「コンビ」


 
 「なるほど。いいコンビだねえ、あんた達。」
 全員、疲れきった様子で開けた野原に座り込んだ時のことだった。
 魔物や亜生物が出るからと、近隣の村々が集めた討伐集団。
 ハンターに混じって、路銀稼ぎに出てきた旅の魔道士と剣士がいた。
 「まさかあんなやつらが、統率された動きをするなんて思わなかったからさ。
 随分手こずっちまったけど。
 群れを率いてる魔獣がいるって、そっちのちっこいのが教えてくれなかったら。
 全滅してたかも知れないねえ、アタシ達。
 あんがとよ。助かった。」
 額に革ヒモを巻いた、たくましい腕の女狩人が傍らの人物に笑いかけていた。
 「しかし、最初にその格好を見た時は何かの冗談と思ったけどね。
 本当に本物の魔道士さんだったわけだ。」
 
 狩人が笑いかけたのは、ひときわ小柄な人物だった。
 並みいる肉体派に囲まれるとさらに華奢に見える。
 長く伸ばした栗色の髪の少女。
 だがその体は、漆黒のマントと呪符(タリスマン)だらけの服に覆われ。
 額のバンダナには、銀糸の刺繍で保護呪文が縫い取られている。
 狩人の言う通り、黒魔道士の装束。
 「おあいにくさま。
 冗談を言うのは好きだけど、言われるのは好きじゃないのよね、あたし。」
 そう言いながらにやりと笑みを浮かべて、言葉の刺を抜く少女。
 「ぷっはっは!それは悪かった。」
 屈託なく笑うと、狩人はその後ろにいる人物に手を差し出した。
 「それに、あんたの剣の腕ときたら。
 そこらの傭兵にしとくにゃ勿体ないね。」
 「どうも。」
 習慣からか、女の差し出した手は左手で、ガウリイは空いていた左手で握り返した。
 こちらはこの場にいても何の違和感もない長身で、鍛えた体に重そうな長剣を携えている。
 そぐわないといえば、長く伸ばした髪と、役者に間違われそうな顔立ちだった。
 「魔道士ってのはどうしても隙ができるからね。
 一人でハンティングなんてできっこない。
 そこを、剣士のあんたがカバーする。
 で、その間に唱え終わったこのお嬢ちゃんの呪文が炸裂する。
 と、こういうわけだ。
 タイミングといい、呼吸(いき)がぴったりで感心したよ。
 だからいいコンビだって誉めたとこで………
 そういや………あんた達………旅の連れって言ってたけどもしかして………」
 今頃気づいたようにはっとして、女狩人の視線が二人の上を忙しく交錯する。
 「〜〜〜〜〜〜」
 詮索されたくないことを詮索された人の例にならい、リナが苦虫を噛み潰したような顔になり。
 ガウリイはその後ろできょとんとした顔を返す。
 
 「もしかして………親子かい?」
 「ぐべはぁっ!」
 盛大に顔から野原に突っ込むリナ。
 「おいおい………」
 その首ねっこを引っ張って、潜り込んだ土から引っ張り上げるガウリイ。
 「ぷっはっはっは!冗談を言われるのが嫌いってのは、本当らしいね!」
 お腹を抱えて笑う狩人。
 「まあ親子には見えないよ、あんた達。その点は安心しな。
 それより、どうだい。
 あんたの剣はやっぱり勿体ないよ。
 東の国で傭兵を募集してるって話があるんだ。
 そっちの嬢ちゃんはどうだか知らないが、良ければ一緒に行かないか。」
 そう言って、女狩人はもう一度ガウリイに手を差し伸べた。
 「アタシなら、お子さまの付き合いはしなくていいんだよ。」
 意味ありげなウィンクを送る。
 
 「なっ…」
 思わず憤慨しかけたリナの頭を、大きく広げた手のひらがぽんぽんと叩いた。
 「そう言ってくれるのは有り難いが。
 こいつとの付き合いはそれ以上でね。」
 「ええっ!?」
 「……ぬぁっ!?」
 にっこりと笑顔を浮かべたガウリイに、女性二人から盛大なツッコミが入る。
 「なっ……そうなの、あんた達っ!?
 あんたっ!お子さまなフリして、もうそんな大胆なことをぅっ!?」
 「ガガガガガウリイっっ!
 ああああんた、言うにことかいてなんつー!!」
 「とにかく、こいつで手一杯でね。
 悪いが他を当たってくれないか。」
 「ちょっとガウリイってばっ!!その前に前言撤回はっ!?
 ここで否定しなきゃ、相手に重大な誤解を与えるって…… 
 こらっ!いい加減、人の頭をぽんぽん叩くなっ!
 あたしの頭は弾むボールかっっ!!わかってるっ!?」
 「んー?どうだかなあ?」
 「何、その気のない返事っっ!!!」
 「ぷっはっはっはっはっはっは!!!」
 女狩人膝を打って笑い出した。
 差し出した手は、早々に引っ込められていた。
 「いいねえ、あんた達。
 見てて飽きないわ。しばらくいぢり倒したいくらいだね!」
 「〜〜〜〜〜〜〜〜」
 女の誘いが冗談だとようやく気づいて、リナがまた顔を顰める。
 どこかその頬が赤いことを別にして。
 
