「二人は未完」


 
とある街の夕刻。
一軒の宿屋の、食堂。

おいっひ〜〜〜っ!!なにこの宿屋っ!ふつーに食堂でやってけるじゃないっ!」
「あっ、こらっ!お前は!ちょっと目を離した隙にそんなとこまでっ!!
こっからこっちはオレんだからなっ!これとこれもだっ!
ふむぅわぁっ!!!らんですって!ほっちはあらしのっ!!」
「くわえたままひふなっ!」
「あんらこそっっ!!」

ど真ん中の一卓で、何やら穏やかならぬ光景が繰り広げられていた。
うず高く積まれた空の皿。
その隙間から、銀に光るものを握った手が素早く交差しているのが見て取れる。

「それならこっちもっ!こうだっっ!!
「でええいっ!そうくるならこうだっ!!
「ああっ、いっちばん美味しそーな部分をっ!!
あんたときたらっ!
よくもこんな純真でいたいけな幼女から奪い取れるわねっっ!!!
鬼っ!アクマっ!このっ、煮崩れた高野豆腐っっ!!
「・・・どこにそんな純真でいてててな幼女が・・・」
「言えないならツッコむなっっ!!ってかツッコみどこが違うっっ!」
 
会話こそ賑やかではあるが、決して剣呑なものではない。
だが、初めて目にする食堂の面々が目を剥くのも致し方あるまい。
何故なら。
テーブルについているのは金髪長髪の長身の若い男と、あろうことかそれ以上の健啖ぶりを見せている5、6才の小さな少女だった。
 
「しっかし、つくづく思うんだが・・・」
ふと食べる手を止めて、男のほうがしげしげと相手を見つめる。
「それだけ体がちっさくなったってのに、食欲は相変わらずなんだな・・・。」
今まさにフォークに差した巨大なエビフライにかぶりついていた少女が、その言葉に顔をしかめる。
「何を今さら。こーなってからもう一月は経つってのに、いい加減慣れなさいよねっ。」
早口でそれだけ言い放つと、しっぽごともっしゃもっしゃ平らげる。

栗色の髪を頭の上で一つに結び、袖の膨らんだブラウスにふわっとしたスカートをはいたその姿は、どこから見てもまだ子供。
声もあどけない。
が、口から飛び出すセリフの数々は、大人顔負けの速度と辛辣さを合わせ持っていた。

「そりゃ、あたしだって疑問に思わないでもないけど。
だからって腹痛を起こすでもないし、ちゃんと次の日にはお腹減るんだから消化してるのよね。」
ここで眉をひそめて、一瞬真剣な顔つきになる。
「普通だったらありえない話よ。
・・・ってことは。
この異常な事態と関係があるのかも知れない。」
「!」
男が食べる手を止める。
旅の傭兵姿の若い男と、まだ幼い少女の二人連れという珍しい光景には、理由があった。
少女は、本来の姿ではないのだ。
ほんの一ヶ月ほど前、突然姿を変えるまではこれほど幼くはなかった。
「・・・まー、でも。」
その頃と変わらない明晰さを見せる少女も、そこで口籠る。
「だからって、何がどう関係してるかわからないしね。
情報が少ないうちに、あれこれ推測するのも先入観になって返って危険だわ。」
空のフォークをふりふり、思案気に少女が説明すると。
逆に、大人に見える男の方が、よくわからないとばかりに頭をかく。
「そ・・・そういうもんか。」
「そーよ。」
  
少女は嘆息し、かたりとフォークをテーブルに置いた。
「考えてもしょーがないことは、考えてもしょーがないってのがあたしのポリシーなんだけど、ね。
・・・つい、考えちゃうのよね。
あたしだって、好きでこうなってるわけじゃないし。」
突然食欲が失せたかのように、まだ残っている皿を押し退ける。
「・・・・・」

その様子を見ていた男は、自分も空のフォークをかたりと皿の上に置いた。
困ったように微笑み、それから。
「悪かった。そんなつもりで、言ったんじゃないんだ。」
その手でくしゃりと、少女の頭を撫でる。
大きな手のひらにすっぽりと収まってしまうような、小さな頭だった。
「・・・・・」
黙って撫でられる伏せた少女の顔から、ぼそっと小さな声がこぼれる。
「・・・わかってるわよ。」
「リ・・・」
 
