼を言うと、あたしは替えのバンダナを外した。
畳まれたバンダナを広げ、対角に伸ばし、きりりと額に締める。

この後、何がどうなるかわからない。
フィブリゾの企んでいることなど、どうせろくでもないことに決まってる。
………それでも、あたしは。
あるべき日常を取り返したい。

荷物を担ぎ、部屋を後にする。
仲間の待つところへ。
そこにあの、のっぽの姿はないけれど。
「油断するな、だったよね。ガウリイ。」 
喉が痛い。
けれど、目から涙がこぼれたからではない。

あたしは泣かない。
泣くはずがない。
無くしたバンダナが、人の思いで返ってくるように。
あたしが弟子だと言ったらそれは新鮮だと笑った、あの。
自称保護者が。
あたしの隣に、戻ってくる日が来ると信じて。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 














 
----------------------------おわり。
 
リナっちが額に巻いている黒いバンダナです。
護符にもなっているようですが、ハンカチと同じで、ただの四角い布って他にもいろいろ使えそうですよね。
髪の毛縛ったり、包帯代わりとか、冷えピタ代わりとか(笑)
 
あと、普段の荷物はどーなってるのか、たまに気になるところからできました(笑)
ところどころ、なくすと困るものが入ってるから預けてあるとか出てきますが。
フィブリゾに攫われる前は、カタート山脈でキャンプをしていたようですので、黄金竜に案内される時に持っていったか、持っていかなかったかはわかりません。
なのでこうなりました。
取りに戻ったとしたらえらいぞゼルガディス(笑)
これを持ってくるのがアメリアだと湿っぽくなりそーで、こういう時は無口っぽいゼルにしました(笑)
荷物の中に、リナに関係したものが入っていたらちょっとイイナと思って考えたすえ、バンダナしか思いつかなかった薄い脳みそです(笑)
 
これがまた、給料三ヶ月分(ってヤツラの給料って……)のビロード箱入りこんやくゆびわとか!こっそりかすめとっていたリナのおやつとかだと、話が全く変わっちゃうでしょうな(爆笑)

ガウリイサイドも書いている途中なのでで、できたら次回はそれをアップしたいと思います♪


事件が起きたり恋愛が絡んだりでドタバタするのも好きですが、日常の姿を垣間見たいという欲求もかなり高く(笑)何てことない話をよく書きます(笑)
たとえば旅の間の服の洗濯ってどーなってるんだろ〜とか(笑)やっぱ宿で自前で洗濯か。髪が伸びて来たら切るんだろうか、爪切りくらいは持ってるんだろ〜なとか、裁縫セットも持ってるんだろ〜なとか、野宿することを考えると、コップくらいは持っているのだろうかとか(笑)

 
では、そんななんのことはない話を読んで下さった方に、愛を込めてv
「好きな人の服やハンカチを借りたことがありますか?」

え〜〜そーらの場合………応援団入ってた時に、ガクラン借りたことがあるっすよ………(笑)
くす(笑)
………は。そういえば。
金ボタンじゃないので、ガクランていわないのかな……?ツメエリかな?(笑)
 
 
 


<感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪>

<感想をメールで下さる方はこちらから♪>