 「あんた達を引き離す気にはならないよ。
 いい仕事をしてくれたから、できればまた一緒に組みたいもんだねってことだけさ。
 ……それに。
 あんた達の関係は、他人から突っ込まれたくない代物だって事も。
 見りゃあわかるってもんさ。
 ぷっはっはっはっはっは!」
 狩人はすっくと立ち上がると、豪快な振りで巨大な斧を背中に収め、一つ納得したように頷くと、その場を立ち去った。
 「〜〜〜〜〜〜〜。」
 後に残されたのは。
 何ともいえない表情の魔道士と、ぽりぽりと頭をかいているとぼけた顔の剣士の二人きり。
 三々五々、仲間が山を降り始める中。
 二人はまだ、野原に座り込んでいた。
 
 
 何となく気まずい雰囲気で、立ち上がるタイミングを逸していたリナは、相棒のこんな言葉で我に返る。
 「腹減ったなあ………。」
 がっくりと肩の力を抜いてみれば、急に自分もお腹が空いてきた。
 「ホントね………。
 この後、あたし達を雇った村長さんちに行って、謝礼をもらった暁には………」
 「飯か?」
 「飯も飯。フルコース。」
 「それから、宿屋だな。」
 「今度はちゃんとしたやつね。炭焼き小屋に雑魚寝じゃなくて。」
 「やっと足を伸ばして寝られるぜ。」
 さっきまでの気まずさはどこへやら、軽快なテンポで会話が進む。
 リナはガウリイに背を向けたままで、ガウリイにはリナの顔も、その表情も見ることはできないが。
 お互いの顔に、緩やかに笑みが浮かんでいることは百も承知していた。
 「そりゃそーでしょーよ。
 華奢で小柄のあたしは、あんな狭い小屋でも十分熟睡できたけど。 
 あんたは無駄にデカいからね〜。」
 「いやいや。ちっこいくせに、胃袋が無駄にデカいお前さんには負ける。」
 「にゃんですって。」
 いつものように丁々発止の漫才が始まるかと思いきや。
 振り返ったリナの顔を見て、ガウリイが吹き出した。
 「ぶっ。」
 「な、なによっ!?人の顔見てしつれーなっ!」
 「鼻だ、鼻。泥ンこだぞ。」
 「ふぇっ!?」
 慌てたリナが、両手をバタバタと鼻の上で交差させる。
 「動くなって。拭いてやるから。」
 「んにゃっ!?」
 どこからか出した布きれを手に、ガウリイが顔を近づけてきたので。
 途端にリナが固まる。
 大きく目を見開いたまま。
 「………まったく。盛大に顔を突っ込むからだぞ。」
 「わ……っ、悪かったわね!
 ボケられたら、盛大にコケてあげるってのが礼儀ってもんでしょっ!」
 「へえ。ボケってわかってたんだ。あれ。」
 「そりゃっ……。似ても似つかないあたし達二人を、親子だなんて……
 ボケに決まってるでしょうが………。」
 「そうか。
 ………そうだよなあ。オレ達、全然似てないもんな。
 オレは剣士で、お前さんは魔道士で。
 髪の色だって、目の色だって違うし。
 顔も、性格も、癖も、背格好も、何一つ似てるところがないんだよな。」
 「そりゃそーよ。親子でも、兄妹でも、親戚でも何でもないんだから。」
 「なのに、一緒にいるんだよな。オレ達。」
 「………………。」
 
 黙ってしまったリナの鼻を、こしこしと拭く作業を続けるガウリイ。
 
 「あそこで………」
 リナの方から口を開いた。
 「よくわかったわね。
 油断した振りをして、親玉を引きずり出すあたしの作戦。」
 「そりゃな。
 あんなところで油断しないだろ。リナは。」
 打てば響くように帰ってきた即答に、リナが口許を緩める。
 「………こんなこと、前にもあったね。」
 「戦ってる最中に、声に出して作戦バラすやつもいねーんじゃねーか?」
 「まー、そーいうことなんだけど。」
 手を止めて、ガウリイは少し首を傾ける。
 「お前さんだって、手を出さなかったじゃねーか。あの時。
 手こずってるオレを助けに行けって、誰かが言った時。」
 「……あの場面で、あたしが手出しできるわけないじゃない。
 あんたのスピードの隙をつく呪文なんて、ないわよ。
 逆に邪魔になっちゃうんだから。」
 「よくわかっていらっしゃる。」
 「あんたもね。」
 二人が見交わした視線は一瞬で。
 「よし、取れた。」
 「さんきゅ。」
 それを頃合に、リナはぱっと体の向きを戻す。 
 他のハンター達は、姿を消していた。
 それぞれ雇われた村に戻り、首級を掲げるなりして謝礼を受け取り。
 今夜は祝杯を上げることだろう。
 