男が少女の名を呼ぼうとした時だった。
エプロンをつけた大柄の男性が、空のお盆を持ってテーブルへとやってきた。
「まいど!空の皿もらっていいかいね!」
汗をかきかき、男は太い腕で驚くほど早く卓を片付け、手早く盆に積み上げる。
「しっかし、おとっつぁんがようけ食べなさると思ったが、嬢ちゃんもかいね!
こりゃ、血筋ってやつかいな!わははははは!」
ばんばんっ!
「いてててっ」
宿の主人に背中を派手に叩かれ、若い男が目を白黒させる。
「こりゃすまんの、ダンナ!よく食うのに、思ったより細っこいのう!
こりゃあれだの・・・新人退社ってのがいいんだのう!」
「・・・新陳代謝・・・」
「おんや、嬢ちゃんがなんか喋ったわい。」

不機嫌に呟く少女に、主人は大声を上げて笑った後、真顔で男を見据えた。

「あんたも若いのに、苦労なさっとるんだの。
あれかい、若くして嫁さんと死に別れたか、逃げられたか知らんが。
いっそ、新しくもらっちゃどうかね!」
「いや、オレは・・・」
遠慮すると手を振る男にかまわず、主人は笑顔で厨房を指差した。
「あんたさえよけりゃ、あっこにいるうちの娘なんかどうだいの!」
「!!お父ちゃんっ!!!聞こえてるわよっ!!!」
真っ赤になった若い娘が、厨房でお玉をふりかざす。
「気立てはええし、何より料理が上手いぞい!あんたさえよけりゃ、この宿屋の跡を継いで・・・」
「何勝手なこと言ってんのよっ!!」
「だって、このダンナを見てみろよ。すげえいい男じゃねえか!おめえ、面食いだろが!」
「お、お父ちゃんのばかっっっっ!!!」
娘はさらに赤くなって、厨房の奥に隠れてしまった。



 
「まー、おモテになりますこと。」
食堂の主人が去った後、少女はぴょんと椅子から飛び下りた。
いたずらっぽくウィンクをして、連れを見上げる。
「今みたいなやり取り、これで何度目かしら??
確かにあんたってば、口さえ開かなければいい男で通るんだし。
いっそどう?これから無口キャラで行く??
剣の腕は立つし、女子供に優しく、普段は寡黙で決める時は決める。
こりゃー、世の女がほっとかないわよ??
引く手あまたで、港々に彼女作ってさ〜・・・」
両手を広げ、あらぬ妄想を脈々と打ち立てる少女。
 
ひょいっ
 
「!」
突然視界が上昇した少女が、何事が起きたかと慌てる。
両脇を抱えた手がすとんと落とした先は。
高い高い、男の肩の上だった。
そのまま、すたすたと廊下に向かって歩き出す。

「なっ・・・」
支えていた手はさっと離れてしまったので、少女がぐらつく。
「!」
咄嗟にしがみついたのは、男の頭だった。
「・・・・!」

間近で交わる、男の視線と少女の視線。
それまでは、滅多にこんな距離で見交わされたことのない目と目の会話。


「・・・・・・・。ごめん。」

先に顔を赤らめ、謝罪の言葉を口にしたのは少女の方だった。
男はそうだぞと言わんばかりに頷く。
「オレがそんなんで喜ぶヤツかどうか、お前さんが一番よく知ってるだろ。
・・・オレは。
よく知らないやつより、知ってるやつに好きになってもらいたいからな。」
男が小さな声で囁く。
肩に乗っている少女にしか、聞こえない声で。
「そ・・・そうよね・・・」

時たま逆転する、二人の立場。
勢い余ってからかいすぎて、普段は穏やかな青年の真っ当な反論を受けて我に返る。
これも、今までの二人の日常と変わるところはない。
ただ、少女の姿が小さすぎる事を除いては。