 『いいコンビだね。』
 そう言われることに、慣れていた。
 そう言われることは、悪くなかった。
 だけど、それだけだろうか。 
 言われるたびにそんな気持ちが、頭をかすめる。
 剣士と魔道士、息のあったいいコンビだから、二人は旅を続け。
 これからも一緒にいるのだろうか。
 
 「そーいえば。何となくスルーできたと思ってるだろーけど。」
 リナが腕組みをして言った。
 「……へ?」
 「それ以上のつきあいって何よ、あれ?
 お陰で盛大に誤解されちゃったぢゃないの。」
 「ああ………あれ。」
 「あんなの、あたし達をからかってるだけなんだから。
 テキトーな事言って誤魔化しゃよかったのに……」
 ガウリイに向かって、ピコピコと指を振るリナ。
 「いやあ………」
 ガウリイがかりっと頭をかいた。
 「だって、お子さまなつきあいかって言われたら、そうじゃないだろ。オレ達。」
 「え………」
 意外な答えが返ってきて、リナは動きを止めた。
 「そ……それはどういう……」
 「子供の時ってさ。」
 長々と体を伸ばし、ガウリイは後ろ手をついて空を見上げた。
 「同じ年頃だからとか、家が近所だからとか、いつも同じ場所で会えるからとか。
 そういうので友達になるだろ。
 仲良くなるのも早いけど、ケンカしたり、口もきかなくなったり、引っ越しちまったりで、別れるのも結構あっという間なんだよな。
 自分と違うことが許せなかったり、自分とそっくりなことが許せなかったり。
 他の誰かと仲良くなったら焼きもち焼いたりして。
 そういうのと……違うだろ。オレ達。」
 「……………」
 ガウリイが見上げる空を、思わずリナも見上げる。
 そこに彼の言いたいことが全て書かれているような気がして。
 ゆっくりと、薄い雲がたなびき。
 地上に薄い影をもたらしながら移動する、いつもと変わらない空を。
 「……………」
 いつもと変わらない?
 リナは自問した。
 本当は、一度として同じ空はない。
 同じ雲の形は、二度と現れない。
 少しずつ、何かが変わっている。
 明日の空は、今日の空ではない。
 「オレ達……全然似てないけど。故郷もそれぞれ違うけど。
 一緒にいるだろ。」
 彼が子供の頃に見上げた空と、自分が子供の頃に見上げた空は。 
 たぶん全く違うものだったろう。
 それが今こうして、並んで同じ空を眺めている。
 これが初めてでも、最後でもなく。
 ありふれた毎日の中として。
 もう少しで答えに手が届きそうで、リナは憑かれたように空を見上げていた。
 
 「親子ってのには、オレもコケそうになったけど………」
 背中から、のんびりと声がかかる。
 「他人から突っ込まれたくないってのは……当たりだな。」
 「……………!」
 まるで心を読んだかのようだった。
 そんな風に、二人の間には同じ空気が漂うことがある。
 言葉にしない。
 できない。
 でも同じ気持ち。
 それを分け合う時間が。
 「そ………だね。」
 小さな声で、リナは呟いた。
 
 名前のないこの空気に、誰かに勝手に名前をつけて欲しくない。
 それは二人だけが知っていることだから。
 
 とんっ………
 
 小さな背中の重みが、ガウリイの左の胸に触れた。
 「ガウリイ。」
 小さな声が、その背中の向こうからそっと聞こえてきた。
 「……どうした?」
 そんな風に甘えてくることは珍しくて。
 何か思うところがあるのだろうと、ガウリイが頭を撫でようと腕を持ち上げた時。
 続きの言葉が遅れてやってきた。
 「やっぱあたしさ。
 ………あんたが、好きだわ。」
 腕が止まった。
 声は小さいが、かすれても、弱々しくもなかった。
 「あんたの剣の腕が必要だからとか。
 保護者だからとか、相棒だからとか。いいコンビだからとか。
 ………そんなの、どーでもいいとこで。さ。」
 「………………。」
 
 上げかけた腕を途中で止めたまま。
 ガウリイは、声がした方向を確かめるようにゆっくりと見下ろした。
 そこには確かに見慣れた栗色の頭があり。
 驚いたことにその頭がくるりと仰向いて、小さな顔がこちらを見上げた。
 「へへっ。」
 照れているというよりは。
 悪戯を見つかった悪童のような笑顔が浮かんでいる。
 「…………………。」
 その顔を見つめ。
 それから固まったままの自分の右腕に目をやり。
 何を見るともなしに視線を前へやり。
 それから彼は行動した。
 
 わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃっ!
 
 最初に考えたより強く激しく、リナの頭を撫でるというよりかき混ぜる。
 「んにゃっ!ち、ちょっ……」
 わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃっ!
 「んなっ、なにすんのよ、もぉっ………」
 必要以上にかいぐりされ、文句を言おうとしたリナにようやく答えが帰ってきた。
 「お前なあ………」
 それだけ。
 少し怒ったような調子だ。
 ようやく手が止まったので、リナはそっとその顔を見上げてみた。
 ぺろっと舌を出して。
 「…ビックリした?」
 「ああ。」
 彼は溜息をつき。
 それから、ゆっくりと視線を合わせてきた。
 止まった手は、まだリナの頭の上にあった。
 今度はそっと撫でるように。
 くしゃくしゃにした髪を梳くように。
 頭の形を確かめるように。
 「オレより先に言うなよな。」
 穏やかに微笑んで。
 「同じことを。」
 「………………!」
 「保護者だからとか、相棒だからとか、コンビだからとか。
 お前さんが魔道士で、オレが剣士だからとか。 
 そーいうの、全然なかったとしても。
 オレがお前さんを好きになるのにも、理由なんていらなかったと思うぜ。」
 大きく開かれた瞳の前に、ぱらりとかかった髪をかきあげてガウリイは笑った。
 「変なところで似てるのかもな、オレ達。」
 「………………」
 
 
 緩やかな風が吹き。
 傾きかけた太陽が、伸びっぱなしの草を黄金色に染めるまで。
 固まったまま、前方を見つめ続ける小さな姿と。
 その頭を撫で続ける大きな姿が。
 丘の上でしばらく見られたという。
 それから、いきなりぴょこんと弾かれたように飛び上がった小さな人影を。
 慌てるように追いかける大きな人影も。
 つかず離れず、二つの影は。
 丘を下り、林を抜け、街道へと消えた。
 宿に辿り着くまでの道中、二人が一言も交わさなかったのは。
 小さな人間の方が、頭の中でぐるぐると何かを思い出していたからかも知れない。
 
 大きな人間が口にした言葉が。
 以前違う状況の元ですでに囁かれていたということを。
 
 
 「お、おばちゃんっ!こ、この皿とこの皿とこの皿、二つずつねっ!」
 「あ、じゃあオレ、この皿とこの皿とこの皿とこの皿。二つずつ。」
 勢いよく入ってきて、席に付くのももどかしげに注文してきた旅人らしき二人連れがいた。
 宿の隣で食堂を営むおばちゃんは、腹を空かせまくった子供に向けるような笑顔を、二人に向けて注文を取っていた。
 「はいはい、肉の唐揚げと煮込みと野菜サラダを二つずつね。
 それから、コンソメスープとパンとスパゲッティとデザートを二つずつ、と。
 ふむふむ。いやあ………」
 メモから顔を上げたおばちゃんは、注文者の二人の顔を見下ろしながらやがてこう言った。
 「いいコンビだね、あんたら。」
 「…………・っ。」
 「やー、どうも。」
 二人はそれぞれ二人二様の反応を返したという。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ----------------------------------------おしまい。
 
 何の気負いもなく、さらっと「好き」と告白するリナが書きたかったのであります。
となると、さてどんな状況になったらそれが叶うだろうと考えながら前半を後から付け足しました。
それからまた告白シーンを書き直し、後半を付け足しました。こんな風に順番バラバラで書くことはたまにしかないかも知れません。

二人はいろいろな意味でいいコンビだなあと思います。
補ったり支えたり足したり引いたり掛けたり割ったりできる仲だろうと(算数か……)
お互いを意識しあったその後も、やっぱりいいコンビであって欲しいと思いますよね♪

告白シーンというのはやっぱり見たいしついつい考えちゃうしで、また別の角度からアプローチしてみたいなお思います♪

では、ここまで読んで下さった皆様に、愛を込めて♪

人には絶対言わないでおこうと思った好きな人の名前を。
修学旅行の晩、ノリでバラしてしまったことがありますか?

そーらがお送りしました♪ 

<感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪>

<感想をメールで下さる方はこちらから♪>