少女が頷き返し、これで話は終わったと安堵したところへ、彼が思わぬその先を続けた。
「・・・お前さんは?」
「・・・・へっ!?!
視線に捕らえられ、少女はびしりと体を固まらせる。
青い瞳は間近でその様子をじっと見つめていた。
「えっ・・や、あの・・・あの、その・・・っ。
そ、そそそうっ、ねっ、ねっ、うんっ。
ああああんたの、ほらっ、言う通りっていうか、そのっ、うん!そう!」
慌てた少女の口からは、先程までの饒舌ぶりはどこへやら、一転して意味不明の音の羅列しか出てこない。
「!」
思わずしがみついた頭から離れてしまい、ぐらつく。
男の右手が、空を泳ぐ少女の小さな手を捉えた。
「オレは、他の誰かより。
お前が、オレを好きでいてくれるほうがいい。」
「・・・・・!」
 
かぁああああああっ・・・!
 
小さな頬が、髪よりも明るく、赤く、染まっていく。
わたわたと慌てるその手をしっかり握って、男がそっと顔を寄せた。
「!」
小さな顔の上に、大きな顔が重なり。
そのふっくらとした頬に、男の唇が触れた。

「!!!!!!!!!!!」


少女の慌てぶりたるや、天井が落ちて星が見えたより凄かった。
物凄い勢いで頭が振られ、辺りをぐるぐる見回す。
ポニーテールのしっぽが残像を残すほどだった。
「うぁあああああああんんたたたねねねねねねねっ!!!!」
空いた片手でべしべしと男の肩を叩いている。
「こんなところでななななな何すんのよっっ!!!
だっ、誰かに見られたらどーするつもりっっ!!!」
「・・・別に、どうもしないだろ。」
アホかぁあああっっ!!幼女趣味のヘンタイだと思われたら、この先どこの宿屋にも泊れないし、仕事だって来ないわよっ!!!!」
握られた手をぱっと放し、両手で男の耳を持ってぎゅうぎゅう引っ張る。
「大体、前はその・・・あたしがその・・・・
だったとき!
オレを犯罪者にする気かって拒否したでしょーがっっ!!
あの冷静さはどこへ行っちゃったのよっ!!!」
「いてててっ。いや、廊下だし・・・他に人の気配はしなかったぜ。それより。」
耳を引っ張る少女の手を引き剥がすと、男はどうどうとばかりにその頭を撫でた。
「言葉だけじゃ、伝わらない時だってあるだろ。
あの時は思いとどまったけど・・・今はこうしなきゃって思ったんだ。」
「・・・・・!」
晴れた春の空のような、穏やかな空色の瞳で男は微笑んだ。
「お前さんがどんなやつか、オレはわかってるつもりだ。
だから、どんな姿をしてようと。
オレはお前さんが好きだぜ。リナ。」

「・・・・・・!!!」

その言葉で耳まで真っ赤に茹で上がった少女は。
どこまでが顔かどこまでが髪が区別がつきにくくなった。
「だから、あんなことは言いっこなしだ。いいな。」
「う・・・・・」
「オレは答えたぜ。で・・・お前さんは?」
「!!!!」
「聞きたいなあ。」
「!!!!!!」
「聞こえないなあ。」
「!!!!!!」
赤くなってぶるぶる震える少女を肩に乗せたまま。
男はにっこりと、一見穏やかではあるが頑固な笑顔を浮かべたまま。

「あ・・・あああああああたしはっ・・・・」





 
答えをもらうまではその場を動きそうもない、相棒の肩の上で。
ようやく、少女はこっそりと手で覆うようにしてその耳に打ち明けたのだった。
 
 
 
とある遺跡で何かの結界に足を踏み入れ。
姿が子供へと変わってしまった、自称天才美少女魔道士と。

旅の連れであり、自称保護者の青年剣士との旅が。

一つの終わりを迎える、その前日の出来事だった。
 
 
 
 
 
 


















 
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おわり。
 
 
お久しぶりです。短いですが続編です。この後また続きます。完結まで書けるようにちょっとやってみますね♪

では、ここまで読んで下さった方に愛を込めて♪

ほっぺにちゅーと、手の甲にちゅー。

・・・どっちがいいですか?(笑)
 
でこちゅーのシチュが好きなそーらがお送りしました(笑) 
 
 
 



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